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さぁ、臥竜が空を駆けていきます。手には竜珠を握りしめて……

雲長さんはこの時点で、運命が決まってしまいました。

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「良いですか? 関平かんぺいどの。聞いていますか?」

 イライラと季常きじょうは、馬に乗せられた関平を見上げる。

「聞いてるわよ! 五月蝿うるさいわね!」
「きゃんきゃんと五月蠅いのはそちらでしょう! きちんと参謀の私の話を聞きなさい!」
「はいはい、で、何よ」
「何よとは何ですか! それが聞いている態度ですか!」

 怒鳴り付けた季常は振り返り、雲長うんちょうを睨み付ける。

関将軍かんしょうぐん! 自分の娘なら、きちんとしつけをして、上司に従うようにして軍に入れて戴けませんか? しかも、役に立つなら兎も角! 全く軍規を守ろうともしない。脱走ばかり。その上毎日のように敬兄けいけいから、お前の教育はどうなっているんだ? これ位出来ないとは、流石は『白眉はくび』と、ねちねちと嫌味の書簡が届くのですよ! 『軍の宿舎が汚いわ! 私は漢寿帝侯かんじゅていこうの娘なのよ! 侍女と広い部屋を用意しなさい!』とか、食事は『こんな、家では召し使いでも食べないような物、私には食べられませんわ』とか、他の兵士が食べている前で言わせないで戴けませんか? もうこれ以上、軍には置けません! そちらの自宅に返しますよ!」
「そ、それは駄目だ! よ、嫁の父親が五月蠅い……」

 口ごもる雲長。

「お父様あ! 元の屋敷に戻りましょう! ね? 昔のように。どうして私がこんな格好を? それに『破鏡はきょう』がどうして私の家に住んでるのよ! 私の部屋! 元の暮らしに戻りましょう! お父様!」
「そ、それは……」
「どうして、私が妾の子なの? お母様はお父様の正妻でしょう! おかしいじゃない! お父様!」

 きゃんきゃんと父親に訴える関平に、雲長は思い余ったように怒鳴り付けた。

「五月蠅い! 黙れ!」

 初めて父親から浴びせられる罵声ばせいに、目を丸くし硬直する。

「お、お前の母親が悪いんだ! 元々、董仲穎とうちゅうけい呂奉先りょほうせんの仲を裂く娼婦しょうふだったのを、嫁に迎えてやったのだ! そこまでしてやったのに、今まで形ばかりは妻として置いてやっていたのに、逃げやがった! 夫婦の財産である家屋敷は自分が買った、自分のものだと、屋敷はあの諸葛孔明しょかつこうめいに勝手に売り払い、家財は全て嫁の父親が、黄承彦こうしょうげんから押し付けられたんだ!」
「う、そ……」
「嘘なものか! お前の母親は勝手に売り払った金で、あの『破鏡』の父親と再婚し、江東や襄陽じょうようの今の亭主の大豪邸で、悠々自適な生活を送っている! お前を捨てたんだ!」

 自分のことを棚にあげ、嘘を並べ立てる雲長。

「あの女に瓜二つの娘など、どうして私が面倒を見なければならんのだ! 母親に頼れ! 二度と父と呼ぶな! かんの姓は使ってもいいが、私の娘だと二度と言うな! そして、軍にいさせてやるんだ、働け! 二度とサボったり、諸葛孔明の屋敷に侵入して、私を呼び出すような事をするな! この娼婦の娘が!」

 関平はよろめく。
 今までどんなことも笑って許してくれた父親の豹変も怖かったが、もっと恐ろしいのは『妾の子』以上に『娼婦の子』と言う一言……。

 母は、どんな人だっただろう……?
 解らない……。

 父は、どんな人だった……?
 覚えていない……。

 いや、父は自分を可愛がってくれていた筈だ。
 それを、よく母はもっと厳しくと叱り……それはずっと続く筈だった。

 どうして、こうなった?
 そうだ!
 『破鏡』が戻ってきてからおかしくなったのだ!
 じゃぁ、『破鏡』が悪い。
 『破鏡』のせいだ!

 どうして、あの『破鏡』は夫の腕の中で笑い、『驪珠りしゅ』だった頃の幸せだった頃の屋敷に住んでいる……?
 私は衣を奪われ、汚ならしい格好で戦場に立たされている。

 赦せない!
 赦すものか!

 元々『驪珠』の物になる筈の全てを奪ったあの女を……再び地べたに這いつくばるような生活に陥れて見せる!
 そして、あの女の全てを自分の物にして見せる!
 夫だと言うあの男も……私のように美しい者の方がいいに決まっている!

 必ず、復讐して見せる!



 ギラギラとした瞳で、隣の部隊にいる琉璃を睨み付けている関平を見た季常は、唇を歪める。
 逆恨みも甚だしい、愚かな女に復讐の臭いを感じたのだ。
 あれだけ聞けば、母親を恨むか、父親を憎むだろうに、方向違いも良いところだが、そんな馬鹿なところがこの関平の強みだ。
 それと顔のよさ、だけである。

 どう動くか?
 もしくは手伝ってやろうか……とほくそえんだのだった。
 しかし、季常が思いもよらぬ方向へ、運命は動き始めたのだった。
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