わたくしは親も兄弟もおりません!自由にさせていただきます!……はぁぁ?今更何をおっしゃいますの?

刹那玻璃

文字の大きさ
上 下
37 / 68
番外編を集めてる^_^ ねこネコ(=^ェ^=)

生まれたてのルナリア(ちょっと戻る)

しおりを挟む
 荷物を抱えて廊下を歩くティアは、3年前から歩き方は変わらない。
 ビーズ装飾も刺繍もないフラットシューズを履いて、ぽてぽてと歩く。

 ただその姿は傍から見たら、両腕で抱える荷物が大き過ぎて、まるで衣装の塊が移動しているかのよう。

 しかも時折よろめいたりするので、妙にひやひやさせられる。
 けれど、これは娼館にとったら日常の光景。

 ティアがうっかり荷物を床にぶちまけることはしないとわかっているので、すれ違うバトラーもメイドも、ティアの行き道を塞がないよう道を譲る。

 すれ違う使用人たちは働き者のティアを手伝いたい。けれど、あと5分でメゾン・プレザンの門が開く。

 忙しさは最高潮。上を下への大騒ぎ状態。
 お互い頑張ろうとティアに声を掛けるのが精一杯だった。



 地下の衣裳部屋は倉庫のように広い。
 けれど、ドレスや靴などの小物が溢れかえっているので、実際はかなり狭く感じる。

 躓かない程度の明かりが灯る中、ティアは抱えていた荷物を一旦手近な棚に置く。次いで、ドレスを一着一着丁寧に作り付けのクローゼットにしまい込む。

「……よし。完璧」

 ティアは綺麗にクローゼットに収まったドレスを目にして頷くと、今度は小物と靴をしまう為に、梯子に登り始める。

 収納棚は天井まであるので、背の低いティアは、つま先立ちしても到底届かないのだ。 

 靴や扇子、それから髪飾り。小物と言ってもそれなりの数があるため、一気に全部をしまうことはできない。
 なので、ティアは荷物を抱えては所定の棚に戻すことを繰り返す。

 そうしているうちに、楽団の曲目がオーバーチュアから迎賓曲へと変わった。
 
 それは地下の衣裳部屋にいるティアの耳にも届いていた。

「………ふぅ」

 やっと最後の靴をしまい終えたティアは、梯子の一番上に腰かけて、大きく息を吐いた。

 裏方に徹しているティアは、毎日この音楽が流れると、やっと一息つくことができるのだ。

 本当に毎日毎日、開館時間の直前はいつも慌ただしい。
 どれだけ事前に準備をしていても、気まぐれな娼婦の姐さまによって結局バタバタしてしまう。

 だが、ティアはその忙しさが好きだった。
 忙しければ、何も考えなくて良い。ただ黙々と手を動かしていれば時間が過ぎてくれる。

 それに姦しい娼婦の姐さま達の声を聴くのも嫌いではなかった。

 そんな娼婦の姐さま達は今頃、極上の笑みを浮かべ接客を始めているだろう。
 自分もこんなところで、のんびりしている場合ではない。

 ティアは、ぼんやりしていた思考をすぐさま切り替える。

 さてこれから、調理場へ行って、料理の盛り付けの手伝いをしなければ。それに娼館は部屋を回してなんぼ。
 だからマダムローズの伝令係として、館中を走り回らなくてはならない。

 よし、頑張るか。

 ティアは気合を入れる為に軽く伸びをして、梯子から降りようとした……が、その瞬間、ガチャリと扉が開いた。
 
「ティア、お客さんだよ」

 ノックもなく地下の衣裳部屋の扉を開けたのは、バトラー見習いのロムだった。

 ロムはティアより1つ年上の19歳。
 
 西のトニアという海沿いの町で貿易商を営む商家の次男坊。
 経営が悪化したのをきっかけに、2か月前からここで住み込みで働くようになったのだ。

 そんなロムは、先輩のバトラーから知らせを受けて慌てて走ってきたのだろう。
 ティアに声を掛けた後、肩で息をしている。

 頬も僅かに赤い。けれど、それはティアを前にしているから。

 ……つまりロムは、現在進行形でティアに想いを寄せているのだ。
 それは、このメゾン・プレザンに身を置く者なら周知の事実。

 だが、誰も口には出さないし、ティアに伝えることもしない。

 ティアはこれから先、未来永劫、ずっとずっと結婚しないと決めている。そして、誰とも恋仲になるつもりもないのだから。

「ん?お客様ですか?」

 ロムの言葉を受けて、ティアの宝玉のような翡翠色の瞳が、不思議そうにくるりと動く。

 ティアは娼館生まれの娼館育ちだけれど、客を取ることはしない。
 あくまで下働きに徹している。

「えっと……バザロフさまがいらしたそうだよ」
「あ!」 

 短く声を上げた後、ティアの口元が僅かに緩んだ。

 ティアには一人だけ顧客がいる。
 その人とは長い付き合いで、ティアが信頼を置く数少ない者でもある。

 思い当たる人物に気付いたティアは、ロムに向かって、こくりと頷いた。

「すぐに行きます」
「うん。そうしてくれ───…って、うわぁ」

 ロムを見下ろしながらそう言ったティアは、ふわりと梯子から飛び降りたのだ。

 その勢いでティアのスカートの裾が靡き、膝と足首が丸見えとなる。
 めったに日に当たらないせいか、それは、白くすらりとして、年頃のロムにとったら、かなり目の毒だった。

「わぁああっ」

 ロムは声を上げながら慌てて目を逸らす。
 
 本音は食い入るように見ていたいところだが、ティアに嫌われるくらいならと、なけなしの理性でそうしたのだ。  

 けれど猫のように音もなく着地したティアは、ロムのそんな気遣いというか下心などまったく気付いていない。

 ワンピースの裾を軽くたたいて埃と皺を取る。

「じゃあ、行ってきます」

 ぺこりと頭を下げたティアは、そのまま勢いよく廊下へと飛び出した。

 後に残されたロムは、慌てて廊下を走るティアに声を掛ける。

「ああ、ティアっ、エプロンは外して行けっ。あと、髪に結んでいる麻紐も外しておけよっ」

 妹に向けるような言葉ではあったけれど、内心、自分の気持ちに気付かないティアに苦い気持ちでいるロムであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

伯爵令嬢の秘密の知識

シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。

1人生活なので自由な生き方を謳歌する

さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。 出来損ないと家族から追い出された。 唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。 これからはひとりで生きていかなくては。 そんな少女も実は、、、 1人の方が気楽に出来るしラッキー これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

処理中です...