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さぁ、臥竜が空を駆けていきます。手には竜珠を握りしめて……

鳳雛さんはやっぱり切れ者です。心理研究しているようです。

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「よーう。『臥龍がりゅう』が、鎖に繋がれた無様な姿を見に来てやったんだが、繋がれてたのは季常きじょう幼常ようじょう、髭親父にボロい戦衣を着た薄汚れたねーちゃんだったなぁ」

 手をヒラヒラ振りながら現れた士元しげんに、嫌そうな顔をする孔明こうめい
 ちなみに腕には愛妻と、遊び疲れてウトウトしている息子を抱いている。
 いつもの光景である。

「何しに来たんです? あれだけ逃げろと言ったのに……」
「仕方ねぇだろ? あの馬鹿な季常に幼常が、俺を『故郷で人殺して逃亡中。捕まえたら金一封』とかって言う嘘の噂ばらまきやがって! 荊州はもちろん西も東も北も無理で、仕方ねぇから堂々とここに居てやるよって言って来たぜ。あぁ、忌々しい。あの馬鹿弟子が! 又調教しなきゃなんねえじゃねぇか! あんな簡単な策を応用すら出来ん馬鹿とは思わなかったぜ!」

 椅子に座り、勝手に酒を飲み始める。

「士元。あのねぇ……」
「おーい、土竜もぐら

 慣れた様子でやって来た益徳えきとくは、酒を飲む士元を示す。

「おい、こいつ……」
「済みません。彼は私の姉の夫の従兄弟に当たります。龐士元ほうしげん、『鳳雛ほうすう』本人です。元直げんちょく兄に聞いていると思うんですが悪い人ではないんですよ。根性悪でひねくれ者で、口が悪いだけで」
「悪いとこだらけじゃねぇか、誉めろよ、孔明」

 おらぁ、と不機嫌な士元に、

「どこに誉める部分があるんですか? きん琉璃りゅうりに悪い事を教えようとしたでしょう!」
「何がだ! 普通に外に出て遊べのどこが悪い!」
「士元は金持ちなのに、当時痩せてて華奢だった琉璃や女装していた弟をだしにして、屋台の人から妹たちがひもじがってるから、余分にくれとかって言って食べ物を余計に貰ったり、古着屋で自分が隠れて汚したくせに、値切りに値切って買う方法を教えたんです! どこが遊びなんです? 益徳どの、そう思いませんか?」

孔明の訴えに、益徳は顔をひきつらせる。

「そ、そうだなぁ……」

 昔、似たような事を破鏡はきょうにさせていた事があり、言い出しにくい益徳である。
 その間に、

「士元お兄様。お元気そうでよかったです。喬ちゃんの事、ありがとうございます」

琉璃が声をかけ丁寧に頭を下げると、途端に、

「あ、あぁ、それ位良いんだよ。逃げるついでだったし、それより大丈夫か? 琉璃」

と、本気で心配そうな顔をする。
 先程とは全く違う雰囲気にぎょっとする益徳である。

「……口は悪いんですが、いい男です。琉璃や喬を可愛がってくれるし、頭も切れます。癖さえなければ、どこにでも出仕しゅっし出来るんですが……それに」

 孔明は示す。

「どういう訳か、私と勝負すると。私が出仕したら別の主君に仕えて勝負……と言ってたんですが、同じ主君と言うのは諦めた?」
「訳ねぇだろ? 季常と幼常とが人を罪人扱いした立て札を、あちこち立てやがって! 旅が出来なくなったんだよ! くっそぉ! 魯子敬ろしけいどのの間諜かんちょうとしてあちこち行って楽しんだり、周公瑾しゅうこうきんどのと酒飲んで、その嫁さんみてウハウハだったし、てめぇの兄貴に頼まれて、江東の敵の情報頂いて来たり……有意義な生活を奪いやがったあの馬鹿季常は、徹底的に躾し直してやるぜぇ……さぁて、どれからやっかなぁ……ふふふ……楽しみだぜぇ」

 据わった目で何事か楽しい事を考え中の士元から、目を反らした孔明は、

「で、どうされました?」
「ん? 季常と幼常とじょう50追加、つまりあいつと季常と幼常とは、合計70。関平が50だな。で、広間で数を数えて、刑は終了」
「……」

表情を陰らせた琉璃に、益徳は慌てて、

「えっとだな。ここだけの話! 本物の重い杖で殴ったが、関平は女だ。衣が脱げては恥ずかしいだろうとさらしを多めに巻かせておいた。お前にはそんな事までやってなかったが、きっとお前は悲しむと元直が言ってな」
「……そんなの、しねぇ方がいいんだよ!」

士元の言葉に、益徳は振り返る。

「何でだ?」
「あぁ言う底意地の悪い女に、温情なんてかける必要なんてねぇだろ。そう言うのをして良いのは、本当に心根の良い女にする事だ! 琉璃にはしなかった癖に、あぁ言う女にはやってやる……そこが解らねぇな!」
「どういう事だ?」
「もし、琉璃が心配してたとか、だから晒しを厚めに巻いたとばれてみろ。あの女感謝どころか、琉璃を逆恨みするだろうな。絶対に。もしかしたら季常と手を組むとか、悪質になるぞ? あぁ言う思い込みの激しいのは、一度敵と認識したらその相手をとことんまで追い詰める。苦しめて相手ではなく相手の周囲を痛め付け、相手が嘆き悲しむ様を見て、わらうのを快感を覚えるようになる。狂女だ。そんな事すんなよ! 危険が及ぶのは琉璃の周囲なんだぞ? もしかしたら、まだ小さい喬かも知れねぇ。もしくは今度出仕するって言うきんの家族かも知れねぇ! 何かあったら誰が責任とるんだ! あんたか?」
「……!」

 益徳は息を飲む。
 すっかり忘れていたが、先日家に乱入し、めちゃくちゃにしたのは誰だった?
 妻子や琉璃を殴っていたのは?
 もしかしたら……自分は……。

「あれだけ、あいつと義兄弟の縁を切るって言ったのに、切る事が出来なかったのは俺の方だったんだな……」

 項垂れ頭を抱える益徳に、士元は、

「おっさん。あの女の介抱したのは、誰だ?」
「……元直がしている」
「何だと? 元直が?」

顔を歪ませる。

「あいつ……甘すぎるんだよな……もしかしたら喋ってる! くそっ! 俺がもう少し早く来ていたら!」

 悔しげに吐き捨てた士元は、孔明を見る。

「気を付けろ! ぜってぇ気を付けろ! 狂女と腹黒親父が、逆恨みで協定結ぶ可能性がある!」



 士元の言葉が正しかった事を、思い知るのは……。
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