破鏡の世に……(アルファポリス版)

刹那玻璃

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次男坊は琉璃の教育に力を入れていく模様です。

虎は虎でも、カッコ悪い方のオオトラだと思われます。

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 翌日の食事はきんにとって、最悪と言っても過言ではなかった。
 お互いにこにこと笑い、昨日読んだらしい思想書の話をする孔明こうめい季常きじょう

「あぁ、そうだったのですね。ためになります。敬兄けいけい、それは差し上げましょうか?」
「いや、良いよ。昨晩読みながら書き写したから。それより私が持っているよりも、季常に是非、隅々まで読んで理解して欲しいものだね。数百年前にこんな優れた思想家がいて、このようなことを残すとは……天竺てんじくには進んだ考え方があるようだ」
「では、天竺に行かれます?」
「いや、私は大事な琉璃りゅうりの教育もあるから、季常。君がその幼常ようじょうと行ってくると良い。お土産を頼むよ」

 二人の腹の探りあいに、鈍感な幼常はモシャモシャと食事を食べていたのだが、急に琉璃の声が響いた。

「らめーなのっ、一人5個って、にいしゃまはゆったもん!」

 先日、月英げつえいの実家から試供品の実験台の礼にと、お茶と共に様々な果実等を沢山貰ったのだが、質素な食事が当然の諸葛家しょかつけとは違い、幼常はさも当然のように次々に果物を手にしていた。
 特に琉璃は、今まで酷い食料事情で生きてきたらしく、時々月英やその父の黄承彦こうしょうげんから届く菓子干した果物や、珍しいハチミツ、揚げ菓子に本当に喜び、大事そうに食べていた。
 孔明達が、

「まだあるよ? 沢山食べて良いんだよ?」

と言っても首を振り、ちょっとづつ幸せを噛み締めるように食べていたのだ。
 それなのに目の前の少年は、ビックリする程あっさりと口に入れているのだ。

「5個? 何言ってるんだ、お前。俺はまだ3個しか食べてない。後2個食べる資格がある」
「ちやうもんっ。もう5個食べたもん」

 琉璃が示す皿には、果物のヘタが3個残っている。

「琉璃……?幼常の、言ってる通りだよ? まだ3個しか食べてないよ?」

 均からの指摘に、琉璃は目に涙を溜め首を振る。

「ちあうっ、ちあうもんっ! 5個らもん。らって、1個、2個、5個らもん! 琉璃、ちゃんとかじゅ、かじょえられるもん、あってうもん!」
「馬鹿だな~お前。数は1個、2個、3個、4個、5個、6個、7個、8個、9個、10個だろ? そんなことも知らねえの? 年幾つだよ。5才とか言うなよな?」

 からかうように言い放つ幼常に、琉璃は、

「じゅっしゃいだもん!」

と言い返し、突き出した指の数は8本。
 それを見て、幼常は大笑いする。
 そして、均は可愛い妹分のいとけない仕草が愛おしくなり、つい、ふふふっと笑い、季常は肩を震わせ笑いをこらえる。
 その様子に、琉璃はかぁぁっと顔を赤くし、

「じゅっしゃいだもん! じゅっしゃい……なんらもん……」

 ひっくひっく……

しゃくりあげ始めた琉璃を、慌てて孔明は抱き上げる。

「琉璃? その、数字の数え方、誰に習ったの?」
「……ふぇぇっ、ト、トラおいちゃん……」
「虎おじさん? 名前が虎ってつくの?」

 背中を宥めるようにとんとんと叩きながら、優しく問う。

「……モジャモジャひげのおいちゃんらから、モジャおいちゃんって呼んだら、頭ガーンってぶった。髭おいちゃんが、あの髭の事は気にしてるんら、トラおいちゃんと呼んでやりぇってゆった」
「虎おじさんと髭おじさんがいたんだね? で、虎おじさんが琉璃をからかう為と、兵糧ひょうろうを誤魔化す為に、嘘を琉璃に教えたんだね」
「うしょ?」

 琉璃は涙で濡れた顔をごしごしこすりながら答える様に、慌てて孔明は手を自分の肩に乗せ、手巾てぬぐいでそっとぬぐう。
 少し赤くはなったが、青い瞳が丸くなる。

「そう。嘘。琉璃は今さっき10才だって言って、これだけの指を出した」

 孔明は琉璃の手を取り、先程の数を作る。

「琉璃、私がこの数を数えるよ? 数え終わったら、琉璃の数え方とどこが違うか言ってくれる?」

 じゃぁ、いくよ?

と、孔明は、琉璃の指に人差し指を置き数を数える。
 ゆっくりと孔明が数え終わると、琉璃は顔を歪ませ、

「琉璃のかじゅ、3つと4つにゃい……」
「そうだねぇ……でも、琉璃の覚え方が悪いんじゃないよ。教えた虎おじさんが悪いし、虎おじさんが教えているのを注意しなかった髭おじさんも悪い。それにもっと悪いのは、琉璃を騙して兵糧や、物資をろくに渡さなかった、軍の司令官だよ。まだ小さい琉璃を騙すなんて、許せないね!」

孔明は怒る。

がすぐに表情を優しくして、琉璃を見つめる。

「でも、琉璃は正しい数の数え方を今知ったね? 琉璃は一つお利口になった。そして、琉璃の年が8才だって解ったね? もう一つお利口になったよ。凄いね」
「お、おいこう? もひとちゅ?」
「そうだよ。琉璃はお利口だから、私や月英が沢山色々なことを教えてあげる。そうすれば、虎おじさんのような人に意地悪されたりしないし、馬鹿にされたりしないよ。最初は大変かもしれないけれど、きっと琉璃は頑張れる。やってみる?」

 孔明の問いかけに、琉璃はこくんっと頷いた。

「琉璃、すゆの。おいこう、なゆの」
「偉い! じゃぁ、頑張ろうね」

 よしよしと頭を撫でた孔明に、少女は嬉しそうに笑った。
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