上 下
18 / 34

別視点2

しおりを挟む
 力尽きてぐったりする義弟を尻目に、ウェイトは壁に寄せて備え付けられたベンチに座り込んだ。
 ルーに一旦監視を頼み、別の仕事をしてきたのだ。
 ついでに、冷えた水に柑橘を搾り、塩を足したものをピッチャーになみなみと入れて持ってきてテーブルに置いている。
 ルーは、少し前にシャワーを浴びて戻ってきていて、ブーツを脱いでサンダル姿だが、ウェイトはこの程度ならと目こぼししている。

「そういえば、残骸に50人ほどの子供たちが集まってるそうだ。地域は結構分散。一番多いのはファルト、次がマガタ……」

 先に座っていた椅子に座り直したルーは、腕を組む。

「……俺が地域を回って話した子たちは、きてただろうか……」
「確か、お前に聞いてた子供の数より一人多かったはずだ。明日、シェールダムとカズールから到着するから、もう少し増えるらしい。一応、本来明日合流のカズール領とシェールダムの子供が3人、今日合流した。他にジェローム先輩の娘さんとパシヴァル先輩の息子と、後一人、レイ先輩が連れてきた子供と一室で過ごしているそうだ」
「……えっ? レイ先輩って、子持ちだったのか?」

 いち早く立ち直ったエリオットに、こいつは……と呆れながら、ウェイトが答える。

「そんなわけはないだろ! 先輩はシェールダムで、王宮騎士としてリオンのサポートに、非常勤とはいえ大学院の講師、その合間に研究して、ほぼ休みなしだとリオンが言ってた。同じ地域……シェールダムに住んでるシュティーン先輩にも会う暇がないらしい」
「……まぁ、シュティーン先輩は、王宮にほぼ閉じ込められてる状態だしな……で、ウェイト。他の先輩方の子供はいいとして、レイ先輩の連れてきた子って、身元は?」

 ピッチャーとグラスを引き寄せ、ぐびぐび飲み始めるエリオットの腹を、後何日でシックスパックにしてやろうかと思いながら問いかけたルーは、次の言葉に愕然とした。

「うーん……分からん」
「はぁぁ?」

 騎士団の情報戦の要であり、国でも情報収集を担うレイル家の嫡子の言葉に、飲んでいた果実水を吐き出すエリオットと、青ざめるルー。

 レイル家は10公爵の一家。
 元々先祖は王家と縁があった上に、マルムスティーン家の分家に当たる家で、外交を担うマルムスティーン家当主のサポートとして暗部、情報収集を主に担う。
 本名を明かしていないウェイトの父は、現在の当主兄弟の幼馴染兼諜報のトップとして、ほぼ外国を飛び回り続けている。
 一応、ウェイトと妹は騎士団所属、ウェイトのすぐ上のナーニャは《妖精たちの輪フェアリーズ・リング》のトップデザイナーのため顔を晒しているが、ナーニャ以外の姉3人は顔を出すことはない。
 ウェイトも姉たちのことは話すこともないし、妹の夫であるエリオットも一人ずつ1回しか会っていないので、あまり記憶になかったりする。

「おい! お前の家の諜報でも分からないのか? 危険じゃないのか?」
「そうだよ、義兄さん!」
「って言ったってな……一応、届いた情報は、闇ギルドに縁はない。レイ先輩は5、6歳……と思ったらしいが、文字がわかって、自分の名前の綴りを説明できる。自分は家族がいない。記憶がない。ってことだけだ」

 ポケットから手帳を出し、書き込みを確認する。

「名前はユーザーと名乗ったそうだ。でも、文字の綴りはUserじゃなくUther。名前は小さい頃からこう呼ばれていると思うと言っていた。家族だというのは、子供の両掌に乗せたくらいの、二本足で立ち、小さい手のひらで果物を掴んで食べる生き物だそうだ」
「あのさぁ……5、6歳って、連れてきていいのか?」
「一応、その子を保護して、周囲に聞いたそうだ。町のゴミを拾って、分別して引き取り屋に持っていってお金に交換とかしていたらしい。物も盗むでもなく、町外れの昔使っていた倉庫に住んでいた。レイ先輩に会った時は、先輩が落とした時計を拾って届けてくれたそうだ。町の人によると大人しいし、逆に人見知りで、古いマントを被って、顔も見たことがないともあったな。ウィンも会ったことがあるらしいが、靴やブーツじゃなく、布を巻いた足。マントやその下の服は、町の人がゴミ捨て場に置いた古着を繕った物らしいとあった」
「いつ頃から住んでいるとか、調べられそうか? どこからきたというのは……髪の色とか、瞳の色とか……」
「それは調査中だ。一応、残骸で明日、全体で簡単な身体測定がある。身長、体重の確認だ。その時にわかるだろ。もし、訓練についていけなかったとしても、多分、新しく館長になったエイ叔父上が何とかすると思う」

 ウェイトの言葉に、ルーは濃いめに染めた髪を乱暴にかきあげる。

「……まただ……俺は、あの時の力のなさを悔い続けるしかないのか……あの時、手を伸ばしていたら……俺が行っていたら……」
「いやいや……兄貴は、目つけられてたんだろ? もし強行したら、余計に悪化してたじゃん」
「フィアが死にかかることもなかったかもしれない! それに!」
「かもとか、たらればって、希望的ってか、お前のただの願望だ。どうなることもない。ただ、自分の心が軽くなるってだけだ。アホ」

 ウェイトは、手帳に挟んだペンをくるくる回しながら言い放つ。

「テメェらがすることは、ここで何ができるか、だ。ついでに、ルー。お前は見た目はいいが、単純。もう少し上手く立ち回れ。それでも元紅騎士団所属か? エリオットは、筋トレをフィア並みに増やすことを命じる」
「な、何で! フィアと同じに鍛えるとしたら、俺、早朝に出勤じゃん!」
「時間ギリギリに出勤するのがおかしい。嫌なら勤務の後に、サービス残業させるぞ」
「そ、それだけはぁぁ!」

 エリオットが悲鳴をあげるのを、うるさいなぁといなすウェイトをチラッと見たルーは、

 ウェイトは、本気で腹立ててる時って、ペン回してるんだよなぁ……八つ当たりされたくないな。馬鹿は差し出しておこう……

と思ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...