悪夢を食べるのは獏、命を狩るのがヴァルキュリア(改訂予定)

刹那玻璃

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まゆらの恋……

桃子は輪廻応報と思っていたようです。

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 桃子とうこは文字通り地獄の時を味わうようになったより昔を、ふと……思い出していた。



 通常、中国の思想では魂魄こんぱくのバランスがよい状態が生きており、死ぬと魂魄が別たれる。
 魂は左の『うん』と言う漢字に当てはめられるように、雲のように漂い、空に上る。
 逆に魄は左の『白』と言う言葉から白骨を指し、地に残る。
 魂の中に記憶されていたその時の記憶は、通常全て消去されるのだが、わずかな記憶が残っている者もいるらしい。



 先程、子龍しりゅうに花のようだと言われた時に、自分が昔、誰かにそう呼ばれていたと思ったのだ。

 そんなことはあり得ないのに……。



「貴方……お帰りなさいませ」
「ただいま。どうだ? 無理はしていないか?」

 長身の夫を見上げ頬笑む。

「大丈夫ですわ。男の子だと良いのですが……貴方に似た凛々しい……」
「それは困る。この頑固者で、そなたに苦労ばかりかける不器用者に似ては、今のようになる……」

 夫は、哀しそうに唇を噛む。

 ただ一度の失態……しかし、それは主が夫に命じた一言の為に、周囲から責められ配置換えとなった。
 夫が悪い訳ではない。
 それなのに……。

 そっと手を取り、さほど膨らみもない腹部を当てる。

「大丈夫ですわ。貴方。私もこの子も信じております。貴方のお力を……ね?」
「ありがとう……」

 腕が伸びそっと抱き締める。

「そう言えば、参謀になられる逸材を、主は紹介されたらしい。けれど、あの二人が気が合うとは思えない。私がその方の手となり足となり、動くことになると思う」
「貴方はとても知識が深く、経験も才能もある方。参謀になられる方もきっと貴方を認めて下さるわ!」
「そなたに言われると、そう信じてしまいそうだ」

 あはは……

 明るく笑う声に、

「まぁ、信じて下さいませんの? 私は、そういう勘は外したことはありませんのよ?」
「そうだった、そうだった」
「んもう。貴方はいつも笑うのだから……」
「そなたは、野ウサギの子のように、頬を膨らませているな」

 笑顔と甘い甘い声。
 愛おしくて、ギュッと抱きついた。

「そなたや子供たちの為に職務を全うしよう」

 耳元で声がする。

「子供たちが大きくなった頃には平穏な時がきっと来る……その頃には二人で、のんびりと過ごそうか」
「えぇ、そうね。一緒にいましょうね」



 その約束は果たされることはなかった。

 参謀が来てから、彼の手足となり、動くようになって忙しくなったのだ。
 その参謀が去った後、新しい参謀が来てからも……。
 もう一人息子が生まれても、夫は忙しく帰ってくる時刻は遅く、出ていく時間は早かった。

「済まないな……」
「いいえ。大丈夫ですわ。子供たちも解っています」

 昼間、上の子は、父親が普段家にいないことをからかわれたと泣いていた。

「お父様は、私たちの為に頑張られているのよ。だから、貴方を嫌いではないのよ。お仕事が大変なの。お父様も、貴方のように、会いたいと思っているわ」
「ホント? お母様」
「えぇ、本当よ」

 抱き締め頭を撫でた。
 子供たちも……私も、本当は寂しかった……けれど、それを言うと、夫を苦しめてしまう。
 それが辛かった。



 何とか微笑みを浮かべ、

「お怪我やお体だけは……ご無理はなさらないで下さいませ」
「……そなたには、本当に辛い思いをさせている。もう少し我慢してくれ……」
「大丈夫ですわ。貴方。貴方のことだけが心配……」



 ふっと、桃子の瞳が開いた。
 ぼんやりと視線をさ迷わせる。

「桃子?」

 子龍の問いかけに、微笑んだ桃子は、

「あぁ、良かった……ご無理はなさらないで下さいませ。貴方のことだけが心配です……」

 そう告げると、目を閉ざした。

 子龍は愕然とする。

「いや、そ、そんなことはあり得ない……で、でも……」
「どうされましたか?」

 孔明こうめいは問い掛ける。
 いつになく動揺している長年の友人の存在に……。

 子龍は何度も躊躇い、目を閉ざし苦しげに告げる。

「彼女は……私の妻の、生まれ代わりのようです……私は、償わねば……なりません」
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