姉妹の愚痴〜心身障害者への理解を〜

刹那玻璃

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第2章〜承

ユエと生きる

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 愚かだと思う。
 実は病気になり、治したいと思うのが普通と言われるのだが、私はまず、

「献血が出来ない」

ことにショックを受けた。
 友人が言っていた。

「私たちのような病気になったら、血液の提供はダメなんだよ。薬の成分が血に含まれるからね」

 献血に行き、何かを貰うのが嬉しかったのではなく、成分献血は時間がかかるから嫌だったが、400の提供をして、

「一人でも命が救えて、もし自分が手術などで必要なときに、誰かに貰えたらありがたい」

と素直に思ったからである。
 そして、骨髄バンクの登録も駄目と言われた。
 小さい頃に、白血病の女の子の日記を読んで、自分の骨髄が適合すればと思っていたため、本気で落ち込んだ。

 自分はまだ誰にも負担にしかならない。
 何のお礼もできない……。

 そう嘆いた。

 そう思う必要はないと、自分の偽善ぶりに腹を立てたこともある。
 偽善者とも面と向かって言われた。
 自分もそう思った。

 でも、ツイッターで哀しげな目でこちらを見ているような犬の写真に、涙が止まらなかった。
 もう諦めたと言わんばかりに、遠い目をしている保健所の犬の写真。

『4月3日まで飼い主か里親を探しています』

と書かれていた。
 毛の伸びきった茶色のプードル系……雑種かもしれない。
 でも体重は6キロ。
 小型犬だろうか?
 しかも自分の住んでいる地域……とっさに、電話をかけていた。

「まだいるのですか?家族は迎えにきていませんか?」

 土曜日である。
 空いているのは土日窓口のみ。
 すると警備を兼ねた保健所の職員さんが、

「月曜日に担当が来ますので、そのときに聞いてくださいますか?」
「で、ですが、日付が迫っていると……」
「土日は自分たちのような職員しか出勤していないので、大丈夫ですよ。3日と書いていますがその数日後までいる子もいるんです」

と安心させてくれるように言ってくれた。

「もしかして飼い主さんですか?」
「い、いえ……実はツイッターで見て……保健所のサイトにもいたので……」
「そうでしたか……飼い主さんが見つかったらその犬も嬉しいでしょう」
「そ、そうですよね……す、すみません。突然お電話しました」

と電話を切った。

 それから考えて、実家に電話をかけた。
 弟である。
 親の反対を完全に無視し、ジャックラッセルを飼い始めた猛者である。
 現在はほぼ両親がその犬の主人である。

「どしたん」
「えっと……プードル系のね……」
「……プードル系って、姉貴わけわからん」
「ツイッターで拡散されていたんだけど、こっちの保健所で3日までに主人が見つからないと処分されるのね?6キロなの。男の子で……」
「……つまり姉貴は、その犬を助けたいと思うわけ?」
「……うん、傲慢だよね……偽善だって解っても……」

黙り込む。

「えぇんやないん。親父に聞いとくわ、親父ー」

 電話の向こうで話す。

「時々散歩に連れて行くならかまんぞやって」
「家から歩いて通うわ」

と答え、月曜になった。

 電話をかけると保健所ではまだその犬がいると言う。
 引き取ると伝えると、迎えに行くことになった。
 ハーネスや首輪はどうだろうと思い、聞くと古い首輪のみだと言う。

 近くのホームセンターに行くと現在9時過ぎ、開店9時半……。
 駄目だと諦め、ふっと思い出す。
 この近くの停留所から電車に乗ると、途中の停留所そばにスーパーがあり、そのスーパーにはペットグッズは餌しかないが100円ショップが中にあり、一時的に使えるハーネスがあるはずだと。

「行くか……」

と途中で降り、必要そうなものを買うと、再び電車に乗り、保健所近くの停留所におり、急いで行った。


 あれ?
と思った。

 実家のジャックラッセルは、10キロ近くある筋肉質。
 太っているのではなく、家系的に通常のジャックラッセルより一回り大きい。
 そのジャックラッセルに負けないサイズの膨らんだ犬……しかし、目は目やにで目の周りが黄色くなり、両耳が赤いのでそっと耳を持ち上げると、中耳炎が悪化して膿で耳がふさがっていた。
 写真映りは可愛いのだが、想像以上に大きく、老けていた。

「この子が、あの写真の子ですか?」
「えぇ」

 一瞬ためらったが覚悟を決めた。
 一瞬だけこちらを見た目が、写真の眼差しと瓜二つだったのだ。

「すみません。この子を引き取ります」

と言い、簡単な手続きを済ませ、連れ帰ろうとしたが、その子は我慢しきれなかったのかおもらしをした。
 持っていた水のペットボトルでそれを流したが次は、下痢をした。
 拭き取り、後は流す。
 これは困った……。
と、思いつつ狂犬病予防の注射もするしと、動物病院に連れて行こうと思った。

 よちよち……爪が伸び切ったワンコは歩く。

「うーん。本当は孔明さんか亮(あきら)が良いんだけど……ちょっと似合わないか……」

 呟くと、問いかけるように、

「ねぇ、ユエでいいかな?ユエ。ユエ?駄目?」

皮膚病か、毛の半分のない尻尾をぱたぱた振った犬に、嬉しくなった。



 午後病院に連れて行くと、

「白内障、それに年齢的に言って10歳。中耳炎の耳のうみの塊……よっこいしょ」

手術用の鉗子でねじりとる。

「来週も連れてきてね。次、耳と目の治療と狂犬病予防の注射をするから。カルテを作るけど、この子の名前は?」
「ゆ、ユエです」
「それと、毛が伸びすぎてるからバリカンでカットと、ノミ取り用の薬を出しておくから」

と言われた。
 あっさりとしているが情に熱い先生である。
 通常初診料を取るはずが、保健所からもらってきたと言うと初診料を引いてくれた。
 目と耳の治療費と薬代で済んだ。

 帰りにバリカンと首輪を買った。

 これから寿命が伸びた分幸せになってほしい。
 新しい首輪に取り替え、古い首輪をゴミに捨てたのだった。



 ユエは、月……そして由縁(ゆえん)のユエ。



 ユエはマイペースだ。
 寝る時はとことん寝る。
 起きると寝ぼけて唸りながら尻尾をパタパタする。
 昼寝後が凄かったことは内緒にしたい。
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