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天音
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天音は宿題と塾での課題を広げた。
再来年受験であり、昨日は塾の補講をあえて取り、不得意科目の集中授業を受ける予定だった。
しかし、自分でも納得しているが、魅音の事件もあり、何かあってはいけないと自ら塾に年末年始の補講をキャンセルし、一人での外出を控えるようにした。
天音は一応、医学部進学希望である。
父の後を継ぐとかではなく、自分自身が医学部を目指そうと思っていた。
一つ違いの従兄弟は化学物理、数学といった理数系だけでなく、文系も優秀だった。
いつもなら、ちょっとのミスでもビシバシなのだが、
「天音、ここ違う……で、魅音……えーと、魅音、考えてみよっか……」
ちなみに、天音は現代文、古文が苦手、魅音は理数系が苦手である。
「魅音、んーと、ここは、式を当てはめようか」
「式……これ? お兄ちゃん」
「違う違う。ほら、教科書を見て。ここにほら、こんな式があるよ」
「あ、本当でしゅ」
「この式を当てはめよう。で、ここをこうして……」
尊は丁寧に紙に書く。
「ほら、綺麗に分けられたでしょう? そうすると、上にある、魅音が最初当てはめようとした式を使える。で、解けるからね」
「わぁぁ! お兄ちゃんしゅごい! み、魅音、分からなかった……」
「式は幾つかあって、それを当てはめるのが大変なんだ。だからね、よく、単語帳があるでしょう? そこに書いておいて、覚えていくのもいいと思うよ。お兄ちゃんは英語の文法と、この式とかを全部写して持ち歩いていたからね」
「一緒する!」
頑張るよ!
と小さい拳を握る魅音の横で、継実が額に手を当てて、
「魅音、熱あるぞ。勉強もいいが、もう休め」
「でも、覚えた……」
「ダメ。熱が上がったらどうするの。兄さん、魅音を宜しく。僕は天音見るから」
「よーし。魅音。兄ちゃんと寝るか~」
抱きしめて、
「兄ちゃんが子守歌歌ってやるから、一緒に寝るぞ~」
「きゃははは! くすぐったい~! お兄ちゃんにキューする!」
楽しそうに笑う。
それを横目に、尊が、
「天音は文系が苦手だから……英語はそこそこだけど、ドイツ語が必要だからね。ちゃんと書ける、読める、意味を理解するのが必要だし」
「……尊兄には敵わないなぁ……ごめん。忙しいのに」
「何が? 僕は日本で勉強してないから、天音が頑張ってると凄いと思うよ。日本の授業って堅苦しいし、面倒だよ」
「面倒?」
「英語の文法とか、向こうなんて単語で十分。余計な単語重ねるよりも、あれ、それ、これ、入れて。で十分だから、この教科書見て、うわーだよ」
ペラペラめくり、あっさりと告げる。
「……まぁ、頑張れ」
「コツは! ねぇ? ないの?」
「うーん。have? それに、ところどころ、アルファベット書き間違いあるよ。それだけでマイナスになるからね、注意だよ」
「分かった。気をつけるよ」
黙々と書き込む。
「魅音~。兄ちゃん出ないから、しがみつくな~」
「……いーにゃ~! 一人でネンネ、しにゃい。一緒~!」
二人が振り返ると、ベッドでは、ぐずる魅音とあやす継実がいた。
「はいはい。ネンネだぞ~! 何なら、尊や天音と寝るか?」
「お兄ちゃんとネンネ、うぇぇっ」
「あぁぁ、はいはい。ネンネだな。眠たいのに、眠れないってぐずってる赤ん坊みたいだわ……」
「昨日は、心臓に耳を当てて、スヤスヤだったぞ。今日は継実だから、明日が尊で、順番だな」
壱也が入ってくる。
「お帰り。兄さん。高飛さんは?」
「ん? コンサートの打ち合わせというか、私は来年のコンサートの前の練習まで来なくていいって。魅音といてやれって。その代わり、外に変な奴がいるらしい」
「変な?」
「……多分、調査員だろう。こっちには気づいていないが、追い払った方がいいな」
壱也の視線の先には継実に抱きつき、片腕は父の名前のテディベアを抱いてうとうとしている妹がいる。
「でも、俺達は出ない方がいいだろ?」
「あぁ……だが、普通なら一緒にいると息苦しいとか思ってたのに、魅音がいると……全然雰囲気が違う……」
「本当だね。兄さんはジャズのCDを聞いているか、継兄は電話かけまくりでうるさくて、天音はオロオロしてる」
「お前がバッサリ、天音の間違いを指摘じゃなく、切り捨てるからだろ」
「と言うか、結構天音って出来てるのにさぁ、書き間違いとか単純ミスが多いんだもん。あの伯父さんの息子なのに間が抜けてるよね。ほら、ここ、eがaになってる。英語でこのミスしてたら、ドイツ語だとかなりミス増えるよ。注意して」
指摘する。
天音は頷く。
「うん、ありがとう。尊兄」
「……天音のその無邪気というか素直と言うか……一つ違いなのに良いなぁと思うよ」
「俺は、尊兄みたいに三つ位先を見られないから良いなぁって思う。それに、壱也兄さんは凄いよね、ピアノから音楽だもん。俺なんて騒音だよ? 継兄も凄いし……俺一人平凡……」
「私は自分が平凡だと思ってたけどな」
壱也は苦笑する。
「人間って自分にないもんを欲しがるもんだよ」
「まぁなぁ……と言うか、天音の姉貴達……来るんじゃねぇの? 俺、あいつら苦手なんだよ……」
継実は妹を毛布で包み、よしよしと頭を撫でる。
「……多分……父さんは、俺の勉強があるから来るなって言ったと思うけど……」
「おじさんの言葉を聞く人じゃないでしょ」
「という事で、俺が来るなって言っといた」
扉を開けるのは麗音と美雨夫婦である。
「あらあら、魅音は、継実とお昼寝?」
「熱が上がったみたいで、勉強途中でお休みさせたんだよ」
スヤスヤと眠り始めた魅音を見つめる。
「あぁ、そうそう。魅音の携帯な。今は持たせない方がいいだろうって弁護士の先生が」
「失礼致します。弁護士の大原嵯峨と申します」
眼鏡をかけているが、顔立ちは優麗。
しかし瞳はスッとしていて、出来る人間といった感じである。
年齢は、高飛が呼び捨てということは年下らしいが、壱也より年上。
白髪はあるものの、逆に上品で知的に見える。
「あ、初めまして。熊谷壱也と申します。熊谷麗音の長男です」
「熊谷継実です。このようなところから申し訳ありません。熊谷の次男です」
「熊谷尊です。三男です。妹をどうか宜しくお願い致します」
「熊谷天音と申します。熊谷流音の末っ子です。一ノ瀬波瑠……魅音と同じ年の従兄弟です。宜しくお願い致します」
嵯峨は感心する。
熊谷麗音は世界的に有名な俳優で、妻の美雨は、嵯峨の母の友人と同じ声楽家……。
叔父一家も本当に結束が硬く、その上嵯峨を自分の息子のように扱ってくれるが、こちらの家族もかなりオープンらしい。
「でも、携帯は……」
「実は、私の幼馴染の後輩の未成年の大学生が巻き込まれた事件で、彼も複雑な出生で、携帯に一種の脅迫や嫌がらせの電話がひっきりなしにかかり、追いかけ回され、ストレスなどもあって知り合いの伝手を頼り、外国に逃れたのですよ。電話番号やメールなどは簡単に調べられるでしょう。向こうは。こちらは魅音ちゃんを守らなければなりません。お兄さん方はある程度、情報のやり取りをする必要があるでしょうが、魅音ちゃんは今情報は必要ありません。曖昧な情報や聞かせなくてもいい面倒なやり取りは、魅音ちゃんの負担になるでしょう」
言葉は難しい言い回しだが、魅音を依頼人としてだけでなく、一人の少女として心配しているのがよくわかる。
見た目に反して人情に溢れる弁護士らしい。
「俺もそうだと思う。それにしばらく、魅音は甘やかして甘やかして『パパ、大好き!』作戦を決行しようと思う!」
「はぁぁ? 何が『作戦』?」
息子達の嫌そうな顔に、麗音は、
「お前達、誰に似たのか、素直さがないんだよ、可愛げも。魅音や天音見習えや」
「可愛げがないのは、お前に似たからだろ!」
背後からカルテのボードで頭を殴るのは流音である。
「全く。すみませんね。嵯峨さん、アホな弟で」
その一言で、嵯峨が噴き出す。
「す、すみません。私の幼馴染に一卵性の双子がいますが、そんな感じです……そんな二人を、8歳下の弟が『またやっとりますなぁ』と……」
「その言い方は……」
「あ、へぇ……仕事では使とりません。あては京都生まれですのや。よろしゅうおたのもうします。幼馴染みの実家が『まつのお』言うて、松尾大社のお水をいただいて、京菓子を代々作っとります」
「綺麗な京言葉や……」
麗音は感心する。
「京言葉は、言い回しがはんなりしてはいても、イントネーションが難しい。時々時代劇見て、はぁ? 乱暴なって思う」
「あては、見まへんのや」
嵯峨は笑う。
「それよりも、音楽を聞きます。いい店を見つけまして。マスターが本当に雰囲気の良い方で、様々なカクテルを……その日、その人に合ったものをお出しするのだとか。曲もシャンソン、ジャズ、ジャンル問わずかけているそうです。聞き上手で知識も豊富、でも、落ち着いた雰囲気で……隠れ家のようなところです」
「良いですねぇ……。あの、落ち着いたら連れて行って下さいませんか?」
壱也が呟く。
「構いませんよ。是非」
穏やかに微笑む。
「そして、魅音ちゃんの件ですが、一ノ瀬さんが動いていますね。何を考えているのかは不明ですが、情報を探しても……波瑠さんを連れて出かけたりもなかったです。あの家の玄関から出入りしていたのが両親、夫妻に双子だけで、波瑠さんという女の子がいたとは近所の方も知らないようでしたよ。裏口から出入りさせていたようです」
「……徹底的に孤立させてるってことですね。魅音を……」
「そうですね……でも、そんなに自分が放置していた娘を、何故今更行方を探すのか……調べてみようと思っています。では、流音さん、麗音さん、電話番号はお伝えした通りです。何かあったら、事務所にはもう一人の幼馴染もおりますので、すぐに連絡を宜しくお願いします」
「えぇ、宜しくお願いします」
丁寧に頭を下げて去って行った嵯峨を見送り、麗音は、
「公私をきっちり分ける弁護士……普段は、どんな顔を見せるんだろうなぁ」
「魅音を優先だぞ、歳下をからかうな」
流音は釘を刺したのだった。
再来年受験であり、昨日は塾の補講をあえて取り、不得意科目の集中授業を受ける予定だった。
しかし、自分でも納得しているが、魅音の事件もあり、何かあってはいけないと自ら塾に年末年始の補講をキャンセルし、一人での外出を控えるようにした。
天音は一応、医学部進学希望である。
父の後を継ぐとかではなく、自分自身が医学部を目指そうと思っていた。
一つ違いの従兄弟は化学物理、数学といった理数系だけでなく、文系も優秀だった。
いつもなら、ちょっとのミスでもビシバシなのだが、
「天音、ここ違う……で、魅音……えーと、魅音、考えてみよっか……」
ちなみに、天音は現代文、古文が苦手、魅音は理数系が苦手である。
「魅音、んーと、ここは、式を当てはめようか」
「式……これ? お兄ちゃん」
「違う違う。ほら、教科書を見て。ここにほら、こんな式があるよ」
「あ、本当でしゅ」
「この式を当てはめよう。で、ここをこうして……」
尊は丁寧に紙に書く。
「ほら、綺麗に分けられたでしょう? そうすると、上にある、魅音が最初当てはめようとした式を使える。で、解けるからね」
「わぁぁ! お兄ちゃんしゅごい! み、魅音、分からなかった……」
「式は幾つかあって、それを当てはめるのが大変なんだ。だからね、よく、単語帳があるでしょう? そこに書いておいて、覚えていくのもいいと思うよ。お兄ちゃんは英語の文法と、この式とかを全部写して持ち歩いていたからね」
「一緒する!」
頑張るよ!
と小さい拳を握る魅音の横で、継実が額に手を当てて、
「魅音、熱あるぞ。勉強もいいが、もう休め」
「でも、覚えた……」
「ダメ。熱が上がったらどうするの。兄さん、魅音を宜しく。僕は天音見るから」
「よーし。魅音。兄ちゃんと寝るか~」
抱きしめて、
「兄ちゃんが子守歌歌ってやるから、一緒に寝るぞ~」
「きゃははは! くすぐったい~! お兄ちゃんにキューする!」
楽しそうに笑う。
それを横目に、尊が、
「天音は文系が苦手だから……英語はそこそこだけど、ドイツ語が必要だからね。ちゃんと書ける、読める、意味を理解するのが必要だし」
「……尊兄には敵わないなぁ……ごめん。忙しいのに」
「何が? 僕は日本で勉強してないから、天音が頑張ってると凄いと思うよ。日本の授業って堅苦しいし、面倒だよ」
「面倒?」
「英語の文法とか、向こうなんて単語で十分。余計な単語重ねるよりも、あれ、それ、これ、入れて。で十分だから、この教科書見て、うわーだよ」
ペラペラめくり、あっさりと告げる。
「……まぁ、頑張れ」
「コツは! ねぇ? ないの?」
「うーん。have? それに、ところどころ、アルファベット書き間違いあるよ。それだけでマイナスになるからね、注意だよ」
「分かった。気をつけるよ」
黙々と書き込む。
「魅音~。兄ちゃん出ないから、しがみつくな~」
「……いーにゃ~! 一人でネンネ、しにゃい。一緒~!」
二人が振り返ると、ベッドでは、ぐずる魅音とあやす継実がいた。
「はいはい。ネンネだぞ~! 何なら、尊や天音と寝るか?」
「お兄ちゃんとネンネ、うぇぇっ」
「あぁぁ、はいはい。ネンネだな。眠たいのに、眠れないってぐずってる赤ん坊みたいだわ……」
「昨日は、心臓に耳を当てて、スヤスヤだったぞ。今日は継実だから、明日が尊で、順番だな」
壱也が入ってくる。
「お帰り。兄さん。高飛さんは?」
「ん? コンサートの打ち合わせというか、私は来年のコンサートの前の練習まで来なくていいって。魅音といてやれって。その代わり、外に変な奴がいるらしい」
「変な?」
「……多分、調査員だろう。こっちには気づいていないが、追い払った方がいいな」
壱也の視線の先には継実に抱きつき、片腕は父の名前のテディベアを抱いてうとうとしている妹がいる。
「でも、俺達は出ない方がいいだろ?」
「あぁ……だが、普通なら一緒にいると息苦しいとか思ってたのに、魅音がいると……全然雰囲気が違う……」
「本当だね。兄さんはジャズのCDを聞いているか、継兄は電話かけまくりでうるさくて、天音はオロオロしてる」
「お前がバッサリ、天音の間違いを指摘じゃなく、切り捨てるからだろ」
「と言うか、結構天音って出来てるのにさぁ、書き間違いとか単純ミスが多いんだもん。あの伯父さんの息子なのに間が抜けてるよね。ほら、ここ、eがaになってる。英語でこのミスしてたら、ドイツ語だとかなりミス増えるよ。注意して」
指摘する。
天音は頷く。
「うん、ありがとう。尊兄」
「……天音のその無邪気というか素直と言うか……一つ違いなのに良いなぁと思うよ」
「俺は、尊兄みたいに三つ位先を見られないから良いなぁって思う。それに、壱也兄さんは凄いよね、ピアノから音楽だもん。俺なんて騒音だよ? 継兄も凄いし……俺一人平凡……」
「私は自分が平凡だと思ってたけどな」
壱也は苦笑する。
「人間って自分にないもんを欲しがるもんだよ」
「まぁなぁ……と言うか、天音の姉貴達……来るんじゃねぇの? 俺、あいつら苦手なんだよ……」
継実は妹を毛布で包み、よしよしと頭を撫でる。
「……多分……父さんは、俺の勉強があるから来るなって言ったと思うけど……」
「おじさんの言葉を聞く人じゃないでしょ」
「という事で、俺が来るなって言っといた」
扉を開けるのは麗音と美雨夫婦である。
「あらあら、魅音は、継実とお昼寝?」
「熱が上がったみたいで、勉強途中でお休みさせたんだよ」
スヤスヤと眠り始めた魅音を見つめる。
「あぁ、そうそう。魅音の携帯な。今は持たせない方がいいだろうって弁護士の先生が」
「失礼致します。弁護士の大原嵯峨と申します」
眼鏡をかけているが、顔立ちは優麗。
しかし瞳はスッとしていて、出来る人間といった感じである。
年齢は、高飛が呼び捨てということは年下らしいが、壱也より年上。
白髪はあるものの、逆に上品で知的に見える。
「あ、初めまして。熊谷壱也と申します。熊谷麗音の長男です」
「熊谷継実です。このようなところから申し訳ありません。熊谷の次男です」
「熊谷尊です。三男です。妹をどうか宜しくお願い致します」
「熊谷天音と申します。熊谷流音の末っ子です。一ノ瀬波瑠……魅音と同じ年の従兄弟です。宜しくお願い致します」
嵯峨は感心する。
熊谷麗音は世界的に有名な俳優で、妻の美雨は、嵯峨の母の友人と同じ声楽家……。
叔父一家も本当に結束が硬く、その上嵯峨を自分の息子のように扱ってくれるが、こちらの家族もかなりオープンらしい。
「でも、携帯は……」
「実は、私の幼馴染の後輩の未成年の大学生が巻き込まれた事件で、彼も複雑な出生で、携帯に一種の脅迫や嫌がらせの電話がひっきりなしにかかり、追いかけ回され、ストレスなどもあって知り合いの伝手を頼り、外国に逃れたのですよ。電話番号やメールなどは簡単に調べられるでしょう。向こうは。こちらは魅音ちゃんを守らなければなりません。お兄さん方はある程度、情報のやり取りをする必要があるでしょうが、魅音ちゃんは今情報は必要ありません。曖昧な情報や聞かせなくてもいい面倒なやり取りは、魅音ちゃんの負担になるでしょう」
言葉は難しい言い回しだが、魅音を依頼人としてだけでなく、一人の少女として心配しているのがよくわかる。
見た目に反して人情に溢れる弁護士らしい。
「俺もそうだと思う。それにしばらく、魅音は甘やかして甘やかして『パパ、大好き!』作戦を決行しようと思う!」
「はぁぁ? 何が『作戦』?」
息子達の嫌そうな顔に、麗音は、
「お前達、誰に似たのか、素直さがないんだよ、可愛げも。魅音や天音見習えや」
「可愛げがないのは、お前に似たからだろ!」
背後からカルテのボードで頭を殴るのは流音である。
「全く。すみませんね。嵯峨さん、アホな弟で」
その一言で、嵯峨が噴き出す。
「す、すみません。私の幼馴染に一卵性の双子がいますが、そんな感じです……そんな二人を、8歳下の弟が『またやっとりますなぁ』と……」
「その言い方は……」
「あ、へぇ……仕事では使とりません。あては京都生まれですのや。よろしゅうおたのもうします。幼馴染みの実家が『まつのお』言うて、松尾大社のお水をいただいて、京菓子を代々作っとります」
「綺麗な京言葉や……」
麗音は感心する。
「京言葉は、言い回しがはんなりしてはいても、イントネーションが難しい。時々時代劇見て、はぁ? 乱暴なって思う」
「あては、見まへんのや」
嵯峨は笑う。
「それよりも、音楽を聞きます。いい店を見つけまして。マスターが本当に雰囲気の良い方で、様々なカクテルを……その日、その人に合ったものをお出しするのだとか。曲もシャンソン、ジャズ、ジャンル問わずかけているそうです。聞き上手で知識も豊富、でも、落ち着いた雰囲気で……隠れ家のようなところです」
「良いですねぇ……。あの、落ち着いたら連れて行って下さいませんか?」
壱也が呟く。
「構いませんよ。是非」
穏やかに微笑む。
「そして、魅音ちゃんの件ですが、一ノ瀬さんが動いていますね。何を考えているのかは不明ですが、情報を探しても……波瑠さんを連れて出かけたりもなかったです。あの家の玄関から出入りしていたのが両親、夫妻に双子だけで、波瑠さんという女の子がいたとは近所の方も知らないようでしたよ。裏口から出入りさせていたようです」
「……徹底的に孤立させてるってことですね。魅音を……」
「そうですね……でも、そんなに自分が放置していた娘を、何故今更行方を探すのか……調べてみようと思っています。では、流音さん、麗音さん、電話番号はお伝えした通りです。何かあったら、事務所にはもう一人の幼馴染もおりますので、すぐに連絡を宜しくお願いします」
「えぇ、宜しくお願いします」
丁寧に頭を下げて去って行った嵯峨を見送り、麗音は、
「公私をきっちり分ける弁護士……普段は、どんな顔を見せるんだろうなぁ」
「魅音を優先だぞ、歳下をからかうな」
流音は釘を刺したのだった。
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