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第10章

アーティスの怪しい趣味と決意

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 ところで、イザークの傷は本人の予想以上に重く、屋敷に戻ると意識を失った。

 一応怪我人のミリアムとまだ完治していないフェリシアでは治しきれないと判断され、アルフィナが2人にサポートして貰いながら、イザークの傷を癒した。
 シャベルの傷はかなりの衝撃だったらしく、骨が折れていたのと、アルフィナは理解できなかったが、アルフィナの力を借りて、一種の手術のように内部を見たミリアムは、頭部の中に内出血があり、そのままにしておくと危険な状態だったとアーティスに話した。
 アーティスはホッとして、ミリアムとフェリシア、アルフィナと言う3人の聖女がいて良かったと感謝したのだった。



 イザークも癒しの後、さほど時間も経たず目を覚まして、出産して間もない妻や子供たちに外に行って貰い、アーティスと話をした。

「イザーク、大丈夫?」
「あぁ、父さん。本当に心配をかけてしまってすみません。俺の怪我に、アルフィナ様やフェリシア様、ミリアム様のお手を煩わせるなんて……リリアナや子供たちにも心配かけてしまって……」
「リリアナやセアラーナ、ラファエルは元気だよ? それより、イザークだよ……本当に……」

 頭はもう大丈夫ではあるものの、手を握り半泣きで笑う。

「誰に似たの? 馬鹿だね。家族がいるんだから、自分を大事にしなさい。お前は父親なんだから。それに、今回は本当に危険だったんだよ。ミリアムとフェリシアが完治していないから、体の弱いアルフィナが力を暴走させないように、ミリアムが調整しながら治したんだよ。頭の骨が折れていただけじゃなくて、その中に出血があって、それを止めて出血の血を出して、骨を治したんだ。結構厳しい、繊細な手術みたいなもので、マゼンタは無理だったからね」
「マゼンタが無理って……」
「だって、マゼンタは癒しより攻撃が強い聖女だから。繊細さがないんだよ。力はあるけどね。普通の表向きの傷……つまりラインハルトどのの騎士団で切り傷、打身とかは目に見えるからすぐに治せる。でも、今回の頭のような繊細な部分や腹部の内部は、マゼンタの治療では治せない。だから……本当はマゼンタはもっと力を磨くべきだった。もうちょっとしっかり言い聞かせるべきだったよ」

 後悔するように言う。
 しかし、イザークはその意味が理解できなかったらしく、首を傾げていたので、

「あのね? 例えばね? ロープがあるでしょう? ロープじゃ服は縫えないよね? それに、腕を剣で切った時、縫ったことあるでしょ? それに縫うものは違っても、リリアナが服を仕立てたり、ミリアムがパッチワークしたり……とても細いよね? で、マゼンタの力を細く長くしてご覧って言えば、その太さはちょっと細めのロープだとすると、アルフィナはもうすぐ6歳なのに、ずっとは続けられないけれど、一人で短時間、力を細く長くできて糸のように扱える。だからこの間、魔法の糸で手で鎖編みを簡単にすることも覚えたし、一回お人形の服が破れた時、直して貰っているのを見ていただけで、自分で直すことも覚えた。今回もミリアムと僕がアルフィナに説明してね? アルフィナの力を細い糸状にして、イザークの傷だけを癒し、溜まっていた血をすくい出すようにして貰ったんだ。その後、骨を元の位置にして、頭部の傷も縫うようにして癒した。ミリアムも驚いていたよ。今までの癒しの聖女の中でも一二を争うほど幼いのに理解度が高い。フェリシアやマゼンタすら絶句していたよ。難易度が高い、力を細く長く伸ばすなんて、ミリアムすら今でもここまで集中できないって。アルフィナをアソシアシオンに連れ去られたら、どうなってしまうだろうって」
「……アルフィナは……私の姪です。どこにもやりません!」
「僕もそう思ってるよ。あのね? あそこから次々本が届いているんだけど、皆、本に夢中で、サーシャ様を霊安室に安置したままなんだよね……本当はアマーリエの前では言いたくないけれど、バルナバーシュ殿に伝えなきゃと思ってる。それでね……僕は、バルナバーシュ殿とサーパルティータに行こうと思っている」
「父さん!」
「僕の父と兄が馬鹿なことをしていたら、僕は元アソシアシオンの枢機卿だったけど、サーパルティータの第二皇子だ。父や兄の暴走を止める。本当は僕一人で行こうかとも思った。でも、僕はジョセフに『坊っちゃま程度が、何が出来るんです? バルナバーシュ様の義弟と言う魔物は長い間をかけて、人間の悪意を吸収し、その上アマーリエ様方の力を吸い取っていたのですよ? その指輪を、坊っちゃま程度のお子様がどうやって対抗するんですか?』と一笑にふされて……そっか……と思ったんだ」

童顔というか、整った顔だが年齢未詳のアーティスは微笑む。

「大丈夫だよ。イザーク。ちゃんと戻るから。それにね? 皆が武器とかに夢中になってる時に、サーシャ様の砕けたお骨を、綺麗に並べ直したんだ。サーシャ様って、骨格やっぱりバルナバーシュ殿にそっくりだよね。独特のカーブがあるんだ。それに美人。アルフィナはきっと美人になるよ」
「……あの……父上、今、遺骨を並べ直したって聞こえましたが……」
「うん。あの立てた体勢と、装飾品の重さと時代で骨が脆くなって砕けたんだと思って……! 今は棺を横たえたでしょ? 中、落ち着いたから綺麗に並べ直したんだ。これなら失礼じゃないと思って。大丈夫。僕は発掘が趣味だったから、見ても何ともないし、僕はパズル得意なんだ!」
「父さん! ジグゾーパズルと骨を一緒にしないでください! 死者への冒涜ぼうとくですよ!」

 勢い良く身をおこしたイザークは叱りつけるが、耳の奥と目の奥の痛みにくらくらとして横たわる。

「わぁぁ! イザーク! 大丈夫?」
「……父さんが遺骨をジグゾーパズル……もう、元気になったら父さんのしつけだ……」
「え~ん! だって! サーシャ殿の指に、ユニコーンの指輪があったんだよ。それは特別なものだと思って、骨がボロボロになって混じっちゃってる中から探すついでに綺麗にしてあげたんだよ。本当に遊んでるんじゃないよ? あれを探してたんだよ? で、でね? 今、サーパルティータにあるのは闇の指輪。多分光の指輪がこれ。翼のないユニコーン……でも聖なる獣だ。サーパルティータの指輪は逆に多分、翼のある魔物……ガーゴイルかグリフォン、キメラ、コカトリス……翼がないのがないのはバジリスク……それらのどれかかな? そう言えば僕、この国でウロボロスだったかな、その扉を見たよ」
「ウロボロス?」
「うん、えっとね、こういう形かな」

 紙に書いたのは、ヘビらしきものの身体が細く長く円形を形作って、尻尾を口がくわえている。
 その円も、身体の鱗らしきものも……はっきり言って、イザークの弟のキールの器用さや芸術性が全く垣間見えない……貧相なものである。

「父さん……セリアーナに絵を教えないで下さいね」
「分かってるもん! えっとね! ウロボロスは尾を飲み込む蛇……それは永遠とか無限を指したり、死と再生、不老不死を指すそうなんだよ。だから気になって。よく似たものだとヨルムンガンドとかミズガズルオルムって言う、♾のマークで描かれる大蛇。異国の信仰する神々が恐れる神々の世界の終わり、終焉の刻という意味のラグナロクに、雷と春の神と戦うんだ。怪力を知られた神でも、海の中で神々の長い刻を共に成長した大蛇に敵わず……」
「死んじゃうんですか?」
「ん? その神はミョルニルと言う特別な武器を持っていて、それで、ヨルムンガンドの頭を3回渾身の力を込めて殴りつけたんだよ。で、ヨルムンガンドは死んだけど、最後に吐いた毒を浴びて神も死んだんだよね」
「は? やっぱり、神って死ぬんですか?」

 真顔でアーティスは、

「これをアソシアシオンで言ったら、異教徒として裁判になるんだろうけど、この神話の神々は死にます。それに老化します。子供も産みます。不老不死を保つ為に『黄金の林檎』を食べるの。他の神話だと『ネクター(Nectar)』や『ネクタール(nektar)』『nek(死)+tar(打ち勝つ効能)』と言って、花の蜜や蜜の酒を飲んでいるよ。長命、若返り、美貌……とかね」
「人間くさい神ですね」
「そうだねぇ……だって、今のような国になるまでは、世界は乱れ、戦いが続いた。裏切りや敵同士が手を取り合う……そうして、自分達が他の国を支配する神になりたかった……そんな国の一つがここや僕の母国。で、その自分たちの象徴として強い怪物や、本当にいないと思われる生き物を描いた。代わりに、戦いに赴く者以外の女性は、聖なる獣を紋章と選んだ。この国の古い怪物がウロボロス」
「ウロボロスですか……それに、ユニコーンは見たことがありません。俺が知っているのは尾の長い、鮮やかな色の鳥です」
「うーん、じゃぁ、この地は本来はやっぱりフェニックスかな。どこで見たの?」

 アーティスの言葉に素直に答える。

「あの家の、母屋の隠し通路です」
「隠し通路? えっと、バルナバーシュさまがおられたのは、家の居間から入るものだったらしいんだけど……」
「それは俺は知りません。俺が知ってるのは、キールが小さい頃生活していた子供部屋です。多分アルフィナが寝起きしていた部屋だと思います」
「こうしちゃいられない。二箇所あったのか、じゃぁ、イザーク。僕は調べに行くからね?」
「父さん! 場所解るんですか? あの家までの道を。ラインハルトさまとカーティスさまならご存知ですが」

 イザークは絶対方向音痴の父を止め、側に付いていたジェイクを見る。

「ジェイクさん。お願いしたいことがあります。今、話した場所は、もう俺とリリアナしか知らない場所だと思います。それに、途中までしか行けなかった……俺は大丈夫だったけど、キールが気分が悪いってうずくまってしまったんです。それで、これ以上進んでも危険だと判断したんです。一応、印をつけた場所まで、覚えている限りの地図を書きます。行ってみてくれませんか? そこまででもいいです。もしかしたら、サーパルティータに行く気満々なだけで、何も策を考えていない父さん達の為のものがあるかも知れません」
「……変わり者とか変人と言われる坊っちゃまのことを、こんな短時間でよくご理解されて下さる……若君……いえ、イザークさま。私は本当に嬉しいです。こののんびりして、マイペースで周囲の方を振り回している坊っちゃまのお子様にしては、本当に本当に賢くて……」
「……じい!」
「本当に、イザークさま……教えてください」

 メモを出して、書き始めたジェイクは、主人の息子の適確な説明に、内心舌を巻いた。
 幼い頃に行っただけだろうに、仕掛けの場所、罠などまで覚えている。
 アルフィナの実父たち家族に勉強やマナーなどを学んだと聞いているが、それだけではなく記憶力が良いのだろうと内心、仕えることになる自分たちが嬉しいと思ったのだった。
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