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ちょっと一服するなら、青茶にしよう!

瑾さんの暴走を止められるのは、お義母さんだけです。

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 諸葛家しょかつけの長男、子瑜しゆは、孔明こうめい以外の兄弟でも知られた二重人格者である。
 子瑜の下にはやかましく騒々しい、破壊兵器こと年子の妹達という危険人物。
 子瑜は一度と言わず何度か、何かにかこつけてうるさい妹達を排除……近付かないように警告し、近づけば親の見ていない所で制裁……苛めては追っ払った。
 妹達はぎゃんぎゃんと泣きわめき、両親は、

「もう少し兄弟なんだから……仲良くしなさい!」

と言われたが、こんな口うるさく鬱陶しいちび達に煩わされてなるものかと、必死に抵抗し破壊兵器から逃げ出した。



 うるさいだけの兄弟なんているかっと思っていたが、7歳の時に母親が難産の末に出産した赤ん坊は、どういう訳かとてもとても大人しく、顔立ちはどこをどうみても、少々のっぺりとした印象の父親にではなく、彫りの深い母親に似たはっきりと整った男の子だった。

 初めての弟に、子瑜は夢中になった。
 狂暴な妹よりも可愛い上に余りむずがりもせず、子瑜が子守りという英才教育……つまり子守唄代わりの『春秋しゅんじゅう』や、『孫子そんし』等の歴史書を読んでも、にこにこしているかじっと聞き入っているかである。
 その為、色々と教え込もうとしたのだが、その度に両親に止められた。

りょうは赤ん坊だからっ! 首の座っていない赤ん坊だからっ! 止めなさい!」
「そうだよ、きんっ! 『墨子ぼくし』の戦術の話はようく解った! 解ったから、お願いだから首の座っていない亮を背負って、戦争ごっこは止めなさい!」
「戦争ごっこじゃなくて戦争実践です。『墨子』は……」

 説明しようとする子瑜に、二人は必死に孔明を奪い返す。

「瑾。頼むから……亮はまだ生まれて日のない赤ん坊だから……冬に外に出すのだけは止めなさい」

 妻に次男を預け見送った父、君貢くんこうは、溜め息をつく。

「お前が賢いのは解っているよ。その賢さ、お前の中に渦巻く疑問に父さんは、ある程度は答えてあげられる。けれど、それはある程度。全てではない。お父さんは学問は修めているが、それはある程度であって、お前程理解もしていないだろうしお前の疑問の全てに答えられない」

 膝をつき、息子の頭を撫でる。

「そして、亮もお前程の賢さは持っていないかもしれない。持っているかもしれない。まだ、小さいから解らないんだよね」
「一緒じゃ……ない?」

 子瑜は呟く。

「そう。でも、お前の弟だから賢い子に育つかもしれないね」

 穏やかに微笑む。

「だから、もう少し大きくなるまでは外に出すのだけはやめようね? その代わり、『春秋』や『孫子』の勉強をする時に読んで聞かせてもいいから。ね? お父さんと約束しよう」
「……はい」
「偉いね。瑾は。じゃぁ遊んで……『墨子』の戦争実践しておいで」
「はい、父上。日が落ちる前には帰ります」

 瑾は出ていく。



 首も座り、背負うことができるようになってからは、理解しているのか不明だが片っ端から声に出して本を読み、文章の意味を叩き込んでいくことに費やす。
 その途中、弟には子瑜の持っていない才能があることに気づいた。

「にーたん、にーたん」

 くいくいっと、衣の裾を引っ張り晴れ渡った空を見る孔明。

「バッタが一杯飛んでくるよ。それに、ご飯がないないなの」
「えっ!」
「お星様がお話ししてくれるの。にーたんのお話と同じくらい、お話楽しいよ?」

 邪気もなく嬉しそうに話す弟に、ショックを受ける。

 孔明は星読みだ……まだ、星の見えないこの時にまで、読める……力のある能力者だ。
 子瑜はなるべく表情を出さず、弟の前に膝をついてゆっくりと話し始める。

「亮?お星様とのお話、誰かにお話しした?」
「……ううん。とーたんとかーたん、いそがしいって、おてつだいのおねーたんやおいちゃんも。でもね、にーたんはわかるかなぁって、おもった」

 首を振る弟に、子瑜はなるべく分かりやすいように淡々と話し始める。 
 興奮したりしては、孔明が怯えるかもしれない。

「お星様とのお話は、兄様と二人だけの内緒にしようよ、ね? 亮。兄様との内緒のお約束」
「内緒?」

 二人だけの内緒に、特別な何かを感じたのか孔明は、目を輝かせて大きくうんっと頷く。

「にーたんとりょうの、ないしょのおやくそくっ、する」
「そうしようね? でも、バッタさんのお話は少し心配だから、父上に兄様からお話ししておくね? お星様の事は言わないからね?」
「うん! にーたん大好き!」



 昔の可愛かった弟のことを思いだし、幸せそうに笑う義理の息子に、目の前に座る義母の承夫人しょうふじんは、溜め息をつく。

「子瑜さん。私の話を聞いてますか?」
「一応聞いてます。義母上」

 何度も繰り返される淡々とした同じ返答にも、もう慣れた承夫人は扇を子瑜に突き付ける。

「子瑜さん。もう孔明さんは20になるのですよ。いい加減弟離れなさいませ! それに、紅瑩こうえいさんや晶瑩しょうえいさんは嫁ぎ、跡取りをなし、きんさんだとて婚約間近と書いてましたわね?」
「はぁ……そうらしいですね」

 はっきりいって孔明以外の兄弟は眼中にない子瑜は、面倒そうに答える。

「では、子瑜さんももういい年なのですから、お嫁さんを迎えなさい!」
「え、えぇぇぇぇ?」

 子瑜は目を見開き義母を見た。

「わ、私がですか?」
「当たり前です。貴方は諸葛家の家長かちょうでしょう! 均さんも婚約間近なのですよ。のらりくらりしていないで、早く身を固めなさい!」

 発破をかける義母に対して抵抗するように、

「で、ですが、亮だってまだ……」
「孔明さんは、まだ身を固めていない子瑜さんに遠慮しているのです! 孔明さんには黄家のご令嬢との間に縁談が持ち上がりつつあるのですから、子瑜さん。先に身を固めなさい!」

ずいっと顔を寄せる義母に抵抗しようと逃げ道を探そうとする、往生際の悪い義理の息子に、

「あ、そうそう。先日見合い話を戴きましたのよ? 孫将軍閣下から」

 孫将軍とは子瑜の主、孫仲謀そんちゅうぼうのことである。
 ちなみに、仲謀は孔明と一つ違い、仲謀の兄伯符はくふ周公瑾しゅうこうきん、子瑜は同じく一つ違いである。
 仲謀に兄のように懐かれ、こちらも小動物のように可愛がっている子瑜にとっては、

「どうしましょうね? 断っては、後々……」
「わ、解りました! 見合い話をお受けします」

その言葉ににっこりと、

「良かったですこと。では、準備をしなくてはね」

周囲には隠しているが、天才肌の子瑜の唯一苦手な義母に今日も負けてしまったことにガックリうなだれる、27才だった。
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