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孔明さんの不本意ありまくりの出廬が近づいてます。

驪珠は、かなり性格に難のある美女のようです。

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 所変わり、季常きじょう新谷城しんやじょうの奥に琉璃りゅうりが来たこと、そして益徳えきとくが自分の部下として連れ去った事は、すぐ主の劉玄徳りゅうげんとくやその義弟、関雲長かんうんちょうにも伝えられた。

「ほぉ、そうか。まぁ良い。男共の中に女も邪魔だ。それに、益徳の嫁はうるさいからあてがっておけ」
「伯父様? 益徳叔父が部下を引き抜いたのですか? どのような方です? 荒くれ者? もしくは……」

 雲長の後ろから、長い艶やかな黒髪と整った顔は見るもの全てが美女、二人といない美貌の持ち主と絶賛する無邪気な少女が姿を見せる。
 華やかな衣装、髪飾りも品のいいものだが、少々ゴテゴテにつけすぎ感はある。

「ん? 驪珠りしゅ。喜べ」

 玄徳は姪を見、何かを思い付いたようにニヤリと笑い、口を開く。

「『破鏡はきょう』が7年ぶりに戻ってきた。戦場から逃れた後『臥龍がりゅう』に捕まり監禁されていたのを、私と季常が救い出したのだ」
「あ、兄者?」

 その余りの言い草に、珍しく堪りかねた雲長の横をすり抜け、驪珠……雲長の長女は伯父に駆け寄る。

「な、何ですって? 伯父様! あの『臥龍』と言うのは……有名なあの人ですか? その者が、私の親友の『破鏡』に?」
「そうだ。今は我々が救出した。だが、益徳の嫁が面倒を見ると、屋敷に連れ戻ったそうだ」
「そんな! 私は『破鏡』の親友ですわ! この私を差し置いて、あの益徳叔父の嫁に取られるなんて! 許せませんわ! お父様! 今すぐ、私は破鏡を家に連れて帰りますわ! よろしいですわよね?」

 最愛の娘の剣幕にたじたじとなりながら、口を開く。

「り、驪珠……あの、は、趙子竜ちょうしりゅうは益徳の部下で、女だから軍に置けないから、益徳の嫁が警備兼益徳の息子の子守りにでもと思ったんだろう。こ、今度遊びに行きなさい」
「嫌よ! 『破鏡』は、私の大事な親友なのよ! 武将たちにいたぶられた時だって薬を塗ってやって、食事抜きの時だって、ご飯を与えてやったんだから!」

 その言い草に、季常は冷笑する。

「薬を塗ってやって、ご飯を与えてやった? へぇ、驪珠どの。それはどう聞いても、自分の馬や卵を生む鶏か自分より格下、見下した相手か何かに対する行為に似てますよねぇ?」
「な、何ですって? 私の好意を何だと?」
「上から目線。貴方は自分の優位を見せつけたかっただけ、自分はこんなに美しく、この子にこんなことまでやってあげている。優しくて素晴らしい娘なんだと、周囲に見せびらかしたりして、自分で自分に酔ってるんですよ」
「じ、自分に酔ってるですって……? 私は好意で……」

 自分を正当化しようとする驪珠に、季常が嫌悪感をあらわにし鼻で笑う。

「好意? そんな高尚こうしょうな行為にはどう聞いても繋がりませんが? 普通、薬を塗る前に親友と豪語するなら、殴られる現場までその破鏡という娘を探しません? そして殴る相手に食って掛かればよかったんですよ。ねぇ? 関将軍?」
「う……そ、そうだろうか……き、危険が驪珠に及ぶと困るから、それは……注意して欲しいのだが……」

 後ろ暗いことがありまくりの雲長は、口の中でぶつぶつと呟く。

「そうですよねぇ? でしたら食事を与えるって、犬や馬じゃあるまいし……あぁ、驪珠どのはその『破鏡』という女を獣扱い、飼い犬のように思っていたんですねぇ? さすがは将軍の娘。獣だけじゃ飽きたらず、人の子を飼ってたんだ!」

 あははは……どことなく蔑むような笑いに、驪珠はカッと赤くなって怒鳴り散らす。

「あ、貴方に馬鹿にされたくないわ! 馬家と絶縁された季常どのに!」
「私の事を馬鹿にしているのは、貴方もそうでしょう? でも、貴方は私以上に馬鹿だと思いませんか? どうして7年もの間この軍は、親友だと豪語して見せた貴方すら探そうとしなかった、その理由を考えたこともないのでしょう? さすがは顔だけは美しい驪珠どの。オツムの方は詰まっていないなんて、何と残酷な……それでは貴方の母上のように、悪鬼が跋扈ばっこする宮廷を立ち回るどころか、この新谷の中を動くのも出来ませんねぇ。馬鹿ですから」
「なっ、なっ……」

 言葉を失う驪珠は、くるっと振り返り作り物めいた悲しげな顔でボロボロと涙をこぼし、父親にしがみつく。

「お、お父様! き、季常どのが私を、私にあんなことを! どうか、どうか、罰して下さいませ!」
「……へぇ、そうやって、破鏡という子を父親に頼んで暴力振るわせてたんだ……最低ですね。将軍。自分の娘に踊らされて、破鏡という娘を散々いたぶってきたんだ。へぇぇ……曹孟徳そうもうとくに完全無欠、清廉潔白と呼ばれていて、あの乱暴者の張将軍をたしなめ導いてきた関将軍が、娘可愛さの代わりに、あの女に罰と称して殴る蹴るしてたんですかぁ? へぇ……じゃぁ、今も私にやってくれます? 『破鏡』と言う女にやったように、ここにいる皆さん……特に元直げんちょくどのの前で。その幼い少女にやった殴る蹴るを?」

 絶句する親子に、季常は柱の影で隠れていた元直を見る。
 冷たい眼差しで親子に主、そして季常と幼常ようじょうを見た元直は、淡々と告げる。

「……り……趙子竜どのは、女性ということもあり、益徳どのの命令で益徳どのの屋敷で住まうこととなりました。そして、驪珠どの。『臥竜』は私の敬弟けいていは彼女を監禁したのではなく愛し、守り、育てたのです。季常の嘘に踊らされ、私の敬弟を馬鹿にして欲しくありません。謝罪を求めます。今すぐに謝罪を!」
「なっ……」
「謝罪がないのなら、私の友人師匠、荊州内外に呼び掛け、貴方をこういう人だと、『友人だと言う少女を犬猫のように扱い、言うことを聞かねば父親に暴行をさせていた、悪女だ』という噂をばらまきましょうね? えぇ、大丈夫ですよ。『臥龍』には江東に兄上が居て、孫仲謀そんちゅうぼうどのの側近中の側近です。季常以上の天才ですよ」
「な、何ですって!」
「私以上の天才って失礼ですね!」

 不満げに季常は漏らす。

「江東はこれから台頭する、一番勢いのある地域ですよ? 殿も……手を結びたい相手の一人でしょう? それに、その若き当主の側近を勤める天才の弟。『臥龍』は普段は穏やかで大人しい男ですが……怒らせたら、どうなるでしょうね? 『臥龍』の嫁である黄琉璃こうりゅうりどのの父はあの黄承彦こうしょうげんどの。兄はあの技術者、月英げつえいどの。『臥龍』の姉は馬家と龐家ほうけに嫁ぎ、弟は習家の嫁を貰いました……。ご存じですか? この荊州には有名な名家めいかがあることを。解ります? 州牧の嫁の実家の蔡家、琉璃の実家の黄家、季常と幼常の実家の馬家、そして『鳳雛ほうすう』の生まれた龐家、格がわずかに落ちるけれどそれでも有力豪族の習家。蔡家は最近の傍若無人ぶりに人心が離れ、習家が力をつけてきています。その意味を……お分かりですか? ……貴方は、貴方方は荊州を敵に回したのですよ?」

 珍しく、元直は嘲笑ちょうしょうする。

「『臥龍』は心が広い……ですが、悪意には敏感で根に持つ男です……楽しみですね? 玄徳様もそう思いませんか?」
「そうだな……色々と情報をありがとう、元直。その礼に数日休みをやろう。行きたいところ……『臥龍』の家にでもいくかな?」

 くつくつと笑う玄徳に、こちらはニッコリと、

「ありがとうございます。では、可愛い義妹に着いていたいので、益徳どのの屋敷に行かせて戴きます。では季常、幼常は殿の傍で。では、失礼します」

いつもより足早に、立ち去る元直を見送った5人の中で、唯一人玄徳は笑う。
 
「珍しいな、あれが感情を露にするとは。相当『臥龍』を買っているらしい」
「買っているというよりも、実の兄弟のように仲良しなんです」

 幼常が口を挟むと、目をつりあげ季常が弟を睨む。

「というより、私と孔明兄上が敬兄けいけい敬弟! あの人は私より出来が悪い愚兄だろ!」

吐き捨てる。

「あんなの、敬兄の金魚のふん、あの女と二人自滅しろ! くず、役立たずが!」
「ほぉ……? あの元直は、戦場で役に立った。あれで出来が悪いなら、お前はどうなんだ『白眉』?」

 主の低い声に、一瞬血の気を引いた季常である。

「は、はっ!」
「私は役立たずは必要ないと言ったな? あの元直を役立たずと言い放つのなら、それを上回る策を発言してみろ……ついでに幼常も7年前に既に負け戦の最中殿しんがりまでやってのけた、破鏡の代わりにやってみるが良い……」
「そ、それは……!」
「口先だけの者はこの軍には要らぬ……解っているな? ついでに、愚かで馬鹿もだ」

 低く恐怖感をあおる主の声に、季常と幼常、そして雲長は頭を下げる。

「分かりました、兄者。必ずや、兄者の偉業の助けとなりましょう……」

 雲長の声はわずかに震えていた。

 義兄ならばやる……幾ら制止しようが……そして、裏切りは許さない……そういう男なのだ……。
 脂汗をかきながら念じる、義兄の怒りが解けるのを……。

「まぁ良い。ではお前たちは『臥龍』と『鳳雛』を、捕らえてこい!」
「はっ!」

 季常幼常兄弟は頷き下がっていった。
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