上 下
17 / 75
本編

15……ミカと十六夜の子供たち

しおりを挟む
 翌日、ミューゼリックとデュアンとティフィが、大きな籠を抱えて姿を見せる事になっていた。

 リティは当日、マナーレッスンと、母が上手だと言う刺繍を教わっていた。
 元々手先が器用だったリティは、コツを教わるとハンカチに刺繍を始めた。
 見本を置いておき、それを確認しつつ丁寧に針を動かす様子に、アリアは微笑む。
 自分達の実の娘はこんなことはしたくないといい、その代わり商人を呼んでは装飾を買い、ドレスを作り遊びまわっていた。
 デュアン以外の息子たちも勉強をしているふりをして、街に出ていた。
 幾ら注意しても、駄目だった。
 今でも時折手紙が来るらしいが、こちらには届かない。
 全てを夫のミューゼリックや、義兄のリスティルが握りつぶすらしい。

 それに、可愛いデュアンの為もあるが、アリア自身もう疲れていた。
 会いたいとも思わなくなっていた。

 でも、リティを養女に迎えた。
 夫や息子は仕事で、結果的に一緒に過ごす時間を持つことも多い。
 だが、過去の苦い思い出を塗りつぶす、キラキラとした瞳、素直で真面目で一所懸命な姿に、何て可愛い娘なのだろうと思った。

「ママ」

と呼ばれると本当に嬉しくてならない。

「ママ。これでいいですか?」

 差し出されたハンカチに、目を見開く。

「まぁ! 素敵だわ。上手ね。これは……」
「シェールドの花の、旅人の花と呼ばれているエリオニーレです。マルムスティーン家の花だとは知っているのですが、伯父様に差し上げようと思って」
「喜ばれるわ」
「あ、お父様にはこれです」

 差し出したのは、ラルディーン家の紋章と剣の刺繍が施されている。

「そして、お兄ちゃんにはミカの刺繍をしました。ティフィお兄様には、チェナベリーの葉っぱと実です」
「素敵。特にデュアンは喜ぶわね」
「本当ですか? でも、こことか縫い目が荒かったり、突っ張ってて……」
「こんな短時間にここまで出来るなんて、充分よ。パパたちが戻って来るのが楽しみね?」
「はい!」

 するとノックされ、入ってきた執事が、

「奥様、お嬢様。ラミー伯爵の御令息で、アレッザール子爵とご家族がこちらにお越しです」
「ありがとう。じゃぁ、まずは旅の疲れを落として頂きましょう。お部屋にご案内して頂戴。そして、ラミー伯爵様と奥様にもお伝えして、後でこちらでお茶をとお伝えして頂戴」
「はい。かしこまりました」

と丁寧に頭を下げる。

「ママ。クレスールお兄様ですか?」
「そうね。リティも後で会えるでしょうね」
「お元気でしょうか? それに……会って下さるかな?」
「大丈夫よ。それに、もうそろそろお父様たちが帰られるわ。針を仕舞いましょうね」
「はい」

 片付けをしていると、扉が開き、

「帰ったぞ~? アリア、リティ」

籠を抱え、現れたのはミューゼリックとデュアン、ティフィに、それぞれの乗獣を連れている。
 ちなみにミューゼリックのナムグは、グランディアの名前でゆかりと言うらしい。

「パパ、お兄様、お帰りなさい!」
「リティ! ただいま。今日は楽しそうだな」
「ママに、マナーレッスンと刺繍を教えて貰いました」
「そうか」

 近づいてきた娘を抱きしめようと籠を下ろし、頭を撫でる。

「あの、パパ。ほ、本当はきちんとラッピングをしてと思っていたのですが……」

 折り畳んだハンカチを差し出す。

「ん? ハンカチ……刺繍をしてくれたのか? 凄いじゃないか! 私にか?」
「はい。えと、これはパパにです。それと、デュアンお兄様とティフィお兄様と、伯父様に……パパに一番に渡したかったので。ティフィお兄様と伯父様には、ちゃんとラッピングをしようと思っています」
「えっ? リティ、お兄ちゃんは?」
「あっ! お兄ちゃんには、これです!」

 デュアンに駆け寄り、差し出す。

「ナムグの刺繍です」
「わぁ! 上手だね。それに嬉しい! ありがとう! お兄ちゃん嬉しいよ」
「私も喜んで下さって嬉しいです」

 テレテレと頰を赤くする妹を抱き上げ、頰にキスをする。

「お兄ちゃんはこんなに嬉しいプレゼント、貰えるなんて幸せ!」
「私も、お兄ちゃんに喜んで貰えて嬉しいです!」
「デュアン先輩、あいも変わらず可愛いものには全力溺愛ですね~」

 背後からの声にリティは振り返る。

「あっ! クレスお兄ちゃん!」
「姫さま? あぁ、本当に姫さまじゃないですか」

 姿を見せたのはティフィの2歳上で、デュアンの5歳下のクレスール。
 一応、服を普段着ではなくそれなりの格好をしていると言うことは、到着早々ミューゼリックたちに挨拶をと思ってきたらしい。

「あ、申し訳ありません。ご挨拶もせず。私はクレスール・エソン・アレッザールと申します。王太子殿下、ラルディーン公爵閣下、公爵夫人。父と母、そして姫さま……いえ、お嬢様をお守り下さり、ありがとうございます」

 右手を左胸に当て、頭を下げる。
 これは、この国の挨拶ではなく、ここにいる男性が全員騎士であることで、同じく留学していたクレスールが騎士の礼をしたらしい。

「あぁ、久しぶりだ。元気そうだが、疲れてはいないか?」
「いえ、使いの方以外に、馬車を準備して頂いて、本当にありがとうございます。妻と子供達は父と母のところにおりますが、本当に嬉しそうでホッとしております。両親に子供達を会わせたいと思っておりましたので、願いが叶いました」
「お、お兄ちゃん……」
「お嬢様。お元気そうでホッとしました」
「お兄ちゃん。名前呼んでくれない……」

 頰を膨らませるリティに、クレスールはおや? と言いたげにみる。

「お嬢様のお名前が変わったとお聞きしましたが、父に聞いておりませんでした。どうお呼びすれば良いものかと……」
「嘘~! お兄ちゃんは何時も、お嬢様なんて呼ばないもん」
「本当ですよ~? 姫さまのしもべですから」
「しもべじゃないもん~! わーん! デュアンお兄ちゃん。クレスお兄ちゃんが……」

 べそっ……

泣きそうな顔になるリティに、デュアンはヨシヨシと慰める。

「大丈夫。クレスール。私の妹のファティ・リティ・ウィステリアだよ。リティと呼んであげて?」
「リティさま?」
「リティで良いよ、ね? リティ」

 頷くリティに、クレスールは苦笑する。

「えっと、からかって悪かったよ。リティ。ただいま」
「お兄ちゃん……お帰りなさい」

 えへへと笑う少女に、

「リティも本当に可愛くなったなぁ。まだ兄ちゃんのところのノエルと身長は変わらないけど」
「そんなことないもん!ノエルはまだ9歳だもん!」
「あれ?先輩のとこの息子って、それ位になってるの?」
「あぁ、ティフィ。9歳と6歳と3歳だよ。ノエルとリラとベル。下の二人が娘。可愛いぞ~嫁に似て」
「あーそうですか」

無表情のティフィもうんざり気味である。
 クレスールは妻になったエリザベス……愛称はリズ……と大恋愛をしており、後輩になるティフィもその様子をしっかりと知っていた。

「お前もそろそろ嫁貰え。ほら、目の前にお前好みの超美少女いるぞ」
「あのね~? 私が叔父上に殺されるよ!」
「お前、今のカズール伯爵のリュシオン卿の奥方のような美少女、好きだろうに」
「ヤーメーロー!」
「母上やルエンディード妃さまのように、しっかりとしたキリッとしたタイプよりも、華奢で大きな目に童顔の可愛い系が好みだろうに」

 クレスールはからかう。

「うちの姫さまは可愛いだろう?」
「可愛いから、嫁にはまだださーん!」

 ミューゼリックが告げる。
 ちなみに、デュアンは途中で妹の耳を塞いでいる。

「クレスールもからかうな。それに、お前の息子は9歳なのか?」
「はい。ノエルと申します」
「ティフィ。ラディエルは8歳だったな?」
「えぇ」
「クレスールはお前の側近となるから、ノエルもマナーレッスンも兼ねて、ラディエルの遊び相手となるのも良いんじゃないか? 早速兄貴に伝えるか?」

 考え始めたミューゼリックに、兄と父をキョロキョロ見ていたリティは、

「お兄ちゃん。パパ。ミカと十六夜の子供達はどこですか?会いたいです」
「あぁ、そうだった。ごめんごめん」

パッと手を離したデュアンは、部屋の隅におすわりしているミカたちの横に置かれている3つの籠を示す。

「この中だよ。伯父上とティフィが乗獣として育てたいっていう子以外を、連れてきたんだ。パパは一頭選んでるから、お兄ちゃんとリティの子だよ。見てみる?」
「うん!」

 デュアンは籠に近づく。
 そして、1つめの籠を開けると、漆黒の毛色と片目が金色、もう片方がブルーのオッドアイの子が出てくる。
 翼は一対。

「この子はパパが育てる男の子だよ。おばあちゃんに似てるんだよ。で」

 2つめを開けると、ベージュの毛色に瞳はブルー、そして翼がニ対。
 よたよたと出てきたものの、べしょっとへたり込む。

「この子は翼が重くて、足腰が弱くて筋肉がついていかないんだ。走ったり遊んだりして元気にさせるんだよ。で、最後の子は……」

 籠を開けるが、出て来ようとしない。
 デュアンが手を入れ、片手でヒョイっと抱き上げる。
 純白の毛色と真紅の瞳。
 プルプルと震えている。

「この子は色素障害、アルビノの子だよ。でも、人見知りはするけど元気な子」
「……」

 抱かせて貰いその温もりを確認しつつ、へたりこんでいるナムグに目が行ってしまう。
 そして、兄を見て、

「お兄ちゃん。この子も可愛いけど、あの青い目の子とお友達になりたい。一緒に走ったり……あっ! あのね。そう言えば、馬が足を怪我したら、温泉や川につかって運動するの。それもしてあげたい」
「……解ったよ。じゃぁ、お兄ちゃんがこの子だね。でも、お兄ちゃんとパパも仕事があるから、その間は一緒に見ててくれるかな?」
「うん! お兄ちゃん、大好き!」

 リティは、自分のナムグにブルーローズと名前をつけたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

秋月乃衣
恋愛
ルクセイア公爵家の美形当主アレクセルの元に、嫁ぐこととなった宮廷魔術師シルヴィア。 宮廷魔術師を辞めたくないシルヴィアにとって、仕事は続けたままで良いとの好条件。 だけど新婚なのに旦那様に中々会えず、すれ違い結婚生活。旦那様には愛人がいるという噂も!? ※魔法のある特殊な世界なので公爵夫人がお仕事しています。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

【取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...