破鏡の世に……(アルファポリス版)

刹那玻璃

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孔明さんの不本意ありまくりの出廬が近づいてます。

伝説の傾城傾国の美女に、黄承彦さんもメロメロのようです。

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 韋家いけの当主が逃走した事を確認すると、益徳えきとくはわしわしと頭をかく。

「あぁ、情けねぇ……それに、黄承彦こうしょうげんどの。前に一度お会いしましたよね? うわぁ……情けねぇ事ばかり見せてるなぁ、俺」
「……貴方は昔と外見と印象は余り変わってませんが、今と……」

 黄承彦の言葉に、照れ笑う。

「姉貴に良くたしなめられていました、その頃は、良く解りませんでした。でも、嫁を娶って子をなして、嫁に『父親なら、尊敬される父になれ! 馬鹿にされる父親になるなら、夫とは認めない!』と言われたんです。で、丁度その頃来た元直げんちょくに頭を下げて、一から勉強を」
「えっ! 益徳将軍が元直に頭を下げた!」

 月英げつえいに益徳は、

「あぁ。季常きじょう幼常ようじょうには、頭下げたくなかったからな。元直は塾の講師をしてただけあって、最高の師匠だ!」
「師匠は止めて下さいって、益徳どの。益徳どのの意欲が素晴らしいのですよ。承彦様、月英。この方のお陰で私は、何とかここにいられるんですよ」
「……孔明こうめいが相当心配してたぞ。それに、今壊れてる」

月英の言葉に、背後からコロコロとした美声がきこえる。

「壊れている……とおっしゃられると……?」

 黄承彦と月英が振り返ると、月の女神と言っても過言ではない、美貌の女性が立っている。

「姉貴! 琉璃りゅうりについてたんじゃ……」
「琉璃のお父様とお兄様にお会いしなければと思いましたの。屋敷の処分もお願いすることになるのですから、きちんとご挨拶をしておかなければ、失礼に当たります」

 女性は近づくと、優雅に淑女の礼をする。

「はじめてお目にかかります。私は李彩霞りさいかと申します。今回、私の為にわざわざ来て戴き、ありがたく思っております……よろしくお願い致しますわ」
「も、申し訳ございませぬ」

 黄承彦は息子と立ち上がり、淑女に対する礼をとる。

「失礼を致しました。ご夫人。私は黄承彦、そして長男の月英と申します。お会いできて光栄に存じます」
「ありがとうございます。このような日陰の……」
「何をおっしゃいますか! あなた様は素晴らしい方です。貴方はそれを誇りに思っておくべきです! それに、貴方のように美しい方の憂い顔は、見ている者も哀しくなりましょう……笑っている方が良くお似合いですよ」

 父親の何時にない饒舌じょうぜつに、月英はぎょっとする。
 ちなみに益徳に元直もである。

「あ、あの……親父どの……」
「月英、分からぬか? この方は貂蝉ちょうせんどのという偽名で……」
「えっ! あの!」

 月英は美女彩霞を見るが、蔑むどころか尊敬の眼差しで見つめる。

「こ、こんな華奢で柔和で、儚げな女性が、そんな、男でも躊躇うような事を! 凄い! 彩霞様とおっしゃいましたよね……そ、尊敬します! 貴女のような素晴らしい方にお会いできるなんて! さ、彩霞様とお呼びしてもよろしいですか! もしくは、家の父の嫁に……は、父は年だし、商家の嫁など身分違いも甚だしいですよね……あぁ、母上にこんなに美しい方がなって下さったら、自慢できるのに!」

 心底残念そうな月英に、彩霞は、

「この私を、馬鹿にしたり……」
「そんなことある訳ありません! こんなに美しい上に賢くて、度胸もある、男でも出来ないことを成し遂げる意思の強さ! 誰が馬鹿にしたりするんですか! 相手の方が馬鹿ですよ! 彩霞様は素晴らしい方です! 自信を持って下さい!」

月英は言い張る。

「あぁ、本当にこんなに素晴らしい方が、そのような質素な衣裳でおられるのか……! 私の屋敷なら、彩霞様に似合うような衣裳が沢山あるのに!」
「月英、着せ替えは手伝わないようにね?」

 元直が突っ込む。

「するか! ご夫人の着替えを覗いたり、恥ずかしい行為をする男に見えるか?」
「それは見えないね。月英なら見ただけで衣裳や飾りを選び、奥方に着せ替えて貰うかな?」
「当然!」

 月英はうっとりとする。

「私は製作も大好きだけれど、女性が美しく装うのを見るのが嬉しい! 嫁の碧樹へきじゅだけでなく、妹の琉璃を着せ替えするのが大好きなんだ!」
「琉璃のお父様とお兄様が……?」
「そうです。あ、私は、小さい頃から女の子として育てられました。なので、装飾一式、衣裳の着こなしなど見るのが嬉しいんです。女性が美しくなるのは素晴らしいことです。貴方が屋敷を売る……ご令嬢のいるというと……」

 彩霞と月英は、見つめあう。

「私の娘として、この屋敷に匿われているのです。琉璃は」
「でも、確か……」

 黄承彦は情報を思いだす。

「貴方様には……」
「元の夫のところに。縁を切りました。琉璃を追い詰め傷つけ苦しめた……許せませんでしたの、で……」

 言いかけると、遠くから悲鳴が聞こえる。
 それにはっとした全員が立ち上がり、声の聞こえた方向に走る。
 一人遅れそうになる彩霞を、益徳は軽々と抱えあげている。

「なにしゅんら! うんちょーおじ! おねーたんに!」

 幼児の声が響く。

「うるさい! このくそがき! どけ!」

 その声と共に、何かが壁に叩きつけられる音がした。

「この女の、この女のせいで! 家はボロボロだ、殺してやる! 殺して、彩霞を……」
「いやぁぁぁ!」
「何が嫌よ! あんたのせいで、私は妾の子よ! あんたが、あんたが!」

 部屋に飛び込んだ益徳たちは愕然とする。

 しょうに横たわる琉璃の頬を殴り付ける女と、馬乗りになり首を絞める男。
 壁には幼いほうが力を失ったようにぐったりとし、倒れ伏している美玲みれいは頬が腫れ、唇から血が流れている。

「いやぁ!」

 彩霞は唇を覆い悲鳴をあげる。
 彩霞を後ろの黄承彦に預けた益徳は、駆け寄る。

「な、何やってんだ! てめぇら! 人の嫁と息子に何しやがった!」
「殺してやる! 殺して、彩霞を取り戻す!」

 血走った目で、グイグイと首を絞める男に、琉璃は口を開け必死に両手を動かし助かろうともがくが、その手を驪珠りしゅが掴む。

「こんな女、死んでしまえばいいんだわ! 人が友達として仲良くしてやっていたのに! 裏切者!」
「驪珠!」

 突進しようとした益徳の横をすり抜ける影……それは、まず驪珠の両手を引き剥がし宙にぶら下げると、そのまま無造作に投げ飛ばす。
 ちなみにそこにいたのは益徳で、驪珠をそのまま元直と月英に押し付ける。
 そして、その間にその人物は、雲長の腕を掴みねじりあげた。

「そんななまくらの手で、この歴戦の……?」

 自慢げに言おうとした雲長の顔色が変わる。
 細身の青年の片腕で、雲長の筋肉質の腕がねじれ、琉璃の首から離れると、そのままねじ折られたのである。

「うぎゃぁぁぁ? な、何を、この私に……?」
「離せ」

 琉璃の首に残されていたもう一方を同じようにねじり折り、無造作に放り出すと、琉璃の体をそっと抱き上げ、優しく抱き締める。
 苦しげに口をパクパクさせる琉璃の耳元に囁く。

「琉璃、琉璃……焦らないで……大丈夫。ゆっくり吸い込んで……そう、そして吐くのはすこーし、そして、沢山ゆっくり吸い込む……」

 背中をさすり、安心させるように、何度も何度も囁き続ける。
 しばらくして、呼吸が落ち着いてきた琉璃は目を開け、自分を抱き締める青年を見つめる。
 元々白髪が多い黒髪だったというのに、一月ぶりに再会した孔明こうめいは真っ白な白髪と化していた。

「だ……旦那様……? ど、どうして……。旦那様にだけは……」

 瞳に涙を浮かべ、呟く妻の額にコツンと額を当てると、拗ねたような顔を作る。

「琉璃、私は怒ってるんだよ? どうして私に黙って勝手に出ていったの? 私は言ったよね? 出ていく時には言ってと、約束したよね? それに結婚した時に、一緒に手を繋いで行こうねって言ったよね? 忘れたの?」
「旦那様……」
「それにね? 琉璃は解らないの? 私はね? そこにいる元直や月英が呆れる程、独占欲が強いの。それに一度こうと決めたら絶対に諦めないし、手の中にしたら決して手離したり逃がすつもりもないの。ゴメンね? 琉璃は絶対に私から逃げることも、離れることも出来ないんだよね~?」

 孔明は、にっこりと笑う。

「だから諦めなさい。琉璃は私の妻なの、今度こそ自覚しなさい、いいね?」
「……だ、旦那様……?」
「なぁに? 琉璃」

 琉璃は手を伸ばし夫に抱きつく。

「旦那様……大好きです! 大好き、大好き……だ、い好きだから……引きずり込んではいけないと思ったんです……それに、知られたくなかったんです……私の、過去を……」

 ぽろぽろと涙をこぼす。

「旦那様に、憐れまれたく……な……」
「琉璃はまだ解ってないんだねぇ? 私の事を……本当、これから数ヶ月逃亡して私の事を知って貰おうかなぁ?」
「おいこら、孔明! 人前でイチャイチャすんな!」

 月英が孔明の頭を叩く。

「痛いですよ。月英。私は琉璃がいないと動けないんです。イチャイチャ、いいでしょう!」
「孔明。益徳どのの奥方や子供さんが琉璃を守ってくれて、大怪我を負っている。医者の先生はいるけれど、手伝うように」

 元直の言葉にはっと我に返る。

「お手伝いします。まずは琉璃を診てからになりますが……」
「よろしい」

 元直は満足げに頷いたのだった。
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