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孔明さんの不本意ありまくりの出廬が近づいてます。

虎叔父の嫁は、強くて信念を持った良い女です。

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 翌日早朝、戻ってきた夫を妻、美玲みれいは腕を組み、仁王立ちで出迎える。

「……お帰りなさい。貴方。所で、出ていく時に放り出していったお嬢さんは誰よ!」

 益徳えきとくの嫁美玲は、気性のはっきりとした女性である。
 益徳が義兄と共にここに逃れる前に、何故か堂々と夏侯淵かこうえんあざな妙才みょうさいの姪を連れ去り嫁にした。
 琉璃とは入れ違いに劉備軍に入った為、見知らぬしかも儚げで、それでいて心を凍らせてしまった痛々しい彼女のことが、少々気になるのだ。

「ん? こいつは元直げんちょく敬弟けいていの嫁。ちなみに兄ぃの昔の妾の子供で、戦場で行方不明になってた趙子竜ちょうしりゅうだ」
「えっ? 貴方? この方、どう見ても私よりも年下よね? 戦場って……わ、私みたいに連れ去られた……?」
「違う。兄ぃが……物心つくかつかないかのこいつを戦場に放りだした。その戦場では殿しんがりとして、つまり見捨てられ……馬が、荊州の臥竜崗がりゅうこうを移動し、『臥龍がりゅう』が助けた」

 説明する益徳に、子竜しりゅういや、琉璃りゅうりは口を開く。

「……『臥龍』殿と言われる方など知りません。私は、軍務を放棄し逃亡した罪人です。7年も逃亡していたのです……あがなわなくてはなりません。……益徳様。今回の私の処分は……鞭打ちでしょうか? それとも食事と水分をとらず、三日三晩歴戦の将軍の方々と訓練でしょうか? もしくは、部隊の同僚達に満足するまで殴る蹴るですか? ……雲長うんちょう様は殴りたいでしょうね。私のことを……あの人はプライドが高いし、私は驪珠りしゅにつきまとう害虫ですから……」

 淡々と、感情もなくただ告げられる、罰と言うより拷問の数々に美玲は夫を殴り付ける。

「貴方は! ど、どこからこの子をこの城に連れ戻したの! 何で! 何でこの子を!」
「……こいつは、あの『白眉はくび』の策略に、はめられた被害者だ。亭主は……お前も知ってるだろう? 『臥龍』。趙子竜は仮の名前、本名は琉璃りゅうりだそうだ」
「……その名前は、私の名前ではありません。私は『破鏡はきょう』と申します。年は15。逃亡者である私を、益徳様に処分が決まるまで預かって戴いているのです。奥方様」

 子竜は青い瞳で美玲を見る。

「奥方はやめて頂戴。美玲よ美玲。年は4つ上。姉と思って頂戴な」
「それは出来ません……私は罪人、そしてこの姿は不吉です」

 近づいてくる美玲から離れるように下がる琉璃に、大股で近づいた美玲は頬に両手を押し当て顔を近づける。

「どこが不吉? 綺麗な宝玉の青色じゃない。それに、貴方はすごく美人だわ。羨ましい。髪も稲穂の豊穣の色をしてるわ。化粧もしてないのにその美貌、ずるいわ」
「奥方様は……」
「だから、美玲。知ってるかしら? 夏侯妙才と言う、曹孟徳そうもうとくさまに仕える伯父さん。戦で片目を失った元譲げんじょう伯父じゃなくて、少々迂闊うかつで癇癪持ちで、この人に似てる人よ。その人の姪なの。元譲伯父が本当の伯父なら良かったわ。元譲伯父は勉強家で、戦にも何時も学問の師匠として尊敬し、そして奥方としても愛している、瓊樹けいじゅ伯母様を連れていらっしゃるのよ。仲睦まじい姿はとっても羨ましいの」
「そ、そうなのですか?」

 年は若いが、どことなく夫の二人の姉達に似てるような気がする。
 優しいがお転婆で、弟である孔明こうめいを振り回す……でも大好きな義理の姉達。
 幸せそうに、懐かしそうに遠い目をした琉璃は、我に返ると悲しげに目を伏せる。
 その瞳に、美玲は一瞬辛そうな顔になったが、笑顔になる。

「ね? 私を姉上って呼んで頂戴な? 私は息子しかいないし、ここにいるのは暑苦しいこの亭主でしょう? 武将として働くのはまだ無理よ。だから、私と一緒にお裁縫とか、刺繍に読み書きを習いましょう? ね?貴方。また私のわがままだもの、玄徳げんとくさまも許して下さるでしょう?」
「う~ん。まぁ、兄ぃの嫁さん達に、お前かなり恩を売ってるしな~。構わねぇだろ。それに、俺の部下だからな。構わねぇ。でも、素直で可愛い自慢の嫁だって、土竜もぐらがのろけてたからな。限度を考えろよ~?」

 益徳の一言に、美玲は首を傾げる。

「も、もぐらどの?」
「そ、俺が『臥龍』につけたあだ名だ。元直は大笑いしてた。で、土竜にも気に入りました。そう呼んでくれだそうだ」
「だ、旦那様は、土竜ではありません!」

 琉璃に表情が表れる。

「旦那様は、本当に優しくて賢くて、強くて私の自慢の……!」

 口をおおう琉璃の頭を少々乱暴に撫で、益徳は告げる。

「解ってるよ。お前の亭主の事は。土竜ってのは漢字で書くと『土竜』。つまり土の竜だろ? 俺は、主を見つけることなく、大事な家族と共に地に根を張って生きる事を選んだあいつの姿に敬意を覚えてる。バカにしたりしねぇ。だから、安心しろ。俺は美玲を嫁に貰って、息子が生まれ、少しは変わったつもりだ。お前を害したりしない! 信じてくれ!」
「虎叔父……」

 懐かしい大きな手に、ふと涙腺が緩む……。

「……旦那様……旦那様、きょうちゃん……会いたい、会いたい……」

泣き出した琉璃を抱き締めた美玲を、その上から抱き締める益徳は決意していた。
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