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玄徳さんと関平の歪みが街を、人々を地獄の淵へと追いやろうとしていきます。

喬ちゃんの念願だった妹ちゃんが生まれました!

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 夏侯元譲かこうげんじょうの軍は様子見……もしくは情報収集だったのか、そのまま引き返し、しばらく動きはない。



 動きがあったのは……。

「あぁ、琉璃りゅうり! 大丈夫! 大丈夫だよ。だから落ち着いて、大きく息を吸って……」

 そう、琉璃の出産の時である。

 琉璃は、落ち着いている時……特に夫や息子、親族や夫の友人の居る時、そしてもう2度と傷つけたりしない、と誓ってくれた益徳えきとくとその家族が傍に居る時は、力を抜き落ち着く。
 だが、何か知らない人物が近づいてくる……それか軽く昼寝をしていて、夫が隣室に書簡を取りに行っている間に目を覚ましただけで、混乱し泣きじゃくる。

「旦那様! 旦那様! きょうちゃん!」

 そんな母親の姿に、当初怯え引いていた喬だが、孔明こうめいは、

「喬……あのね? お母さんがあの時……丘のお家からいなくなったのは、と……あの長い髭のおじさんに、お父さんと喬を殺すって脅されてここに来たんだ……」

主君直々の脅迫とは言えず、孔明はごまかす。

「喬は大事な大事な息子。それに、お父さんを殺されたらって、泣きながら来たって……でね? 益徳伯父さんがお母さんの面倒を見てくれていたんだ。でもね、昔お母さんを苛めてた、あの関平かんぺいどのと髭の伯父さんが勝手に入ってきて、伯父さんの家にいた瑠璃るりおばあさまに乱暴したりしたんだって。来るなって益徳伯父さんが追い返すのに来るんだって。そして最後にはね、瑠璃おばあさまが琉璃が調子が悪くて寝ていた時、面倒を見ていてくれたんだけれど、少し席を外した隙に、二人がお母さんを殴ったり、首を絞めて殺そうとしたんだ」
「……!」

 目を見開く。

 ちなみに瑠璃おばあさまとは、祖父、黄承彦こうしょうげんと再婚した彩霞さいかの現在の名前である。
 瑠璃と琉璃は同じ青い石の名前である。
 黄承彦は、愛する妻に娘と同じ名前を名乗って欲しいと願い、瑠璃もそれを嬉しく思い、受け入れたのである。

 孔明は、まだ幼いが賢さの片鱗を見せる息子に、話聞かせる。

「お腹には赤ちゃんがいて、そして脅されてここに来させられて、参っていた……お父さんと喬のことを思い出して泣いて泣き疲れて眠ってた時だったんだ……首を絞められたの。死にたくない、喬と約束した。可愛い妹を生みたい。そして会えなくてもいいから……いつか会える日が来たら……一杯謝って、喬を抱っこしたいって……。その時、お父さんが間に合って助かった。けれど眠ったら又来る……それか、喬かお父さんに怪我をさせに来るって……怖くて怖くてたまらないんだよ」

 孔明は、息子を抱き締める。

「だからね……お母さんを嫌いにならないで。殺されそうだったの、脅されてたの。喬とお父さんを愛してるから、だから怖がるの。いなくなったり、傷つけられたりされたくないの……解る?」
「解る! それに、それに、僕はお母さんを嫌いにならないよっ。僕はお母さんを愛してるから!」

 その日以来、喬は母親のいる部屋の傍で遊ぶか、父親の兵法書や『春秋しゅんじゅう』などを母の横に座り、読む。
 まだ5才の子供だが、実の父が天災、父が軍略家である為か、解らない文字や意味などは母親に聞きながら、もしくは同じ屋敷に住む士元しげん元直げんちょく、そして最近移り住み、技術者として出仕している叔父のきんに教えて貰う。
 孔明は、息子のその集中力に心配するが、本人は至って興味深く、士元や元直と戦術や弁舌の話をしたり、何かを作る叔父の手先の器用さに見いったりしていた。



 そして、出産である。
 普通、男は産室から追い出されるが、初産の上精神的にまだ立ち直っていない琉璃である。
 孔明が産室に入り、妻を抱き締める。

「大丈夫、大丈夫だよ……落ち着いて。ほら息を吸って……」
「旦那様!……怖い……怖い……」
「私がいるよ。それに喬もいる。赤ちゃんがお母さんの……琉璃の顔が見たいって言ってるよ。だからね、ほら、大きく息を吐く……ね? ほーら、一緒だから出来るでしょう?」

 優しく耳元に囁き、チュッ、チュッと両方の目尻に口付ける。

「一緒だよ、琉璃。だから頑張ろう。赤ちゃんも頑張ってるよ」
「……だ、旦那様……」

 ふえぇぇぇ……

顔を歪ませ泣き出した琉璃は、夫に抱きつく。

「が、頑張る……頑張ります……だから、一緒にいて……」
「当然です。私は琉璃の旦那様です。一緒だよ」



 翌朝……、

「喬、喬!」

うとうとと元直の膝枕で寝入っていた喬は、肩を揺すられ目を覚ました。

「なぁに? 元直伯父さん」
「ほら! 聞こえてるよ! 赤ちゃんが泣いてる!」
「えっ?」

 耳をすますと確かに、

「……ふあぁ、ふあぁぁ……」

と響いてくる。

 喬は飛び降り産室の前に駆け寄ると、耳を寄せる。

 泣いている!
 喬の待ち望んでいた兄弟が!

 扉が開かれ、叔母の玉音ぎょくおんが現れる。

「喬くん、起きてたの? じゃぁ良かったわ、お兄ちゃんに、一番にお顔を見て貰えて良いわねぇ?」

 腰を屈め、喬が見えるようにする。

「初めまして、お兄ちゃん。お兄ちゃんの妹ですよ~って、言ってるわね。喬くん」
「い、妹……! 僕の……僕の妹!」

 顔を覗き込む。

 くしゃくしゃの顔かと思いきや、整った顔と、フワフワとした淡い色の髪の毛……。
と、ゆっくりまぶたが開かれ、見えたのは母と同じ青い瞳。

「わぁぁ! か、可愛い! 僕の妹可愛い! お母さんソックリ! 嬉しい! 僕の妹だよ! 伯父さん! すごく可愛いでしょ? 僕の妹!」

 集まってきた面々に、喬は自慢する。

「大事に、大事にする! 可愛がるよ、僕」



 孔明は、琉璃と当然喬と相談し、生まれた娘に滄珠そうしゅと名付けた。



 しかし、幸せな時間はそう長くは続かなかった……。
 戦への足音が近づいていた……。
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