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安倍晴明の章
四神は方角の神です……これでも。
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こぎつねの蓮と一緒に、赤ん坊のおしめを替えた桃桃は、
「初めまして。玄武ちゃんね? はい、キレイキレイになりましたよ?」
首が座っていないのか、無表情で目をぱちぱちとする。
「あら? 綺麗な瞳ですね? 漆黒。髪の毛もふわふわ……」
「あーう」
「あら、ありがとうっていってくれたのかしら? いいえ、どういたしまして、ね? 私は……本当に久しぶりに赤ちゃんを抱っこしたわ……。賢子には、何も出来なかった……」
賢子……父は藤原宣孝と言われている、桃桃の桃子時代の娘である。
「あの子には……申し訳ないことをしたわ……。何も言えない……許されない……忘れて、逃げ出したんだもの」
悲しげに目を伏せる。
『紫式部』の娘は誰ですか? と言われてもすぐに返事はできないだろうが、『大弐三位』はと言われると、あぁ、と言われる人は多いだろう。
『大弐三位』は、『小倉百人一首』の一首に選ばれた歌を詠んだ歌人であり、母と同じ女房として仕えた職業女人である。
名前は賢子だと言われている。
女性の名前は、かなり名前が残っていないことが多い。
それに読み方も、訓読み、音読みもはっきりしていない。
例を取ると、桃桃の仕えた人は『藤原彰子』と呼ばれているが、『ふじわら』は訓読み、『しょうし』は音読み……違和感を覚えることが多い。
これは、『安倍晴明』も同じで、もしどちらともの名前が訓読みなら『あきこ』、『はるあき』になる。
一応これは説があり、『藤原道長』は全て訓読みであるが、中国と同じ『実名敬避俗』が日本でもあり、姓と役職で呼ばれることが多かった。
だが平安時代は、藤原氏が権勢を振るった為、ほぼ藤原氏が権威を集中した。
その為、『藤原中納言』と言われても誰か解らない。
時々は広大な屋敷に住まうような有力な貴族は、その地域の『三条の大臣』などと言うこともあったが、それはまれである。
その為に、ある方法を用いたと言う。
時代が下がると『源九郎義経』のように幼名や、親に付けられた通称で呼ばれるが、平安時代はそういった幼名や通称ではなく、同じ漢字で、公には音読みで出仕し、本名は訓読みで呼ばれたと言う説がある。
『道長』は本名は『みちなが』でも、職場で呼ばれるのが『どうちょう』だったと言うものである。
その為、桃桃の出仕の時、公には『とうこ』、本名は『ももこ』。
『藤原彰子』は公には『しょうし』、本名は『あきこ』。
『安倍晴明』は公には『せいめい』で本名は『はるあき』だったと言う説である。
「……もう、会えないわね。いいえ、会ってくれないわ……母親失格ですもの……。あら、玄武ちゃん、お手手たっちしてくれるの? ありがとう」
微笑んだ。
ところでこちらは、やんちゃ坊主の朱雀が、
「兄ちゃん! 強いんだって? 俺さぁ、騰蛇より強くなるんだ! だから剣教えてくれよ!」
「いや、剣は接近戦だ。私は主に馬上で矛や戟を用いていた。まぁ、身に帯びてはいたが、刀になる」
「刀剣は一緒だろ?」
「違うな。身近なもので例えてはなんだが、料理に使う包丁は刀に近い。片方が研がれている。刀も同じ。片刃なのだ。剣は両刃と言い、もし包丁なら、切っている人間の方にも刃が向けられる。力が弱かった場合、もし、相手の鎧に剣を振りかざしてみよ、弱ければ反動で自分に向かう。『両刃之剣』はこの意味を言う」
子龍は丁寧に説明する。
「それに、その体で、いきなり刃を持つのはいけない。短い棒で日々訓練を重ね、自分の身を守る術を得よ。……私は、自分の子にそう教えている。……昔は、全く言葉を伝えきれなかった……愚かな親だ。桃桃が必死に繋ぎ止めようとしてくれたのに……」
「おーい、子龍さんだっけ?」
現れたのは、しなやかな体を持つ猫のような青年……白虎。
抱えて連れてきたのは、朱雀や傍で見ている青龍と年頃の変わらない女の子。
「この子も、遊んでやってくれない? 朱雀は後で怒っておくから。青龍も遊びたがってるし、おいかけっこでも」
「だが、この私では……」
「あぁ、青龍と朱雀は俺と一緒で頑丈。朱雀が我が儘言ったら、拳でいいから。でも、賢子は普通の子だから」
「いやっ!」
下ろしてくれた白虎の後ろに隠れ、白虎と子龍を睨み付けるのは……。
「桃桃?」
「たおたお……って、もしかして、母上が来たの? じゃぁ帰る!」
身を翻そうとする少女を捕まえ、
「ほい、賢子。お前の親父。で、子龍さん、娘よろしく」
と手渡される。
想像以上に軽く、幼い少女に、
「……可愛い」
「母上に似てるから? じゃぁ、いらない!」
「それは桃桃に似ているのもあるけれど、私は、娘が欲しかったんだ! 何故か家には息子が二人! しかも、周囲が口を揃える程私に顔が似ていて……」
顔を覆う。
賢子は、じっと見て、
「良いじゃない。お父様にそっくりなんて……」
「良くないんだ! 上の息子は腹黒! 下は、乱暴者までは行かないが、いたずら好きでやんちゃで……私は、可愛い娘が欲しかった!」
告げる子龍にポツンと呟いた。
「……私はいらない子だったんだって。お父様は私が生まれてすぐ死んだけど、本当は私はお父様の娘じゃないんだって。お祖父様やおじさまたちは、違うっていってくれたけど、母上は私を置いて出ていっちゃった。で、義理のお兄様に聞いたわ。母上は浮気したって」
「違う! 桃桃はそんなことはしない!」
「じゃぁ、私の本当のお父様は誰よ? 母上! そこにいるんでしょ?」
子龍が振り返ると、人の姿の蓮と共に玄武を抱いて立ち尽くしていた。
「賢子……」
「私の名前、覚えていたのね? もうすっかり忘れてると思ったわ。生まれて物心ついた頃にはいなかった。私が裳着をして出仕したのと入れ替わるように出ていって、地方に下ったじゃない!」
「そ、それは……あ、あの……」
「母上なんか、大嫌い!」
「ご、ごめんなさい……ごめっ、ごめんなさい……!」
玄武を抱いたまま走り去る。
それを白虎がひらっと身を翻し追いかけ、残された4人の中で青龍が近づき、子龍が抱き上げている賢子を見上げた。
「賢子。お子様。それ、八つ当たりだよ? それに、桃子さまは私の父達が代々主さまに仕えていた時に、何度かお会いしたことがあるって。優しくて賢くて、良く私たちのいる一条戻り橋にお菓子を持ってきてくれて、『再び、賢子に会えますように……あの子が幸せになりますように……私のせいで、苦しい思いをしませんように……』って泣きながら橋を渡ってたって。泣く程、会いたいのに会えない苦しい思いをしているのは一緒! そんな風になったか、何で聞かないの?」
「あ、俺も、兄ちゃんに聞いた! 賢子の名前は『賢くて、それでいて強く聡く優しい子』って付けたんだって。それに、難産で生んだって言ってたぞ」
「それと……賢子? お前のお母さんである、桃桃の話を聞いてくれるかな? それでも……許せないなら、それでいいから……」
子龍の声に、賢子は頷いた。
そして、泣き止ませ、玄武を抱き取って、桃桃を連れて戻った白虎が見た光景は、3人の子供が泣きじゃくるのをおろおろあやしている子龍の姿だった。
「桃桃! な、何とか出来ないか? どうしよう!」
「お、お母さん……お母さん!」
賢子は泣きじゃくりながら駆け寄る。
「ごめんなさい……さ、寂しかったの……お母さんがいないの、哀しかった……」
「賢子……ご、ごめんなさい……ごめんね。こ、こんなお母さんで……」
「ううん! お、お母さん……賢子……好き?」
真っ赤な目の娘を、抱き締める。
「当たり前でしょう! 貴方は私の可愛い娘。会いたかった……」
母と娘は1000年余りの時を経て、固く抱き合ったのだった。
「初めまして。玄武ちゃんね? はい、キレイキレイになりましたよ?」
首が座っていないのか、無表情で目をぱちぱちとする。
「あら? 綺麗な瞳ですね? 漆黒。髪の毛もふわふわ……」
「あーう」
「あら、ありがとうっていってくれたのかしら? いいえ、どういたしまして、ね? 私は……本当に久しぶりに赤ちゃんを抱っこしたわ……。賢子には、何も出来なかった……」
賢子……父は藤原宣孝と言われている、桃桃の桃子時代の娘である。
「あの子には……申し訳ないことをしたわ……。何も言えない……許されない……忘れて、逃げ出したんだもの」
悲しげに目を伏せる。
『紫式部』の娘は誰ですか? と言われてもすぐに返事はできないだろうが、『大弐三位』はと言われると、あぁ、と言われる人は多いだろう。
『大弐三位』は、『小倉百人一首』の一首に選ばれた歌を詠んだ歌人であり、母と同じ女房として仕えた職業女人である。
名前は賢子だと言われている。
女性の名前は、かなり名前が残っていないことが多い。
それに読み方も、訓読み、音読みもはっきりしていない。
例を取ると、桃桃の仕えた人は『藤原彰子』と呼ばれているが、『ふじわら』は訓読み、『しょうし』は音読み……違和感を覚えることが多い。
これは、『安倍晴明』も同じで、もしどちらともの名前が訓読みなら『あきこ』、『はるあき』になる。
一応これは説があり、『藤原道長』は全て訓読みであるが、中国と同じ『実名敬避俗』が日本でもあり、姓と役職で呼ばれることが多かった。
だが平安時代は、藤原氏が権勢を振るった為、ほぼ藤原氏が権威を集中した。
その為、『藤原中納言』と言われても誰か解らない。
時々は広大な屋敷に住まうような有力な貴族は、その地域の『三条の大臣』などと言うこともあったが、それはまれである。
その為に、ある方法を用いたと言う。
時代が下がると『源九郎義経』のように幼名や、親に付けられた通称で呼ばれるが、平安時代はそういった幼名や通称ではなく、同じ漢字で、公には音読みで出仕し、本名は訓読みで呼ばれたと言う説がある。
『道長』は本名は『みちなが』でも、職場で呼ばれるのが『どうちょう』だったと言うものである。
その為、桃桃の出仕の時、公には『とうこ』、本名は『ももこ』。
『藤原彰子』は公には『しょうし』、本名は『あきこ』。
『安倍晴明』は公には『せいめい』で本名は『はるあき』だったと言う説である。
「……もう、会えないわね。いいえ、会ってくれないわ……母親失格ですもの……。あら、玄武ちゃん、お手手たっちしてくれるの? ありがとう」
微笑んだ。
ところでこちらは、やんちゃ坊主の朱雀が、
「兄ちゃん! 強いんだって? 俺さぁ、騰蛇より強くなるんだ! だから剣教えてくれよ!」
「いや、剣は接近戦だ。私は主に馬上で矛や戟を用いていた。まぁ、身に帯びてはいたが、刀になる」
「刀剣は一緒だろ?」
「違うな。身近なもので例えてはなんだが、料理に使う包丁は刀に近い。片方が研がれている。刀も同じ。片刃なのだ。剣は両刃と言い、もし包丁なら、切っている人間の方にも刃が向けられる。力が弱かった場合、もし、相手の鎧に剣を振りかざしてみよ、弱ければ反動で自分に向かう。『両刃之剣』はこの意味を言う」
子龍は丁寧に説明する。
「それに、その体で、いきなり刃を持つのはいけない。短い棒で日々訓練を重ね、自分の身を守る術を得よ。……私は、自分の子にそう教えている。……昔は、全く言葉を伝えきれなかった……愚かな親だ。桃桃が必死に繋ぎ止めようとしてくれたのに……」
「おーい、子龍さんだっけ?」
現れたのは、しなやかな体を持つ猫のような青年……白虎。
抱えて連れてきたのは、朱雀や傍で見ている青龍と年頃の変わらない女の子。
「この子も、遊んでやってくれない? 朱雀は後で怒っておくから。青龍も遊びたがってるし、おいかけっこでも」
「だが、この私では……」
「あぁ、青龍と朱雀は俺と一緒で頑丈。朱雀が我が儘言ったら、拳でいいから。でも、賢子は普通の子だから」
「いやっ!」
下ろしてくれた白虎の後ろに隠れ、白虎と子龍を睨み付けるのは……。
「桃桃?」
「たおたお……って、もしかして、母上が来たの? じゃぁ帰る!」
身を翻そうとする少女を捕まえ、
「ほい、賢子。お前の親父。で、子龍さん、娘よろしく」
と手渡される。
想像以上に軽く、幼い少女に、
「……可愛い」
「母上に似てるから? じゃぁ、いらない!」
「それは桃桃に似ているのもあるけれど、私は、娘が欲しかったんだ! 何故か家には息子が二人! しかも、周囲が口を揃える程私に顔が似ていて……」
顔を覆う。
賢子は、じっと見て、
「良いじゃない。お父様にそっくりなんて……」
「良くないんだ! 上の息子は腹黒! 下は、乱暴者までは行かないが、いたずら好きでやんちゃで……私は、可愛い娘が欲しかった!」
告げる子龍にポツンと呟いた。
「……私はいらない子だったんだって。お父様は私が生まれてすぐ死んだけど、本当は私はお父様の娘じゃないんだって。お祖父様やおじさまたちは、違うっていってくれたけど、母上は私を置いて出ていっちゃった。で、義理のお兄様に聞いたわ。母上は浮気したって」
「違う! 桃桃はそんなことはしない!」
「じゃぁ、私の本当のお父様は誰よ? 母上! そこにいるんでしょ?」
子龍が振り返ると、人の姿の蓮と共に玄武を抱いて立ち尽くしていた。
「賢子……」
「私の名前、覚えていたのね? もうすっかり忘れてると思ったわ。生まれて物心ついた頃にはいなかった。私が裳着をして出仕したのと入れ替わるように出ていって、地方に下ったじゃない!」
「そ、それは……あ、あの……」
「母上なんか、大嫌い!」
「ご、ごめんなさい……ごめっ、ごめんなさい……!」
玄武を抱いたまま走り去る。
それを白虎がひらっと身を翻し追いかけ、残された4人の中で青龍が近づき、子龍が抱き上げている賢子を見上げた。
「賢子。お子様。それ、八つ当たりだよ? それに、桃子さまは私の父達が代々主さまに仕えていた時に、何度かお会いしたことがあるって。優しくて賢くて、良く私たちのいる一条戻り橋にお菓子を持ってきてくれて、『再び、賢子に会えますように……あの子が幸せになりますように……私のせいで、苦しい思いをしませんように……』って泣きながら橋を渡ってたって。泣く程、会いたいのに会えない苦しい思いをしているのは一緒! そんな風になったか、何で聞かないの?」
「あ、俺も、兄ちゃんに聞いた! 賢子の名前は『賢くて、それでいて強く聡く優しい子』って付けたんだって。それに、難産で生んだって言ってたぞ」
「それと……賢子? お前のお母さんである、桃桃の話を聞いてくれるかな? それでも……許せないなら、それでいいから……」
子龍の声に、賢子は頷いた。
そして、泣き止ませ、玄武を抱き取って、桃桃を連れて戻った白虎が見た光景は、3人の子供が泣きじゃくるのをおろおろあやしている子龍の姿だった。
「桃桃! な、何とか出来ないか? どうしよう!」
「お、お母さん……お母さん!」
賢子は泣きじゃくりながら駆け寄る。
「ごめんなさい……さ、寂しかったの……お母さんがいないの、哀しかった……」
「賢子……ご、ごめんなさい……ごめんね。こ、こんなお母さんで……」
「ううん! お、お母さん……賢子……好き?」
真っ赤な目の娘を、抱き締める。
「当たり前でしょう! 貴方は私の可愛い娘。会いたかった……」
母と娘は1000年余りの時を経て、固く抱き合ったのだった。
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