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まゆらの恋……
趙子龍の妻への思い
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子龍は荷物をまとめ、息子たちの事、二人の家である屋敷を屋敷の者によくよく頼み、軍に戻っていった。
それからは全てをなかったかのように、戦い続けた。
しかし、全てをなかったようになど、出来はしない……。
息子二人に面影を残し、逝ってしまった妻に恨めしいと言う思いよりも、哀しいと……それ程辛い思いをしても、使いさえ送ってくれれば、即戻ったのにと悔やみ続けた。
しかし228年の敗戦後、疲れたと思う自分がいた。
自分は何をしているのだろう……。
いや、何をしていたのだろう……。
本当は、彼女を大切にしたくて……その為に武器をとったのに……。
この武器は、ただ、妻と子供たちの為にと振るっていたはずなのに……。
妻は存在はおろか、遺品に心の支えになるもの、全てを処分した。
面影は、成長した息子たちにはもうほとんど見当たらない。
虚しく、ただ鬱陶しいのは度々軍師将軍に食って掛かる、魏文長。
自分の目でも、腕は良いが頭が悪い。
自意識過剰である。
だが、しかし……、
「……あぁ……わしの人生は、空しいものだ。あれの面影すら夢に見えぬ……そうよなぁ……」
仕事だと言い訳をし、妻子を顧みなかった。
だから妻は、自分を……。
先日、息子たちに屋敷に呼び戻されるが、僅かに共にいた屋敷には、妻の声が聞こえるようで何度も目を覚ます。
息子たちにはそれぞれ妻がいて、幼い子供……つまり孫も生まれている。
庭ではしゃぐ声に、身を起こす。
ボーッとしているものの、体はさほど衰えはない。
ただ、足りない……。
「父上」
「何だ? 統」
長男の名前を呼ぶ。
時々部屋に来るのは統である。
広は、そっけなく居心地が悪そうだった。
それに、努力の甲斐もあってか、それぞれ位が上がってそれなりに忙しいらしい。
「俺もいるんだけど、父上」
統と共に、拗ねたような顔で姿を見せるのは広である。
「あぁ、お帰り。大変ではないか? しかも二人でここに来るとは、休みがあったのか?」
「父上も体が起こせるなんて、調子が良さそうだね?」
「はい、軍師将軍様から、お見舞いの書簡」
「あぁ、ありがとう」
受けとると、書簡に目を通す。
孔明は先年、実子として嫡男として育てていた兄の子瑜の次男の伯松……喬……を亡くしている。
その前に、妾との間に瞻と言う息子をもうけており、黄夫人は伯松の嫁とその子供たちの元に身を寄せ、屋敷に戻らないのだと言う。
孔明は糟糠之妻をそれはそれは愛していたので、何とか戻ってほしいと思うものの、妾が口をはさみ、悋気を起こす為うまく行かないのだと書かれている。
「……まぁ、伯松は、本当に出来た子だった。生きておれば、軍師どのの後継者として国を富ます政策や、屯田兵の事も何とかなったであろう。わずかの違いではあるが、わしの命を譲れば良かったかもしれぬ」
「父上!」
「何て事を言うんだよ!」
「あぁ、済まぬな。いや……まだ若い伯松には未来があっただろうと、辛く思えたのだよ。こんな老いぼれよりも……」
自嘲する。
自分が年老いたなと思うのはこう言う時である。
年を取ったと、認めるしかないのだ。
「父上!」
「寿命じゃ。無駄なことはせぬよ。ただ……そなたたちには、謝りきれんが、ここで何度でも謝罪を告げられる。しかし、あれには……もう二度と会えぬのが……辛い……」
父親の頬に伝うものに広は固まる。
「え? え? 父上。母上と結婚したくなかったんじゃ……」
「は?」
顔をあげる。
「何を申しておる。あれは商家の娘で、わしは貧乏な農家の次男坊。兄が実家で働くと言うので、私が家族の食いぶちを稼ぐ意味もあり、得意の馬術と矛でならず者をのしておったのだ。ある時に、商家の娘御が誘拐されたと聞いて、助けに行ったのだ」
「で、何で結婚に……」
「誘拐されただけだというのに、傷物にされたと言う噂になった。本人は本当に辛かっただろう……。で、私も旅をしようと出ていくと言うと、着いていくといって聞かなかったのだ。こんな任侠紛いの男にかどわかされた等と噂になっては、と言い聞かせておったのだ。だが、頑固で言うことを聞かん。なぜ聞かんのだと食って掛かろうと思ったが、周囲に白い目で見られるのが耐えられぬと言うのでな……」
首をすくめる。
「嫌いではなかったんだ?」
「好きか嫌いかはわしにはその時は解らなかった。だが、失って気づく感情も愛情も憐憫ではなく、本当の愛情も……」
遠い目になる。
「私は、あれに『幸せですわ』と言って貰うのが好きだった。愛おしかった……。なけなしのお金で飾りを贈った時も……自分の実家ではもっといい物を身に付けていたであろうに……『嬉しい』と笑ってくれた。幸せだった……。どこが、間違っていたのだろう……? 私自身が間違っていたのだ、きっと……」
「父上……」
「すまぬ……幸せにできずに、ただ……」
静かに遠くを見つめる子龍に、広は、
「はい、父上」
懐から何かを取り出し、手に載せる。
「……こ、これは……」
「母上が最後まで処分するか迷ってたよ。だから俺が預かるって」
古ぼけた安物の飾り……しかし、新しいのをと勧めると拗ねた顔になった。
「良いのです。貴方の思いのこもった宝物ですもの。大事に大事に致しますわ」
そう言ってくれた……。
「もう……失ったものと……」
「父上が魂が抜けたみたいになって、ふぬけるからだろ? 母上生きてたら泣くぞ」
悪態をつく息子の声に、押し戴くように抱き締める。
「ありがとう……あぁ、もし、もう一度会えた時には……伝えなければ……そして……」
最近の落ち込みようと弱りようから穏やかで微笑む父に、息子たちはホッとしたのだが、夕刻食事を持っていったところ、妻の遺品を大事に手にし、眠るように旅だった姿を目にしたのだった。
それからは全てをなかったかのように、戦い続けた。
しかし、全てをなかったようになど、出来はしない……。
息子二人に面影を残し、逝ってしまった妻に恨めしいと言う思いよりも、哀しいと……それ程辛い思いをしても、使いさえ送ってくれれば、即戻ったのにと悔やみ続けた。
しかし228年の敗戦後、疲れたと思う自分がいた。
自分は何をしているのだろう……。
いや、何をしていたのだろう……。
本当は、彼女を大切にしたくて……その為に武器をとったのに……。
この武器は、ただ、妻と子供たちの為にと振るっていたはずなのに……。
妻は存在はおろか、遺品に心の支えになるもの、全てを処分した。
面影は、成長した息子たちにはもうほとんど見当たらない。
虚しく、ただ鬱陶しいのは度々軍師将軍に食って掛かる、魏文長。
自分の目でも、腕は良いが頭が悪い。
自意識過剰である。
だが、しかし……、
「……あぁ……わしの人生は、空しいものだ。あれの面影すら夢に見えぬ……そうよなぁ……」
仕事だと言い訳をし、妻子を顧みなかった。
だから妻は、自分を……。
先日、息子たちに屋敷に呼び戻されるが、僅かに共にいた屋敷には、妻の声が聞こえるようで何度も目を覚ます。
息子たちにはそれぞれ妻がいて、幼い子供……つまり孫も生まれている。
庭ではしゃぐ声に、身を起こす。
ボーッとしているものの、体はさほど衰えはない。
ただ、足りない……。
「父上」
「何だ? 統」
長男の名前を呼ぶ。
時々部屋に来るのは統である。
広は、そっけなく居心地が悪そうだった。
それに、努力の甲斐もあってか、それぞれ位が上がってそれなりに忙しいらしい。
「俺もいるんだけど、父上」
統と共に、拗ねたような顔で姿を見せるのは広である。
「あぁ、お帰り。大変ではないか? しかも二人でここに来るとは、休みがあったのか?」
「父上も体が起こせるなんて、調子が良さそうだね?」
「はい、軍師将軍様から、お見舞いの書簡」
「あぁ、ありがとう」
受けとると、書簡に目を通す。
孔明は先年、実子として嫡男として育てていた兄の子瑜の次男の伯松……喬……を亡くしている。
その前に、妾との間に瞻と言う息子をもうけており、黄夫人は伯松の嫁とその子供たちの元に身を寄せ、屋敷に戻らないのだと言う。
孔明は糟糠之妻をそれはそれは愛していたので、何とか戻ってほしいと思うものの、妾が口をはさみ、悋気を起こす為うまく行かないのだと書かれている。
「……まぁ、伯松は、本当に出来た子だった。生きておれば、軍師どのの後継者として国を富ます政策や、屯田兵の事も何とかなったであろう。わずかの違いではあるが、わしの命を譲れば良かったかもしれぬ」
「父上!」
「何て事を言うんだよ!」
「あぁ、済まぬな。いや……まだ若い伯松には未来があっただろうと、辛く思えたのだよ。こんな老いぼれよりも……」
自嘲する。
自分が年老いたなと思うのはこう言う時である。
年を取ったと、認めるしかないのだ。
「父上!」
「寿命じゃ。無駄なことはせぬよ。ただ……そなたたちには、謝りきれんが、ここで何度でも謝罪を告げられる。しかし、あれには……もう二度と会えぬのが……辛い……」
父親の頬に伝うものに広は固まる。
「え? え? 父上。母上と結婚したくなかったんじゃ……」
「は?」
顔をあげる。
「何を申しておる。あれは商家の娘で、わしは貧乏な農家の次男坊。兄が実家で働くと言うので、私が家族の食いぶちを稼ぐ意味もあり、得意の馬術と矛でならず者をのしておったのだ。ある時に、商家の娘御が誘拐されたと聞いて、助けに行ったのだ」
「で、何で結婚に……」
「誘拐されただけだというのに、傷物にされたと言う噂になった。本人は本当に辛かっただろう……。で、私も旅をしようと出ていくと言うと、着いていくといって聞かなかったのだ。こんな任侠紛いの男にかどわかされた等と噂になっては、と言い聞かせておったのだ。だが、頑固で言うことを聞かん。なぜ聞かんのだと食って掛かろうと思ったが、周囲に白い目で見られるのが耐えられぬと言うのでな……」
首をすくめる。
「嫌いではなかったんだ?」
「好きか嫌いかはわしにはその時は解らなかった。だが、失って気づく感情も愛情も憐憫ではなく、本当の愛情も……」
遠い目になる。
「私は、あれに『幸せですわ』と言って貰うのが好きだった。愛おしかった……。なけなしのお金で飾りを贈った時も……自分の実家ではもっといい物を身に付けていたであろうに……『嬉しい』と笑ってくれた。幸せだった……。どこが、間違っていたのだろう……? 私自身が間違っていたのだ、きっと……」
「父上……」
「すまぬ……幸せにできずに、ただ……」
静かに遠くを見つめる子龍に、広は、
「はい、父上」
懐から何かを取り出し、手に載せる。
「……こ、これは……」
「母上が最後まで処分するか迷ってたよ。だから俺が預かるって」
古ぼけた安物の飾り……しかし、新しいのをと勧めると拗ねた顔になった。
「良いのです。貴方の思いのこもった宝物ですもの。大事に大事に致しますわ」
そう言ってくれた……。
「もう……失ったものと……」
「父上が魂が抜けたみたいになって、ふぬけるからだろ? 母上生きてたら泣くぞ」
悪態をつく息子の声に、押し戴くように抱き締める。
「ありがとう……あぁ、もし、もう一度会えた時には……伝えなければ……そして……」
最近の落ち込みようと弱りようから穏やかで微笑む父に、息子たちはホッとしたのだが、夕刻食事を持っていったところ、妻の遺品を大事に手にし、眠るように旅だった姿を目にしたのだった。
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