悪夢を食べるのは獏、命を狩るのがヴァルキュリア(改訂予定)

刹那玻璃

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ヴァルキュリアになる前……記憶に残る過去

玉響……刹那の恋

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 後の『紫式部むらさきしきぶ』と呼ばれた、真侑良まゆらの幾つか前の前世は、父の藤原為時ふじわらのためとき式部丞しきぶのじょうと言う位に就いていた為、最初は藤原姓の『藤』と、式部丞の『式部』から『藤式部とうのしきぶ』と、女房名にょうぼうめいがつけられた。

 ライバルとして有名な清少納言せいしょうなごんは、こちらも有名な歌人、清原元輔きよはらのもとすけの娘で、『清』は姓から、『少納言しょうなごん』は父の位からと言いたいところではあるが、少納言は参議さんぎよりも下ではあるものの、そこそこ上位の位であり、清原姓では就くことは出来ない。
 その為、遠縁の人物の女房名より頂いたともされている。

 そして、女房と言うのは、現在の奥さんと言う意味ではなく、女官にょかん……宮中の表で働く殿上人でんじょうびととは対の、後宮で働く中流階級の知識人の娘達のことを指す。
 女御にょうご更衣こういなどと言った主上みかどの奥方に仕え、如何いかに自らの主を寵愛して戴けるか、どれ程主は素晴らしいかと吹聴し、一種のサロンを造り上げ、主に与えられた殿舎でんしゃと総称して呼ばれる館で、様々な催しを行ったり、そこから派生して、宮中で歌合うたあわせが行われたりと言うことがあった。

 その為、幼い頃から一種の英才教育を施して育てた娘に、落ち度があってはいけないと、娘が生まれた時から権力者たちは様々な情報網を用いて、屋敷の奥で生活をする中流階級の娘たちの情報を引き出し、娘達が入内じゅだい……後宮に館を主上より賜り、主上の妻の一人として生活することが決まると、その娘達の親や夫に、打診をする。

「そなたは地方にかみとして下るよりも、その才能を宮中で生かさぬか? 確か、この役職が空いている。推薦しよう」
「ですが、差し出がましいようですが、私は、その役職につくには、位が低いのです。それに、何故なにゆえ私のような者に?」
「今度、我が娘が入内が決まった。だが、娘はまだ幼く頼りない。そなたの娘に大層賢い娘がいると聞いておる。女房として、出来れば傍に……駄目だろうか?」

 主上の后として入内する、娘の父である権力者に逆らうことは難しい。
 それに、娘を出仕させれば、自分の地位が上がるのである。
 そのまま出仕させるのだった……普通は。

 しかし、藤原為時は娘が元々人見知りすることや、学ぶことは好きだがそれ以外そつなくこなせるか、不安は尽きなかった。
 それに本人は一度、宮中の勢力争いに破れ、式部丞の位を奪われて地方に下った経験を持つ。
 再び権力者に取り入ると言うのは、不安であった。

 それに娘は好奇心は旺盛だが、普通の娘のように美しい衣の重ねや、貝合せに喜ぶようなことはなく、日々父の書簡を納めた場所にこもり、黙々と読みふけるか書き記す……。
 ぼんやりとしているので注意をすると、

「お父上にお借りしました書簡の漢詩を覚えておりましたの。それに、お父上。あの漢詩のあの部分はこう言葉を変えても、美しくありませんか?」

と微笑む。
 賢い娘に比べ、平凡な息子を嘆けば、

「お父上? お兄様は平凡ではございません。平凡と言うのは、努力をせぬ存在です。私は、お兄様を尊敬して、お兄様のようになりたいと努力をして参りました。私が私であることを、まず認めて下さったのはお兄様です」

と兄、惟規(これのり)をかばう。
 兄も兄で、出来のいい妹をひがむどころか、おっとりとした性格で、

「羨ましいなぁ。私に、勉強を教えてくれないかな? 桃子とうこは理解も早いけれど、教えるのもとても上手だ」



 『桃子』と言う名前は、紫式部の秘密の中でも本名の謎がある。
 紫式部の主の名などは有名だが、中流貴族の娘達である女房は本名はほぼ残っていない。
 だが、紫式部はこのような名前だったのではないかと言う説が残っている。

 公に知られているのは、『藤原香子ふじわらのこうこ』説、もしくは『かおりこ』『よしこ』『たかこ』と読むこともあると言う。

 これは藤原道長の『御堂関白記みどうかんぱくき御堂関白記』と言う日記に近い、日々の事やどういった宮中で行事が行われ、それはどのような立場の人が行い、どのような存在が中心的役割を担っていたかと言う子孫に残す書簡がある。
 その中に、『藤原香子』と言う名前の掌侍ないしのじょうと言う、後宮の女官たちのあれこれを取り仕切る役目の女人が存在していたと言うことからである。
 しかし、当然、その名前が彼女と同一人物とは解らない。

 そして桃子と言う名前は、夫である藤原宣孝ふじわらののぶたかの詠んだ歌から、通称、幼名を『もも』と呼ばれていたことが読み解けるらしい。
 その為、紫式部本名説から桃子とさせていただこうと思う。



 話は戻って、桃子は歴史上、ぽんっと女房として出仕した訳ではないらしい。
 実は一度、後の主になる藤原彰子ふじわらのしょうしの母、倫子りんしもしくはのりことも言われる彼女の元で、仕えていたと言うよりも見習いとしてあれこれとしていたらしい。
 その真摯で真面目なところが気に入られ、10才と言う幼さで入内する娘にとよくよく頼んだと言う説もある。
 倫子と紫式部が強い繋がりがあり、何かあった時には文のやり取りをしていたと残されているのは有名である。

 多分……一度、倫子の元に仕えたが、父が地方に下ると言うことで辞めて、着いていき、その後戻って結婚したらしい。



 桃子は多分、倫子の元で仕えていた時に、様々な人と出会った。
 それは老齢であるが、当時の最高の陰陽師おんみょうじであった安倍晴明あべのせいめいもそうだろう……。



 そして……出会ってしまった……。
 終わりを宣告されたも同然の恋に……。
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