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三世紀だよ。全員集合?
次男坊は、一生面倒を見る覚悟を決めたようです。
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子供の世話をすると宣言したものの、小さい頃から姉弟の面倒を見ていた孔明はともかく、世話される側だった月英と均は混乱していた。
し慣れない看病の上に、
「……いやぁっ! しゃわなないれ……」
高熱に冒されていると言うのに、この子供は警戒心がかなり強く、二人が下手に手を出そうものなら手を払うだけでなく、噛みつこうとするわ、引っ掻くわ、最終的には牀から飛び出して逃走を図ろうとする。
「あ、おい、こらちび。逃げるな!」
「いやぁにゃぁー!」
うぎゃぁぁん……っ!
と泣き出し、もう何度目になるだろうか、部屋を飛び出す子供をひょいっと抱き上げるのは孔明の腕。
「どうしたの? ねんねの時間だよ」
「いやぁ……『こーかぁぁっ』! 『こうか』のとこりょいくにょ、どぉこぉー! ……いやいや、いぁーん」
じたばた暴れる少女を、よしよしとあやし落ち着かせると、
「ハイハイ、ねんねだよ。じゃないと元気になれないよ?」
「……『こうか』どこぉ?」
ぐずぐずぐずる子供に、
「『こうか』? 家族のお名前? どんな人?」
「『光華』は、『光の華』にゃの。『はきょう』にょ、きょおらい、の。白い大きな……」
「白くて大きいって……君が乗ってきた馬かな? 綺麗な体躯と艶やかな白い毛の、賢そうな……」
孔明の言葉に、目をキラキラさせて大きくうんうんと頷く。
その瞳は空の青……透き通るように美しい鮮やかな色。
その色は、心底慕っていると告げている。
あの時、どす黒く子供と同じように全身に血を浴びていたスラッとした賢い馬は、均に全身を洗われ、弱ってはいたが純白の毛に覆われた美しいであろう軍馬だった。
軍馬と解ったのは、たてがみを編み込み整えていた跡があった為だが、不思議な事に手綱がついていなかった。
同様に鞍もなく、子供が座っていたのは古い布を重ねて、彼女……『光華』の体に縛り付けただけのものだった。
ごわごわとしたたてがみも解き、ボロ布を取り去り全身を洗ったものの、痩せ細り艶もなく元気がない様子に、均は自ら晶瑩の嫁ぎ先の龐家の厩番にお願いし、診て貰っていた。
子供と違い『光華』は数ヵ所の軽い切り傷と、片足の蹄が割れていること以外、異常はないと言われ、脚の手入れと蹄を削り整え塗り薬を塗ると、均に毛の手入れと、餌を数日分、このように与えるようにと言い残し帰っていった。
それ以来毎日手入れをするのだが、均は馬に馬鹿にされ、月英は大きな気位の高い『光華』に近づけず、孔明が世話を続けていた。
『光華』は自らの主を預け、その上日々主の体調を話しかけてくれる青年を信頼しているらしい。
ちなみに今も『光華』の様子を見てきた所である。
「そうなんだ? 光の華で『光華』って言うんだね。綺麗な、あの馬にピッタリの名前だね」
「なのっ。どこ?」
孔明は子供が怯えないように微笑み、優しく告げる。
「光華はね? お兄さん達の……このお家の隣にある小屋の中で、脚の傷を治しているよ。蹄が伸びすぎていた上に割れていたから、削って薬を塗って貰ったよ。大丈夫だって。君も元気になるまで、このお部屋でねんねしようね?」
牀にうつ伏せにさせると、頭を撫でる。
「今日はもう暗いし、『光華』もここの窓辺に来させられないから、明日、君の熱が引いて、お粥を嫌々言わずにお口に入れるなら、『光華』の所に行こうね? 約束だよ」
「ほんと……? 『こーか』、あえゆ? あした? やくしょく?」
首をかしげ問いかける子供に、顔を近づけ繰り返す。
「本当。約束。だからねんねだよ」
「うん! ねんねしゅゆ、『はきょう』、おいこう」
「お利口、偉い偉い。所で『はきょう』って?」
まだ綺麗に洗えないバサバサした少女の髪を、傷に障らないようにそっと撫でながら顔が見えるようにする。
嬉しくて堪らないのか、キラキラと輝く青い瞳と、頬がこけ痩せすぎではあるものの整った顔が、一瞬にして強張る。
そして、空の瞳が凍り、もろく砕けそうになるのを留めるかのように伏せて、震える唇は言葉を紡いだ……。
「は、きょうは、おにゃまえ……。かがみっていうにょが……こわえたにょ。『はきょう』のおにゃまえ、の……」
たどたどしく、細い声を聞き取った孔明は、
「……は、きょう……『はきょう』……『破鏡』? ちょっと待って、半月っていう意味だけど……余り……」
頭の中で組み立てられていく言葉に息を飲む。
鏡は神聖な物である。
それが破れる、壊れると言う名はかなり不吉であり、こんな時代とはいえ、子供に付けるものではないだろう。
「『はきょう』……は化け物にゃの。化け物の、『はきょう』を、おいてやってゆんらから、あいがたいとおもえ。やくにたたないと、こよしてやゆ。そりぇかしぇんじょうでしねって……いわえたの」
目を閉じたまま、告げる『破鏡』と名乗る子供のまつげが揺れる……。
うっすらと滲むのは、溶けた氷か……砕けた破片か……。
それよりも、次の言葉に孔明達は言葉を無くす……。
「……『はきょう』は……いきてゆにょね? やくにたたにゃいのに、しななかったにょね……? わゆいこにゃのね……? また、しぇんじょうに、いかにゃきゃいけにゃいのね?」
何かを喪いそうで、心を引き裂かれそうで、咄嗟に孔明は『破鏡』の痩せ細った体を抱き締める。
しかし、自分の力がこれ以上少女を壊さないように、柔らかく力を抜いて身の内に閉じ込める。
そして、告げる。
自分に、そして腕の中の小さな命に、傍にいる家族に言い聞かせるように、宣告するように、刻み込むように……。
「戦場なんて……行かなくて、いいんだよ。君は『破鏡』じゃないんだよ。『破鏡』は捨ててしまいなさい。お兄ちゃんが君のお名前を付けてあげる。新しい綺麗なお名前をね?」
「……ほんとぉ? 『はきょう』ちがゆの? きえいにゃおにゃまえ? つけてくえりゅ?」
その声と共に、すがるように躊躇いがちにそっとしがみつく小さな手に、心が繋がった事を知る。
何故かそれが嬉しく……込み上げる何かの意味を、孔明は知りたくもなかったが、ただ、頭の中に浮かんだ言葉を告げる。
「そうだよ。お名前。そうだね……『琉璃』はどうかな?#____#君は本当に綺麗な青い瞳だから」
「リィ、リュ、琉璃?」
言葉を繰り返し、目をぱちくりとする。
「そうだよ。綺麗な君にピッタリの名前だよ。そして、この家にようこそ。琉璃」
孔明は微笑んだ。
し慣れない看病の上に、
「……いやぁっ! しゃわなないれ……」
高熱に冒されていると言うのに、この子供は警戒心がかなり強く、二人が下手に手を出そうものなら手を払うだけでなく、噛みつこうとするわ、引っ掻くわ、最終的には牀から飛び出して逃走を図ろうとする。
「あ、おい、こらちび。逃げるな!」
「いやぁにゃぁー!」
うぎゃぁぁん……っ!
と泣き出し、もう何度目になるだろうか、部屋を飛び出す子供をひょいっと抱き上げるのは孔明の腕。
「どうしたの? ねんねの時間だよ」
「いやぁ……『こーかぁぁっ』! 『こうか』のとこりょいくにょ、どぉこぉー! ……いやいや、いぁーん」
じたばた暴れる少女を、よしよしとあやし落ち着かせると、
「ハイハイ、ねんねだよ。じゃないと元気になれないよ?」
「……『こうか』どこぉ?」
ぐずぐずぐずる子供に、
「『こうか』? 家族のお名前? どんな人?」
「『光華』は、『光の華』にゃの。『はきょう』にょ、きょおらい、の。白い大きな……」
「白くて大きいって……君が乗ってきた馬かな? 綺麗な体躯と艶やかな白い毛の、賢そうな……」
孔明の言葉に、目をキラキラさせて大きくうんうんと頷く。
その瞳は空の青……透き通るように美しい鮮やかな色。
その色は、心底慕っていると告げている。
あの時、どす黒く子供と同じように全身に血を浴びていたスラッとした賢い馬は、均に全身を洗われ、弱ってはいたが純白の毛に覆われた美しいであろう軍馬だった。
軍馬と解ったのは、たてがみを編み込み整えていた跡があった為だが、不思議な事に手綱がついていなかった。
同様に鞍もなく、子供が座っていたのは古い布を重ねて、彼女……『光華』の体に縛り付けただけのものだった。
ごわごわとしたたてがみも解き、ボロ布を取り去り全身を洗ったものの、痩せ細り艶もなく元気がない様子に、均は自ら晶瑩の嫁ぎ先の龐家の厩番にお願いし、診て貰っていた。
子供と違い『光華』は数ヵ所の軽い切り傷と、片足の蹄が割れていること以外、異常はないと言われ、脚の手入れと蹄を削り整え塗り薬を塗ると、均に毛の手入れと、餌を数日分、このように与えるようにと言い残し帰っていった。
それ以来毎日手入れをするのだが、均は馬に馬鹿にされ、月英は大きな気位の高い『光華』に近づけず、孔明が世話を続けていた。
『光華』は自らの主を預け、その上日々主の体調を話しかけてくれる青年を信頼しているらしい。
ちなみに今も『光華』の様子を見てきた所である。
「そうなんだ? 光の華で『光華』って言うんだね。綺麗な、あの馬にピッタリの名前だね」
「なのっ。どこ?」
孔明は子供が怯えないように微笑み、優しく告げる。
「光華はね? お兄さん達の……このお家の隣にある小屋の中で、脚の傷を治しているよ。蹄が伸びすぎていた上に割れていたから、削って薬を塗って貰ったよ。大丈夫だって。君も元気になるまで、このお部屋でねんねしようね?」
牀にうつ伏せにさせると、頭を撫でる。
「今日はもう暗いし、『光華』もここの窓辺に来させられないから、明日、君の熱が引いて、お粥を嫌々言わずにお口に入れるなら、『光華』の所に行こうね? 約束だよ」
「ほんと……? 『こーか』、あえゆ? あした? やくしょく?」
首をかしげ問いかける子供に、顔を近づけ繰り返す。
「本当。約束。だからねんねだよ」
「うん! ねんねしゅゆ、『はきょう』、おいこう」
「お利口、偉い偉い。所で『はきょう』って?」
まだ綺麗に洗えないバサバサした少女の髪を、傷に障らないようにそっと撫でながら顔が見えるようにする。
嬉しくて堪らないのか、キラキラと輝く青い瞳と、頬がこけ痩せすぎではあるものの整った顔が、一瞬にして強張る。
そして、空の瞳が凍り、もろく砕けそうになるのを留めるかのように伏せて、震える唇は言葉を紡いだ……。
「は、きょうは、おにゃまえ……。かがみっていうにょが……こわえたにょ。『はきょう』のおにゃまえ、の……」
たどたどしく、細い声を聞き取った孔明は、
「……は、きょう……『はきょう』……『破鏡』? ちょっと待って、半月っていう意味だけど……余り……」
頭の中で組み立てられていく言葉に息を飲む。
鏡は神聖な物である。
それが破れる、壊れると言う名はかなり不吉であり、こんな時代とはいえ、子供に付けるものではないだろう。
「『はきょう』……は化け物にゃの。化け物の、『はきょう』を、おいてやってゆんらから、あいがたいとおもえ。やくにたたないと、こよしてやゆ。そりぇかしぇんじょうでしねって……いわえたの」
目を閉じたまま、告げる『破鏡』と名乗る子供のまつげが揺れる……。
うっすらと滲むのは、溶けた氷か……砕けた破片か……。
それよりも、次の言葉に孔明達は言葉を無くす……。
「……『はきょう』は……いきてゆにょね? やくにたたにゃいのに、しななかったにょね……? わゆいこにゃのね……? また、しぇんじょうに、いかにゃきゃいけにゃいのね?」
何かを喪いそうで、心を引き裂かれそうで、咄嗟に孔明は『破鏡』の痩せ細った体を抱き締める。
しかし、自分の力がこれ以上少女を壊さないように、柔らかく力を抜いて身の内に閉じ込める。
そして、告げる。
自分に、そして腕の中の小さな命に、傍にいる家族に言い聞かせるように、宣告するように、刻み込むように……。
「戦場なんて……行かなくて、いいんだよ。君は『破鏡』じゃないんだよ。『破鏡』は捨ててしまいなさい。お兄ちゃんが君のお名前を付けてあげる。新しい綺麗なお名前をね?」
「……ほんとぉ? 『はきょう』ちがゆの? きえいにゃおにゃまえ? つけてくえりゅ?」
その声と共に、すがるように躊躇いがちにそっとしがみつく小さな手に、心が繋がった事を知る。
何故かそれが嬉しく……込み上げる何かの意味を、孔明は知りたくもなかったが、ただ、頭の中に浮かんだ言葉を告げる。
「そうだよ。お名前。そうだね……『琉璃』はどうかな?#____#君は本当に綺麗な青い瞳だから」
「リィ、リュ、琉璃?」
言葉を繰り返し、目をぱちくりとする。
「そうだよ。綺麗な君にピッタリの名前だよ。そして、この家にようこそ。琉璃」
孔明は微笑んだ。
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