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わたくしは、誰なのでしょう?
もしかしたら……多分……かもしれない……曖昧な言葉というのは不安と絶望感を味わうんだな……ちぃちゃん目線
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俺が目を覚まし、ぱぱっと服を着て、隣室……今現在仮住まいで、小さいがベッドのあるスペースが俺の仮の私室だ。
隣がルナの病室になっていて、薬と清潔な寝具に取り替えられるようメイドたちが持ってきてくれたワゴンが置かれ、その横に氷枕や適度に冷たい水を入れる保冷庫を置いている。
ベッドのそばには伯父上と、王宮で定期的に俺の主君であり従兄弟の国王陛下を診ている王の主治医……アルス様がいてルナを診察していた。
だが、普段は飄々とした印象のアルス様が、いつになく険しい表情で、ルナの顔を見つめている。
下の瞼に触れ目を確認したり、腫れ上がる首を診ては、カルテに書き込んでいる。
「あの……すみません。遅くなりました。来ていただいてありがとうございます。アルスさま」
「あぁ。構わない。聞いたぞ。看病でほとんど寝ていないんだろう? 少しでも休んだほうがいい。もう少し寝ていてもいいぞ」
こちらを見ることもなく、眉間に深いシワを寄せたままカルテとルナを交互に……。
「いえ、心配なので……息子たちも風疹になりましたが、すぐによくなったんです。でも、ルナはどんどん悪くなって……心配で……」
「あぁ、普通はここまで、幼児が悪化することはないな。子供の頃になっていても、歳をとるごとに抗体がなくなり、成人……特に男が重症化することがある。高熱だけでなく、脳炎、肺炎という具合だ」
「脳炎……?」
俺は目を見開いた。
「……脳の炎症だ。ウイルスが入り、相当痛みが続く。大人でも激痛に苛まれ、もがき苦しむ」
「ルナは! ルナもなんですか?」
「……」
返事はない。
俺は膝をつき、顔を覆った。
もっと早く、気がついていれば……なんで、なんで、なんで……。
後悔とルナに申し訳ない……いや、俺が代わってあげられたらと言う思いで、言葉が出ない。
「酷い宣告になると思うが、最悪の状況になる可能性もあるから伝えておく」
診察を終えたアルス様の硬い声が聞こえ、手を下ろし、顔を上げた。
泣くな……苦しいのは、辛いのは、泣きたいのはルナだ。
俺が泣く権利はない。
俺は父として、生きる決意をしているんだ。
カルテをチラッと見たアルス様は、小さく首を振る。
「命は助かるだろう。だが、重い後遺症が残る……とだけ伝える」
「後遺症……」
命が助かるなら、後遺症があっても大丈夫と思っていた。
でも、どんな後遺症があるのだろう……身体が弱い? それとも……。
「……まず、今現状、耳が聞こえない、もしくは聞こえにくい状態かもしれない。もしかしたら、高熱と痛みのせいで反応が鈍い可能性があるので、後日検査する」
「耳が?」
呆然とする。
「それと、同じように熱と痛みで反応がにぶいせいかもしれないが、目も、光を当ててもあまり反応がない」
「……っ!」
「……視力の極端な低下、もしくは失明している可能性大だ……俺も、長年さまざまな症状を見てきたが、ここまで辛い宣告をしたくなかった」
顔を歪め、ゆっくりと首を振る。
医師として無力さを覚える、悔やむ……その時なのだと思う。
アルスさまは王の主治医……この国でも最も優れた医師だ。
そんな方が、診断を下すのだ。
ほぼ100%に近い確率だろう。
「俺が……もっと早く診察をお願いしていれば、相談していれば! こんなことには……」
辛いのは俺じゃない……わかっていても涙が溢れて止まらない。
「俺がもっと早く決断して、あいつらから引き離していれば……ちゃんと見ていれば!」
「……というか、お前は叔父として、最善をとっていたはずだ。悪いのは元の親。嘆くな」
「ですが……ですが……」
悔しい、悔しい!
憎い!
病気も、俺自身も……そして、もうここにいないあいつらが!
すると、
「……ぱ、ぱ……」
苦しげにぜいぜいとした息の間に、か細い声が……。
「パパ……パ、パ……」
小さい手が空に伸ばされる。
「ルナ!」
俺は立ち上がり、駆け寄るとそっと壊れ物のように優しく抱きしめる。
「ルナ、パパはここにいる。大丈夫だ」
ルナにはもしかしたら、聞こえていないかもしれない。
けれど、届いていることを信じて耳元で囁く。
「ルナ……ルナ……ここにいるよ。パパはここにいる」
背中を撫で、手を握り俺の頬に当てた。
俺は……ルナのパパは俺だけ。守ってみせる。
「パパだ。ずっといるから大丈夫だ。おやすみ……」
「パパ……」
苦しげだった表情が緩み、ほんのりと笑みを浮かべ、そのまま目を閉じた。
俺は、決意を新たにする。
これからどんなことになっても、ルナが幸せになる方法を見つけるのだと。
まず、ルナの病気を治し、元気に成るまで仕事を休む。
もしそれで仕事を辞めることになったとしても、後悔しないと。
隣がルナの病室になっていて、薬と清潔な寝具に取り替えられるようメイドたちが持ってきてくれたワゴンが置かれ、その横に氷枕や適度に冷たい水を入れる保冷庫を置いている。
ベッドのそばには伯父上と、王宮で定期的に俺の主君であり従兄弟の国王陛下を診ている王の主治医……アルス様がいてルナを診察していた。
だが、普段は飄々とした印象のアルス様が、いつになく険しい表情で、ルナの顔を見つめている。
下の瞼に触れ目を確認したり、腫れ上がる首を診ては、カルテに書き込んでいる。
「あの……すみません。遅くなりました。来ていただいてありがとうございます。アルスさま」
「あぁ。構わない。聞いたぞ。看病でほとんど寝ていないんだろう? 少しでも休んだほうがいい。もう少し寝ていてもいいぞ」
こちらを見ることもなく、眉間に深いシワを寄せたままカルテとルナを交互に……。
「いえ、心配なので……息子たちも風疹になりましたが、すぐによくなったんです。でも、ルナはどんどん悪くなって……心配で……」
「あぁ、普通はここまで、幼児が悪化することはないな。子供の頃になっていても、歳をとるごとに抗体がなくなり、成人……特に男が重症化することがある。高熱だけでなく、脳炎、肺炎という具合だ」
「脳炎……?」
俺は目を見開いた。
「……脳の炎症だ。ウイルスが入り、相当痛みが続く。大人でも激痛に苛まれ、もがき苦しむ」
「ルナは! ルナもなんですか?」
「……」
返事はない。
俺は膝をつき、顔を覆った。
もっと早く、気がついていれば……なんで、なんで、なんで……。
後悔とルナに申し訳ない……いや、俺が代わってあげられたらと言う思いで、言葉が出ない。
「酷い宣告になると思うが、最悪の状況になる可能性もあるから伝えておく」
診察を終えたアルス様の硬い声が聞こえ、手を下ろし、顔を上げた。
泣くな……苦しいのは、辛いのは、泣きたいのはルナだ。
俺が泣く権利はない。
俺は父として、生きる決意をしているんだ。
カルテをチラッと見たアルス様は、小さく首を振る。
「命は助かるだろう。だが、重い後遺症が残る……とだけ伝える」
「後遺症……」
命が助かるなら、後遺症があっても大丈夫と思っていた。
でも、どんな後遺症があるのだろう……身体が弱い? それとも……。
「……まず、今現状、耳が聞こえない、もしくは聞こえにくい状態かもしれない。もしかしたら、高熱と痛みのせいで反応が鈍い可能性があるので、後日検査する」
「耳が?」
呆然とする。
「それと、同じように熱と痛みで反応がにぶいせいかもしれないが、目も、光を当ててもあまり反応がない」
「……っ!」
「……視力の極端な低下、もしくは失明している可能性大だ……俺も、長年さまざまな症状を見てきたが、ここまで辛い宣告をしたくなかった」
顔を歪め、ゆっくりと首を振る。
医師として無力さを覚える、悔やむ……その時なのだと思う。
アルスさまは王の主治医……この国でも最も優れた医師だ。
そんな方が、診断を下すのだ。
ほぼ100%に近い確率だろう。
「俺が……もっと早く診察をお願いしていれば、相談していれば! こんなことには……」
辛いのは俺じゃない……わかっていても涙が溢れて止まらない。
「俺がもっと早く決断して、あいつらから引き離していれば……ちゃんと見ていれば!」
「……というか、お前は叔父として、最善をとっていたはずだ。悪いのは元の親。嘆くな」
「ですが……ですが……」
悔しい、悔しい!
憎い!
病気も、俺自身も……そして、もうここにいないあいつらが!
すると、
「……ぱ、ぱ……」
苦しげにぜいぜいとした息の間に、か細い声が……。
「パパ……パ、パ……」
小さい手が空に伸ばされる。
「ルナ!」
俺は立ち上がり、駆け寄るとそっと壊れ物のように優しく抱きしめる。
「ルナ、パパはここにいる。大丈夫だ」
ルナにはもしかしたら、聞こえていないかもしれない。
けれど、届いていることを信じて耳元で囁く。
「ルナ……ルナ……ここにいるよ。パパはここにいる」
背中を撫で、手を握り俺の頬に当てた。
俺は……ルナのパパは俺だけ。守ってみせる。
「パパだ。ずっといるから大丈夫だ。おやすみ……」
「パパ……」
苦しげだった表情が緩み、ほんのりと笑みを浮かべ、そのまま目を閉じた。
俺は、決意を新たにする。
これからどんなことになっても、ルナが幸せになる方法を見つけるのだと。
まず、ルナの病気を治し、元気に成るまで仕事を休む。
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