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第8章

問題児の姉と優等生の弟

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 ジョセフィは、女の子のような名前だが男である。
 ジョセフィは、代々執事として仕える一族待望の男児である。
 ちなみに祖父の兄ジョンの息子ガイがいるが、まだ若く結婚していない。
 一応ガイとその主人のアルフレッド様は同じ年の乳兄弟で、まだ三十路に入っていなかったりする。
 それに祖父の長兄も、仕事優先の余り結婚したものの離婚した。
 祖父の主人であるアーティス様は、

「ジョセフィは私にとって孫だからね……」

と笑う。
 祖父は、あの天才肌の家令イーリアスと、その弟でアルフレッド様を父親がわりとして育て上げた温厚で優しく父性にあふれたジョンという大伯父たちの弟だというのに、破天荒さと豪快さ、その上、

『犯罪ギリギリまで教えてくれるな。僕はまだ7歳だ。犯罪担当じゃない。執事見習いだぞ』

と言いたくなるようなヤバイ人だった。



 祖父の一人娘……義理の姉がいると母は言っていたが……の母セアラは、祖父の暴走と浮気か情報収集か判らない他家の夫人との二人きりで遊んでいたという噂に小さい頃離婚した両親から離され、父方に引き取られた。
 しかし、執事は無理と女官としてマナーや言語などの勉強をする為に学校に入った。
 アソシアシオンは身分や能力主義だから、僕のように勘が鋭いとか、祖父のように武器を使うとか、アーティス様のように術を持っていない母は苦労したらしいが、パニックにならない限り、礼儀作法やマナー、勉強は満点とジョン大伯父の奥方であるミーナ女官長に太鼓判を押されるほど教わったらしく、学校を女性トップで卒業。
 そして、執事ではなく、料理長に将来なる予定の父テッドと知り合い、結婚。
 生まれたのが姉のスカーレットだった。



 母の一族にも、父の方も能力者は滅多に生まれない。
 いや、母方は祖父が怪しいので何とも言えないのだが、姉が泣くと花瓶が割れ、癇癪を起こすと火の玉がという尋常じゃない日々……に、母は産後の肥立ちの悪かった上に、定期的にミルクを与えるというのにも疲れ果て、泣きじゃくったのだという。
 流石にお手上げだったのか祖父が、姉を抱いてアーティス様の元に行き、

「娘が生んだ赤ん坊なのですが……」
「うんうん、名前つけてって? いいよー!」
「じゃぁ頼みます! 泣くと部屋中のものが破壊され、癇癪起こすと火の玉をあちこち投げるのだそうです。お願いしますね!」
「はぁ?」

 赤ん坊を置き去りにされたアーティス様は、慌てて姉の暴走を止める術と、癇癪を起こすのは不満があるからだと……普通赤ん坊はミルク、オムツ、眠いと泣きながら訴えるのだが……。

「えっと、じゃぁ、白い肌だけど真っ赤な顔で泣くから、スカーレットがいいかなぁ? スカーレット? どうしたの? 何が嫌なのかなぁ? おじさんはアーティス。スカーレットに笑って欲しいんだけどなぁ? ダメ?」

 フニャフニャの赤ん坊を毛布にくるみ、抱きついた感じで、優しく話しかけた。
 すると、いつのまにか泣き止んだスカーレットは、念話で、

『まんま、ほちい、おにゃかしゅいた……きもち、わゆい……』

と訴え、アーティスが、

「じい。スカーレットお腹空いたんだって。それに、オムツが気持ち悪いって」
「何で解るんですか?」
「言ってた。この子賢いよ? ほら、ミルクだよ~」
「ちょーっと待った! 坊っちゃま! 抱っこできないでしょ?」

ジェイクは抱きとり、ミルクを飲ませ、オムツに服を変える。



 それまで焦っていたのでよく見ていなかったが、セアラは孫の服もオムツを替えていなかった。
 それよりも産後の体調がすぐれず、寝込んでいた。
 泣き声に起きてミルクを飲ませようとしても、ほとんど食事も取っていないくらいだったのだから、最近母乳が出なかったのかもしれない。
 それなら、この赤ん坊はお腹が空くし、気持ち悪いし辛かっただろう。
 よく見ると、身体のあちこちにあせものような発疹があった。



 孫を抱き、家族の部屋に戻ったジェイクは、夫に食事を食べさせて貰い、着替えをして落ち着いたセアラがおり、すぐに奥からテッドが出てきた。
 二人は若いが本当に頑張っていた。
 悪くはない……でも……。

「……セアラ」
「お父様、いえ、ジェイク様、申し訳ございません」

 こういう時、親子が上司と部下という立場にあるのも、面倒だとジェイクは思う瞬間である。
 若い頃は色々バカをやったが、セアラを生んだ妻は離婚したのではなく産後の肥立ちが悪く、セアラのように仕事と子育てを両立させないとと頑張りすぎて倒れて死んでしまった。
 どうして思いやれなかったのだろうと、後悔して生きてきた。
 破天荒な父親で申し訳ないと、ずっと心の中で娘に謝っていた。
 娘を苦しめるのはもう御免である。

「セアラ。お前は今、身体が弱っている。解っているな?」
「大丈夫です!」
「駄目だ。今までは、坊っちゃまを優先しなければと思っていた。けれど、もう二度と同じ過ちは繰り返したくない。セアラ、テッド。休暇を与える。セアラは身体を癒しなさい。そしてテッド。私の兄が仕えるアマーリエ様の屋敷で、料理の勉強をしてきなさい。坊っちゃまは好き嫌いが激しい。その上、何かに集中すると食べなくなる。わがままでいつまでも子供ですが、好奇心が強い方。食材や珍しい料理を学んでおいで。いいね?」
「で、ですが、その子は……」

 ウニャウニャ……祖父の腕で眠りながら口を動かす娘。

「坊っちゃま……アーティス様が、スカーレットと名前をつけて下さった。セアラ。お前はテッドと隣国に行き、静養を」
「娘は? スカーレットは!」
「お前は今、お前の死んだお母さんと同じ状態だ。彼女は産後の肥立ちが悪かった。それでも、早々に他の女官と同じように仕事に戻るのだと、どうしても今、与えられた仕事をしたいのだと……無理をしすぎて、倒れた。私はアーティス様について外国にいて、間に合わなかった……お願いだから、兄上や姉上の元で静養しなさい。お前まで失っては、私はどうすれば良いんだ」

 手を伸ばし娘を抱きしめる。

「行っておいで」



 セアラが安定したことを見計らって、二人は旅立たせた。
 そして、祖父とアーティス様に育てられた姉は……。
 一般から突き抜けた、お転婆破壊兵器となっていたのだった。
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