上 下
97 / 129
第9章

過去との決別、未来への光

しおりを挟む
 イーリアスの傷の手当ては、弟の孫のマゼンタが行う。

 マゼンタはほぼ毎日、アルフィナと色々なお話をしたり、遊びながら、術力の循環をするようになってから無差別な爆発、暴発が減り、攻撃もミスが少なく、そして的にほとんど当てることができるようになった。
 それだけではなく、アルフィナの浄化の力をフェリシアに仲介して送ることもできるようになり、一気に力を排出するのではなく、様子を見ながら力の調整もできるようになっていた。
 それと共に、マゼンタの力も雑味が無くなっていき、研ぎ澄まされ、そして術力も格段にアップした。

「イーリアスさま。傷口見せて下さい」
「いや、マゼンタ。先に枢機卿さまや、馬車の……」
「そちらは他の方が見に行って下さってます。それに、イーリアスさま。この屋敷をまとめる家令は誰ですか? 出産して日の経っていらっしゃらないアマーリエさまは、まだ完全に復帰なさっておられません。旦那様であるアルフレッド殿下もお忙しく、そして、奥様になられるキャスリーンさまはまだ、こちらのことにまだ慣れておられません。ですので、今現在、この屋敷全体のことを見て判断し、即座に指示するのはイーリアスさまのはずです。ジョン執事長は今、動いておられますが、これから全容が見え始めると忙しくなります。イーリアスさまがまず傷を治して、私どもへ的確な指示を頂けませんか?」

 イーリアスは目を見開く。
 お転婆な弟の孫の急激な成長……。
 しかも、子供っぽい論点ではなく、自分の立場をわきまえた、そして……。

「成長したね。マゼンタ。ではよろしく頼むよ」
「はい!」



 そして、ミリアムは大量の出血と今まで気を張っていたこともあり、一瞬意識が遠くなった。

「ミリアム!」
「おねえしゃま、元気になりましゅように……」

 アルフィナは必死に祈る。

「待ちなさい。まずは傷を確認してからよ。そしてあの女を別室に移して、監視をつけましょう。それに、ミリアムは馬車で来たの?」

 アマーリエは兄を追い払い、持ってこさせた毛布で包むと傷口が見えるように服をくつろがせる。

「……酷いわね。辛かったでしょう」
「……それよりも、メ……あの者に襲われた修道騎士達もいて……彼らが無事かが心配です」
「無理に自分の力を使うのはやめなさい。貴方、本当は聖女でしょう? でも、あの子……キャスリーンの叔母に当たるそうね? あの子の為に聖女の位を譲った。でも、あの子の力はすぐに消え、母国に帰れないあの子の為に枢機卿を目指したのね」

 ビクッ!

肩を震わせる。

「ど、どうしてご存知……」
「だって、聖女というのは普通、癒しの力を持つ女性ですもの。私も小さい頃、ちょっとした擦り傷は癒せたのよ。でも、その力は何故か消えたの。ショックだったわ。でも、お兄様のお陰で聖女として、アソシアシオンにいられたの」
「……っ、あの……アマーリエさまが癒しの力を失ったのは、いつでしょうか?」
「……そうね。思い出したくないけれど、聖女として一度母国に帰った後かしら。珍しく父に呼ばれ、お茶を誘われたわ。そして、本当は幸せなのかもしれないけれど、一緒にいらっしゃった正妃様に頭を撫でられたわ。その時、何か重苦しい胸を押しつぶすようなものにまとわりつかれて気絶したの。目を覚めたら、心配そうに兄が手を握ってくれていて、でも、身体にわずかにあった回復の力は無くなっていて、ショックで声も出せなかった。お兄様が様々な文献を調べてくれて、呪われたのだって……お兄様が身を清めてお祓いをして下さったわ。すると、正妃さまが急死なさったの」
「えっ! も、もしかして」

 アマーリエは首を振る。

「お義母さまは敬虔な信者だったはず。宮廷内に小さい祭壇を作ってたびたび祈られていたの。お兄様や私が聖女や教会に仕えることになって喜んでいたはずなの。だから……」
「私の侍女の場合は、私と共に一度サーパルティータに参りましたの。その時、皇帝陛下に声をかけて戴きました。そして一晩したら……それに滞在中、カスパー皇太子殿下が、何故か私にたびたび妃になれと……アソシアシオンに戻っても、こう言った気持ち悪いお札とか……」

 わずかに持っていたバッグから出してくるものに、急いで戻ってきたアーティスが叫ぶ。

「うわぁぁ……気持ち悪い。グロい! ミリアム貸して! すぐ燃やして来るから! ポイだよポイ!」
「中身を確認しなきゃ……」
「ダメダメ。どうせ誤字脱字だらけで『自分は偉いんだ。妾にしてやる。金も使わせてやるぞ!』だよ」
「よくご存知で……」
「他国の枢機卿が連れてきていた聖女候補にもそう言って、連れ去ろうとしたらしくて、枢機卿が自分の預かった子だからって言ったら、キレまくって『わしはサーパルティータの次の皇帝! それなのによくも!』って、で、父上にチクったら、顔がパンパンになるくらい殴られてたよ」

 アマーリエは遠い目をする。
 あの兄は全く変わっていないらしい。
 今度殴りに行こうか……。

「おばあちゃま、お祖父ちゃん……しょれ、しゃわっちゃ、めーでしゅ!」

 書状を取ろうとした手をアルフィナが止める。

「ドロドロの気持ちわゆいのが、いゆでしゅ。燃やしてくらしゃい」
「えっ? そうなの?」

 その言葉に、セシルが火かき棒で、手紙を暖炉にくべる。
 すると、

『ぎゃぁぁ~! 熱い、熱い! 許さん! わしを馬鹿にする者全て喰い尽くしてくれる……!』

と言う声が響いた。
 そして燃え尽きた書状の中から、ポテッと手足のない、気持ちの悪い生き物なのか小さな怪物が出て来る。
 顔は口の方から裂かれ、目が飛び出して、脳が見えている。

「うわっ、気持ち悪いわ……」

 アマーリエは扇で顔を覆い、アーティスもアルフィナの目を隠す。

「……これ、何でしょうか?」

 ツンツンと火かき棒で突くセシルに、突然飛びかかってきたそれはすぐに火かき棒で殴り飛ばされ、コロコロと暖炉に戻る。
 すると、ユールに守られたマゼンタが祈る。

「人々を苦しめる悪意よ、浄化の炎に焼かれて消えよ」

 すると、ゴォォォ……と白い炎が昇り、怪物を包む。

『ぎゃぁぁぁぁ~! わしは……わしは、死なぬ!』
「燃え尽きて下さい。そうすることで貴方の犯した罪ごと、浄化されるでしょう」

 しばらく炎の中で狂ったようにのたうちまわっていたそれは、最後には細かい灰になった。

 再び姿を見せるかと、じっと様子を見守っていたマゼンタは、ようやく、

「これで大丈夫かと思います。でも、この灰は聖水にかけておく方がいいかと思います」
「そうね……でも、何か聞いたことのある声だった気がするのだけど……」

首を傾げる妹に、アーティスは、

「兄上だよ。ちゃんと習っていない呪詛でも使えたんだね。馬鹿だけど」
「あら、馬鹿は昔からよ。あの人。まぁ……これで大丈夫かしら……」
「……」
「どうなさったの? 貴方」

バルナバーシュは妻を抱きしめ、灰を見つめている。
 すると、灰がさらさらと形を変えていき、人間の顔と腕になった。

『みーつーけーたーぞ。バルナバーシュ……』
「……クヌート」

 口が動くたびに灰はさらさらと下に落ち、そして再び内側から頭に上がり循環する。

「……私の家族を地獄に落としておいて、再び何のようだ」
『あははは……! 義父が言ったではないか。お前は闇の力を持つと、だから地獄に落としてやったんだ』
「何を言う! 私は闇の力などない! 父上も認めてくれた!」
『あぁ、そうともさ……お前は、人間にしては非常識な程の力を持っていた。その力を欲した他国に奪われるより、私が使ってやろうと思ったんだ……この国はお前の力に満ちている、私の力と正反対。お前を封じてすぐに私の力と反発することに気がつき、私は指輪に力を込め、サーパルティータに贈った。サーパルティータは当時は小国。力を欲していたからな』
「なっ!」

 アーティスは青ざめる。

『クククッ……貴様が封じられてから何年経ったと思う? その指輪はどうなっておろうな?』
「……行って……」

 出ていこうとする主人をジェイクが引き戻し、

「坊っちゃま。アルフィナお嬢様をお支えして下さい。坊っちゃまなら感じるでしょう。アルフィナお嬢様が倒れるまで力を使わないように、止めて差し上げて下さい」
「うんっ」

アルフィナと共にミリアムを見守る。



 そして、ラインハルトはメリーを閉じ込めると二人監視を置き、その後、カーティスの息子のフレドリックや、自分の側近やルシアンの弟子たちを連れ、ミリアムの連れて馬車を確認した。
 馬が二騎、鞍が付けられたままであり、ほっそりとしているのは女性用の鞍なのだろう。
 すると、馬車の中には無残な遺体がと思っていたのだが、彼女の身の回りのものらしい荷物がまとめられて箱が幾つか並べられていた。

「何か怪しいものはないか?」
「いえ、大丈夫だと思います」
「では、一旦これを収め、後で、枢機卿殿にお伝えして、確認して頂くことにしよう」

 馬は厩舎に、そして荷物は倉庫に納めたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。

とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」 成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。 「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」 ********************************************        ATTENTION ******************************************** *世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。 *いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。 *R-15は保険です。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

【完結】美しい人。

❄️冬は つとめて
恋愛
「あなたが、ウイリアム兄様の婚約者? 」 「わたくし、カミーユと言いますの。ねえ、あなたがウイリアム兄様の婚約者で、間違いないかしら。」 「ねえ、返事は。」 「はい。私、ウイリアム様と婚約しています ナンシー。ナンシー・ヘルシンキ伯爵令嬢です。」 彼女の前に現れたのは、とても美しい人でした。

あなたが望んだ、ただそれだけ

cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。 国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。 カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。 王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。 失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。 公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。 逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。  心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

処理中です...