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土井さん1
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土日はあっという間に終わり、月曜日になった。新しい学校の門をくぐるのに、まだ少しきんちょうする。一限目が終わると、みんなは次の授業である理科の準備を始めた。
「小川さん、次は理科室だからいっしょに行こう。どこにあるか教えてあげる」
となりの席の女子、三島さんがそう言ってさそってくれた。
「ありがとう」
京は理科の教科書とノート、下じきと筆記用具を持って、三島さんといっしょに理科室にむかった。
この学校は校舎が北と南に分かれている。北の校舎に特別教室のほかに、二年生、四年生、五年生の教室があり、南の校舎には職員室や保健室や図書室、一年生、三年生、六年生の教室があるらしい。
休み時間になったので、ろうかにはたくさんの子たちがいた。
「理科室はこの校舎の二階のおくにあるんだよ」
三島さんはそう言った。そのとき前から歩いてきていた子と、京の肩がぶつかった。
「あ、ごめんっ」
京はとっさに謝った。すると相手の子がこちらをむいた。
「ううん、こっちこそごめ……あれ、あなた」
ぶつかった相手は、なんと土曜日に『クラフトショップ モリス』にいた、あの女の子だったのだ。心臓がバクバクする。
どうしよう、ビーズのことがばれちゃう。
後ろから「小川さんっ、待って」と三島さんに言われて初めて、京は自分が走っていることに気がついた。
もうつらい思いをするのはいやだ。
京の心は息をするのも辛いくらい、苦しくなった。
なんとか二限目の理科をふくめた、午前中の授業を終え、給食を食べる。今日はパン、野菜がたっぷり入ったカレー風味のスパゲッティ、とりのからあげだった。
お昼休みになると、ろうかに近い席の男子に声をかけられた。
「小川さん、呼ばれてるよ」
「え?」
京は入口のほうを見た。そこには『クラフトショップ モリス』で会った女の子、土井さんがいた。京は彼女に近づいた。すると土井さんが口を開こうとしたので、先に京が言った。
「ここじゃないところがいい。あんまり人のいないところ」
すると土井さんは不思議そうにしながらも、「オッケー」とうなずいた。
二人は中庭のすみにある、森をとても小さくしたような、さまざまな木が植わっているところにきた。
「あなた、転校生だったんだね。なんでさっき走って行っちゃったの?」
土井さんの質問に、京はどう答えようか迷ったが、素直に話すことにした。
「わたし、ビーズでいろいろつくってたの。指輪とかネックレスとか。花もね、つくれるの。でも……前の学校で、難しいやつをがんばってつくってたら、下手だって笑われたの。だから……ビーズ、もうやめちゃった」
京は服の胸もとをぎゅっとにぎる。
「クラフトショップ行ったって、あなたが言ったら『なんで行ったの?』って聞かれて、そこからビーズでいろいろつくってたって知られて、また笑われたくないって思ったら、走ってた。……ごめんね。土井さんのことがいやだったわけじゃないの」
すると土井さんはにっこり笑った。
「よかった。わたし、なにか悪いことしちゃったのかなって思ってたから。あ、もちろん今話してくれたこと、だれにも言わないから」
京はひとまずほっとした。
「ねえ、せっかくだからこのままおしゃべりしようよ」
ほうかちゃんの提案に、京はうなずいた。ほうかちゃんといっしょに一番近い花だんの縁に座る。
「ねえ、小川さんってビーズ以外になにか好きなこと、ある?」
京は考えた。今まで編み物やパッチワークもやってみたが、ビーズのほうが楽しかった。
「思い浮かばないかも。食べ物だったら、ポテトサラダが一番好き」
「おいしいよね、ポテトサラダって。わたしはクリーム系のパスタが好き。ねえ、前ってどこ住んでたの?」
京はなるべく学校のことを思い出さないようにしながら答えた。
「となりの市にある、わけざら町ってところ。夏はすっごく暑くて、冬はびっくりするくらい寒いの。家の近くに川があってね、すごく水がきれいだったんだ。でも一人で川に行っちゃいけなかったの、そういう校則があったから」
「へえ。この町の川より大きい?」
「ううん、幅はそんなに大きくない。でも結構長かったんだ。そこの水でね氷つくってて、夏になるとかき氷があちこちのお店に並ぶんだ」
「へーっ。本当に水がきれいなんだね」
感心している土井さんに、今度は京が尋ねた。
「土井さんはなにつくってるの?」
「えっとねえ、フェルトで人形とかつくってるんだ。いつかね、テディベアみたいに立体的なものをつくれるようになるのが目標なの」
「そうなんだ」
「小川さんは、なにがきっかけでビーズはじめたの?」
「おばあちゃんがね、指輪とか犬とかいろいろつくってたんだ。きらきらしてて、きれいで、おばあちゃんに『ちょうだい』っていっぱいもらったの。そのうちね、わたしもきらきらしてきれいなものつくりたいって思って、おばあちゃんにいろいろ教えてもらったんだ」
おばあちゃんが初めて京にくれたのは、ひし形のビーズをたくさん使ってつくった指輪だった。まん中に緑のビーズが四つついていて、電気や太陽の光に当てると、本物の宝石のようにきれいだった。その指輪はまだ持っていて、宝箱にしまってある。
その後も二人は昼休みが終わるまで、おたがいのことを話した。
その日の夜、京はクローゼットのおくから、ビーズをとり出した。じいっと見つめていると、あのときのいやな気持ちといっしょに、土井さんの顔が浮かぶ。
京は土井さんがだまっていてくれると約束してくれて、ほっとした。そして土井さんがうらやましくなった。まだビーズを、つくることを楽しめる気がしない。
京は暗い表情で、再びビーズをクローゼットにしまった。
「小川さん、次は理科室だからいっしょに行こう。どこにあるか教えてあげる」
となりの席の女子、三島さんがそう言ってさそってくれた。
「ありがとう」
京は理科の教科書とノート、下じきと筆記用具を持って、三島さんといっしょに理科室にむかった。
この学校は校舎が北と南に分かれている。北の校舎に特別教室のほかに、二年生、四年生、五年生の教室があり、南の校舎には職員室や保健室や図書室、一年生、三年生、六年生の教室があるらしい。
休み時間になったので、ろうかにはたくさんの子たちがいた。
「理科室はこの校舎の二階のおくにあるんだよ」
三島さんはそう言った。そのとき前から歩いてきていた子と、京の肩がぶつかった。
「あ、ごめんっ」
京はとっさに謝った。すると相手の子がこちらをむいた。
「ううん、こっちこそごめ……あれ、あなた」
ぶつかった相手は、なんと土曜日に『クラフトショップ モリス』にいた、あの女の子だったのだ。心臓がバクバクする。
どうしよう、ビーズのことがばれちゃう。
後ろから「小川さんっ、待って」と三島さんに言われて初めて、京は自分が走っていることに気がついた。
もうつらい思いをするのはいやだ。
京の心は息をするのも辛いくらい、苦しくなった。
なんとか二限目の理科をふくめた、午前中の授業を終え、給食を食べる。今日はパン、野菜がたっぷり入ったカレー風味のスパゲッティ、とりのからあげだった。
お昼休みになると、ろうかに近い席の男子に声をかけられた。
「小川さん、呼ばれてるよ」
「え?」
京は入口のほうを見た。そこには『クラフトショップ モリス』で会った女の子、土井さんがいた。京は彼女に近づいた。すると土井さんが口を開こうとしたので、先に京が言った。
「ここじゃないところがいい。あんまり人のいないところ」
すると土井さんは不思議そうにしながらも、「オッケー」とうなずいた。
二人は中庭のすみにある、森をとても小さくしたような、さまざまな木が植わっているところにきた。
「あなた、転校生だったんだね。なんでさっき走って行っちゃったの?」
土井さんの質問に、京はどう答えようか迷ったが、素直に話すことにした。
「わたし、ビーズでいろいろつくってたの。指輪とかネックレスとか。花もね、つくれるの。でも……前の学校で、難しいやつをがんばってつくってたら、下手だって笑われたの。だから……ビーズ、もうやめちゃった」
京は服の胸もとをぎゅっとにぎる。
「クラフトショップ行ったって、あなたが言ったら『なんで行ったの?』って聞かれて、そこからビーズでいろいろつくってたって知られて、また笑われたくないって思ったら、走ってた。……ごめんね。土井さんのことがいやだったわけじゃないの」
すると土井さんはにっこり笑った。
「よかった。わたし、なにか悪いことしちゃったのかなって思ってたから。あ、もちろん今話してくれたこと、だれにも言わないから」
京はひとまずほっとした。
「ねえ、せっかくだからこのままおしゃべりしようよ」
ほうかちゃんの提案に、京はうなずいた。ほうかちゃんといっしょに一番近い花だんの縁に座る。
「ねえ、小川さんってビーズ以外になにか好きなこと、ある?」
京は考えた。今まで編み物やパッチワークもやってみたが、ビーズのほうが楽しかった。
「思い浮かばないかも。食べ物だったら、ポテトサラダが一番好き」
「おいしいよね、ポテトサラダって。わたしはクリーム系のパスタが好き。ねえ、前ってどこ住んでたの?」
京はなるべく学校のことを思い出さないようにしながら答えた。
「となりの市にある、わけざら町ってところ。夏はすっごく暑くて、冬はびっくりするくらい寒いの。家の近くに川があってね、すごく水がきれいだったんだ。でも一人で川に行っちゃいけなかったの、そういう校則があったから」
「へえ。この町の川より大きい?」
「ううん、幅はそんなに大きくない。でも結構長かったんだ。そこの水でね氷つくってて、夏になるとかき氷があちこちのお店に並ぶんだ」
「へーっ。本当に水がきれいなんだね」
感心している土井さんに、今度は京が尋ねた。
「土井さんはなにつくってるの?」
「えっとねえ、フェルトで人形とかつくってるんだ。いつかね、テディベアみたいに立体的なものをつくれるようになるのが目標なの」
「そうなんだ」
「小川さんは、なにがきっかけでビーズはじめたの?」
「おばあちゃんがね、指輪とか犬とかいろいろつくってたんだ。きらきらしてて、きれいで、おばあちゃんに『ちょうだい』っていっぱいもらったの。そのうちね、わたしもきらきらしてきれいなものつくりたいって思って、おばあちゃんにいろいろ教えてもらったんだ」
おばあちゃんが初めて京にくれたのは、ひし形のビーズをたくさん使ってつくった指輪だった。まん中に緑のビーズが四つついていて、電気や太陽の光に当てると、本物の宝石のようにきれいだった。その指輪はまだ持っていて、宝箱にしまってある。
その後も二人は昼休みが終わるまで、おたがいのことを話した。
その日の夜、京はクローゼットのおくから、ビーズをとり出した。じいっと見つめていると、あのときのいやな気持ちといっしょに、土井さんの顔が浮かぶ。
京は土井さんがだまっていてくれると約束してくれて、ほっとした。そして土井さんがうらやましくなった。まだビーズを、つくることを楽しめる気がしない。
京は暗い表情で、再びビーズをクローゼットにしまった。
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