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次男坊はこういう方々から非常に愛されています。

腹黒兄上は嫁をとるのをすっかり忘れています。

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 江東こうとうに住む子瑜しゆは、弟、孔明こうめいから届いた書簡を食い入るように見つめ、ハラハラと涙をこぼす。

「やっぱり、りょうは来てくれないのか……」

 子瑜の手にしている書簡には、彼にとっては『妹』と言うよりも『野生の猪二頭』のことや下の弟、きん、同じく『女装大好きな変わり者』の事が書かれ、皆元気で、日々の生活が淡々と綴られている。
 親友となった同居中の月英げつえいのことや、尊兄そんけいと慕う真面目で誠実な元直げんちょくのこと、悪友であり晶瑩しょうえいの夫の従兄弟になる士元しげん
 紅瑩こうえいの義弟達には敬兄けいけいと呼ばれて慕われていること。
 子瑜のように誰かに仕えたりしていないが、師匠の水鏡老師すいきょうろうしの代わりに後輩の授業をしたり、珍しい古書の修理や写本をしたり、山で育つ薬草や育てたものを売ったり、田畑を耕したりと、昔別れた頃と変わらず、日々真面目にちょこまかと動き回っているらしい。

 今回子瑜の送った書簡は、猪娘の紅瑩と晶瑩が嫁ぎ、男としての何かを何処かに放棄してしまった均をほったらかし、

『こちらに遊びにおいで(本当はここに来たらあれこれと言い訳をして、帰さないつもりである)』

と言う内容だったのだが、返事にはその事には一切触れておらず、代わりに、

『姉上方の六礼りくれい(結婚)の際は手元に持ち合わせがなく、月英の父上である黄承彦こうしょうげん様に色々とお世話になりました。ですので、今度……数年中にあるであろう均の六礼の為にも、兄として出来うる限りの事を、諸葛家しょかつけの名に恥じないものをしてやりたいと思っています』

と言う、子瑜にとっては顔をしかめるしか出来ない内容の、決意表明を書いていた。

「おりゃぁぁぁー!」

 一瞬我を忘れ、書簡を壁に叩きつけた子瑜だが、文官ぶんかんゆえの腕力のなさと、届く間に千切ちぎれてはとしっかりと紐を結んでいた孔明の機転により、破損することはなく下に落ちる。

「うっ……うぅぅっ……亮! 兄様は嫌いか? 折角、折角……」

 ホロホロと泣き濡れる義理の息子を見、

きんさん。27にもなって何をされてるのです。孔明さんは20でここまでやり遂げ、均さんの六礼の為に頑張るとそう書いているのですよ? 何をそこでウジウジしているのです! 全く、それでも諸葛家の当主ですか?」

義母である承夫人しょうふじんは溜め息をつく。

「それに、今日は貴方の婚礼でしょう? とっととお嫁さんを迎えに行きなさい!」
「……はーい……義母上。……亮のけちー!」
「瑾さん!」
「い、行ってきます!」

 これ以上、ぶつくさ言っては義母に本気で説教されかねないと悟った子瑜は、逃走した。
 その背中を見つめながら、承夫人は溜め息をつく。

「……本当に困った子だ事。亮さんは本当に大変ね……」

 子瑜が投げた孔明の書簡を拾い上げ、丁寧に巻き直しながら流し読みをする。

 孔明が書いてきた内容は間違っていないが、義理の娘の紅瑩と晶瑩から、届けられた書簡はもっと詳しく、そして孔明が苦労して自分達の面倒を見てくれたことや、田畑を拓き種子を植え育てたものを、自分の分を減らしてまで分け与えてくれていたと書かれていた。
 勉強も本当は均にだけ塾に行かせ、自分は働くつもりだったのを、孔明の友人の月英が父親の友人である水鏡老師に手を回し、勉強出来るようになったと書かれていた。

「……本当に、こういう真面目で優しい子が、一番重い責任を負ってしまうのよね……均さんの後でも前でも良いから、亮さんに可愛いお嫁さんが見つからないかしら……でも無理かしらね」

 美貌の主ではないがスッとした清潔感のある颯爽とした承夫人は首を傾げ、夫とその前妻を祀る祭壇を振り返る。
 元々、亡き孔明達の母の友人であり、結婚してすぐに夫に先立たれた承夫人は、その頃妻を亡くし、5人の子供を抱え途方にくれていた君貢くんこう諸葛珪しょかつけい)に望まれ、後妻となった。
 娘に恵まれたが、ごく普通の少女で上の5人程、突出した何かを持っていることもない。
と言うより、そんなものを持っていなくて良かったと逆に安心する程、他の子供達は孔明を除き、強烈な個性の持ち主だった。
 いな、孔明は普通そうに見えて、天才肌の7才上の兄と会話が成立する時点で普通ではない。

 諸葛家は余り武道を奨励せず、知恵で乗り越える家だが、12才で3人の姉弟を連れて、徐州じょしゅうの一地域から荊州けいしゅうまで逃げ切れると言うのは尋常ではない。
 当時19歳の子瑜ですら義母である自分と、義妹を連れて逃げ延びた時だとて、警護等も数人はいてくれた。
 しかし、孔明は一人で困難を乗りきったと言うのだ。
 運、星の導きそれだけでなく、本人の苦労と努力だ。
 だから、思う。

「……亮さんに可愛いお嫁さんを。そして、亮さんが望む平穏を……二人共、願ってあげて下さいね?」

呟き、そして祭壇を背に歩き出した。
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