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第10章

アーティスの不器用な愛情

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 馬車に乗って帰ったラインハルトとアーティス、ベルンハルドとイザーク、そしてジェイクを出迎えた一員は、まずは血の滲む頭を押さえ、馬車から降りてきたイザークに顔色を変える。

「ど、どうしたの?何か……」
「アルフレッド様。申し訳ありませんが、イザーク若様をまず、休ませて下さいませ。一応手当ては向こうで済ませたのですが、頭部だけでなく、背中や肩をシャベルで殴られております。マゼンタか、他の聖女さまにお願いして癒すべきかと」
「そうだね。ベルンハルド。ここにいるフレデリックと一緒に、イザークを連れて行ってあげてくれる? そして、イザークを休ませてあげて」
「はい」

 二人は頷き、イザークを支えながら奥に向かう。
 アルフレッドだけでなく、カーティスにルシアン、アルキールを抱いたアマーリエにベルンハルドが揃っており、珍しく躊躇うラインハルトを見つつ口を開く。

「……奥の部屋で話したいんだけど、その前に、あの一族の歴史書が大量に納められている書庫を見つけたんだ。しかも代々の当主の日記も。イザークが先代や先先代に教わった隠し扉の奥にあるけれど、いつか見つかるかもしれない。だからイザークが元気になるまであそこにあのまま置いておけないから、もう一度行って早いうちに引き取りたい。特に言語学に秀でたルシアン殿とカーティス殿、そして、カーティス殿のご両親に来て頂いて、解読を始めたらと思っている。1日でも早く……彼らの無念を晴らしたいんだ。よろしくお願いします」
「そんなに多いのですか?」
「えぇ、カーティス殿。多分蔵書数ではここは負けるかと。それに、今の言語ではなくかなり古いものです」
「えぇぇぇぇ! そんなに凄いんですか!」

 キランキランと目を輝かせるルシアンに、ラインハルトは、

「お前、本に飛びかかるなよ? いいな?」
「しないもん!」
「それに、その棺は……」

アルフレッドは、後ろから運ばれてきた棺とおぼしき古く細かい彫刻の施された箱に気がつく。

「これは……サーシャ様とおっしゃられる方の棺だよ」
「サーシャ!」
「ご存知の方のお名前?」

 妻の言葉に、バルナバーシュは躊躇いつつ、

「妹だよ。クヌートの最初の妻で、世界で最初に聖女と呼ばれていた。でも、どうして……どこにこの子の棺が……」
「あのね、イザークが一つ目の隠し扉のスイッチを押して、僕たちを書庫に押し込んでくれたの。そして、僕が二つ目のを押したんだよね。そんなに奥行きなかった。そしたら、立てかけられてるこの棺があったんだ」
「立てかけられてる……? そんな……私の時代でも、そんな埋葬はなかった。それに、そんなに近くにいたのか」

顔を覆う夫を見上げ、

「兄様、ラインハルト殿、ジョセフ。詳しい話を聞きたいわ、こちらに」
「その前に、アマーリエ様。ジョンかジョセフィに頼んで兵達を送り、イザーク若様を殺そうとした『0003』『0001』の入れ墨を入れた男達を。そして、ぼっちゃまの亡き奥方さま方の遺品引き取りに行きませんか?」

すると、杖ではなく、もう一つ作られた車椅子を押して貰い、姿を見せたのはミリアムである。

「アマーリエ様、そしてアルフレッド様、バルナバーシュ様。もしよろしければ、私もその書庫に行かせて下さいませ。動いたり、荷物を持ったり入れたりと言ったことは出来ないでしょうが、アーティス殿に負けない位の知識は持っています。ある程度解読をして、箱にどの言語で、時代も書き込むこともできるでしょう。ここでじっとしているよりも何かをさせて下さい」
「ちょーっと待った! ミリアム。君、まだ安静じゃないか! 無理して、足の怪我が悪化したらどうするの!」
「無理はしないと言ってるでしょう? それにちゃんと、疲れた時にって、アルフィナがくれたのよ」

 首にかかっているのは不格好だが、頑張って編んだとわかる魔法毛糸の鎖編み、その先にはロケット。
 その中には、小さい飴が数個。

「良くなっているって言っても、自分の体調はある程度分かります。それに、ラインハルト殿の息子のユール殿やルシアン殿のヨルム殿にお願いして付いて来て貰います。お願いします」
「……あーぁ。だからミリアムって嫌い」
「えっ?」

 小さい頃以来の兄の『嫌い発言』にアマーリエがギョッとする。

「人が心配してるの分かってる癖に、その心配を全然理解してくれない! さっき言ったでしょ! 『0001』『0003』って言う入れ墨を彫られた処刑執行人が、僕たちを襲ったんだよ! そうしたら、イザークが庇ってくれて、今、治療をして貰ってる。本当に酷い出血で、めまいもしてて、背中や肩を殴られてたんだから!」
「大丈夫です。それに知識がある者が行くべきです」
「危険だって言ってるでしょ! ダメ!」
「どうしてですか!」
「ダメ! 歩けるまで外出禁止!」

 食ってかかるアーティスをなだめるジェイク。

「坊っちゃま。どうして、ミリアムさまに対してはきついんでしょうね……」
「アマーリエは言い聞かせたら聞いたのに、ミリアムは食ってかかるもん! 危険だって言ってるの!」
「私もかなりお転婆だったと思うのだけど……」
「駄目ったらダメ! これ以上怪我されたら困るの!」
「自己責任で良いではありませんか」

 ミリアムはあっさり言うと、

「うえぇぇ~ん。ヤダァ。何で、僕の周りの女性って気が強いの? ちゃんと話聞いてよ~! 危険だって言ってるのに!」
「諦めましょう」
「えぇぇぇ! そんなにきっぱりと言うの? ラインハルト殿! アルフレッドも何とか言って! アルフィナがこうなったらどうするの?」
「アルフィナは可愛くて、優しくて、お利口さんですから大丈夫ですよ。それよりも、ここで大騒ぎは迷惑ですよ。それに、ライン兄さんが抱えてる箱のことも聞きたいので、こちらにどうぞ」

 アルフレッドは案内する。
 その間にアーティスは止めようとしたのだが、ミリアムは面倒だと思ったらしく、行く準備に向かっていた。

「危険だって言ってるのに!」

 怒るアーティスに、バルナバーシュは苦笑する。

「無理だよ。女性は一度決めたら、それを翻すことはない。あぁ、特にここにいる女性達はね。アルフィナですら、アマーリエや君の孫だからそうだと思うよ。それより……」
「あ、バルナバーシュ殿……サーシャさまが貴方に言いたいことがあると、まず…… 『ヴェロニカは生まれ変わり、再びこの国を蝕んでいます。この国を滅ぼすのがヴェロニカがクヌートと交わした約束……』だと」
「……」
「ヴェロニカの生まれ変わりが、この国の王の寵姫だと。心配なんだ。この後話す内容が、本当は話したくない。でも聞いてしまったからには告げなきゃいけない……」

 アーティスは悲嘆に暮れる。

「僕の無力さが許せないよ……あっ……」

 ふと、目を見開き、そして小声で呟いた。

「あれを……どうにかすれば……」



 バルナバーシュは、後日その呟きを聞き逃したことを後悔したのだった。
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