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始まりは多分お別れという意味なのですわ。
馬鹿たちへの断罪より、怖いよ〜……シエラ目線
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私……シエラは、馬鹿どもを閉じ込めた千夜の寝室を出て、親族の集まる一番広い本邸の大広間に移動している。
……ごめんね、千夜。
君たちの住居スペースは、軟禁施設になっちゃったよ。
移動させるのも面倒だし、うるさいし、暴れるし、触りたくないからさぁ……今度、一気にまとめて改築してもらうから許してね?
そのお金は全部、あの馬鹿たちに借金としてつけておくよ。
今持ってる財産も装飾品も、慰謝料等々で差し押さえになるようにしなきゃね?
うん、労働で借金返済なんて、身体も鍛えられるし、ちゃんと真面目に働けば収入も少しはあるし、反省もできるし、いいこと尽くめだよね?
それにいくらマルムスティーン家だって、家のために働きもしない、財産を食い潰すだけのバカ息子を養う金があるなら、別のもの……そう、例えば、ルナに投資するとか、ルナの研究室を作るとか、ルナのこれからのためにカウンセラーや専門分野を伸ばす家庭教師のためのお金が必要だよね。
それに、馬鹿を追い出す代わりに、うちの孫の婿を一日も早く連れ戻したいんだよ。
もう、ひ孫も3歳だからね。
あの子はもう、父親がいないことを理解してる。
そのマルセルが帰ってこられる環境がほしい。
そのためにも馬鹿たちを、スティアナに送り出すからね?
今まで子育てもろくにせず、遊びに、浮気に、散財……自分のものじゃ当然ないルナの発明で得た収入を盗んで、遊んでたバカどもに思い知らせてやろう!
家族に頼るのはよくない! 甘ったれるのもいい加減にしろ! 子供のお金を使うんじゃないってね?
私は一応、仕事の関わりが薄かったから口は挟まなかったんだけど、アンディールは普段から仕事も休みがちだったらしい。
遅刻も多いし、許可も得ず勝手に休むことすらあったようだ……これは、何度も報告があがってた。
何度も誰かが注意してた。
それなのに、有給とかは嬉々としてギリギリまで別にとってた。
普通に休暇を取るなら可愛げがあるけれど、一言目には子供たちが体調を崩したと言う嘘ばかり。
しかも、最近なんて育ててないルナが病気だから……本当は元気で、楽しそうに新しいものを作成中……看病のために休むなんて言っておいて、他の子供達を連れて4人で旅行に行っていたらしい。
そんな休暇の不正利用は許せないよね?
全部耳を揃えて、国庫に返済をしてもらわないと困る。
だから、仲良し家族で頑張って働いてね?
「おーい、兄貴! そっちじゃない。こっちだ」
「あ、はーい!」
方向音痴の私を連れて行ってくれるシュウは、先を歩くけどチラチラとついているのか確認している。
失礼だなぁ……ちょっと好奇心のおもむくままに動くくらい、いいでしょう?
「ねぇねぇ、シュウ? やっぱりさぁ、アンディールの次のマルムスティーン家の当主。ルナよりアルベルトの方がいいんじゃないかなぁ?」
「俺はいいけど、アルベルトはどう思うかな?」
「だって、まだ6歳でマルムスティーン侯爵家の次期当主って、ちょっと厳しくない?」
「うーん……過酷だけどなぁ……」
そう、マルムスティーン家は世界でも有数の裕福な一族であり、この国の外交も担うため、情報収集にも長けている。
当主のエドワードは私が育てた養い子で、現在、外交大臣として国に来る来賓との交渉に辣腕を振るう。
そのサポートとして、叔父にあたるアルベルトが筆頭外交官として国外を飛び回る。
本来、アンディールは父親の側でその仕事を手伝うか、アルベルトの仕事を半分くらい預かって他国の交渉を覚えるとかするべきだったけれど、全く仕事らしいものをしないで遊びまわっていた。
ルナは賢くていい子だけどまだ幼いし、発明や研究、勉強に熱中している。
そんな子に、一族の仕事だから外交交渉できるよね? なんて決めつけるのもどうかと思うんだ。
それに、カズール家のように後継者になれるような人間が少ないわけじゃない。
まずは大人たちが、仕事を分担したりするべきなんだよ。
直系だからなんて言ったって、その本来の後継者のアンディールがあれだよ?
その娘だったにしても、今まで辛い思いをしてきたんだから、好きなことを好きなだけさせてあげるのも一つだと思うんだよね?
まずは成人……まぁ、16歳くらいになってからでもいいと思う。
私はルナにとって曽祖母の弟に当たるから、これから話し合ってもいいよね?
考えながら歩いていると、肩を掴まれる。
「兄貴! どこに行くんだ。ここだろう?」
「あ、行きすぎちゃった。ありがとう~!」
シュウは私がどこかに行くかもと思ったのか、手首を掴んだまま扉をノックした。
「シュウです。兄貴と一緒です。失礼します」
声をかけて扉を開ける。
中には、エドワードをはじめとするマルムスティーン家の面々と、ものすごい迫力を醸し出すシュウの父親で姉の夫のエイ兄さまの姿が……。
あぁ、怖い! 絶対にキレてる!
だって、室内なのに風がカーテンを揺らしてるんだもの。
「……シエラ、シュウ。ルナはどうかな?」
「あ、うん。エイ兄様。ルナ、風疹みたいです」
カタコトの返答だけど、私、悪くない。
兄さま、風の術使うけど、今吹き荒れる風は、極寒のマルムスティーン領の風より冷たいです。
凍りつきそうです……。
「風疹? 普通、6歳なら予防接種をしているはずだが……調子が悪かったのかな?」
「いえ、馬鹿夫婦はルナの予防接種していませんでした。それに……」
見ると、シュウは膝をつき、ガバッと土下座をする。
「本当に申し訳ありません! 七聆を問い詰めたところ、自分は知らない。多分、ヴィク兄上がどうにかしているんじゃない? とか、なんでそんなに私を責めるの? 嫌がらせするあの子が全部悪い! あんな……」
言葉を詰まらせたシュウは顔を上げ、
「あんな子、産まなきゃよかった……い、らない……と!」
声を震わせ、涙を流しながら告げる。
周囲は言葉を失う。
シュウの奥さんの瑞波ちゃんは、身体が丈夫じゃなかったから何度も流産を繰り返した。
そんな中でようやく長男のセイが、そして、三つ子が生まれた。
妊娠初期に流産の危機が何度もあり、それでも小さい身体ながらお腹でギリギリまで育て出産。
命の危機を脱し、大丈夫と起き上がれるようになってからは、ちゃんと子育てをしていた。
シュウだけでなく私たちも、子育てに協力した。
歳の離れた弟妹を本当に可愛がっていたセイは当然、手伝った。
一番大変だったろうに、瑞波ちゃんは愚痴ひとつ言わず、幸せそうに子供達に愛情を注いでいた。
それなのに……ここに瑞波ちゃんがいないことを、喜んでいる自分がいる。
シュウが最愛の瑞波ちゃんに聞かせたくないのと同じで、私だって瑞波ちゃんは妹のように大事で、傷つけたくない女性なんだ。
「俺は……ちゃんと育てていたつもりだった……なのに、たしなめても叱っても全然反省しない! それに、ルナばかり可愛がってと逆に責められる! 自分の子供の二人のことを邪険にすると! あんなに話が通じないとは思わなかった! あいつは3人の母親なのに、ルナをいないように扱う! 面倒も見ないのに、何かがあると、ルナが悪いんだと癇癪を起こす! おかしい! 全然話が合わない……しかも、意見を求めても、自分は悪くないというだけなんだ! 我慢できなくて、頬を叩いてしまった! そんなことはしてはいけないと……分かっていたけれど!」
心の中を吐き出すかのように、床を拳で叩きながら悔しそうに泣いている。
子供に手をあげる……それもしたくないよね。
でも、あんな馬鹿に手をあげて当然だと思う私は、ひどい人間かな?
だって……目に見える形ではないけれど、まだ幼いルナに、目に見えない、心に数えきれない傷を与え続けていた夫婦なんだよ?
もう一発! と思った私は悪くないよね?
「……うん! シュウの代わりに私が、馬鹿にはきっちりわからせてあげないとね!」
そう言って、にっこり笑って立ち上がるのは、シュウの母である清雅姉さま……エイ兄さまの奥さんで、私の異母姉。
この人もある意味破壊兵器だけど、あの話の通じない異分子、七聆に比べたら常識人の部類に入る。
あ、常識はあまりなかったねぇ~?
この人、破壊どころか破滅、殲滅、瓦礫すら粉塵にしてしまう人だった!
屈伸をしたり、肩を回しながら、楽しげに扉に向かって歩いていく姉さま。
「よっしゃ! 隙あり! 姉様捕獲砲!」
ポーン!
私はおもちゃの水鉄砲だったものを構えて、噴射した。
水が出るはずの発射口から飛び出したのは、水を纏ったネバネバ弾。
それが姉清雅の背中に当たると弾ける。
「何すんのよ! って、いやぁぁ! ネバネバ~!」
元が大きいわけではないが、中に詰まっているのは、ルナが作った『スライムヒエヒエ』の改良版。
配合を変え、粘着力の増したそれは、ちょっとした魔力を込めて打つだけで捕獲用の網になる。
前に実験で、悪さをする騎士団のクズをチョチョイっと捕まえてみたが、一番試すといいだろうと思っていた破壊魔女に一撃!
ルナに実験結果を教えてあげないとね。
上半身がまず動かしにくくなった姉様は、こちらを向いていきりたった。
目を怒らせてこちらに走ってこようとしたので、もう一発!
今度は太ももに近いあたりに射程を合わせ撃った。
ポーン!
避けきれなかった姉様は、今度こそ倒れ込んだ。
「シーエーラー!」
「母熊捕獲! 檻に入れて!」
「誰が熊よ!」
「この熊は季節関係なく凶暴だから、気をつけてね! みんな!」
「いつか絞める! 覚えてなさい! こんなおもちゃで遊ぶなんて!」
悔しげに歯噛みしつつ、のたうち回る姉様に、持っていたおもちゃの銃口を上に向け、チャキッとポーズをした。
うん、かっこいいと思う!
「あ、これね? 去年の大祭の時に、アンディール夫婦とその子供たちが、遊びに行って買ったおもちゃだって! 子供たちが遊んだんでしょ? 壊れたのを馬鹿たちの命令で、メイドが遊んでくださいって届けてきたんだって、ルナに! 本当に根性悪い家族だよねぇ?」
「はぁぁ?」
呆れ返る周囲。
「で、ルナと風深が悲しそうに見てたからって、千夏がアルベルトに直すことできないかって相談したんだって。でも、普通におもちゃとしては部品が壊れてるから、動かすには足りないから直せなくて、腹が立ったアルベルトが大改良したんだって」
ヴィクトローレ兄さまは、息子をチラッと見る。
すると、あまり感情を出すことのない末息子が、珍しく眉を寄せうなずく。
アンディールは口先男だが、その大叔父である青年は無口で大人しい。
「あのね? 一歩間違えたら危険だから! 何で作ったの?」
「……ムカついた」
「まぁ、腹が立つのはわかるよ? じゃぁ、どんなふうに作ったのか説明できる?」
父親をチラッと見たアルベルトは、しばらく考え込み、ポケットから四角い石板を出す。
すると、今度は真っ黒の石板に白い文字が浮き上がり、
『馬鹿ディール夫婦を捕獲して』
『一昼夜くすぐりの刑をするつもりで作った』
『ルナの作った『スライムヒエヒエ』の配合を変え』
『ネバネバ度をアップ』
『逃げようとしたら、粘着力が上がるようにしてみた』
と出てくる。
「これくらい喋りなさい! アンディールは喋らなくていいけど、お前は極端に喋らなすぎる」
『面倒』
「この程度で面倒じゃないでしょ?」
『ネバネバは、多分明日まで溶けない』
「清雅に口で言いなさい」
頭が痛いといいたげな父親をチラッと見て、
『この石板、これもルナ作った』
文字が浮かぶ。
『喋るの得意じゃない僕のこと、ルナ、理解してくれた』
『考えたこと浮かぶ』
「これもか!」
『これは僕用の携帯ハンドタイプ』
『次は大きいボードに映せるようにする実験がある』
「……な……仲良しだね? ルナと」
『うん。プロポーズしたい❤️』
その文字を盗み見た私は、愕然とする。
ちょっと待って!
アルベルトは、ルナの実父より年上で、一応千夜よりかは年下だけど三十路だ!
もしかして……。
『考え方、研究者として尊敬』
ほっ! 良かった……。
と安心した途端、浮かび上がった文字に凍りつく。
『でも、それだけじゃ足りない気がした』
『よく考えたら、今までの中で』
『一番可愛い❤️そう思った』
次々とハートマークが飛び交う。
『ルナ、ニコって笑うの可愛い❤️』
『何か興味が湧くと、キラキラした目になる❤️』
『デレデレドロドロに、甘やかせるのいいな❤️』
『他に目を向けないように、閉じ込めたい❤️』
文字が現れては消える。
「ひ、ひぃぃ……ここに、変態がいるよ! 変態だよ! ヴィク兄さま! ルナは6歳だよ! 三十路のアルベルトがいうセリフじゃない!」
「そうだよ、アルベルト! そんな変態発言やめなさい!」
『おじいさまたち、歳の差婚。僕がダメ、おかしい』
ムッとするアルベルト。
『嫌なら諦める』
『でも、ルナが成人するまで待つ』
「やめて~! 早く結婚しなさい! 頼むから!」
『やだ』
手を合わせて懇願する父親と、プイッとそっぽを向く息子の様子に私は頭を抱えた。
ルナの今後をどうするかの前に、いい歳をした……まぁ、三十路は一族ではお子ちゃまも同然なんだけど……大人が、ルナにプロポーズ云々……。
それよりも、馬鹿に制裁することを忘れてないか?
と思うのだった。
……ごめんね、千夜。
君たちの住居スペースは、軟禁施設になっちゃったよ。
移動させるのも面倒だし、うるさいし、暴れるし、触りたくないからさぁ……今度、一気にまとめて改築してもらうから許してね?
そのお金は全部、あの馬鹿たちに借金としてつけておくよ。
今持ってる財産も装飾品も、慰謝料等々で差し押さえになるようにしなきゃね?
うん、労働で借金返済なんて、身体も鍛えられるし、ちゃんと真面目に働けば収入も少しはあるし、反省もできるし、いいこと尽くめだよね?
それにいくらマルムスティーン家だって、家のために働きもしない、財産を食い潰すだけのバカ息子を養う金があるなら、別のもの……そう、例えば、ルナに投資するとか、ルナの研究室を作るとか、ルナのこれからのためにカウンセラーや専門分野を伸ばす家庭教師のためのお金が必要だよね。
それに、馬鹿を追い出す代わりに、うちの孫の婿を一日も早く連れ戻したいんだよ。
もう、ひ孫も3歳だからね。
あの子はもう、父親がいないことを理解してる。
そのマルセルが帰ってこられる環境がほしい。
そのためにも馬鹿たちを、スティアナに送り出すからね?
今まで子育てもろくにせず、遊びに、浮気に、散財……自分のものじゃ当然ないルナの発明で得た収入を盗んで、遊んでたバカどもに思い知らせてやろう!
家族に頼るのはよくない! 甘ったれるのもいい加減にしろ! 子供のお金を使うんじゃないってね?
私は一応、仕事の関わりが薄かったから口は挟まなかったんだけど、アンディールは普段から仕事も休みがちだったらしい。
遅刻も多いし、許可も得ず勝手に休むことすらあったようだ……これは、何度も報告があがってた。
何度も誰かが注意してた。
それなのに、有給とかは嬉々としてギリギリまで別にとってた。
普通に休暇を取るなら可愛げがあるけれど、一言目には子供たちが体調を崩したと言う嘘ばかり。
しかも、最近なんて育ててないルナが病気だから……本当は元気で、楽しそうに新しいものを作成中……看病のために休むなんて言っておいて、他の子供達を連れて4人で旅行に行っていたらしい。
そんな休暇の不正利用は許せないよね?
全部耳を揃えて、国庫に返済をしてもらわないと困る。
だから、仲良し家族で頑張って働いてね?
「おーい、兄貴! そっちじゃない。こっちだ」
「あ、はーい!」
方向音痴の私を連れて行ってくれるシュウは、先を歩くけどチラチラとついているのか確認している。
失礼だなぁ……ちょっと好奇心のおもむくままに動くくらい、いいでしょう?
「ねぇねぇ、シュウ? やっぱりさぁ、アンディールの次のマルムスティーン家の当主。ルナよりアルベルトの方がいいんじゃないかなぁ?」
「俺はいいけど、アルベルトはどう思うかな?」
「だって、まだ6歳でマルムスティーン侯爵家の次期当主って、ちょっと厳しくない?」
「うーん……過酷だけどなぁ……」
そう、マルムスティーン家は世界でも有数の裕福な一族であり、この国の外交も担うため、情報収集にも長けている。
当主のエドワードは私が育てた養い子で、現在、外交大臣として国に来る来賓との交渉に辣腕を振るう。
そのサポートとして、叔父にあたるアルベルトが筆頭外交官として国外を飛び回る。
本来、アンディールは父親の側でその仕事を手伝うか、アルベルトの仕事を半分くらい預かって他国の交渉を覚えるとかするべきだったけれど、全く仕事らしいものをしないで遊びまわっていた。
ルナは賢くていい子だけどまだ幼いし、発明や研究、勉強に熱中している。
そんな子に、一族の仕事だから外交交渉できるよね? なんて決めつけるのもどうかと思うんだ。
それに、カズール家のように後継者になれるような人間が少ないわけじゃない。
まずは大人たちが、仕事を分担したりするべきなんだよ。
直系だからなんて言ったって、その本来の後継者のアンディールがあれだよ?
その娘だったにしても、今まで辛い思いをしてきたんだから、好きなことを好きなだけさせてあげるのも一つだと思うんだよね?
まずは成人……まぁ、16歳くらいになってからでもいいと思う。
私はルナにとって曽祖母の弟に当たるから、これから話し合ってもいいよね?
考えながら歩いていると、肩を掴まれる。
「兄貴! どこに行くんだ。ここだろう?」
「あ、行きすぎちゃった。ありがとう~!」
シュウは私がどこかに行くかもと思ったのか、手首を掴んだまま扉をノックした。
「シュウです。兄貴と一緒です。失礼します」
声をかけて扉を開ける。
中には、エドワードをはじめとするマルムスティーン家の面々と、ものすごい迫力を醸し出すシュウの父親で姉の夫のエイ兄さまの姿が……。
あぁ、怖い! 絶対にキレてる!
だって、室内なのに風がカーテンを揺らしてるんだもの。
「……シエラ、シュウ。ルナはどうかな?」
「あ、うん。エイ兄様。ルナ、風疹みたいです」
カタコトの返答だけど、私、悪くない。
兄さま、風の術使うけど、今吹き荒れる風は、極寒のマルムスティーン領の風より冷たいです。
凍りつきそうです……。
「風疹? 普通、6歳なら予防接種をしているはずだが……調子が悪かったのかな?」
「いえ、馬鹿夫婦はルナの予防接種していませんでした。それに……」
見ると、シュウは膝をつき、ガバッと土下座をする。
「本当に申し訳ありません! 七聆を問い詰めたところ、自分は知らない。多分、ヴィク兄上がどうにかしているんじゃない? とか、なんでそんなに私を責めるの? 嫌がらせするあの子が全部悪い! あんな……」
言葉を詰まらせたシュウは顔を上げ、
「あんな子、産まなきゃよかった……い、らない……と!」
声を震わせ、涙を流しながら告げる。
周囲は言葉を失う。
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妊娠初期に流産の危機が何度もあり、それでも小さい身体ながらお腹でギリギリまで育て出産。
命の危機を脱し、大丈夫と起き上がれるようになってからは、ちゃんと子育てをしていた。
シュウだけでなく私たちも、子育てに協力した。
歳の離れた弟妹を本当に可愛がっていたセイは当然、手伝った。
一番大変だったろうに、瑞波ちゃんは愚痴ひとつ言わず、幸せそうに子供達に愛情を注いでいた。
それなのに……ここに瑞波ちゃんがいないことを、喜んでいる自分がいる。
シュウが最愛の瑞波ちゃんに聞かせたくないのと同じで、私だって瑞波ちゃんは妹のように大事で、傷つけたくない女性なんだ。
「俺は……ちゃんと育てていたつもりだった……なのに、たしなめても叱っても全然反省しない! それに、ルナばかり可愛がってと逆に責められる! 自分の子供の二人のことを邪険にすると! あんなに話が通じないとは思わなかった! あいつは3人の母親なのに、ルナをいないように扱う! 面倒も見ないのに、何かがあると、ルナが悪いんだと癇癪を起こす! おかしい! 全然話が合わない……しかも、意見を求めても、自分は悪くないというだけなんだ! 我慢できなくて、頬を叩いてしまった! そんなことはしてはいけないと……分かっていたけれど!」
心の中を吐き出すかのように、床を拳で叩きながら悔しそうに泣いている。
子供に手をあげる……それもしたくないよね。
でも、あんな馬鹿に手をあげて当然だと思う私は、ひどい人間かな?
だって……目に見える形ではないけれど、まだ幼いルナに、目に見えない、心に数えきれない傷を与え続けていた夫婦なんだよ?
もう一発! と思った私は悪くないよね?
「……うん! シュウの代わりに私が、馬鹿にはきっちりわからせてあげないとね!」
そう言って、にっこり笑って立ち上がるのは、シュウの母である清雅姉さま……エイ兄さまの奥さんで、私の異母姉。
この人もある意味破壊兵器だけど、あの話の通じない異分子、七聆に比べたら常識人の部類に入る。
あ、常識はあまりなかったねぇ~?
この人、破壊どころか破滅、殲滅、瓦礫すら粉塵にしてしまう人だった!
屈伸をしたり、肩を回しながら、楽しげに扉に向かって歩いていく姉さま。
「よっしゃ! 隙あり! 姉様捕獲砲!」
ポーン!
私はおもちゃの水鉄砲だったものを構えて、噴射した。
水が出るはずの発射口から飛び出したのは、水を纏ったネバネバ弾。
それが姉清雅の背中に当たると弾ける。
「何すんのよ! って、いやぁぁ! ネバネバ~!」
元が大きいわけではないが、中に詰まっているのは、ルナが作った『スライムヒエヒエ』の改良版。
配合を変え、粘着力の増したそれは、ちょっとした魔力を込めて打つだけで捕獲用の網になる。
前に実験で、悪さをする騎士団のクズをチョチョイっと捕まえてみたが、一番試すといいだろうと思っていた破壊魔女に一撃!
ルナに実験結果を教えてあげないとね。
上半身がまず動かしにくくなった姉様は、こちらを向いていきりたった。
目を怒らせてこちらに走ってこようとしたので、もう一発!
今度は太ももに近いあたりに射程を合わせ撃った。
ポーン!
避けきれなかった姉様は、今度こそ倒れ込んだ。
「シーエーラー!」
「母熊捕獲! 檻に入れて!」
「誰が熊よ!」
「この熊は季節関係なく凶暴だから、気をつけてね! みんな!」
「いつか絞める! 覚えてなさい! こんなおもちゃで遊ぶなんて!」
悔しげに歯噛みしつつ、のたうち回る姉様に、持っていたおもちゃの銃口を上に向け、チャキッとポーズをした。
うん、かっこいいと思う!
「あ、これね? 去年の大祭の時に、アンディール夫婦とその子供たちが、遊びに行って買ったおもちゃだって! 子供たちが遊んだんでしょ? 壊れたのを馬鹿たちの命令で、メイドが遊んでくださいって届けてきたんだって、ルナに! 本当に根性悪い家族だよねぇ?」
「はぁぁ?」
呆れ返る周囲。
「で、ルナと風深が悲しそうに見てたからって、千夏がアルベルトに直すことできないかって相談したんだって。でも、普通におもちゃとしては部品が壊れてるから、動かすには足りないから直せなくて、腹が立ったアルベルトが大改良したんだって」
ヴィクトローレ兄さまは、息子をチラッと見る。
すると、あまり感情を出すことのない末息子が、珍しく眉を寄せうなずく。
アンディールは口先男だが、その大叔父である青年は無口で大人しい。
「あのね? 一歩間違えたら危険だから! 何で作ったの?」
「……ムカついた」
「まぁ、腹が立つのはわかるよ? じゃぁ、どんなふうに作ったのか説明できる?」
父親をチラッと見たアルベルトは、しばらく考え込み、ポケットから四角い石板を出す。
すると、今度は真っ黒の石板に白い文字が浮き上がり、
『馬鹿ディール夫婦を捕獲して』
『一昼夜くすぐりの刑をするつもりで作った』
『ルナの作った『スライムヒエヒエ』の配合を変え』
『ネバネバ度をアップ』
『逃げようとしたら、粘着力が上がるようにしてみた』
と出てくる。
「これくらい喋りなさい! アンディールは喋らなくていいけど、お前は極端に喋らなすぎる」
『面倒』
「この程度で面倒じゃないでしょ?」
『ネバネバは、多分明日まで溶けない』
「清雅に口で言いなさい」
頭が痛いといいたげな父親をチラッと見て、
『この石板、これもルナ作った』
文字が浮かぶ。
『喋るの得意じゃない僕のこと、ルナ、理解してくれた』
『考えたこと浮かぶ』
「これもか!」
『これは僕用の携帯ハンドタイプ』
『次は大きいボードに映せるようにする実験がある』
「……な……仲良しだね? ルナと」
『うん。プロポーズしたい❤️』
その文字を盗み見た私は、愕然とする。
ちょっと待って!
アルベルトは、ルナの実父より年上で、一応千夜よりかは年下だけど三十路だ!
もしかして……。
『考え方、研究者として尊敬』
ほっ! 良かった……。
と安心した途端、浮かび上がった文字に凍りつく。
『でも、それだけじゃ足りない気がした』
『よく考えたら、今までの中で』
『一番可愛い❤️そう思った』
次々とハートマークが飛び交う。
『ルナ、ニコって笑うの可愛い❤️』
『何か興味が湧くと、キラキラした目になる❤️』
『デレデレドロドロに、甘やかせるのいいな❤️』
『他に目を向けないように、閉じ込めたい❤️』
文字が現れては消える。
「ひ、ひぃぃ……ここに、変態がいるよ! 変態だよ! ヴィク兄さま! ルナは6歳だよ! 三十路のアルベルトがいうセリフじゃない!」
「そうだよ、アルベルト! そんな変態発言やめなさい!」
『おじいさまたち、歳の差婚。僕がダメ、おかしい』
ムッとするアルベルト。
『嫌なら諦める』
『でも、ルナが成人するまで待つ』
「やめて~! 早く結婚しなさい! 頼むから!」
『やだ』
手を合わせて懇願する父親と、プイッとそっぽを向く息子の様子に私は頭を抱えた。
ルナの今後をどうするかの前に、いい歳をした……まぁ、三十路は一族ではお子ちゃまも同然なんだけど……大人が、ルナにプロポーズ云々……。
それよりも、馬鹿に制裁することを忘れてないか?
と思うのだった。
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それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

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