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始まりの始まりはいつからか解らない、とある一日から。

諸葛家の次男は必死に主役から逃げようとしてますが?

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 当初は自分が番をする、いや自分が、と寝ずの番をすることを主張していた姉弟は、いつの間にかスヤスヤと眠りについていた。
 いつものことである。
 呆れて諦めているのではなく、自分が寝ずの番をするのが良いというだけである。 
 元々星を読むことも多いし、ここに来るまで戦場を転々と逃れていくうちに余り眠らずにすむようになっていた。

 再び星を見上げ、溜め息をついた。
 何時もなら、天候を星に重ね読むのは簡単なのに、今日は胸騒ぎがして星を読みきれない……いや、今の自分は農民のそれではなく、政略を空に、星に問いかけるものになっている。
 孔明こうめい諸葛家しょかつけの跡取りの兄とは違い、両親に兄を助ける者になるようにと、遊学ゆうがくこそしなかったが7才年上の兄と同じか、それ以上の教養を叩き込まれた。

 星読みもその一つである。
 星は、孔明に必ず何かを伝えてくる。
 それを、目で心で一瞬の煌めきの変化で読みきる。
 未来を、この後何が起こるかを瞬時に読み、それを伝える。
 それが、孔明に課せられた役割。
 諸葛家の祭司であり軍師、政略家。

 今は天候を読むだけと公言しているが、戦を転々とし、流転を繰り返していた自分達を、兄達が追いきれる訳がない。
 だから、自分が兄達を追う。
 星読みの力で……。



 諸葛家は、代々漢王朝に仕えた一族である。
 中央にいたこともあるが、中央の権力争いに嫌けがさし地方に下ったと言われている。
 が、本当のところは権力争いに破れたのだろう。
 それかもしくは、ごくまれに孔明のように星を読む能力者が生まれ、その危うい予知予言のようなものを気味悪がられたのだろう。

 だが、今は地が乱れ、戦乱の世となっている。
 星を読む諸葛家の人間は、喉から手が出る程欲しいだろう。
 特に姉二人は。

 男で抵抗する恐れのある孔明を殺し、奪おうとした輩は数多く、そして自分のように狙われてはと、均はあえて自分の古着ではなく、姉の古着を着せるようにした。
 言葉遣いも直さなかったし、剣や矛などは習わせず、逃げるすべと一般常識や基礎知識を教え込んだのである。

 姉達にも同様にと考えたが、二人は戦闘能力が高く、その上大人しくできる人間では無い為、諦めて武術を学んで貰った。
 姉達も一応世が世なら地方ではあるがお嬢様で、こんなところで野宿をしたり、豚を狩ったり、武器を持つような立場ではない。
 孔明や均も、黄巾賊こうきんぞくの乱に、曹孟徳そうもうとくによる徐州大虐殺じょしゅうだいぎゃくさつというものさえなければ、漢王朝に仕えた一族の末裔として、瑯琊ろうやの役人として、もしくは洛陽らくように出向き、下級役人の一人として仕えていたかもしれない。

 しかし、それは塵芥ちりあくたとなって散り、自分達は故郷を逐われ逃げ回り、叔父の元に辿り着いたのも束の間、もう王朝としてほとんど機能していない政府からの正式な役人という欲深そうな男に、叔父は反逆者と名指しされ再び逃れていくしかなかった。

 逃れた先がこの荊州けいしゅう襄陽じょうよう
 州牧しゅうぼくである叔父の知人劉景升りゅうけいしょうが、迎え入れてくれたからである。
 叔父は逃れる前の戦いで傷を負い、それが元で亡くなった。
 叔父は彼に感謝していたが、彼は見た目通りの温厚な州牧ではない。
 叔父を助けたことで政府の反応を見、そして、自分達……特に姉達を『あの諸葛家の令嬢』として、自らの手駒てごまとするか、もしくは愛妾あいしょうにするかもしれない。

 劉景升は、前妻と後妻との間にそれぞれ息子をもうけている。
 元々漢王朝の分家の末裔と言う身分であり、ある程度すさみ、腐りきった王朝の内部を見続けていた劉景升は、この荊州の地に名分を用いて留まったのは、この地が地の利に適した場所だからである。
 洛陽にも戻りやすく、そして、近くにこうという大河があり、東にも西にも逃れやすい。
 その上南は反抗する豪族を、策略を用いすでに始末している。
 後顧之憂こうこのうれいはほぼ無い。

 ただ一つ問題なのは、中央にいた頃に娶った前妻はすでに亡く、長男には後ろ楯になる存在はない。
 代わりに後妻は、この荊州の豪族蔡家さいけの当主の姉で、次男を後継者にという声も上がっていると聞く。
 しかし劉表は、余り後妻の親族に口を挟まれたくないと考えている節がある。
 そんな時に現れたのが、徐州の田舎の小役人になっていたとは言え、血を辿たどれば漢王朝の忠臣の末裔の諸葛家の令嬢。 

 危険だと星は囁き、チリチリとした焦燥感を覚える。

 この力は、劉景升には与えない。
 嫌な星回りを覚えるからだ。
 姉達を、渡しはしない。
 だから、姉達を蔡一族と対立する馬家ともう一つの家に、嫁がせることに決めたのだった。
 だが当然、無一文同然の自分には力がなく、無理に近い。
 季常きじょうには答えたが、もう諦めてすらある。
 それに……。

 季常……あの子供は、大人しそうでいて多分危険だ。
 もしかしたら、自分達を利用したいと考えているかもしれない……。
 だが、孔明の見えるものを完全に理解していない筈である。
 向こうは孔明を利用しようとするのだから、その策に乗った振りをして馬家を、逆に利用してやろう。
 そうしてここで地盤を固め、悠々自適な農民暮らしを満喫するのだ。
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