32 / 42
安倍晴明の章
子龍さんは、嫁に瓜二つの娘が可愛くて仕方がないようです。
しおりを挟む
改めて父親にだっこされ、賢子は満面の笑顔で抱きつく。
「お父様?」
「なあに?」
「賢子。このお名前のまま?」
子龍は考え込むと、
「じゃぁ、龍花はどうかな? お父さんの『龍』と、お母さんの『花』で、お揃い。これはお父さんがずっと娘につけたかった名前なんだ。お母さんは、元々お名前が二番目の娘と書いて『二娘』って言う名前だったんだ。それで、桃の花の桃花って、名前を変えたんだ」
「じゃぁ、たおたおって? 桃桃桃桃? どうして?」
「お父さんがお母さんを呼ぶ時の名前。龍花は、花花がいいかな? 可愛いお花の名前」
「うん! お父様大好き! お母様も大好き!」
嬉しそうに笑う娘を見上げ、桃桃は瞳を潤ませるが、晴明を見て深々と頭を下げる。
「晴明さま。本当に、本当に……何とお礼を申し上げていいか……」
「いや……本当は、もっと早く伝えたかったのだが、桃子どのの回りであの者が、あれこれと……だが、一番最善の時が今であったのだと思う。桃子どの……過去は忘れ、夫君と家族と幸せになられるがいい」
「ありがとうございます。今度は、息子たちとご挨拶に参ります」
子龍は微笑む。
「いや、あの者がうろちょろしては……」
「大丈夫です。役者不足かもしれませんが、息子たちも、ある程度力をつけておりますので。特に下の息子は、朱雀と遊ぶでしょうし、上の子は見た目は冷静沈着ですが、好奇心旺盛なのです。晴明さまのことを知り、お会いしたいと申しておりました」
「おや、これは……このような若輩がと言われないようにせねばなりませんな」
「それもまた大丈夫でしょう。晴明どのは、人であり神であり……人に恐れられ、認められた存在です。でも、優しい神だと思いますよ。でも、日本の人は変わった考え方をされる。確か崇徳天皇、早良親王、菅原道真公と言った怨霊と化したと言われる高貴な存在に、神殿を建てて、そこに祀られる……」
晴明は微妙に歪みのある苦い顔をする。
「それはですね。怨霊と言うものは、怒りと言う負の力が強いのです。この平安の都……のことはご存知ですか? ここは、中国の洛陽や長安の都をモチーフに作られましたが、私のいるここは、実は京から言って丑寅の方角。北東……つまり鬼門です。つまり私は、この京の鬼門から悪いものが入ってこないようにと、ここにいろと留め置かれたのですよ」
「留め置かれた……」
「えぇ。本来、この地は四神相応の地と言われて作られたのですが、平城京と言われる別の都を作られていたと言うのに、その都を捨てて急遽、桓武天皇の作り上げた、完璧ではなかった脆いものだったのですよ」
「完璧ではない……」
「えぇ。北に山があり、東には川、南には池、西には道があると言われていましたが、朱雀大路は通られましたか?」
頷く。
大きな道で、朱雀門までまっすぐ進んでいた。
「素晴らしいと思っていたが……余り言いにくいのですが、左京は見事な屋敷が多かったようですが、右京は古いと言うか、大きな屋敷は古ぼけ、掘っ立て小屋のような……」
「そうなんですよ。実は、右京は元々沼を埋め立てたような湿地帯だったのです。それに、ここは盆地ですので湿気がたまりやすく、西には道だけではなく、桂川と言う暴れ川があるのです。大雨が降ると、堤防は決壊し右京は水浸し……その為に徐々に貴族は皆、左京に移ってきて、追い出された形の一般の人々や失脚して身を潜める者や、親と言う後ろ楯を失った女性が、乳母と細々と暮らすなど……左右には差が大きかったのです。身分のあるものは自分達の護衛として武器を持つものを雇いましたが、一応京には検非違使と言う存在もおりましたが……差が広い……弱者は泣き寝入りです」
晴明は視線を空に向けた。
「弱者は嘆くしかない。怒りを向けたら、死であったり女性ならば、言葉に出来ないむごい目を……。でも、天皇はそれをどうしようもできない。形ばかりは敬われる立場でも、政治は権力は藤原氏に集中している。天皇が何とか権力を分散しようとしても、嵯峨天皇は小野篁を重用しましたが……あの男はその考えを越えて、自由奔放に動いた。そして、菅原道真公は献身的に仕えたものの、最後には天皇が藤原に屈し、見棄て、太宰府に流された……。道真公が、学問の神、雷の神として戻ってきたのは、その恨みの力を、不安定なこの京の補強の為に封じたのですよ。怒りと言う感情は、最も強い力を持っていますからね。小野篁は生きていますから無理でも、本当なら封じてやったのに……」
「封じた……もしや……」
子龍は目を見開く。
晴明は目を細める。
「私が……自らが、ここに封じられる代わりに、他の怨霊と化した神々の封印を強化しております。ここからまた北東にある延暦寺に補強を、北には水の神である貴船神社貴船神社、南の羅城門の近くには東寺こと教王護国寺、その南の、伏見稲荷大社他……お力を借りて……ですね」
「……苦しいですな……」
「それは、生きる術ですから」
目を伏せる。
が、
「大丈夫ですよ。子龍どの。龍花と桃子どのと、仲良くお過ごし下さい……」
「又、参ります。5人で。本当に……ありがとうございます」
「晴明さま。ありがとうございます」
「晴明さま。お兄様がいるんだって。お兄様と一緒に来ます! な、仲良く出来るかなぁ……?」
龍花は首を傾げる。
子龍は娘の額にコツンと額を当てて、
「大丈夫。お父様とお母様と一緒だよ? 仲良くなれるよ」
「本当? お兄様たちと手を繋いで、お散歩したいなぁ」
無邪気な娘が可愛くて仕方がない子龍は、頬を緩める。
その姿に、
「晴明さま。本当にありがとうございました。又、お礼に参ります」
瞳を潤ませ、桃桃は深々と頭を下げた。
親子と白竜は、一条戻り橋を通り、帰っていったのを晴明は見送ったのだった。
「お父様?」
「なあに?」
「賢子。このお名前のまま?」
子龍は考え込むと、
「じゃぁ、龍花はどうかな? お父さんの『龍』と、お母さんの『花』で、お揃い。これはお父さんがずっと娘につけたかった名前なんだ。お母さんは、元々お名前が二番目の娘と書いて『二娘』って言う名前だったんだ。それで、桃の花の桃花って、名前を変えたんだ」
「じゃぁ、たおたおって? 桃桃桃桃? どうして?」
「お父さんがお母さんを呼ぶ時の名前。龍花は、花花がいいかな? 可愛いお花の名前」
「うん! お父様大好き! お母様も大好き!」
嬉しそうに笑う娘を見上げ、桃桃は瞳を潤ませるが、晴明を見て深々と頭を下げる。
「晴明さま。本当に、本当に……何とお礼を申し上げていいか……」
「いや……本当は、もっと早く伝えたかったのだが、桃子どのの回りであの者が、あれこれと……だが、一番最善の時が今であったのだと思う。桃子どの……過去は忘れ、夫君と家族と幸せになられるがいい」
「ありがとうございます。今度は、息子たちとご挨拶に参ります」
子龍は微笑む。
「いや、あの者がうろちょろしては……」
「大丈夫です。役者不足かもしれませんが、息子たちも、ある程度力をつけておりますので。特に下の息子は、朱雀と遊ぶでしょうし、上の子は見た目は冷静沈着ですが、好奇心旺盛なのです。晴明さまのことを知り、お会いしたいと申しておりました」
「おや、これは……このような若輩がと言われないようにせねばなりませんな」
「それもまた大丈夫でしょう。晴明どのは、人であり神であり……人に恐れられ、認められた存在です。でも、優しい神だと思いますよ。でも、日本の人は変わった考え方をされる。確か崇徳天皇、早良親王、菅原道真公と言った怨霊と化したと言われる高貴な存在に、神殿を建てて、そこに祀られる……」
晴明は微妙に歪みのある苦い顔をする。
「それはですね。怨霊と言うものは、怒りと言う負の力が強いのです。この平安の都……のことはご存知ですか? ここは、中国の洛陽や長安の都をモチーフに作られましたが、私のいるここは、実は京から言って丑寅の方角。北東……つまり鬼門です。つまり私は、この京の鬼門から悪いものが入ってこないようにと、ここにいろと留め置かれたのですよ」
「留め置かれた……」
「えぇ。本来、この地は四神相応の地と言われて作られたのですが、平城京と言われる別の都を作られていたと言うのに、その都を捨てて急遽、桓武天皇の作り上げた、完璧ではなかった脆いものだったのですよ」
「完璧ではない……」
「えぇ。北に山があり、東には川、南には池、西には道があると言われていましたが、朱雀大路は通られましたか?」
頷く。
大きな道で、朱雀門までまっすぐ進んでいた。
「素晴らしいと思っていたが……余り言いにくいのですが、左京は見事な屋敷が多かったようですが、右京は古いと言うか、大きな屋敷は古ぼけ、掘っ立て小屋のような……」
「そうなんですよ。実は、右京は元々沼を埋め立てたような湿地帯だったのです。それに、ここは盆地ですので湿気がたまりやすく、西には道だけではなく、桂川と言う暴れ川があるのです。大雨が降ると、堤防は決壊し右京は水浸し……その為に徐々に貴族は皆、左京に移ってきて、追い出された形の一般の人々や失脚して身を潜める者や、親と言う後ろ楯を失った女性が、乳母と細々と暮らすなど……左右には差が大きかったのです。身分のあるものは自分達の護衛として武器を持つものを雇いましたが、一応京には検非違使と言う存在もおりましたが……差が広い……弱者は泣き寝入りです」
晴明は視線を空に向けた。
「弱者は嘆くしかない。怒りを向けたら、死であったり女性ならば、言葉に出来ないむごい目を……。でも、天皇はそれをどうしようもできない。形ばかりは敬われる立場でも、政治は権力は藤原氏に集中している。天皇が何とか権力を分散しようとしても、嵯峨天皇は小野篁を重用しましたが……あの男はその考えを越えて、自由奔放に動いた。そして、菅原道真公は献身的に仕えたものの、最後には天皇が藤原に屈し、見棄て、太宰府に流された……。道真公が、学問の神、雷の神として戻ってきたのは、その恨みの力を、不安定なこの京の補強の為に封じたのですよ。怒りと言う感情は、最も強い力を持っていますからね。小野篁は生きていますから無理でも、本当なら封じてやったのに……」
「封じた……もしや……」
子龍は目を見開く。
晴明は目を細める。
「私が……自らが、ここに封じられる代わりに、他の怨霊と化した神々の封印を強化しております。ここからまた北東にある延暦寺に補強を、北には水の神である貴船神社貴船神社、南の羅城門の近くには東寺こと教王護国寺、その南の、伏見稲荷大社他……お力を借りて……ですね」
「……苦しいですな……」
「それは、生きる術ですから」
目を伏せる。
が、
「大丈夫ですよ。子龍どの。龍花と桃子どのと、仲良くお過ごし下さい……」
「又、参ります。5人で。本当に……ありがとうございます」
「晴明さま。ありがとうございます」
「晴明さま。お兄様がいるんだって。お兄様と一緒に来ます! な、仲良く出来るかなぁ……?」
龍花は首を傾げる。
子龍は娘の額にコツンと額を当てて、
「大丈夫。お父様とお母様と一緒だよ? 仲良くなれるよ」
「本当? お兄様たちと手を繋いで、お散歩したいなぁ」
無邪気な娘が可愛くて仕方がない子龍は、頬を緩める。
その姿に、
「晴明さま。本当にありがとうございました。又、お礼に参ります」
瞳を潤ませ、桃桃は深々と頭を下げた。
親子と白竜は、一条戻り橋を通り、帰っていったのを晴明は見送ったのだった。
0
お気に入りに追加
13
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる