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愛に近い執着
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ルーは自宅からの緊急の連絡で、一応上司に必死に頼み込み、極秘裏に妻の元に戻っていた。
詰める仕事のため、妹に家にいてもらっていたのだが、妻が体調を崩したと連絡があったのである。
ルーは、一応騎士としての登録名である。
正式な名前はアリシア・ルイーゼマリア・ランドルフ・ロイド=シュトラーセ。
ロイド家出身で、シュトラーセ家に婿養子に入った。
31歳のルーとは14歳歳の離れた妹の名前はブリジット。
愛称はリジーという。
ロイド家の娘だからというわけではないが、小さい頃から父や自分達の背を追っていて、数年前騎士の館を優秀な成績で卒業し、騎士見習いとしてカズール領の騎士団に勤め、来月新しく正騎士として赴任することになった。
つい10日前まで引き継ぎでバタバタしていたものの、来月までは前の職場で溜めていた有給を消化するようにと言われたらしく、それならばと久しぶりに逢いに来たところを捕まえて、家に送り込んでおいた。
「え~。兄さま。私、【可愛いものを愛でる会】を発足したところなので、忙しいのですよ」
「なんだそれ? 愛でる会……なんだ? 何を愛でるんだ?」
「そんなの、決まってるじゃないですか。六槻ちゃんとフィア兄さまのイチャイチャを愛でるのと、綾様とレーヴェ兄さまのポヤポヤなところを楽しみ、さーや様とエディの暴走するところを面白がるのと、王太子殿下のその美しさを愛でるのです! 見守るのです! 鑑賞するのです! ついでに語り合うのです! 会長はルゥ姉様! 副会長はローズ様です! 現在会員は、幼なじみのナオミとエージャと私とアーサー殿下です! 時々、ローズ様の最愛のリリィ姉様やローズ様のお姉様方とウィン姉様も参加なのです」
「アホか! それはいつものお茶会だろうが!」
「失礼です! レディには情報の共有と息抜きが必要ですよ! それにシャルだって、ずっとお屋敷にいるということではすまないのです。まずは身近な私達と会って、話すようにしなければならないでしょう?」
リジーはズバッと告げる。
「シャルはもう16です。ついでに、形ばかりではありますが、公爵家の当主である兄さまの夫人です。いくら仕事はほとんど父様やおじ様や執事がやってるとしても、形ばかりとはいえ忙しい兄さまの代わりに外交するときもくるでしょう。いつまでも嫌です、なんて言ってられませんよ。ですので、臨時会員として参加していただこうと思っているのですよ」
「おいこら! 俺が形ばかりの当主と言いたいか?」
「当たり前じゃないですか。紅騎士団の仕事が忙しいと全く当主としての勉強してないですよね? それにシャルもマナーや勉強を優先するのに懸命とはいえ、先代当主夫人であるエリミア伯母様に頼り切りです。もっと自立を考えるべきでした」
妹の正論に口籠る。
そうなのだ。
ちなみにエリミアはルーの伯母……亡くなった母の姉にあたる。
ルーの母アリシアは姉が六人、弟が一人いた。
弟は現在の国王アレクサンダー2世の父、先代アヴェラート。
姉たちはそれぞれ母妃の実家に養女に行ったり、国内の有力貴族に嫁いだ。
ちなみにエリミアとアリシアの姉である第一王女は、現在のファルト男爵リダインの曾祖母になる。
そして高齢になるエリミアに負担をかけていることは自覚しているのだが……騎士の仕事にやりがいを持っていたルーはついつい義理の祖母、父や叔父、家の執事に仕事を任せてしまっていた。
「でも……シャルは16だし……」
「もう一回言いますが、16は私と一つ違いです。いつまでそんなことを言っているつもりですか?」
「うぅぅ~」
わかっている。
わかっているのだが、過去の事件で心を閉ざすシャルに向き合うのが怖い。
いや、今は保護者のつもり。
でも、愛妻のシャルロットは16になったばかり。
うん……周囲には犯罪だ何だと言われたが、叩きのめすし無視だ。
それにまだ子供を儲ける云々は後回しだ。
「本当に……今は私が有給だからいいのですが、ちゃんと当主としての仕事しつつ、前向きに考えてくださいね! 父様やセインティアおじ様も忙しいのですよ? ちなみにセインティアおじ様は、精神的に参っているのと胃腸炎を発症してダウンです」
ルーの叔父……父グランドールの弟のセインティアは、生来線が細く、病弱気味。
それでも懸命に努力を重ね、技術系技巧を用いた騎士として任につくまでになった。
今度、騎士としてだけではなく、その知識を買われ、騎士の館の教官としても任務に着くことにもなっているのだが……。
「……ちなみに今回は何で?」
「エリオット兄さまの借金問題と浮気問題による離婚危機。ついでに、ウィンディア姉様のお父様から、ラファエル君をウィリー兄さまの養子に欲しいということで、その話も詰められているのだそうです」
「はぁ? なんで? ウェイトのところは新婚だろ? まだ子供なんて……」
ウェイト……ルーの悪友のウィリアム、こちらも愛妻のアルファーナは22になったばかり。
結婚して6年が経っているが、まだまだ新婚である。
「エリオット兄さまが如何にだらしないかです。もう五度目の離婚問題に発展しています。一歳のガブリエルちゃんはまだ理解していないでしょうが、賢いラファエル君の心に影響がある。引き取らせて欲しいそうです。で、おじ様と叔母様は初孫ですし、辛い悲しいと思っていますが、あのエリオット兄さまに子育てできるわけがないと思っているし、このままでいいのか悩んでいると。それに、今、ウィンディア姉様は三人めを妊娠中です。そのまま三人を連れて帰ってしまう可能性もなきにしもあらずで……パティ姉様は、こちらも体調を崩した叔母様を看病しています」
「……うぅぅ……」
あのクソ馬鹿従兄弟め!
内心で罵る。
可愛い妹と嫁のいる家では使いたくない罵詈雑言である。
一応、ルーは長期特殊部隊の最前線に所属しており、潜入などもこなしているため、俗語や訛りの強い言葉も喋ることができる。
少々ガサツではあるものの頭もキレるし、判断力もトップクラスだと思われる。
本人曰く、もう少し身長は欲しかったが、従兄弟のように背だけ伸びて、身体のバランスが狂って、自分の任務が果たせなくなることがない方がマシかもしれないと思ったりしている。
ちなみに、ルーは身長が170ギリギリで、エリオットはニョキニョキ身長が伸び、185。
後輩で幼馴染のリオンが190を簡単に抜いてしまい、レーヴェは188。
父と兄はそれ以上の巨躯。
ヒョロヒョロのリオンとレーヴェだが、父、兄、エリオットは筋骨隆々……。
「ウィンディア姉様は、なるべく離婚はと言ってますが、3歳児なのにかなり賢く、その上あの可愛らしさで、エリオット兄さまのような暴言毒舌、品のない言葉を吐くようになりそうなラファエル君を見て、ダメだわ! と言われています。『エリオットのようにしてはならないわ! なってもらうなら、絶対うちの兄さまよ!』だそうです」
「いやいや、ウェイトもそんなに変わらんだろ」
「何をいうのですか? 兄さま。ウィリー兄さまはオンオフの切り替えが巧みです。それに品もあるし、学もあります。ラファエル君のためになると思いますよ。エリオット兄さまは単身赴任中でしょ? それなのに、ウィンディア姉様の妊娠中に浮気とか、最低じゃないですか。兄さまはそんなことしないと信じてますが、嫌でしょう? 普通即離婚案件ですよ? なのに、ウィンディア姉様は義父母である叔母様と叔父様が大好きなのと、心配だからって離婚はしませんって」
「……おじさんたち、号泣してそうだな」
「えぇ。叔母様が嬉しさのあまり泣きすぎて、熱出して入院しましたもん」
リジーの言葉にギョッとする。
一応……パティ……パトリシアはルーとリジーの長兄マーマデューク(愛称はマディ)の妻で五人の子供の母である。
そして、叔母様というのはセインティアの夫人。
生まれつき病弱だったものの、奇跡的に授かった息子に全ての気力体力を奪い尽くされた上に、必死に育てた息子の行動に頭を痛めている。
せっかくウィンディアという嫁が来てくれた上に可愛い孫もと喜んでいたというのに、離婚話と初孫の養育について、だ。
そして、ルーも従兄弟夫婦に生まれた甥は、時々会って成長を見守っていた。
従兄弟に会うついでではない。
悪友のウェイトに会う時に、毎回必ずラファエルが腕の中か、膝の上に鎮座していたからである。
ウェイトは新緑の瞳に金色の髪のかなりの美少年なのだが、そのまま幼児化した瓜二つがラファなのだ。
ウェイトは、二人の子供を育てつつ騎士団長として辣腕を振るう妹のウィンディアを心配して、暇があれば様子を見に行っていて、幼いものの母親に気を使う上の子のラファを時々預かっていたらしい。
ラファも、別の任地で仕事をしている……というか、滅多に会いに来ない実父より、定期的に会いにくるウェイトやウェイトの妻のアルファーナに懐いていたし、伯父に預けられても逆に喜んでいるとなれば、その話が進むのも無理はない。
ちなみにアルファーナの実家ジェディンスダート公爵邸も何度か遊びに行っていて、したったらずではあるものの、挨拶をして、お菓子をもらってちゃんとお礼を言うラファが可愛いと一家で溺愛していて、ついでにアルファーナの両親は手を繋いで散歩に行っては周囲に、
「うちの長女の子供なんですよ。可愛いでしょ?」
と自慢しているらしい。
若いのに8人の子沢山のアルファリス……アルファーナの父は結構、真面目で口数が少ない人なのだが、ラファには甘くデレデレなのだという。
「すみません。うちの父と母には、ラファくんを連れて、帰省することはあまりないですよって言っているのですが、実家にはいつのまにかラファくんのお部屋を準備していまして……前に、父がこちらの家に遊びに来た時、父の作ったカラクリとかいろいろおもちゃを見せたら、ラファくんが喜んだんです。『じーじ、これ、ぼくの? ありがとう!』ってぎゅって抱きついて、それ以来父が来るたびにいつあわせてくれるんだと……父は子供が好きなので……弟妹たちが結婚したら、いつかは孫が生まれるでしょうというのに……」
アルファーナは困ったように微笑む。
アルファーナは元騎士。
15歳の時、任務中に大怪我をして退団。
その傷は一生残ると言われ、子供も持てない可能性があると言われている。
その傷のため、泣きながら結婚も諦めると言っていたのを、ルーは一度だけ聞いたことがある。
その当時、ウェイトと付き合い始めたばかりで、大怪我をした恋人が目を覚ますまでほぼ休みを取らず付き添っていたウェイトは、目を覚ましたアルファーナに自分は子供が産めないからと別れを切り出され、しばらく荒れていた。
女装は趣味というより実益と言い切る、美のカリスマとも言われていたウェイトがヒゲをそのままにしてやけ酒に管を巻く様はかなり異様だった。
あまりの壊れ方に、手を出しかねていたルーの緊急要請にやってきたフィアが、
「ウェイト兄さまより、辛いのはファーだよ。好きだって押しまくるんじゃなくて、ファーのために何ができるか、どうしてあげたら喜ぶかって思わないと! 子供が絶対生まれないってわけじゃないって言ってたでしょ? それなら身体を治す方法や、自信がないっていうなら、いつか生まれた赤ちゃんのために、お世話とかどうすればいいかとか、周りで考えて提案とかしたら? そういうの兄さま得意じゃない」
その言葉に、ウェイトは立ち上がり、すぐに入浴、髪を整え髭を剃り、服飾や工芸品の職人でもある姉たちと、アルファーナの父でカラクリ公爵という別名のあるアルファリスに資金ではなく技術提供を頼んだ。
ベビーグッズだけでなく、仕事を持つパパママのための施設を作るように提案したり、そのスタッフの育成も提案した。
それは現在、ウェイトの家とレーヴェの家、カズール伯爵家の分家になる後輩のリオンの妻のサポートである程度形になりつつある。
という具合に、どんどん家庭人というより実業家としての生き方をしているウェイトは、いつかは騎士団長としてではなく愛妻とのラブラブ生活をするためだけに騎士の仕事もセーブしようかなぁと思っていたらしいが、帰還した王太子殿下や第二王子、第一王女……つまり次期国王になる王子たちの側近候補に抜擢され、忙しい日々を送るようになっている。
まぁ、ルーも結婚して落ち着いたこともあるので、お互い実家の仕事を優先……の予定だったが、緊急に未来予想図の変更もあるものの……。
「ですからね? 兄さま。あんまり手抜き続けてると……今度、メルシュ先輩を呼び寄せて差し上げますよ?」
「はっ? 何でメルシュ……」
「メルシュ先輩が、紅騎士団の任務中に見知らぬモノを発見したとか。もしくは鑑定できないものらしいですね。向こうの鑑定術を持つ術師もお手上げだそうで、持ってくるそうです。それと、カズール伯爵補佐になる新総帥に挨拶も兼ねているそうです。兄さまに会いたいって言ってるそうですよ?」
「俺に会いたいわけないだろ……アイツの目的は、絶対レーヴェだ!」
「まぁ、そうでしょうね? 兄さまはついでだと思います」
最近口巧者になりつつある妹を恨めしげに睨む。
妹が一気に自分の背を抜いてしまったのは、もう2年も前のことである。
悔しいのもあるが、騎士団の研修時に、軽いイジメを受けていたらしく、アザだらけで、背を丸めて俯きがちだった妹を一度ならず見てしまった時は、助けてやれない自分を悔しく思った。
自分がその場で助けたとしても、一時的にこちらに戻っているだけで、すぐ任地に帰らなければならないし、自分や父、兄が騎士団でも重要ポストについていることも、僻みや妬みの対象となることも理解していた……。
「……わかったよ。ちゃんと考える。それより、リジー。お前が新しく任務に着くのはどこか決まっているのか? 遠くの任地なのか?」
「はい、決まっています。近くですね。希望の任地は実家の近くがいいですと希望を出していましたので、カズール領か、王都、遠くてもヴェンナード領になると思ってました」
「で、どこなんだ?」
「ニーリィードで、後宮騎士団で第一王女殿下付きの騎士に抜擢されました。上司はリオン兄さまです」
「……うぇぇぇ~! 同僚なのか?」
「はい、よろしくお願いしますね!」
ルーは頭を抱えた。
いつも手を抜いているということもないが、可愛い妹の前では、ちょっとでもいいところを見せたい兄だった。
~*~~*~~*~~*~~*~~*~
人物名
ルー……アリシア・ルイーゼマリア・ランドルフ・ロイド=シュトラーセ。31歳
グランドール……ルーの父。ロイド公爵当主。元騎士団長。妻は先代国王の双子の姉。第七王女だった。
マーマデューク……ルーの17歳上の兄。元騎士団長。
セインティア……グランドールの弟、元騎士。教育に力を入れている。
ブリジット……リジー。ルーの妹。騎士。元白騎士団員、第一王女付に異動。
シャルロット……ルーの妻。16歳。シュトラーセ公爵夫人。
エリミア……シャルロットの祖母でルーの母の姉。先代シュトラーセ公爵夫人。先先代国王の第三王女。姉の第一王女はファルト女男爵(当主)として采配を振るう。
パトリシア……パティ。マーマデュークの妻。
ラファエル……ウィリアムの妹のウィンディアの長男。伯父であるウィリアムに瓜二つ。
アルファーナ・リリー……元騎士。ウィリアムの妻。ジェディンスダート公爵(歯車公爵)アルファリスの第一子。(8人兄弟)
※ウェイト(ウィリアム)とローズ様は同一人物です。ですが、ブリジットは女性の姿の時はローズ様、騎士の時はウィリー兄様ときっちり切り替えています。
詰める仕事のため、妹に家にいてもらっていたのだが、妻が体調を崩したと連絡があったのである。
ルーは、一応騎士としての登録名である。
正式な名前はアリシア・ルイーゼマリア・ランドルフ・ロイド=シュトラーセ。
ロイド家出身で、シュトラーセ家に婿養子に入った。
31歳のルーとは14歳歳の離れた妹の名前はブリジット。
愛称はリジーという。
ロイド家の娘だからというわけではないが、小さい頃から父や自分達の背を追っていて、数年前騎士の館を優秀な成績で卒業し、騎士見習いとしてカズール領の騎士団に勤め、来月新しく正騎士として赴任することになった。
つい10日前まで引き継ぎでバタバタしていたものの、来月までは前の職場で溜めていた有給を消化するようにと言われたらしく、それならばと久しぶりに逢いに来たところを捕まえて、家に送り込んでおいた。
「え~。兄さま。私、【可愛いものを愛でる会】を発足したところなので、忙しいのですよ」
「なんだそれ? 愛でる会……なんだ? 何を愛でるんだ?」
「そんなの、決まってるじゃないですか。六槻ちゃんとフィア兄さまのイチャイチャを愛でるのと、綾様とレーヴェ兄さまのポヤポヤなところを楽しみ、さーや様とエディの暴走するところを面白がるのと、王太子殿下のその美しさを愛でるのです! 見守るのです! 鑑賞するのです! ついでに語り合うのです! 会長はルゥ姉様! 副会長はローズ様です! 現在会員は、幼なじみのナオミとエージャと私とアーサー殿下です! 時々、ローズ様の最愛のリリィ姉様やローズ様のお姉様方とウィン姉様も参加なのです」
「アホか! それはいつものお茶会だろうが!」
「失礼です! レディには情報の共有と息抜きが必要ですよ! それにシャルだって、ずっとお屋敷にいるということではすまないのです。まずは身近な私達と会って、話すようにしなければならないでしょう?」
リジーはズバッと告げる。
「シャルはもう16です。ついでに、形ばかりではありますが、公爵家の当主である兄さまの夫人です。いくら仕事はほとんど父様やおじ様や執事がやってるとしても、形ばかりとはいえ忙しい兄さまの代わりに外交するときもくるでしょう。いつまでも嫌です、なんて言ってられませんよ。ですので、臨時会員として参加していただこうと思っているのですよ」
「おいこら! 俺が形ばかりの当主と言いたいか?」
「当たり前じゃないですか。紅騎士団の仕事が忙しいと全く当主としての勉強してないですよね? それにシャルもマナーや勉強を優先するのに懸命とはいえ、先代当主夫人であるエリミア伯母様に頼り切りです。もっと自立を考えるべきでした」
妹の正論に口籠る。
そうなのだ。
ちなみにエリミアはルーの伯母……亡くなった母の姉にあたる。
ルーの母アリシアは姉が六人、弟が一人いた。
弟は現在の国王アレクサンダー2世の父、先代アヴェラート。
姉たちはそれぞれ母妃の実家に養女に行ったり、国内の有力貴族に嫁いだ。
ちなみにエリミアとアリシアの姉である第一王女は、現在のファルト男爵リダインの曾祖母になる。
そして高齢になるエリミアに負担をかけていることは自覚しているのだが……騎士の仕事にやりがいを持っていたルーはついつい義理の祖母、父や叔父、家の執事に仕事を任せてしまっていた。
「でも……シャルは16だし……」
「もう一回言いますが、16は私と一つ違いです。いつまでそんなことを言っているつもりですか?」
「うぅぅ~」
わかっている。
わかっているのだが、過去の事件で心を閉ざすシャルに向き合うのが怖い。
いや、今は保護者のつもり。
でも、愛妻のシャルロットは16になったばかり。
うん……周囲には犯罪だ何だと言われたが、叩きのめすし無視だ。
それにまだ子供を儲ける云々は後回しだ。
「本当に……今は私が有給だからいいのですが、ちゃんと当主としての仕事しつつ、前向きに考えてくださいね! 父様やセインティアおじ様も忙しいのですよ? ちなみにセインティアおじ様は、精神的に参っているのと胃腸炎を発症してダウンです」
ルーの叔父……父グランドールの弟のセインティアは、生来線が細く、病弱気味。
それでも懸命に努力を重ね、技術系技巧を用いた騎士として任につくまでになった。
今度、騎士としてだけではなく、その知識を買われ、騎士の館の教官としても任務に着くことにもなっているのだが……。
「……ちなみに今回は何で?」
「エリオット兄さまの借金問題と浮気問題による離婚危機。ついでに、ウィンディア姉様のお父様から、ラファエル君をウィリー兄さまの養子に欲しいということで、その話も詰められているのだそうです」
「はぁ? なんで? ウェイトのところは新婚だろ? まだ子供なんて……」
ウェイト……ルーの悪友のウィリアム、こちらも愛妻のアルファーナは22になったばかり。
結婚して6年が経っているが、まだまだ新婚である。
「エリオット兄さまが如何にだらしないかです。もう五度目の離婚問題に発展しています。一歳のガブリエルちゃんはまだ理解していないでしょうが、賢いラファエル君の心に影響がある。引き取らせて欲しいそうです。で、おじ様と叔母様は初孫ですし、辛い悲しいと思っていますが、あのエリオット兄さまに子育てできるわけがないと思っているし、このままでいいのか悩んでいると。それに、今、ウィンディア姉様は三人めを妊娠中です。そのまま三人を連れて帰ってしまう可能性もなきにしもあらずで……パティ姉様は、こちらも体調を崩した叔母様を看病しています」
「……うぅぅ……」
あのクソ馬鹿従兄弟め!
内心で罵る。
可愛い妹と嫁のいる家では使いたくない罵詈雑言である。
一応、ルーは長期特殊部隊の最前線に所属しており、潜入などもこなしているため、俗語や訛りの強い言葉も喋ることができる。
少々ガサツではあるものの頭もキレるし、判断力もトップクラスだと思われる。
本人曰く、もう少し身長は欲しかったが、従兄弟のように背だけ伸びて、身体のバランスが狂って、自分の任務が果たせなくなることがない方がマシかもしれないと思ったりしている。
ちなみに、ルーは身長が170ギリギリで、エリオットはニョキニョキ身長が伸び、185。
後輩で幼馴染のリオンが190を簡単に抜いてしまい、レーヴェは188。
父と兄はそれ以上の巨躯。
ヒョロヒョロのリオンとレーヴェだが、父、兄、エリオットは筋骨隆々……。
「ウィンディア姉様は、なるべく離婚はと言ってますが、3歳児なのにかなり賢く、その上あの可愛らしさで、エリオット兄さまのような暴言毒舌、品のない言葉を吐くようになりそうなラファエル君を見て、ダメだわ! と言われています。『エリオットのようにしてはならないわ! なってもらうなら、絶対うちの兄さまよ!』だそうです」
「いやいや、ウェイトもそんなに変わらんだろ」
「何をいうのですか? 兄さま。ウィリー兄さまはオンオフの切り替えが巧みです。それに品もあるし、学もあります。ラファエル君のためになると思いますよ。エリオット兄さまは単身赴任中でしょ? それなのに、ウィンディア姉様の妊娠中に浮気とか、最低じゃないですか。兄さまはそんなことしないと信じてますが、嫌でしょう? 普通即離婚案件ですよ? なのに、ウィンディア姉様は義父母である叔母様と叔父様が大好きなのと、心配だからって離婚はしませんって」
「……おじさんたち、号泣してそうだな」
「えぇ。叔母様が嬉しさのあまり泣きすぎて、熱出して入院しましたもん」
リジーの言葉にギョッとする。
一応……パティ……パトリシアはルーとリジーの長兄マーマデューク(愛称はマディ)の妻で五人の子供の母である。
そして、叔母様というのはセインティアの夫人。
生まれつき病弱だったものの、奇跡的に授かった息子に全ての気力体力を奪い尽くされた上に、必死に育てた息子の行動に頭を痛めている。
せっかくウィンディアという嫁が来てくれた上に可愛い孫もと喜んでいたというのに、離婚話と初孫の養育について、だ。
そして、ルーも従兄弟夫婦に生まれた甥は、時々会って成長を見守っていた。
従兄弟に会うついでではない。
悪友のウェイトに会う時に、毎回必ずラファエルが腕の中か、膝の上に鎮座していたからである。
ウェイトは新緑の瞳に金色の髪のかなりの美少年なのだが、そのまま幼児化した瓜二つがラファなのだ。
ウェイトは、二人の子供を育てつつ騎士団長として辣腕を振るう妹のウィンディアを心配して、暇があれば様子を見に行っていて、幼いものの母親に気を使う上の子のラファを時々預かっていたらしい。
ラファも、別の任地で仕事をしている……というか、滅多に会いに来ない実父より、定期的に会いにくるウェイトやウェイトの妻のアルファーナに懐いていたし、伯父に預けられても逆に喜んでいるとなれば、その話が進むのも無理はない。
ちなみにアルファーナの実家ジェディンスダート公爵邸も何度か遊びに行っていて、したったらずではあるものの、挨拶をして、お菓子をもらってちゃんとお礼を言うラファが可愛いと一家で溺愛していて、ついでにアルファーナの両親は手を繋いで散歩に行っては周囲に、
「うちの長女の子供なんですよ。可愛いでしょ?」
と自慢しているらしい。
若いのに8人の子沢山のアルファリス……アルファーナの父は結構、真面目で口数が少ない人なのだが、ラファには甘くデレデレなのだという。
「すみません。うちの父と母には、ラファくんを連れて、帰省することはあまりないですよって言っているのですが、実家にはいつのまにかラファくんのお部屋を準備していまして……前に、父がこちらの家に遊びに来た時、父の作ったカラクリとかいろいろおもちゃを見せたら、ラファくんが喜んだんです。『じーじ、これ、ぼくの? ありがとう!』ってぎゅって抱きついて、それ以来父が来るたびにいつあわせてくれるんだと……父は子供が好きなので……弟妹たちが結婚したら、いつかは孫が生まれるでしょうというのに……」
アルファーナは困ったように微笑む。
アルファーナは元騎士。
15歳の時、任務中に大怪我をして退団。
その傷は一生残ると言われ、子供も持てない可能性があると言われている。
その傷のため、泣きながら結婚も諦めると言っていたのを、ルーは一度だけ聞いたことがある。
その当時、ウェイトと付き合い始めたばかりで、大怪我をした恋人が目を覚ますまでほぼ休みを取らず付き添っていたウェイトは、目を覚ましたアルファーナに自分は子供が産めないからと別れを切り出され、しばらく荒れていた。
女装は趣味というより実益と言い切る、美のカリスマとも言われていたウェイトがヒゲをそのままにしてやけ酒に管を巻く様はかなり異様だった。
あまりの壊れ方に、手を出しかねていたルーの緊急要請にやってきたフィアが、
「ウェイト兄さまより、辛いのはファーだよ。好きだって押しまくるんじゃなくて、ファーのために何ができるか、どうしてあげたら喜ぶかって思わないと! 子供が絶対生まれないってわけじゃないって言ってたでしょ? それなら身体を治す方法や、自信がないっていうなら、いつか生まれた赤ちゃんのために、お世話とかどうすればいいかとか、周りで考えて提案とかしたら? そういうの兄さま得意じゃない」
その言葉に、ウェイトは立ち上がり、すぐに入浴、髪を整え髭を剃り、服飾や工芸品の職人でもある姉たちと、アルファーナの父でカラクリ公爵という別名のあるアルファリスに資金ではなく技術提供を頼んだ。
ベビーグッズだけでなく、仕事を持つパパママのための施設を作るように提案したり、そのスタッフの育成も提案した。
それは現在、ウェイトの家とレーヴェの家、カズール伯爵家の分家になる後輩のリオンの妻のサポートである程度形になりつつある。
という具合に、どんどん家庭人というより実業家としての生き方をしているウェイトは、いつかは騎士団長としてではなく愛妻とのラブラブ生活をするためだけに騎士の仕事もセーブしようかなぁと思っていたらしいが、帰還した王太子殿下や第二王子、第一王女……つまり次期国王になる王子たちの側近候補に抜擢され、忙しい日々を送るようになっている。
まぁ、ルーも結婚して落ち着いたこともあるので、お互い実家の仕事を優先……の予定だったが、緊急に未来予想図の変更もあるものの……。
「ですからね? 兄さま。あんまり手抜き続けてると……今度、メルシュ先輩を呼び寄せて差し上げますよ?」
「はっ? 何でメルシュ……」
「メルシュ先輩が、紅騎士団の任務中に見知らぬモノを発見したとか。もしくは鑑定できないものらしいですね。向こうの鑑定術を持つ術師もお手上げだそうで、持ってくるそうです。それと、カズール伯爵補佐になる新総帥に挨拶も兼ねているそうです。兄さまに会いたいって言ってるそうですよ?」
「俺に会いたいわけないだろ……アイツの目的は、絶対レーヴェだ!」
「まぁ、そうでしょうね? 兄さまはついでだと思います」
最近口巧者になりつつある妹を恨めしげに睨む。
妹が一気に自分の背を抜いてしまったのは、もう2年も前のことである。
悔しいのもあるが、騎士団の研修時に、軽いイジメを受けていたらしく、アザだらけで、背を丸めて俯きがちだった妹を一度ならず見てしまった時は、助けてやれない自分を悔しく思った。
自分がその場で助けたとしても、一時的にこちらに戻っているだけで、すぐ任地に帰らなければならないし、自分や父、兄が騎士団でも重要ポストについていることも、僻みや妬みの対象となることも理解していた……。
「……わかったよ。ちゃんと考える。それより、リジー。お前が新しく任務に着くのはどこか決まっているのか? 遠くの任地なのか?」
「はい、決まっています。近くですね。希望の任地は実家の近くがいいですと希望を出していましたので、カズール領か、王都、遠くてもヴェンナード領になると思ってました」
「で、どこなんだ?」
「ニーリィードで、後宮騎士団で第一王女殿下付きの騎士に抜擢されました。上司はリオン兄さまです」
「……うぇぇぇ~! 同僚なのか?」
「はい、よろしくお願いしますね!」
ルーは頭を抱えた。
いつも手を抜いているということもないが、可愛い妹の前では、ちょっとでもいいところを見せたい兄だった。
~*~~*~~*~~*~~*~~*~
人物名
ルー……アリシア・ルイーゼマリア・ランドルフ・ロイド=シュトラーセ。31歳
グランドール……ルーの父。ロイド公爵当主。元騎士団長。妻は先代国王の双子の姉。第七王女だった。
マーマデューク……ルーの17歳上の兄。元騎士団長。
セインティア……グランドールの弟、元騎士。教育に力を入れている。
ブリジット……リジー。ルーの妹。騎士。元白騎士団員、第一王女付に異動。
シャルロット……ルーの妻。16歳。シュトラーセ公爵夫人。
エリミア……シャルロットの祖母でルーの母の姉。先代シュトラーセ公爵夫人。先先代国王の第三王女。姉の第一王女はファルト女男爵(当主)として采配を振るう。
パトリシア……パティ。マーマデュークの妻。
ラファエル……ウィリアムの妹のウィンディアの長男。伯父であるウィリアムに瓜二つ。
アルファーナ・リリー……元騎士。ウィリアムの妻。ジェディンスダート公爵(歯車公爵)アルファリスの第一子。(8人兄弟)
※ウェイト(ウィリアム)とローズ様は同一人物です。ですが、ブリジットは女性の姿の時はローズ様、騎士の時はウィリー兄様ときっちり切り替えています。
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