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第10章

私は聖女としてやるべきことをする!

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 温室を出て行きながら、マゼンタは実際青くなり手は震えていた。

「ど、どうしよう……友達のように仲良くして下さってるけど、皆さま、この国でも名門の方々だったわ……」
「そんなん、ちょっとした肩書きだぞ。聖女の方がよっぽどすげぇわ」
「そんな……あぁぁ!」

 ひょこっと顔を覗かせるのは、温室の外の庭の樹の下のテーブルと椅子で、こちらもお茶をしていたユールの父ラインハルト。

「ラインハルトさま! も、申し訳ありません!」
「ん~? あ、そだ、お茶!」
「あ、あの、この中身ぶちまけちゃって……」
「こっちにティーセットあるぞ。自分で淹れたらまずいんだ。淹れてくれないか?」
「は、はい」

 自分の持っていたティーポットを割れないように置くと、こちらも準備されていたお湯と茶葉を確認する。

「……ラインハルトさま。この茶葉は、この国の茶葉ではありませんよね?」
「あぁ、よく解るな? 遠い異国からの茶葉だ。多分サーパルティータやアソシアシオンでも、滅多に入らないと思うぞ」
「それはそうですよ。これ、ティースプーン一杯で一般家庭の2週間分です。どちらで頂いたんですか?」
「違うぞ。これは時々異国から届く知人と言うか……俺の命を救った医者の親族が茶園を持っていて、作ってるんだと。俺が昔は荒れてて馬鹿やって、この右手を切るかどうかの瀬戸際になった時に、丁度この国の薬草を仕入れに来てた医者が治してくれたんだ。本当は、俺なんか治してくれるより、セシルが怪我してすぐその先生がいたら……」

 マゼンタはそっとお茶を出す。
 このお茶は、100度の沸騰したお湯で淹れる紅茶とも違い、低い温度で蒸らし出す。
 この緑茶は、苦味より旨味を楽しむのだ。

「あぁ、ありがとう……って、美味い! 何だ! この旨みに香り!」
「このお茶は、高温のお湯だと苦味しか出ないのです。低い温度のお湯でゆっくり淹れると、この味になります」
「マゼンタ……お前、うちにこねぇ? 嫁と3人でゆっくり茶会したいわ~。あぁ、両親も入れてだな。あ、座るといい」
「ありがとうございます。ふふふっ。ラインハルトさまはお忙しいでしょう?」

 クスクス笑う。

「まぁなぁ……でも、サーパルティータやアソシアシオンのゴタゴタと、この国の面倒がなくなったら、領地に帰ろうかと思ってる」
「あぁ、そうなのですね」
「そうそう。元々俺はこっちに滅多に来なかったんだ。この容姿だからな。それにこのガタイだ」
「何故ですか? 私はラインハルトさまは素敵だと思いますよ」

 マゼンタは答える。
 ちなみに、マゼンタは好みの男性は、年上でカッコ良くて強い大人な人である。

「私は小さい頃から神殿で育ったので、青い顔で目の吊り上がった、エリートぶったバカとか、身分の高さを威張る口だけ男を見て育ったので……あ、一応育ての親のアーティスさまは武術は苦手でも、ちゃんと知識があったので好きですよ。でも、本当にあぁ言うのって馬鹿ですよね。実戦とか、何かあった時に対処ってそういうの程できない。まぁ、私もそうですけど」
「俺は……まぁ、この容姿は両親の色を貰ったんだが、昔は小さくてな。よく転んではビービー泣いて、姉上方に負けて泣いて……この容姿をからかわれて泣いてだった」

 髪をくしゃっとかき上げる。

「両親を、家族を恨んだことはない……自分が情けなかったんだ。言い返せない、勝てない、悔しい……母上は親族に俺を……化物を生んだと責められているのを聞いた時に、プツッとキレた。母上を庇い『僕は化物じゃない! 見てろ! この国一の騎士になる!』と言った」
「すごいです! ちゃんと約束を果たすなんて」
「……自分の力だけじゃない。それに、俺にもっと力があったら、セシルに怪我をさせることはなかった。それにフェリシアも……」
「ラインハルトさまは優しいです……先も言ったのですが、人間完璧に物事は進みません。行く方向を間違えたり道を忘れたり……でも、それが逆に良い方向に向くこともあります」

 マゼンタはカップでお茶を飲みながら笑う。
 ラインハルトも苦笑する。

「マゼンタは、性格はちょっと違うが、フェリシアやアルフィナに似てるな」
「本当ですか? 嬉しいですね」
「でも、フェリシアのように優しすぎたり、アルフィナのように我慢しすぎたりはやめてくれよ」
「自分ができ得ることをします。ところでお伺いしますが、何故、おじいちゃん……いえ、ジェイクさまとガイさまがお越しなのでしょう?」

 この屋敷の当主付きのガイは母の従兄弟だが、忙しい。
 祖父はアーティスさえ大人しければ、大丈夫だが……。

「うーん……俺から言って良いのかなぁ」

 お茶を楽しみつつ、お菓子の籠をマゼンタの前に引き寄せる。
 食べて良いという意味らしい。
 遠慮しないマゼンタはクッキーを取る。

「……昨日行ったアルフィナの実家……いや、サーパルティータ第二王子、アーティス殿下の御子息のアルキール殿下が身を隠していた屋敷なんだが、俺とイザーク、カーティスが最初行った時、バルナバーシュさまやベルンハルド、アンネリがいた隠し扉があったんだ。それはこういう地図で……」

 地面に木の枝で簡単に壁、倉庫、母屋を書く。
 その母屋のリビングの壁の辺りに、点々と、書いていく。

「この入り口でベルンハルドとアンネリ、かなり奥に、バルナバーシュさまが手足に枷、身体中に鎖を巻き付けられていた。バルナバーシュさまは黒く見えた」
「はぁぁ? バルナバーシュさまは聖なるお力をお持ちです。この屋敷を覆うのはアマーリエさまとバルナバーシュさまのお力です」
「そう。俺はよく分からないんだが、クズ国王とか王宮は昔から汚ねぇと思ってた。あぁ、アマーリエさまがいらっしゃる時はまだマシだった。でも、いない時は滅多に入るとこじゃねぇと思ってた。あぁ、アルフレッドは綺麗で優しい気を持ってる。アルフレッドはアソシアシオンには行けねえが、それなりの無意識の力があったんだろう」

 ラインハルトはガサツそうだが、繊細な周囲を見る目があるのだなと改めて思う。
 なのに何故、この将軍の次男はそういう面を受け継がなかったのか、残念である。

「で、2回目は倉庫ともう一か所に隠し扉があると、イザークが言ったから行ったんだが、倉庫の隠し扉を探している間に、フェリシアを殺そうとした男爵令嬢の兄が、背後からシャベルで襲ってきた。イザークは俺たちを庇おうと、隠し扉を閉ざして、頭や身体を酷く殴られた。思った以上にひどい傷で、もう一つの方は探せなかった」
「シャベルって、庭の土を掘り返す……片手の?」
「それはスコップ。シャベルは長い棒がついている方だ」
「……イザークお兄さん、あれで殴られて、よ、よく無事でしたね」
「お前のおじいさんのジェイクどのがぶん殴って、絞めた。で、一応痛み止めを飲んで、簡単に手当てした後、ここで、フェリシアとミリアムさまに力を制御してもらって、アルフィナが癒した」

 そう言えば、顔色を変えて祖父とアーティスは駆け込んできた。
 イザークは包帯が赤く染まっていた。

「私には無理だったのでしょうか?」
「うーん、俺が聞いたら、頭の骨が折れてただけじゃなく、その中の血管が切れてて、このままでは出血で死んでしまう寸前だったらしい。ミリアムさまは診て治療する。そして、フェリシアとアルフィナは波長が似ているそうだ。まだ聖女として自覚のないアルフィナは、疲れたという口癖の多いカーティスの一言にすら癒しを贈る未熟さと、制御できない力を持つ。マゼンタは逆に強気で豪快に、それでいて明るい太陽だ。アルフィナは月夜にそっと佇む月。重なる時はあるが、力が違う」
「もっと、おじいちゃんやアーティスさまやミリアムさまに、ちゃんと教わっておくべきだったわ」
「と言うか、もう一つ、この部屋の奥にある隠し扉が難関だと、イザークが言っていた」
「難関?」

 地図を覗く。
 すると、家の入って右のリビングとは反対側の、家の奥の部屋をグリグリと丸を描く。

「ここの奥には、イザークも途中までしか行ってない」
「えっ? 何でですか?」
「一回、怖いもの見たさにアルキール殿下と入ったそうだ。すると、殿下が途中までは何とか歩いたが、気持ちが悪いと倒れそうになったらしい。それ以上入るのはいけないと思い、殿下を支えて引き返したそうだ。つまり、この奥はアルフィナは危険」
「えっ……あ、アルキール殿下は実のお父様……その血を引いたアルフィナさまは……」
「そう。でも、俺は一回、見たことがある。王宮の塔の下に、閉じ込められた遺骸が……その奥に横向く玉座に縛められたバルナバーシュさま。バルナバーシュさまは聖なる力。その逆が……」
「クヌート……」

 ミリアムの侍女メリーが言っていた名前。

「……インマヌエル1世がこの国の初代。その次が娘婿インマヌエル2世ことクヌート。クヌートはインマヌエル1世の息子バルナバーシュ殿下を殺したとも、バルナバーシュ殿下が闇に染まり、父王を殺したのを捕らえたとも言われていたが、実際は、自分が義父を殺し、その罪を着せ、自分の妻と離婚し、バルナバーシュ殿下の妃と再婚した。再婚後生まれた子は全て死に、聖女との子が跡を継いだ。バルナバーシュ殿下の末裔がアルフィナだ」
「……!」

 マゼンタは言葉を失う。
 では、アルフィナは正統なこの国の姫。
 バルナバーシュとアマーリエの間のアルキールも……。

「だが、この奥を調べたいが、悪意を払う聖女とその騎士が必要だ。アルフィナは今、熱を出している。フェリシアはまだ調子が完全じゃない。アマーリエさまは出産後さほど経っていないし、バルナバーシュさまが不調に陥る。ミリアムさまはまだ完治に程遠い」
「じゃぁ私が行きます!」
「おいおい、一人で行くのか?」
「そっか……うーん、じゃぁおじいちゃん……ダメか、ジョセフィ……よわっちいわ、じゃぁベルンハルドさま……は、ダメよねぇ。バルナバーシュさまの血を引いてるし……よっし! ラインハルトさま! 一緒にぶちのめしにいきましょう! 一応、私も武器持てますから」
「おいおい……」

 お転婆聖女は乗り気である。
 ラインハルトは、役の振り分け間違ったか? と遠い目をする。

「危険なんだぞ?」
「はい」
「それでも行くのか?」
「はい。それが聖女です」

 きっぱり言い切る。

「私はアソシアシオンで、聖女と崇められても全く意味が分かりませんでした。私は、小さい頃から力があるのが当たり前でというか、有り余って暴発してたんです。小さい頃は、暴発しまくったり火の玉出したり、水溢れさせては母が怯え、父が慌て、ミルクくれないし、お腹すくし泣きじゃくってました」

 たら~

汗が流れる。

「そんな幼い頃の記憶があるのか?」
「ありますね。祖父は産後の肥立ちの悪い母と父をこちらに、そして、私には乳母を頼み、そして暴走しないようアーティスさまに封呪を。二歳頃から少しずつ外しながら教わってきました。でも、アーティスさまやミリアムさまはこの力は稀でとても素晴らしいもの、正しいことに使いなさいと言いましたが、アソシアシオンではほとんどポーション作り。しかも高額販売ですよ! ぼったくりもいいとこ! 正しいことってこんなこと? と思いました。でも、フェリシアさまやアルフィナを見て、私も聖女ならできることをやる。そう決めました。その為に毎日力を暴走させないように訓練してきました。今回行ける聖女は私だけです。大丈夫です」
「……じゃぁ、俺が行く」

 背後から現れたのは、ケルトに綺麗にしてもらったらしいユール。

「俺も、行く。連れて行け……いや、連れて行って頂けませんか? マゼンタ」
「……は、はぁぁ? な、何してんの! 頭下げない! 膝つくな!」

 ユールは片膝をつき、帯剣していた小剣を差し出している。
 ラインハルトは立ち上がり息子を見る。

「ユール。お前はこの方……聖女マゼンタさまの騎士として、共に向かうか?」
「はい!どのような道であれ、先がなかろうとも、私が切り開き進んで行く所存です。マゼンタさま、どうか」
「マゼンタさま……息子も望んでおります。どうか、お言葉を」
「……わ、私も、アルフィナさまやフェリシアさまに比べたら半人前の聖女です。私は突っ走るしかできない聖女です。つ、ついてきなさいよ。遅れたり、うだうだ言うなら、先にあんたをぶん殴るから!」

 後でこそこそと聞いていたジェイクとガイは額を押さえた。
 そして、ユールは顔を上げ、にっと笑うと、

「よっしゃ! じゃぁ行くか! どっちが先に着くか競争だ!」
「負けないわよ!」
「……ダメだ……もうダメだ……ガイ、後は頼んだ」
「叔父上! そこで逃げないでくださいよ! 貴方の孫ですよ!」

責任を押し付け合う二人の横で、フェリシアとケルトはにっこり笑ったのだった。
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