待ち合わせはモリスで

翼 翔太

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 八月一日に『モリス』に行くと、ほうかちゃんはテディベアではないものをつくっていた。
「あれ? テディベアは?」
 京が尋ねると、ほうかちゃんは手をとめて教えてくれた。
「夏休みの工作のほう、先にやっちゃおうって思って。大きな箱とフェルトでケーキ屋さんをつくりたいんだ」
「どんな風につくるの?」
「お父さんがね、箱でお酒買うんだ。その箱もらって、中が見えるようにして、そこにフェルトとかいろんなものでお店っぽくするの。その中にショーケースを置いてフェルトのケーキを入れるんだ」
「あ、前につくってたもんね」
 ほうかちゃんはうなずく。
「前は大きかったから、もっと小さくしてみようと思って。だから今回はこれくらいにしたいんだ」
 そう言ってほうかちゃんは親指と人差し指を五センチくらい開いた。以前つくっていたケーキは手のひらくらいの大きさだったので、ずいぶん小さくするつもりのようだ。
「ねえ、京ちゃんは工作、なにつくるの?」
「迷ってるんだ」
 前の学校では自由研究か工作のどちらかを選ぶことができ、京はずっと自由研究をしてきた。しかし今の学校は両方したうえに、それぞれが理科室や体育館などに展示されるらしい。
「ビーズでなにかしたら?」
 ほうかちゃんの言葉に京は「うーん……」と歯切れの悪い返事をした。たしかに今のクラスは、失敗を笑ったりしない。けれどほかの学年やクラスはわからない。
 もしかしたら、京がつくったものをだれかが笑うかもしれない。どうしてもその恐怖がずっと心に居座っている。
「やっぱりビーズ以外にしとく」
 京がそう答えると、ほうかちゃんは察してくれたのか「そっか」とだけ言った。
 その話は終わり、二人は別のことを話しながら、テグスにビーズをとおしたり、フェルトをぬい合わせたりした。京はその日のうちに花がつらなった指輪を完成させた。花をつくるのも慣れてきた。
 早く完成できるようになれば、いろんなものをつくれる。しかしなぜか、たくさんワイヤーとビーズで花を編んでも、以前のようなわくわく感がないのだ。
 なぜかわからず、京はひとり小さく首をかしげた。

 夏休みはお盆を過ぎると、あっという間に終わった。始業式である今日は、宿題をたくさん持って行った。教室で始業式が行われると、プリントなどを先生が集める。
「はい、それじゃあ今から体育館に、宿題でつくったものを置きに行きますよー。全員持ってきてねー」
 先生の言葉に京は少し驚いた。前の学校では終わりの会が終わってから各自置きに行っていたからだ。京は自分の作品を机の上に出した。それは写真立てだ。キャンプの時に拾った枝と、三枚のかまぼこ板を使ってつくった。ふちに使った木の枝には、大小さまざまなビーズをはりつけている。
 作品を持って、ろうかに並ぶ。すると後ろに立っていた女子が、京の作品が見えたのか声をかけてきた。
「小川さんのそれ、写真立て? すっごくかわいいね」
「え、ほ、ほんとう?」
「うん。とくにこの雪の結晶に似た、大きめのビーズがあちこちにあるのがかわいいと思う」
「ありがとう」
 すると京の前にいた女子もふり返り、「わあ、かわいい」と言ってくれた。すると前の女子が思い出したように、京に尋ねた。
「そういえば、小川さんってビーズできたよね?」
 京はどう答えようか、考えた。一瞬恐怖に支配されそうになったが、前の女子を、このクラスを信じた。
「うん、そうなんだ」
「それでいろんな種類のビーズを使ってるんだね。ねえ、もしよかったら、今度指輪とブレスレットつくってもらえないかな? かわいいのがほしいんだけど、思ってるのがお店でないんだ」
「うん、いいよ」
 京がうなずくと、前の女子はよろこんでくれた。先生におしゃべりしないように注意されたので、京たちはだまった。
 体育館に行くと、すでにいろんなクラスの子たちが、作品を並べていた。京たちも先生に指示された範囲に作品を置く。全員が置き終わると教室にもどった。後日改めて体育館へ作品を見にくるらしい。
 ちらりと見るとそこには、ほうかちゃんの作品があった。箱の中にフェルトでつくった小さなケーキが五つ並んである。どのケーキも細かいだけでなく、かわいらしくできている。さすがほうかちゃんだ。
 そして学校は午前中で終わった。
 教室を出ると、ほうかちゃんがろうかに立っていた。
「ねえ、京ちゃん。今日は『モリス』に行く?」
「うん、行くっ」
「やった。わたし、もうちょっと残らないといけないから、あとでね」
「うん、あとでね」
 京はほうかちゃんと別れて、一度家に帰るとお昼ごはんを食べて『モリス』にむかった。
 店の二階の作業場に行くと、ほうかちゃんが難しい顔をしていた。
「ほうかちゃん、どうしたの?」
「ここのぬい合わせ方がわかんないの」
 ほうかちゃんは本を指差した。ふだんぬいものの本を見ない京は、なにがどうなっているのかまったくわからない。ほうかちゃんはしばらく考えていたが、急に立ち上がった。
「よし、山坂さんに聞いてくる」
 ほうかちゃんはそう言って、一階へ下りた。京もどんな風にするのか気になって、ついて行った。するとちょうど山坂さんが、本とほうかちゃんがぬった場所を見ているところだった。京はほうかちゃんのとなりに移動する。
「ここがこれなの。それで、これを……」
 山坂さんは本とほうかちゃんがぬったものを照らし合わせながら、説明していた。京は、ときどきうなずいたり質問したりするほうかちゃんを見た。
ほうかちゃんはどんどんできることが増えていく。きっとこれからもそうなのだろう。京はそんなほうかちゃんがきらきらと輝いて、楽しそうに見えて、とてもうらやましくなった。
 そのとき、つくりかけのビーズが浮かんだ。いつまでも完成しない、赤いビーズのいちご。何度か練習したあと、ネックレスやイヤリングにするつもりだった。あの日まで、ビーズでなにかつくることも、つくったものをプレゼントして喜んでもらえるのも、楽しくてうれしかった。
 どくり、と心臓が強く鳴った気がした。まるでなにかを思い出したかのように。
 これでいいのだろうか。楽しい気持ちもなくなり、だらだらとつくる。そんなことをしたくない。もっと楽しみたいという思いと、前の学校で京をからかってきた和久井たちに、自分の楽しみを奪われたくないという気持ちがわく。
 京はぐっとにぎり拳をつくる。
「ほうかちゃん。わたし、ちょっと家でがんばってくる。自分のために」
 するとほうかちゃんは首をかしげたが「うん、わかった。がんばって」と言ってくれた。京は荷物をすべて持って、家に帰った。
 家に帰ってくると、お母さんが掃除機をかけているところだった。
「あら、京。今日は早いじゃない」
「お母さん、わたし、ちょっと部屋にいる。ばんごはん、いつもより遅くなると思うから、先に食べてて」
「なにをするの?」
 お母さんの質問に、京はどう答えればいいかわからなかった。しかしお母さんは、小さくため息をついて、にっこり笑った。
「京がそんなこと言うってことは、よっぽど大切なことなんでしょ。ファイトっ」
「うん。ありがとう」
 京は自分の部屋に入った。
 手提げかばんからビーズのケースをとり出し、勉強机の本だなから、ビーズの本を持ってくる。ふと以前にほうかちゃんがくれたうさぎのブローチが目に入った。胸元につける。いちごのつくり方のページを開けて、一とおり読んだ。
「まずはテグス百センチ」
 今回は本に書いてあるとおり、テグスにする。
 まずは緑色のビーズを六つとおす。一つ、二つ、三つ。四つ目をとおすときに、頭の中で笑い声が聞こえてきた。
『なんだよ、それえ』
『ぐちゃぐちゃじゃん』
 京はくちびるをかむ。
『おい、見てみろよ』
『へったくそだなあ』
 テグスやビーズを持つ手に力が入る。
 もう、あの子たちはいない。会うこともない。京は楽しいっていう気持ちをとりもどすために、歯を食いしばりながら、四つ目のビーズをとおした。
 手を震わせながらゆっくり、テグスにビーズをとおしていく。六つ目のビーズに左のテグスを入れて、緑色の輪っかをつくる。京は大きく息をはいた。まだ頭の中で声が聞こえてくる。けれどその声たちに負けじと、京は手を動かす。
 からかわれる前は、ビーズでいろんなものをつくるのが楽しかった。いろんなものをつくれるようになるのが、うれしかった。そんな日にもどりたい。
 京は赤いビーズをとおして、テグスを交差させて、をくり返した。一段、二段と少しずつ外側ができていく。
 和久井たちに楽しみを奪われるなど、絶対にいやだ。京はうさぎのブローチを、服につけたまま、にぎりしめた。
 ほうかちゃん、少しでいいから力を貸して。
 京はゆっくり手を動かす。しばらくすると、声が聞こえなくなってきた。すると手の動きは少しずつ速くなっていき、じょじょに形ができていく。
 本を見て、手を動かして。内側ができて、外側に広がっていって。まだつくり慣れていないので、思ったとおりの見た目ではないかもしれない。だがそれでもよかった。失敗を笑うなんて、おかしいのだ。京の心はどんどん強くなっていくような気がした。
 いちご本体をつくる。赤いひし形のビーズは、どんどんいちごの形になっていく。ヘタといちごをテグスでくっつける。最後にほどけないようにしっかりとテグスを結んで、余った部分をハサミで切った。
 そのときようやく部屋が暗くなってきていることに気づき、電気をつけた。
 京は少し離して完成したいちごを見る。ころんとした、丸みのある形。力加減がちがったため少しでこぼこしているところはあるが、きちんといちごに見える。
「できた……。わたし、きっとまたいろいろ挑戦できる」
 京は目の前のいちごが、宝石のように思えた。
 夜の七時半を少し過ぎていた。くう、と小さくおなかが鳴ったので、一階のリビングにむかう。するとお母さんがちょうどいすに座ったところだった。
「終わったの?」
「うん」
 京が答えるとお母さんは「そう」とほほえんだ。
「ちょうどごはんできたところなのよ。食べる?」
 京は首をたてにふる。するとお母さんは立ち上がって、おなべからスープをいれてくれた。
「コーンスープ。それにポテトサラダも」
「なんだか食べたくなっちゃった」
 お母さんはそう言ったが、どちらも京の好物だ。きっとお母さんなりに京を応援してくれていたのだろう。
「お母さん……ありがとう」
 京がお礼を言うとお母さんは、にっこり笑い「さ、食べましょ」と手を合わせた。京も同じようにして、ポテトサラダから食べた。つぶしきっていないじゃがいもと、マヨネーズの相性ほどいいものを、京は知らない。みじんぎりにした玉ねぎもシャキシャキしている。
「おいしい」
「よかった」
 京はお母さんのつくったポテトサラダをおなかいっぱいになるまでおかわりした。

 京はばんごはんを食べたあと、自分の部屋にもどった。本のページをめくり、今まで挑戦してこなかったものを見る。
「次、これつくりたいなあ」
 ページにのっているのは、ぶどうだった。濃さがちがう三種類の紫を使って、球体をビーズでつくる。材料が書かれているところを見ると、パールビーズなども必要なようだ。
「持ってないビーズは『モリス』で買おうっと。それまではこっちの球体のほうをつくって……」
 京はワイヤーを百センチ切って、ビーズをとおしはじめる。さっきのような声はもう聞こえなくなっていた。
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