言葉を探そう

刹那玻璃

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短編集

御局様はプロポーズにどう答えるか?

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 瞳子とうこは転々と職を移す会社員。
 出来ないのではなく、出来すぎて同僚が仕事を押し付けてきたり怠けるようになるため、早々に仕事を辞めることにしている。
 今回勤めている会社でも……サービス残業でクリスマスを迎えた。
 もう潮時かと考えていたら……?

………………………………………


 外はクリスマスのイルミネーションと、カップルが腕を組んで歩いている。
 恋人がいないとしても友人達と集まり、ワイワイと楽しげにお酒とケーキで祝杯をあげる。
 忘年会で散々飲んだのに、まだ飲み足りないのか……と下戸げこの女は内心呟く。

「全く……今日は今日とて残業……まぁ、私は皆と違って独り者だしね」

 瞳子はぼやく。



 細い黒縁のメガネの奥は茶色の瞳、髪は珍しい茶色。
 しかも目の横辺りから脱色したのか金髪である。
 きちんとしばって落ちないようにしているものの、最初はどこのヤンキーだと思われていたのか遠巻きにされていたが、上司の三島翔太は全く気にせず、

「明智、これまとめといてくれ」
「課長。申し訳ありませんが、昨日も一昨日もそう言って私に押し付けましたよね? 他に回して下さいませんか? 自分の仕事が出来ません」
「お前の仕事が早いんだ。だから頼むわ」
「頼むじゃないですよ。私を過労死させるんですか? 残業手当もつけてくれないでしょう、この会社は! 私は定時に帰りますので、課長がやって下さい」

 ツンっとそっぽを向くと席に戻り、溜まっていた仕事をこなしていく。

「ひでぇ……瞳子ちゃん、瞳子さま!」
「気持ち悪いのでやめて下さい」

 本気で嫌そうに顔をしかめる瞳子に、うなだれた翔太は瞳子の同期や後輩をチラッと見る。
 今までは二人の夫婦漫才を面白がっていたものの、仕事が増やされては溜まったものではない。

「……明智……」

 大の男が上目遣いで、こちらを見る。
 鬱陶しいことこの上ないが、溜息をつく。

「……解りました。じゃぁ、これで合計1ヶ月ですので、来月は順番に一人4回、部署には私以外5人いますし、社食を奢って下さいね。前みたいに途中で逃げ出したら……東堂とうどうくん、ホテルの最高級の北京料理のお店、貴方の名前で予約するから。ついでに、残った3日は貴方のおごりよ」
「ぎゃぁぁ! 瞳子先輩! 俺金欠なんです!」
「パチンコ、競艇、競馬、競輪、宝くじ……カスリもしないのだから、いい加減諦めなさい。それよりも先輩に奢る方が有意義よ」

といなす。

「一緒に食べなくてもいいから、行く前にお金を貰うわね。東堂くん。今度すっぽかしたら、課長にあのことを申し伝えるわね」
「ぎゃぁぁ! 申し訳ありませんでした! 俺が悪いです! すみません!」
「じゃぁ、皆はAセット、東堂くんはBセットをよろしくね」

 渡された書類に向かいながら声をかける。
 そんなのが当たり前だった。



 飲み会は遠慮する、仕事以外の話はしない、ひっつめ髪の瞳子は上司の信頼が厚く、後輩の指導も担当するようになった。

 忘年会は飲めないことを理由に遠慮し、今日はクリスマスだとソワソワし、コソコソと今日中の仕事を隠して退社した後輩たちの机から緊急の書類を見つけ出し、全てチェックしてから紛失してはいけない為、課長と瞳子が鍵を保管しているロッカーに収めることにする。

「もう……これは今日中に提出しないといけなかったのに! どうするのよ。課長の判が必要なのよ」

 中途半端に放置された書類の山に呆れ、眉間に浮きかけたシワを伸ばす。
 課長が出勤して一番に判を貰うことの面倒さを考え、頭が痛くなる。
 午前中に済むだろうか……。

「……私が甘いのかもね。皆は手を抜く方法を知ってるし、言い訳をしたり、私に甘えることも覚えちゃったもの……この会社は良い所だけど、私がいるせいで後輩は自立しないわ……」

 キーボードから手を外し、両肘をついて絡めた指に顎を乗せた。

「……転職しようかしら……」

 前々から考えていたこと。
 前の職場もその前も、同様の理由で退職した。
 それぞれの会社の上司には引き止められたが、どうしても瞳子に寄りかかり、仕事を全うしない後輩が許せなかった。
 ニコニコと微笑むものの、相手はコロッと騙されて甘えるだけなのが……。

 仕事を再開したものの、帰宅時に就職情報誌を持ち帰り、ネットで調べなければとキュッと唇を噛んだ。

 仕事は3時間かかった。
 コピー用紙を全て確認しトントンと整えると、パソコンの電源を落とす。
 この会社は基本、残業は認められていないから、サービス残業である。
 そして、いつも通り清掃員の入らない部屋を机を拭き、ほうきでゴミを集め、モップで磨く。

「掃除も慣れちゃったわね」

 呟いた瞳子は、書類をしまう為にロッカーの鍵を開けた。
 すると、会社の名前の印刷された封筒と有名なブランドの小さな紙袋が置いてある。

「……課長。会社の備品を何に使っているのかしら!」

 毎週金曜日の残業後、備品のチェックをしている瞳子である。
 課長が注意するべきなのに、率先して使うなんてどうするのだろう。

「それに、忘れ物? 店まで持って来いと言うの?」

 どこだっただろうと思いつつ、店の名前が書かれているかもしれないと封筒を開けて、便箋ではないコピー用紙を広げた。

『結婚してくれ』

 綺麗とは言い難い文字で書かれた、プロポーズらしきものに頭を抱える。

「後輩だけじゃなく、課長も教育しなくちゃダメね」
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