破鏡の世に……(アルファポリス版)

刹那玻璃

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デレデレ新婚夫婦のあまあまな日々……これでいいんだ!多分。

この時代の江東地域の言語が、日本の漢字の音読みの元祖です。

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 穏やかに時は流れる。

 孔明こうめいはゆっくりと、元通りの穏やかな生活を取り戻し、その合間に琉璃りゅうりに読み書き、言語を教えていく。

 漢の領土は形骸化けいがいかしているとはいえ、広大である。
 地域によって言語の雰囲気も、話し方も違う。

 現に孔明が生まれ育った徐州じょしゅうと現在住んでいる荊州けいしゅうとでは話し方も違うし、使われている文字も微妙に違う。
 北方の長安ちょうあん洛陽らくよう遊学ゆうがくに行った子瑜しゆにも聞いたが、やはり洛陽と今住んでいる江東こうとうは全く違う言葉遣いらしい。

 そして、琉璃は漢の国の一応北東部に位置する徐州よりまだ北の地域の言葉遣い……しかも、かなりなまっている。
というより、共にいた人がかなり酷い言葉遣いをしていたか、琉璃を周囲が無視していた為、言葉を繰り返すうちに間違った言葉遣いになったらしい。

 現に困るのは、琉璃は大人しい時は何ともないのだが、腹が立ったり、納得がいかないことが起きると……仕草が荒くなり、攻撃性が増し、孔明や月英げつえいきんでも口にしないような罵声や何処かの酒呑みのオッサンような罵りを発したりすること……そして。

「琉璃? どうしたの? お友達になったって言ってたでしょう? どうして喧嘩したの?」
「……」

 俯き黙り込む。
 両手で2つ拳を作り、それが骨が浮き上がる程握り締めている。

 琉璃がこの格好をする時は、相手側がかなり、琉璃を怒らせたという証拠である。

「何も言わなきゃ解らないよ? 琉璃? どうして殴りあいしたの?」

 顔をあげた琉璃が、必死に訴える。
 しかし、それは今住んでいる荊州の言葉ではない。

「あっちのが全然解っとらんのよ! 旦那様んこと、ウチみたいなん、役に立たんチビガキを嫁にしたんはいなげな、くるとるってゆうんよ。そんだけやのうて月英兄様や均兄様、それに玉音ぎょくおん姉様のことを、きちがいとかゆうんで? おかしかろ? どこがおかしいんよ? おかしないやんか。何度聞いてもいなげなわい、きちがいどもや、そんなんばっかし言うんやもん。やけん、ウチは許せんかったんよっ!」

 怒りが収まっていないのか、キッと眉尻を吊り上げるが、すぐにへにゃっと表情を崩し、上目使いで孔明を見る。

「ウチの方が悪いん? 旦那様。琉璃我慢しとったんよ。ずっと、ずーっと我慢しとったんやもん。やけど、我慢ならんかったんよ。そいでもいかんの?」
「……っ」

 嫁のうるうる目に、グッとつまる孔明の横で、

「おらっ、琉璃を説教中だろうが、ちゃんと仕事しろ! 孔明」

と、月英が口を挟む。

「お前、あんだけ説教しなきゃいけない。嫁が凶暴になったら困るって言ってただろうが。それに、琉璃……お前、兄様の女性としてのたしなみ教室! 成果が出てねえじゃねえか! 折角このオレが言葉遣いに仕草、孔明をたらしこむ技も伝授してやったというのに! 色気がまだ足りない分、可愛らしさと上目使いを多用しろと言っただろう? もっとやれ」
「……月英、最後のは要りません」

 変な方向に義妹を応援する月英に、孔明は睨む。

「変なことを教えないで下さい。この家では、真っ当に普通の嫁として……」
「何を言ってる。お前の嫁として読み書き習ってる時点で、普通な訳あるか! 普通の娘など、読み書き習わせるより、家事一般……家を切り盛りすることを学ばされるんだよ。それに、地方ごとの発音とか……普通は教えないぞ? ついでに商人の息子のオレでも、琉璃の今の言語は解らないぞ? どこの地域の言葉遣いだ?」
「……えっと、この辺りでしょうね。大元のは。で、所々、こっちやあっちの方の言葉が混じってます」

壁に吊るした地図を指で示す。

「結構直したので訛ることはないんですが、地域語は残りますからね。琉璃は癇癪を起こすと、そちらの言葉になると。ちなみに先の言葉は『あちらの方が全く解っていないのよ! 旦那様のことを、私みたいな小さい子供を嫁にして、おかしい、奇妙だって! 月英兄様や均兄様、玉音姉様のことも……だから私は怒っていて許さないの』と『私の方が悪いの? 旦那様。琉璃は我慢したのよ。ずっとずっと我慢したんだから……それでも駄目なの?』ですよ。荊州の言葉に直すと優しくなるんですけどね……琉璃は結構我慢強いですし、私が琉璃と一緒に近所の子供に教えてますからね……好奇の目にさらされて我慢できなかったのでしょう」
「そんなんやないの! 旦那様を馬鹿にするんやもん! 許さへんもん! いややの! 絶対いやや!」

 わぁぁぁん……

もう、我慢できなかったのか、わんわんと泣きじゃくる琉璃によしよしと頭を撫でる。

「ありがとう、琉璃は優しいね」
「な、何で怒らへんのよ! 旦那様、バカにされとんのに! うちはいやや! 絶対許さへんもん! いややもん!」

 がばっと抱きつき、泣き続ける琉璃の背中をトントン叩く。

「私は大丈夫。だから、琉璃は笑ってて……大丈夫。私には琉璃に月英に、皆がいる。それだけで十分だよ」
「琉璃ばっかり……やもん。旦那様にわろてほしいんやもん。そやけん、頑張っとんのに……」

しゃくりあげる琉璃に、

「琉璃が来てから、確実によく笑ってるけどね。私は。ねぇ? 月英」
「そうだな、よく笑ってるぞ。琉璃のこと、よくのろけてるし、琉璃が可愛い格好をすると思い出し笑いしてて、逆に気味悪いな」
「失礼な! 琉璃の可愛い可愛い格好を思い出して何が悪いんです! この家の癒しですよ! ……玉音どのも男装だし、月英は華奢だからまだましだけど、いい加減均の女装は……」
「……同じくオレもそう思う……」

遠い目をする孔明と月英。

が、すぐに孔明は我に返り、腕の中の琉璃を見る。

「だからね? 今の間は、私は20過ぎてて琉璃はまだ10になっていないけれど、琉璃が10年後には皆も何も言わなくなるよ? 大丈夫。今の間のおふざけだって笑い飛ばしておきなさい。ね?」
「……はい、旦那様。そうします」
「でも、琉璃のその言葉は、可愛いからまた癇癪を起こした時に聞いてみたいな~?」
「……けっ。またノロケかよ。この馬鹿義弟め」

 月英は孔明の頭を叩く。



 ……孔明は、忘れていた。
 幸せな時は、いつも突然消え去ることを……。
 幸せに浸り、溺れすぎていたことを……。
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