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わたくしは、誰なのでしょう?

お耳が聞こえなくても、パパたちと一緒にいたいのですわ。

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 目は開けていませんが、目を覚ましました。

 でも、とても目を開けることが怖いです。
 わたくしは今、耳が聞こえないので、目を開けるまで、そばに誰がいるかわかりません。
 それに、一人で寝ているのも寂しいのです。
 だから、アルベルトお兄さまが、

『お隣のお国の国王陛下からいただいてきた』

って渡してくださった、うさぎさんのぬいぐるみを抱っこして寝ています。

 早く耳が聞こえるようになったら嬉しいです。
 目も、もう少し良くなりたいです。
 
 ……でも不安なのは、耳が聞こえるようになったら、目が見えるようになったら、パパはわたくしを嫌いになるでしょうか……。
 いらないって言われないでしょうか?
 パパもママも、千夏ちゃんも風深ちゃんも、好きでいてくれるでしょうか?
 記憶が戻るのも、本当は怖いのです。



 頭が痛い時からずっと、誰かが怒ってる夢を見ます。
 無視をされる夢を見ます。
 大嫌いって言っている夢も見ます。
 ……それに、いらないって言われました。

 言った人は、パパやママじゃないと思うのです。
 でも、悲しくて苦しくて……。



《どうしたのかしら? わたくしの可愛い子》

 ふわっと抱きしめてくれる声無き声の存在……。

「マレーネママ?」

《どうしたの? 泣きたいのなら泣いてしまいなさいな。それにわたくしに話してごらんなさい。ここで言えないのなら、空で話しましょう》

「このまんまがいいのです……怖くなっただけ」

《何が?》

 優しい声に、つい我慢ができず、わんわん泣きじゃくります。

「もう……なにもみたくないのです。怒られる声も、聞きたくないの……思い出したくないの……でも、甘えてるのです……パパやママに、甘えてるのです。でも、甘やかされて……いいのかわからないのです」

《あら……どうして?》

「可愛くないって、可愛げがないって、いらないって……言われちゃう。いい子でいないと、いらないって怒鳴られる夢を見るの。パパやママに、い、いらないって、言われたくないのです!」

《……可愛げがないって、パパに言われたの? それともママに?》

 一瞬、間があって声が響く。
 わたくしは大きく首を振ります。

「ううん、パパやママじゃない……もっとかん高い声。その声を思い出すと、胸が痛いの。手足が冷えて、胸がビリビリ裂かれそうなの……」

 マレーネママに抱き上げられ、背中をトントン優しく叩かれて、すんすんとしゃくりあげる。

「わたくしはいらないって、二度と聞きたくなかったから、お耳が聞こえなくなった。こっちを見るなって言われたから、見ないように目も悪くなった。もういらないって思ったから、記憶も消しちゃったんだ……」

《何故それが哀しいの? 辛いことを覚えて、何度もなくくらい辛いことなのに、覚えていて、何が幸せなの? 忘れることは悪くないわ。わたくしの可愛い彩映》

 マレーネママは顔を寄せて、すりっと頬擦りをする。

《それにね? わたくしたちは長生きよ? 全部抱えてなんて生きていけない。時には忘れるようにする。特に悪いものをね。じゃないと気分も重くなるわ。この肌艶や翼にも影響してよ?》

「翼? ママの翼にも影響するの? どうして?」

《だって、憂鬱になったら、空を飛ぶのも楽しくないわ。重くなるわね。だからもし、わたくしなら、その言った相手を当然無視よ、無視。それに、口で攻撃されたら、その3倍は言い返すつもりだわね。もし可愛くないって言われたら、『そんなことを言う、あなたの方が可愛くないわ。それに、あなたに可愛いって思われたくないわ』って……あぁ、さっきあの方に言ったわね。だって本当だもの。わたくしのこと綺麗とか、かわいいって思ってくれるのは、彩映でいいわ。それに仲良くしてくれそうな、あなたの家族もいいわね。彩映のママやママの妹さんは、可愛らしい方たちだわね。仲良くしたいわ》

「ママ、大好きなの。パパも。だからね……目が見えるようになって、耳も聞こえるようになりたいと思ったの……でも、怖い」

 マレーネママの胸に抱きつく。

《そんなに辛いなら、頑張らなくていいと思うわ。急いで思い出さなくていい。忘れたままでいい。あなたはあなた。そんな嫌な、辛い思い出は、捨てちゃいなさい。記憶がないのは必要ないからよ。なくしたのは、あなたが一杯一杯だったからよ。次の幸せのために、記憶に鍵をかけたのね》

 優しい声に甘い匂い……。
 耳が悪くても聞こえるマレーネママの声は、道に迷うわたくしにとって、道を示すもので、地を這う者には、天上の音楽のよう。

《苦しむくらいなら、わたくしが、その記憶を空の裁きの女神の元に届けましょう。裁きの女神は、名前はともかく、とても心優しい方よ? あなたが悪いと絶対言わないと思うわ。それに、悲しむくらいなら、そこでその記憶を粉々に砕いていただきましょう。だって、彩映の心を苦しめるもの、それは一生つきまとう影となりしこりとなり、重しとなる。それは、かわいいあなたの笑顔がみたい、わたくしには必要がないから》

「記憶を?」

《えぇ。もう忘れてしまいなさい。わたくしがきっと届けるわ。安心しておやすみなさい。悪夢はもう二度とみないから》

「……本当?」

《えぇ。わたくしの可愛い彩映。大丈夫よ。おやすみなさい。次に目を覚めたら、忘れてるわ》

 その言葉に、わたくしは何度か頷いて、目を閉じたのでした。
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