待ち合わせはモリスで

翼 翔太

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 次の週の土曜日、京はお母さんのことをもみじさんに話した。するともみじさんは「まあ、あの人のお子さんだったの?」と驚いていた。
「もみじさんの家のお庭ってどんなのなんですか?」
 ほうかちゃんが尋ねる。それは京も気になっていた。するともみじさんは少し考えたあと、こう言った。
「じゃあ、今度うちにきてみる?」
「わ、行きたいっ」
 先にほうかちゃんが反応した。京も同じ思いだったのでうなずいた。しかしあることに気がつく。もみじさんは家出中のはずだ。しかし家に呼んでくれるとことは、仲直りしたのだろう。京はほっとした。
 そして祝日で学校が休みである、二日後の月曜日。京とほうかちゃんともみじさんは『モリス』の前で待ち合わせをしてから、もみじさんの家に行った。
 東へ十五分歩くと、緑色の屋根の家が見えてきた。もみじさんはその家を指さして「あそこよ」と言った。
 もみじさんが敷地への小さな門を開ける。そこには色とりどりのパンジーや水仙、名前を知らない白い花などがたくさん植えられていた。小人やきのこ、猫の置物などもあちこちにあり、まるでおとぎの国に迷いこんだようだ。
「わあっ」
「すごい、かわいいっ」
 京やほうかちゃんは思わず声を上げた。
「ふふふ、ありがとう。今は冬だからシンプルだけれど、春になるともっといろんな花を咲かせるから、ふんいきが明るくなるのよ」
 もみじさんは玄関のドアの鍵を開けた。
「さあさあ、入ってちょうだい」
「「おじゃまします」」
 もみじさんの家に入ると、ダダダッと足音が近づいてきた。
「もみじっ?」
 現れたのは真っ白な髪で、黒ぶちの眼鏡をかけたおじいさんだった。
「やっと帰ってきてくれたのか。電話もかけてるのに出ないから。……この子たちは?」
「え、えっと、小川京です」
「土井ほうかです……」
 二人はおじぎをした。京はもみじさんに尋ねる。
「もみじさん、仲直りしたんじゃないの?」
「わたしもそう思ってた」
「仲直りもなにもこの人、なんでワタシが怒ってるのかわかってないもの。そんな状態で謝られてもねえ」
 京は最近わかってきた。もみじさんは怒っていても笑顔をくずさない、でも全身から怒りを出すのだと。
「でもお前だって、おいしくなかったら言ってほしいって……」
「だからってあら探しを毎日されて、点数までつけられたらたまったものじゃないわ。それを親切でやってるつもりなのが腹立たしいのよ」
 京は信じられずおじいさんを見た。おじいさんは「そ、それは……」と続きを言えずにいる。
 一度京はお母さんといっしょに、大好きなポテトサラダをつくったことがある。じゃがいもの皮をむいてゆでているあいだに、いろいろやることがあり、しかも冷ましてからじゃないと和えられない。思っているよりもたくさんやることがあり、こんな風に毎日料理をしているお母さんはすごい、とそのとき思った。
「おじいさん、その……関係ないあたしが言うのもなんですけど、さすがにそれはだめだと思います」
「わたしもそう思います。去年の担任の先生が言ってました、『ありがとうって気持ちを忘れてはいけない。身近な人だからこそきちんと感謝しなくちゃいけない』って」
「う……」
 おじいさんは気まずそうだ。おじいさんは少し経ってから、もみじさんに頭を下げた。
「すみませんでした……。もう点数をつけたり、味に文句を言ったりしません……」
「はい。ワタシもわざと電話に出なくてごめんなさい」
 見つめ合うもみじさんとおじいさんの表情はやわらかくなっていた。仲直りできたようでよかった。
 京はほうかちゃんを見る。ほうかちゃんも同じ気持ちらしく、小さくうなずきあった。
「二人とも、ごめんなさいね。こうでもしなくちゃ、仲直りのきっかけができなくて。さあさあ、いっしょに手芸しましょ。あがってあがって」
 もみじさんにそう言われた京とほうかちゃんは「おじゃまします」と家にあがらせてもらった。
 こたつのある居間にとおされ、もみじさんはおじいさんに改めて、京とほうかちゃんのことを紹介してくれた。「新しくできたお友達なの」と言ってもらえて、とてもうれしかった。するとおじいさんは「じゃあしばらく待っていなさい」と京とほうかちゃんに告げると、どこかへ行ってしまった。もみじさんは小さく笑った。
「だいじょうぶ、こわいことにはならないから。さあさあ、始めましょ」
 三人がしばらくおしゃべりをしながら、ビーズやぬいもの、刺しゅうをしていると、おじいさんがもどってきた。大きなお皿を持っており、その上には白やピンク、黄色などの砂糖のペーストがかかったカップケーキがのっている。砂糖のペーストの上にもチョコスプレーが散らされている。
「急いだからこんなものしかつくれんが」
「「わあっ」」
 京とほうかちゃんは思わず声を上げた。
「おじいさん、おかしの学校に行っていたことがあるのよ」
「結局そっちの道には進まんかったがな」
 もみじさんの言葉におじいさんはそう返した。
「すっごーいっ。かわいいし、あまいにおい……。おいしそうっ」
 京がうっとりするように言うと、ほうかちゃんがはっとして、スマートフォンをとり出した。
「あの、写真とっていいですか?」
「かまわんが。あれか、SNSとかいうやつに上げるのか?」
 ほうかちゃんは「いえ」と首を横にふった。
「SNSは高校生か大学生になってからって、お父さんやお母さんと約束してるんで。フェルトでつくるときに、写真みたいな資料があるととってもイメージしやすいんです。あとどうすればおいしそうに見えるか、とか研究したくって」
「そういえばほうかちゃんは、テディベアをつくってたものね。ケーキもつくるの?」
 もみじさんが尋ねた。
「はい。夏休みの宿題はフェルトや箱でケーキ屋さんをつくりました。……こんなのです」
 ほうかちゃんはスマートフォンを操作して、夏休みの宿題の写真をもみじさんとおじいさんに見せた。すると二人とも「ほほう、なかなか」や「あらー、上手」とほめた。
 四人で甘くてふわふわでおいしいカップケーキを食べながら、京はふと思った。
「ねえ、ほうかちゃん。カップケーキのこの、チョコスプレーあるでしょ? これをビーズで表現するのはどうかな? ビーズって丸だけじゃなくって、細長いのもあるんだ」
「え、そうなの? それ、すっごくいいと思う。やってみようっと」
 ほうかちゃんはスマートフォンのメモ機能を使って書き留めた。
「実はね、テディベアをもっとかわいくしたいの。でもかわいい布って、なかなかおこづかいで買えないんだよね。フェルトなら大きいものが百円ショップにあったりするからいいんだけど」
「そっかあ。うーん……」
 京は食べかけのカップケーキを持ったまま考える。しかしこれだ、と思うアイディアが浮かばない。するともみじさんが口を開いた。
「刺しゅうはどうかしら?」
「刺しゅう、ですか?」
 ほうかちゃんが聞き返すと、もみじさんがイメージを話してくれた。
「足の裏とかに、模様を刺しゅうするの。クロスステッチじゃなくって、フランス刺しゅうとか。リボンを使う刺しゅうでもいいわねえ」
 するとほうかちゃんがもみじさんに言った。
「もみじさん、わたしに刺しゅう教えてくださいっ」
「いいわよいいわよ」
 ほうかちゃんの言葉を聞いて、京も刺しゅうをやってみたくなってきた。ビーズ刺しゅうがいい。
「あの、もみじさん。あたしも刺しゅうやってみたいです。ビーズ刺しゅうでもいいですか?」
「いいわよいいわよ、みんなでいっしょに刺しゅう楽しみましょ」
 京はみんなで刺しゅうができることと、自分が新しいことに挑戦できることがうれしかった。
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