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始まりは多分お別れという意味なのですわ。

大丈夫です! わたくしは独立心が旺盛ですの!……でも、今日だけは泣きたいのです。

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 お父さまから離れた後、『超特急かける君』のスイッチを切り、わたくしはとぼとぼといつもの場所に向かいます。
 そこは、ひいおじいさまの『ガラクタ部屋』こと、さまざまな異国の民芸品や装飾品、貴重な書物などが収められた部屋です。
 お父さまとお母さま……だった方は、わたくしがここに出入りしていることは知りません。
 あのお二人は、ミリアとサディ兄さま……血のつながりのある可愛い二人の居場所は理解していますが、わたくしがどこにいようと一度だって探したことがありませんから。

「あっ、……ちぃちゃん、怒るでしょうか……綺麗にしないと……」

 一度は脇に抱え、そのあとはぎゅっと潰れるように握りしめていた設計図はぐしゃぐしゃです。
 今更ですが、少しでも元通りにしようと、テーブルに置き、せっせと広げはじめますが……

「あ、あら? テーブルが濡れていたのでしょうか? 濡れてしまいました。困ります、困ります!」

設計図が濡れていきます。
 どうして……どうしてでしょう……。
 おかしいですわ。

「うっ……うぅ、うあぁぁぁん……」

 なんで……わかってたのに……。
 あの人たちは、わたくしのことを、何とも思っていないのに……何故わたくしは傷ついているのでしょう?
 こんなに泣いているのでしょう?
 胸が軋むように痛むのでしょう?
 悲しくて苦しいのでしょう?
 期待なんてするんじゃなかったのです。
 わたくしは見て欲しいと望むんじゃ……祈るんじゃ……願うんじゃなかったのです……。
 わたくしは……いらなかったのですから。
 必要じゃなかったのですから……。

「こ、れを使えなく……したら、ちぃちゃんに怒られる……ううん、嫌われる……ごめんなさい……ちぃちゃんやチナちゃん、フーカ……ひゅーかちゃんやふぅちゃんに無視されたら……わたくし……生きて、いけない……」

 必死に涙を拭い、設計図を元に戻そうとします。
 無理です……無理だと分かっていても……大好きな叔父に、数少ない、可愛がってくれる大人に嫌われたくないのです。

「ごめんなさい……ちぃちゃん、嫌わないで……悪い子でごめんなさい……可愛くない子でごめんなさい……生意気で……いい子にするから……」
「こらこら、ルナさんや?」

 背後から声がする。
 ずずっと、鼻を啜りながら恐る恐る振り返ると、いつもの優しい顔のちぃちゃんがいます。

「ルナさんや? いつ、俺がルナに悪い子だって言った? まぁ、ちょっとは呆れたぞ? だってな? まだ一歳半でシエラ叔父さんの話す理論を熱心に聞くし、清影じい様の芸術愛の説明にも目をキラキラさせるし、俺の訓練を見て、どこが隙があり、相手のどこに隙が見えるか説明するし……普通というのも変か? お前の考え方は一般的なものとは違うんだよ」
「……うわぁ~ん! ちぃちゃんも変って、嫌いって……」
「違う! 嫌いじゃないぞ! 俺は、ルナのその視野の広さ、賢さが自慢だ。だってそうだろう? ルナが賢いのは、彗兄の知識の深さを受け継いだんだ。優しいのは俺の母さん……ルナのおばあちゃんに似てる。ずっと努力もしてたのは、さーや姉……それにじい様だって、ルナがニコニコしながら、いろいろ聞いてくるのが嬉しいっていってたぞ? 次に会いにきてくれたら、何をして過ごそうかって。俺の稽古も見てくれるなんて優しいし、そのあといつもタオルやお茶だって……俺はいつも、ルナは俺の自慢の娘なんだぞってミィやエルたちに、いってただろ?」
「……み、ミィちゃんは、ひな様がお嫁に行って寂しいから……」
「違う! あいつは『ひなたちは、俺の仕事には興味がないんだ! 小さい頃からデュアン兄のことばかりで、俺に構ってくれねぇの! いいなぁ~! ちぃは、こんなに慕ってくれるルナがいて! もう、ルナ貰っちまえよ。こんなに可愛くて優しいルナ! もう、ホントの娘にしちまえ~! 俺が兄様たちに頼んどくから!』ってたびたび言ってたんだ。ほら……ルナ。鼻かもうか? そのあと顔も拭こうな?」

 可愛い顔が台無しだぞ?

 鼻をかむと、柔らかいタオルで顔を拭いてくれました。

「ちぃちゃん……設計図が、ぐしゃぐしゃです……ごめんなさ……い」

 悲しいです。
 ううん、胸が苦しいのと、涙がまた出てきました。
 すると、ヒョイっと身体が浮き上がり、抱き上げてくれました。

「設計図は写しがまだあるし、これくらいで怒るわけないだろ? ルナ。ほら、千夏ちな風深ふうかも部屋に戻ろう。日向夏ひゅうかも待ってるから。お菓子も作ってもらってるし、食べて遊ぼう」
「ルナ! クッキーとかマフィン半分こな? 代わりに、ジュース半分こしよう!」
「こらこら……余計な知恵をつけたな、千夏は。今日のおやつの時間は、ベリージュースかミックスジュースかナップジュースって言ってるのに、両方飲みたいからって……」
「だって、今日全種類飲みたいんだもん!」

 唇を尖らせる。

「フーカはミックスジュースしか飲まないし……半分こもできないんだもん」
「三つ一緒に飲みたい……って、あ、ルナさんや。ちなみにこういうのは、強欲とかわがままって言うんじゃないぞ? これは普通なんだ」
「どこがですか?」
「千夏は、ちゃんと半分こしようっていっただろう? 兄弟のを取ったり、全部自分のだって言う。それは強欲でわがまま。でも、千夏の半分こは一緒に、仲良く食べようって提案だ。大きいグラスいっぱいのジュースを2杯飲んだら俺は怒るけど、二人で分けて2種類飲むのはいい。それに楽しいだろ? 兄弟だからできるんだ」
「あ、それに、おれはルナと半分こするのがうれしいんだぞ! フーカもだよな?」
「うん! フーカ、ルナちゃん大好き!」

 千夏と手を繋いでいた風深は、ニコニコ笑う。
 ちなみに千夏はキリッとした父親似、風深は大きな瞳で、可愛い日向夏似である。
 千夜と日向夏と千夏は黒髪黒い瞳だけれど、風深は柔らかそうな栗茶色の髪に明るい茶色の瞳。
 7歳と3歳だが、とても仲良しの兄弟である。

「今日はいっぱい遊んで、お昼寝も千夏と風深と眠るか? それともちぃちゃんと寝るか?」
「あっ! 父さん。みんなで寝ようよ!」
「それもいいな!」

 嬉しいです……おやつの時間は、ただ一人で食べてました。
 つまらないので、ほとんど食べないまま、書庫から借りてきた本を読んでいました。

 ちぃちゃんやひゅーかちゃんは、嫌じゃないですか?
 わたくしのこと……

「あぁ……泣くと疲れるぞ……って言いたいけど、思い切り泣いていいぞ? よしよし……」
「ふえぇぇ……ちぃちゃん……ちなちゃん、フーカ……嫌わないで……」
「嫌わないぞ~、ルナ」

 ぽんぽんと背中を叩いてくれる、ちぃちゃんの首にしがみつきました。

 今日だけでいいのです……ううん、本当は明日も明後日も……抱っこして、ヨシヨシして欲しいのです。
 本当は、ちぃちゃんのこの手は、ちなちゃんやフーカやひゅーかちゃんのものです。
 だから、ちょっとでいいのです……わたくしのぶんが欲しいのは、わがままでしょうか?
 全部はとったりしません。
 半分こは悪くないって、ちぃちゃんは言いました。
 だから、ほんの1分でもいいのです。
 ギュッてして欲しいのです。



 ちぃちゃんの家族の部屋……居間に案内されたわたくしは、ジュースもお菓子も半分こして、食べました。
 そのあと、まだ夜じゃありませんが、

「疲れただろうからお昼寝しなさい」

って言うちぃちゃんの言葉に、ちなちゃんとフーカと一緒に寝ることにしました。

 ワクワクしますの。
 手を繋いで眠るの嬉しいですね……泣きすぎて目が痛いのと頭がぼーっとするのですが、起きたら大丈夫だと思います。
 おやすみなさいなのですわ。
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