破鏡の世に……(アルファポリス版)

刹那玻璃

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孔明さんの不本意ありまくりの出廬が近づいてます。

つまり、こういうことだったんですね……実は

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 近づいてくる馬の蹄の音に、支度を整えていた琉璃りゅうりは首を傾げる。

 愛馬の光華こうかの子供達は、実家や馬家、龐家ほうけに譲っているが、部屋の近くにあるうまやの中の光華の興奮状態からして、その子供達とは考えにくい。
 この丘は、当初家の回りだけ諸葛家が買っていたのだが、琉璃の父と兄が、結納がわりにと逆に夫である孔明こうめいに丘全部を買ってくれたのである。
 時々、農地を貸している農家の家族や、兄夫婦に夫の兄弟家族が遊びに来るが、馬にこんな荒っぽい走らせ方はしない。
 ゆっくり、もしくは軽い駆け足程度である。

 それに、琉璃は眉をひそめる。

「4、5頭いる……大人……男の人達だ……」

 一瞬不安がよぎり身を隠そうとするが、勝手に門の扉が開かれる音を聞き、咄嗟とっさに早足で門に駆け寄る。

「ど、どなたですか?……季常きじょうさんに幼常ようじょうさんではありませんか!」

 目を見開く。

 何処かに仕官しかんして以来、こちらに来ていなかった二人の姿に、一瞬にして警戒心をあらわにする。

 この二人……特に季常のことは、夫には言えないが大嫌いである。
 孔明が見ていないところで、いつもいつも琉璃に嫌がらせをし、孔明の前では大人しい。
 その二重人格が気持ちが悪いのだ。

 だから、何時ものように食って掛かる。

「お二人共! 幾ら、紅瑩こうえいお姉様の義弟で、旦那様の敬弟けいていだとしても、門前での訪問の挨拶すら出来ないなんて、恥ずかしくはありませんか?」

 馬を降りた季常と幼常は、琉璃に近づく。

「あーうるさい! お前、まだいたの? とっとと出ていけ、この疫病神!」
「誰が疫病神ですか! 季常さん! 旦那様は先程出ていかれました! 途中でお会いしたのでしょう? 旦那様にお会いしたいなら、水鏡老師すいきょうろうしの所にお出で下さい! それに、旦那様に約束しましたよね? ここに来る時は月英げつえいお兄様やきんお兄様、仲常ちゅうじょうお兄様と山民さんみんお兄様に話を通してからだと。即刻お帰り下さい!」
「何だと? 兄上に何て事を!」

 いきり立つ幼常にキッと睨み付ける。

「幼常さんもお帰り下さい。士元しげんお兄様と元直げんちょくお兄様から伝言です。『いい加減、兄崇拝はやめておけ、不気味だ!』とのことです。とっとと出ていって下さい。でないと水をかけます!」

 井戸ではなく、一番近い厩の光華達の飲み水の入った所から器で水を汲んで戻ると、2人の後ろに3人の男が立っていた。
 一瞬目があった……2人の大男に挟まれた男に。
 その男は、何かを思い出すかのように遠い目をしたかと思うと、もう一度琉璃を見、にたりっと唇を歪めた。

「……お前は『破鏡はきょう』ではないか? 良くあの戦乱の中生き延びていたな! 心配していたのだぞ!」

 琉璃はその男から過去の悪夢がにじみ出てくる事を感じ、持っていた器を落とすと、胸元を握り締めよろめく。

 蒼白の顔の琉璃を見、そして季常は主を振り返り問いかける。

「この女……敬兄けいけいの一応嫁なのですが、お知り合いでしょうか?」
「この者は私のめかけの娘。趙子竜ちょうしりゅうだ。年は雲長うんちょうの娘の驪珠りしゅより一つ下で15になる。あの戦は辛く苦しかった……お前を見捨てて逃げたことを、後悔していたのだよ。出会えて良かった……」
「……い、嫌や!」

 手を伸ばしてくる実父から、逃れようと数歩後ずさる。
 そして、震える声で、

「あ、あんたはうちの父親な訳ないわ! うちは『破鏡』やないんやけん! 琉璃や!うちは琉璃なんやけん! あんたになんて、二度と会いとうなかったわ! うちの旦那様にあんたが会わんかったこと、本気で安心したわ!」
「貴様!」
「おい! あにぃに何て口の聞き方を!」

特に赤顔ヒゲがかっとなり、手を伸ばすのをひらっとよける。

「あんたら、ひげ叔父も虎叔父も、あの戦で死んどったら良かったんや! 何が皇叔こうしゅく、何が漢寿亭侯かんじゅていこうや。ただの二重人格根性悪で、嘘っぱちな家系図をこれ見よがしに見せびらかしとる田舎親父。こっちは自分の娘の管理一つもできん馬鹿親父。娘の嘘を信用して、何でもかんでも人のせいにしたり、気に入らんことあると子供を馬をいたぶる髭と嫁しかしか自慢出来んおっさん。そんでこっちは暴力振るうたり、兵糧をくすねて酒代にした癖に、うちがした言うてぼこぼこにしたやろが。そんだけやないわ。酒をのみ過ぎて城を失ったのは自分の癖に、人に罪を擦り付けたんはあんたらやろ! その上、うちを物心つくかつかんかやったのに、ぼうを握らせて、自分らは安全な場所に逃げ込んどった癖に! そんなのにくっついとるのも最低や! 季常に幼常……敬語も使うんも腹立つわ! 根性悪同士仲良うなったんか? その姿を見せに来たんなら、はよ出ていけや! それとも道に迷たんか? 来た道戻りや」
「口は達者だが、怯えてるのが一目瞭然だぞ? それに、お前は利用されたと言うが、それがどうした? それが戦いで、私は大将。お前はただの妾の子で、その容姿では、有力豪族に縁付けも無理だと、その代わりに生きる術を与えてやっただろう? 餌に水。そして、馬に武器を」

 くくっと、劉玄徳は楽しげに笑う。

「それに名前をな。『破鏡』……良い名前じゃないか。役立たずのお前にぴったりだ。そうだろう?」
「うちは破鏡じゃないわ! そんなんもうこの世におらんわ。今すぐ出て行け、二度と来んな! 来たら、今度こそ殺しちゃるわ!」
「おや、親子の対面を拒むのかな? もし拒絶してみれば良い……お前の亭主だけでなく、お前の義理の父親や兄夫婦、亭主の親族に何かあるかもしれないな……もしくは季常、幼常」

 劉玄徳の言葉に、季常は何かを企むような笑みを返す。

「はい、玄徳様」
「良い時期だ。お前のその頭脳を用いて、この娘の亭主と息子に危害を加えろ。一月後からだ。どのような方法でも良い。いつまでも地に張り付くような竜など、役立たずだ。殺してしまえ!」
「なっ!」

 余りにも酷い一言に、琉璃は息を飲む。

「ついでに幼常は、フラフラ足のついていない『鳳雛ほうすう』とやらを連れてこい! その者も私に忠誠を誓わぬなら、殺してしまえ!」
「かしこまりました。玄徳様」

 二人は拝礼をすると、馬を引き出ていく。

 劉玄徳は腕を組み小首を傾げ、そして、琉璃にとっては胡散臭い……他人にとっては善行溢れる上品な表情で見下ろす。

「『破鏡』……一月与えてやろう。その間にお前の亭主を、私の部下になれと説得しろ。出来なければ……お前が軍に戻れ。お前の事が大好きな、雲長の娘の驪珠が喜ぶだろうよ……さぁ『破鏡』。お前は私の手のひらで踊る哀れな愚者ぐしゃだ。足掻あがいて見せるが良い。だが、そうすれば季常が牙をく。さぁ、楽しませてくれ! 『破鏡』。一月後の返事楽しみにしているぞ」

 ハハハ……!

高らかに勝利を確信したかのように笑いながら立ち去る実父に、関雲長は少々気まずげに顔を背け歩きだし、張益徳は気遣わしげに、

「……亭主に言っとけ。あにぃを敵に回すのは得策じゃねぇ。大人しく兄ぃに仕えた方がましだってな。でねぇと、お前の亭主の友人だって言う徐元直じょげんちょくのようになるってな……お前に過去散々苛めまくった俺が言うべきことじゃねえ……だがよ、今回だけは俺の言葉を聞いてくれ……な? は……じゃねぇのか、確か琉璃だったな」
「……虎叔父……」

遠くから益徳を呼ぶ声がする。

「……あぁ、兄ぃ。すぐに行く!……じゃぁな、良く考えろ。琉璃」

と言い、立ち去る。



 馬の蹄の音が聞こえなくなると、琉璃はがっくりと崩れ落ち、そのまま声を殺し泣き続けたのだった。
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