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さぁ、臥竜が空を駆けていきます。手には竜珠を握りしめて……

劉備軍での竜夫妻の人気は、急上昇しているようです。

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 戦は当然勝利し、囮部隊おとりぶたいだったが、孔明こうめいの命令に従い戦った部隊と、中間部隊は特に歓喜の声をあげる。

竜軍師りゅうぐんしのお陰だ! しかも、あの夏侯元譲かこうげんじょうと対等に戦った猛者だぞ!」
「そうなのか! だが、竜将軍りゅうしょうぐんも強く優しい方だ! 金の髪と青い瞳は初め驚いたが、あの方は神の子、竜の姫将軍なのだ! だから、あの色は神に与えられたに決まっている!」
「そうだ! しかも、お二人は夫婦とのことじゃないか、竜軍師と竜の姫、素晴らしい!」

 ワイワイと騒ぐ兵たちの中にも怪我人は当然おり、集合した城の広場では、竜の軍師とその妻である竜の姫が怪我人の手当てに奔走する。

「大丈夫。肩の脱臼だ、すぐに入れる。琉璃りゅうり……将軍、手伝って戴けますか?」
「はい! はい……大丈夫ですよ。もうすぐ薬が効いて痛みも楽になりますよ……」

 怪我人に包帯を巻きながら言った琉璃は、巻き終えてすぐに夫に近づく。

「旦那様! この方は大丈夫ですか?」
「脱臼だけのようだよ。手伝ってくれる……いえ、手伝って戴けますか? 将軍」
「旦那様! 今は怪我人の治療と言う大事な時! 急ぎましょう! 私が上司とか関係ありません!」
「……解ってる! じゃぁ、お願い。琉璃」



 夫婦は忙しく手当てにいそしむ中……広場に作られた簡易幕の中では、苦々しげな顔をして座る玄徳げんとくとその両側に立つ益徳えきとく元直げんちょくが、縄を打たれ膝まづかされた雲長うんちょう関平かんぺい季常きじょう幼常ようじょうを見下ろしていた。

「で? 子竜しりゅうの参謀の孔明とその兄が、本来ならしもしない献策を授けたよな? しかも、孔明は4才の時に作ったって言うなれば子供だましだが、策略に慣れた武将には効くと言うものだった。それをどうしてあんたたちは、上手く行きかけてた策を台無しにしようとしたんだ?」

 益徳の声に、雲長は顔をあげ、

「私は悪くない! この女が!」
「こ、この女ってお父様!」
「父と呼ぶなと言っただろう! この娼婦しょうふの……」
「うるせー!」

益徳が、横にあった燭台を蹴りつける。

「てめぇ、長年連れ添った妻を娼婦だなんてよくも言えたな? あぁ?」
「しょ、娼婦ではないか! 董仲穎とうちゅうえい呂奉先りょほうせんとの仲を裂いた……下賤げせんな」

 言い張る雲長に近づくと、襟元をつかみ引き上げる。

「てめぇが嫁にしたいと言ったんだろうが……えぇ? 自分は妻には……無理だと、てめぇに迷惑がかかると固辞しようとした姉貴を、嫁にしたんだろうが! てめぇの頭は俺より空っぽか? あぁ? 自分で『生涯お前一人だけ愛している』と、恥ずかしい発言を公衆の面前で言ったのは誰だ? どこの髭だ?」
「あ、あの頃は……」
「あぁ?あの頃はあの頃で、彩霞さいか姉貴が邪魔だったとか、娘しか生まなかったとか言うなよ? それに、その娘の教育一つやらなかったとか嘘つくなよ? 彩霞姉貴は、ちゃんとてめぇの娘の教育をしようとしたが、老師せんせいを呼ぶ度に娘のワガママを受け入れ、老師を追い出したのはてめぇだろ? 何度も繰り返して、教育の重要性を説いていた姉貴の言葉を無視し、甘やかしワガママ放題に育てたのはてめぇだろ?」

 突き放す。

「それが何だ? 今更、彩霞姉貴に愛想尽かされ、ヒモ暮らしが出来なくなったからと言って、自分が最低の馬鹿娘に育てた関平を、自分の娘じゃない? 馬鹿言うなよ。馬鹿親に馬鹿娘、そっくりじゃねぇか! 瓜二つの娘がしでかした軍法違反位、自分が責任取れよ?」
「ど、どうして私が……か、勝手にしたのはこれで……」
「うるせぇよ! 俺には軍規がどうだ、命令には従えだの言っときながら、てめぇがそうなった時には逃げ腰だぁ? てめぇが言うなよな? てめぇだろ? 俺たちを軍規違反だって殴り飛ばしたの?」

 益徳の言葉に、ある程度同様なことをされた者たちが頷く。

「人にはやっといて、自分の時には言い訳に保身か? てめぇ」
「益徳……」

 横に座る玄徳が何とか話を逸らそうとするが、益徳は、

「兄ぃ! だから言っただろ! 俺は、こいつとは一緒に戦いたくないって! 糟糠之妻そうこうのつまですら捨てたんだ! 仲間も捨てる、子供だって捨てたじゃねぇか! 絶対こいつは作戦の邪魔をする! その通りじゃねぇか! 今回はこの関平が命令を無視して敵に伏兵を知らせるって、してはならない初歩の初歩をしやがった! 面倒見てねぇ、こいつと『白眉はくび』が悪い! しかも、こいつらは関平を追わずに放置し、捕まえたのは入ってすぐの臥龍がりゅうだ。しかも、臥竜は夏侯元譲と一騎討ちまでして、関平のせいで終わりそうだった戦いを勝利に変えた!」

義兄が曖昧に済ませようとしていると完全に理解していた益徳は、周囲を見回す。

「臥龍がたてた策は、間違いじゃなかった! それなのに、それを失策に陥れようとしたのは関平で、その指示をするのは父親のこ……関雲長どのに参謀は馬季常と幼常だ。軍規にのっとり処罰すべきだと思わないか?」
「そ、そうだ!」

 声が上がる。

「関将軍はいつも軍規を守れと言い、ちょっとした失敗でも、軍規の通りだとじょうで叩いた!」
「そうだ、そうだ! それなのに自分の時には言い訳をして逃げるなんて、最悪だ!」
「罪に服せ! そして、改めてからでないと、我らは軍を率いる人と認めない!」

 その声に4人は怯む。

「と言うことですが? 兄ぃ?」

 益徳の言葉に、渋々……、

「解った。重大な任務を怠った関平には杖50、上司の雲長と季常、幼常は20とする」
「それじゃぁ甘すぎる!」
「益徳!」
「俺が一度、似たような失敗をした時100だったよな? まぁ、女である関平に100はむごすぎる。じゃぁ、半分の50を、父親が引き受けるべきじゃねぇのか? 違うか?」

周囲を見回す。

「そうだ! 娘が50で上司で父親が20? おかしいよなぁ?」
「そうだ、そうだ! 半分引き受けろ!」

 周囲からの声に玄徳は視線をさ迷わせ、元直を見る。
 元直は真顔で、

「通常でしたら、上司の職務怠慢で打ち首も相当です。逆に甘いと思われます。それに、義兄弟だからと緩くされてご覧下さい。武将の士気は下がり、それは一般兵にまで及びます。罪に服するのが、相当と存じます」

しばし考えた玄徳は、渋々頷く。

「解った。許可する。では次の議題は?」
諸葛孔明しょかつこうめいどのの、今回の勝利を引き寄せた恩賞です」

 元直の一言に、玄徳は益々渋い顔になる。

「あれにか?」
「当然です。あの夏侯元譲と一騎討ちまでしたのですよ。そして、囮部隊が失敗に終わらせようとした策を、成功に導いた立役者です。褒賞を与えるべきです」
「で、何をやればいいんだ? 金か女か? 酒に珍味か? 屋敷……他に何がある?」

 投げやりだが、他の部下が欲しがった物を羅列する。

「そんなんいらねぇってよ」

 益徳の言葉に玄徳は振り返る。

「では、何が欲しいんだ?」
「一騎討ちの時の怪我を癒す為と、嫁と息子を溺愛する時間が欲しいから、出仕しゅっししたくねぇだと」
「……はぁ?」

 玄徳は呆然とする。

 怪我は分かる。
 しかし、嫁と息子を溺愛する時間が欲しいとはどう言うことだ!

 腹をたて、怒鳴り散らそうとする玄徳の耳に、益徳は囁く。

「兄ぃ? 一度、土竜……孔明を怒らせたんだろ? あいつ、もしかしたら嫁と息子連れてとんずらするかも知れねぇぞ? いや、あいつならするな。こないだ子竜の様子見に行ったら、そこの親子の抹殺計画嬉々として語ってくれたぜ……後ろ気を付けろよ? ついでに、弟の嫁は毒薬使いらしい。内臓が溶けたり、呼吸困難になって死んだりする毒もあるそうだぜ。兄ぃ?」

 義弟の一言に屈する。

「解った。孔明の長期休暇許可する」
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