悪夢を食べるのは獏、命を狩るのがヴァルキュリア(改訂予定)

刹那玻璃

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まゆらの恋……

関平くんはとても、とても怒り狂っていました。

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 チュールの淡々とした言葉から流れ込む、真侑良まゆらの過去世……好奇心に溢れる女童めのわらわ桃子とうこ

 学問が好きで、家族を愛し、そして愛され……周囲にも可愛がられていた少女。
 ただ、普通に父が構わないと言う学問に取り組み、理解する事が嬉しくてならなかった少女は、誰も望まなかった運命の糸に絡め取られた。

 好奇心により男の目に留まったのだ。



 当時は、身分の低い女性は美しいとか、賢いと言った噂を父親や自分の乳母めのと乳母子めのとご……乳兄弟、屋敷に仕える者が噂を流す。
 そして、身分の上の男性に手紙を送って貰うのである。
 歌が上手く、その上紙の色、香の香りに添える花などの上品さで、真摯さと本気度を確かめる。
 そして、選び抜かれた男性を父が招き、あれこれとやり取りをして、結婚となる。



 それを知っていながら、野狂やきょう……小野篁おののたかむらは、すでに結婚していた桃子の住まう実家に乗り込んだのだ。



 当時の風習は、通い婚と言う日本独特の風習であるものの、それでも公に結婚をお披露目した女性の屋敷に乗り込むのが正しいとは言いがたい。
 そして暴挙に出た。



「……真侑良! ……『玉響たまゆら』! ……」

 遠くから聞こえる声に……過去の何かが重なった……。



 やっぱり……嘘じゃなかった……。
 私は、今回もあの男に……。



 覚えている限りの過去……藤原桃子ふじわらのとうこの時、本当に、彼の名前は知らなかった……。
 聞いてものらりくらりとかわされ、すぐに聞く気も失せていた。
 知らなかったのだ。

 好奇心が旺盛だったのがいけなかったのか……、あれ程、安倍晴明あべのせいめいにも忠告されたのに破ってしまった。
 語学や芸術に詳しい男の話術に魅せられていた……。
 越後にもやって来ていた……。

 でも、それは父にばれて、



「いけない! ……晴明どのは本当にそなたを案じていた。あの男に近づくのはやめなさい! 出来ぬのなら、ここを去り結婚を、良いね?」

 そういい聞かせられ、京に戻った。

 そして、夫……藤原宣孝ふじわらののぶたかと結婚した。
 ほぼ父と同じ年の頃……正室も側室もおり、桃子と年の変わらぬ子供もいる男だった。
 しかし、当時の権力者、藤原道長ふじわらのみちながの遠縁で、その妻、倫子りんしの元にいた頃からも会っていた。

 幸せになれると思っていた。
 大きな幸福ではない、でも、それなりに……。



 それなのに……。



 ざわざわと騒々しい玄関……。

「どうされたのかしら? お兄様? それとも旦那さま?」
「お嬢様! お隠れを! 塗篭ぬりごめに!」

 塗篭とは当時の倉庫のようなものであり、書物や季節外れの着物などを仕舞う。
 もしくは、方違かたたがえといい、当時はその個人個人の吉兆な方角があり、方角が悪ければ移動するのが一般的である。
 例えを言うならば、桃子の住まう実家から大体北西が宮廷であれば、父、為時ためときは出仕の際に、その方角に向かう。
 しかし、方角の吉凶を占うと明日は北西は運気が悪いと出ると、友人の晴明の屋敷は、宮廷の東に当たるので、そこで一晩部屋を借り受けて、翌日出仕する。
 それが出来ない時は、物忌ものいみと称して塗篭にこもり、身を清める為出仕をしなかった。
 ちなみにこれは行く途中で、穢れに合った時にも適応されたのだが、正式には身分の上の人程使える休暇のようなものであり、身分の低い人は余り使えない。
 だが、身分の高い人も、ただお酒を飲んで人生を謳歌している訳ではなく、早朝から、主上みかどの前で政治を行い、昼過ぎに宮中から下り、宮中での次の宴の歌を考えたり、若い者になると管絃の練習をしたり、蹴鞠(けまり)を舞をと様々訓練をする。
 それを、見せることも必要なのだ。

 話を戻そう……塗篭には、最後の意味もあり、女人は自らの操をたてる為、身を隠すと言う意味があった。
 塗篭と書くように四方を壁に覆われて、入って身を守ったり、そこで日々を過ごす。

 桃子は言われたように身を隠した。
 しかし、閉ざされた空間に突如、男が姿を現した。

何故なにゆえ逃げた……?」
「何故来られたのですか? ここは塗篭です。 落ちぶれても藤原の者! そして、私は藤原宣孝の妻! 関わりのない貴方に答える言葉はない!」
「玉響!」
「その名は刹那せつなの刻のこと……ただの偽り。たわむれ。れ言。私は貴方を信じられない、貴方も同じでしょう?」

 桃子は微笑んだと思う……そう。微笑んだ。

 恋は、越後で終わったのだと解っていた。
 戯れなど欲しくなかった……。

「さようなら。私には愛おしいの君がおられます。貴方はおられませんの? 妹背いもせの君が……お帰り下さいませ」
「嫌だ……そう言ったら?」
「では、命を絶ちましょう。私は夫を裏切るつもりはありませんし、貴方が何処の誰かも知らない。誰か! 検非違使けびいしを! い、いやぁ……何をなさるの!」

 大股で、たった数歩で桃子を追い詰めた男は、唇を寄せたのだった。



「玉響! この結界をほどけ! 頼む! 頼むから!」



 視線をさ迷わせ、見つけた変態上司……小野篁。
 ……男にとって、私は玉響せつなの恋の相手……。

 生まれ変わっても、何度繰り返しても出会ってしまう……。
 そして、毎回悲しい結末になる……。



「……もう、良いでしょ……? うちは……もう、疲れたんよ……」

 唇から絞り出した一言一言が、篁の心に突き刺さるのか、眉をひそめる。

「貴方は……私を、ただのおもちゃだと思っていたの……本気では、なかった……。一瞬の、刹那の刻を共にいるだけ。……本当の……恋人ではなかった……。私は、だから……『源氏物語』を描いた。……私は、『貴方光源氏』を思い狂う『六条御息所ろくじょうのみやすんどころ』ではなく、『空蝉うつせみ』……もしくは『玉鬘たまかづら』が良かった……。『紫の上』にはなりたくなかった……。『葵の上』にもなりたくなかった……。ただ、気が向いた時に振り向いて貰える。……お人形は……利用されて捨てられる。そんな風になるのは……」
「俺は!」
「他の人がすぐに自分に気を向ける……それと同じだと思っていたのでしょう……? でも、振り向かない私に苛立って……。閻魔大王さまに伺ったわ……賭けをしていたと……」
「それは、それこそ戯れ言! あの方が、私が恋人を見つけぬと」



 真侑良の頬を伝うのは涙。

「もう、うんざり! ……貴方に利用されるのは、人に利用されるのは……! 貴方が私にちょっかいを出す度に、本物の地獄に落とされる。生きている時も一緒……! 貴方が姿を見せる度に、地獄を見せつけられるのよ……!」
「すまない! 済まない! 謝っても許されるとは思っていない! だが、本当にお前の事を……」
「それ以上言っても、あの方には届きませんよ。何回も嘘をつき、彼女を苦しめてきた。今更でしょう」

 篁は振り返る。
 篁よりも600年も前に生まれた童顔の美少年が、冷たく篁を見上げる。

「お帰り下さい。この空間に貴方の場所はありませんし、周囲の者に命じ、二度と貴方には入れないように致しますので。安倍晴明どのとも知人ですし、あれこれとさせて頂きましょう。お帰り下さい」
「わ、私は……」

 関平はその外見からは全く想像も出来ない、気迫のこもった声で怒鳴る。

「黙れ! 小僧! 遊びや、戯れの恋で、真侑良どのを苦しめるようなら、この私が、この方以上の苦しみをお前に与えてくれる! 出ていけ!」

 その鋭い声に、篁もチュールも背筋が伸びる。



 篁はチュールからも小童同然だが、チュールの北欧神話は正確な時代の神話ではない。
 ちなみに、北欧神話の最初に愛された神はヴァナ神族のフレイやフレイアの兄妹の神、そしてその次に、アース神族の戦いの神チュールや春の雷の神トールが崇められ、最後に崇められるようになったのは知識の神オーディン。

 『エッダ』……神話を書いた文章、物語の最古として残されているのは13世紀だが、元々北欧の国々で信仰されてきた神々がキリスト教に圧され、次第に信仰の対象が移ってきたものらしい。

 トールは長い冬の終わりに雷が鳴る事で、冬の終わりと春の訪れ、そして寒い地ではあるものの食べ物を植えたり、海に出て漁をするなど活動を促す神である。
 その前のチュールも詳しくは残っていないものの、トールは怪力の神で、ちょっとひょうきんな神であるのだが、チュールは純粋に戦いの神である。
 寒い地に移る、もしくはその地から別の地に移る時に必要なのは戦いであり、崇められた神がチュール、そして、新しい地に移って農耕や牧畜の神がトールでもある。

 ちなみにヴァナ神族とアース神族の言葉にも意味があり、元々ヴァナ神族……北欧に住んでいた民族の元に、アース神族……アジア地域から移り住んだ民族がおり、その祀っていた神々がアース神族と言われている。

 日本の天孫降臨てんそんこうりんで、大国主命おおくにぬしのみことが国譲りをしたと言われるが、それに近いものである。

 フレイ、フレイアたちが残る代わりに、他のヴァナ神族は土地を去り、アース神族の世界となったのだ。



 これが当てはまるのなら、チュールはこの少年よりも若いことになる。

 関平は、厳しい眼差しで言い放つ。

「もう、二度とこちらに来ないように……破れば、命はないものと思われよ! この方は当方にて丁重におもてなしさせて頂きます。お帰りを……チュールどの。よろしくお願い致します」
「あ、えぇ、解りました」

 うちひしがれる篁を引っ張って、去っていったチュールを見送り、

「関平くん……構わないの?」
「私が、貴方を守りますから、大丈夫です」



 関平は微笑む。

「真侑良どの……美味しいお茶を飲みましょう。これを何とかして下さい、ね?」
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