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始まりの始まりはいつからか解らない、とある一日から。
やっぱり諸葛家の長兄は、最も強い人でした。
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しばらくして、食事を終わらせじっとしていた3人の元に、土埃を全身にかぶり、手や顔に引っかき傷を作った孔明が、笑顔で近付いてくる。
「もう食べ終わったんですか? 紅瑩姉上。晶瑩姉上も、明日までもちますか?」
「失礼だわっ! 亮」
「そうよ! 姉である私達を何だと思っているの!」
きゃんきゃんとかしましい姉達を見て、均は小憎らしい程可愛らしくコロコロと笑う。
「兄様は、姉様達のことを大食漢で乱暴者で、男勝りだって思ってるのよ。ねぇ? 兄様」
「何ですってぇ!」
「均の方こそ何よ! ヒラヒラした格好して、なよなよしてるじゃないの!」
紅瑩と晶瑩は食って掛かるが、均は可愛らしい仕草をして、
「良いじゃない。姉様達が乱暴で全くおしとやかに育てられなかったんでしょう? だから義母上が、可愛く生まれた私をそんな風にならないようにって、育てて下さったのよ。亡き父様も良いって言ってたんだから」
ふふんっと鼻で笑う女装の弟に、二人は、少し離れて埃を落としている孔明を振り返る。
「ね? 兄様」
「うーん……」
孔明は、苦笑する。
両親だけでなく、義母までもが孔明達兄弟の教育を間違ったと、良く嘆いていたのは事実である。
長兄は細く見た目は柔和な青年だが、体が弱い訳でもなく、諸葛家の嫡子として乱れた国を憂い、父の跡を継ぐ為に長安に遊学していた。
その為、遊学前には、乱世のこの世で最低限の身を守る術として匕首や矛、戟などの武器の扱いを習って旅立った筈なのだが、戻ってくると、どこをどう曲解したのか、長兄は殺傷能力の低い、細い身幅の小さな小刀を竹簡の間に挟み、持ち歩くのみになっていた。
「兄上。旅立つ際の武器は? 盗まれたとか、もしかして戦って折れてしまいましたか?」
心配した孔明が問いかけると、嬉しそうに、
「大丈夫だよ、武器は売ったんだ。亮。実はね? ここに戻る前に、長安でも名の知られた毒薬を調合する裏の世界の人と、知り合いになったんだよ。でね?その人に貰った毒薬を刃に塗ってるから、大丈夫なんだよ!」
自慢げな兄の一言に、孔明は青ざめる。
「あ、あの……兄上……長安でも名前が知られている時点で、裏世界も何もないのでは? それに怪しくないですか? 兄上今、指で無造作に触ってますよね? それに先、唇の横に着いたのを舐めませんでしたか? な、何ともないんですか? 手が痺れるとか、血を吐きそうとか……気分が悪いとか?」
指摘すると、しばらく考えこみ、ぽんっと両手を叩く。
「亮。私には多分耐性が付いたんだよ。うんっ。でなければ、留学資金の大半をはたいてまで、私がお金を出す訳ないじゃないか。ね?」
父親似の穏和で気立てのよい顔が、ニコニコとする。
「あ、兄上、耐性じゃなくて……だ……」
騙されたんですよと言いかけた孔明を尻目に、子瑜はほっとして、
「あぁ、良かった。耐性がついて。ねぇ? 亮。亮も耐性つける?」
無邪気な兄の一言に、力なく首を振るしかなかった。
そんな兄は世間知らずと言うだけでなく、まれに見る強運の持ち主であることも解った。
長安から逃げ出した時も傷一つ負わず、盗賊に襲われることもなく、大量の竹簡を馬車に乗せ無事に帰還したことからも分かる。
あの天然さは恐ろしいが、兄の強運は心強いと義母達を預けて比較的安全な江東に逃した。
仕官したという便りはないが、元気でいるだろう……あの兄達は。
それよりも……。
孔明はきゃんきゃん言い争う姉達を見つめ、溜め息をつく。
「大騒ぎできる体力があるのなら、充分明日の片付けには3人共頑張って貰えますね。あぁ、良かった。さっき中に潜り込んだら、私にはどうしても入れないところがあったんです。紅瑩姉上お願いしますね。晶瑩姉上も良いですね?」
「えぇぇーっ!」
「酷いわ! 亮!」
「やったぁ! 姉様達、天罰が当たったのよ!」
きゃはは、と笑う均を孔明は見下ろし、
「破壊のきっかけは姉上達だけど、破壊し尽くしたのは均、お前だから。お前はあの籠の中の鶏達の小屋の修理」
「えぇぇーっ!」
均は声をあげる。
その顔を見て、にっこりと、
「それとも私の代わりに、この畑を全て耕してみるかい?」
「そ、それはもっと、いやーっ!」
「だろう? じゃあ、3人はお休みなさい。私が火は見ておきますから」
持ち出した古着を手渡し、促した孔明の一晩は長いが、星を見上げていたのだった。
「もう食べ終わったんですか? 紅瑩姉上。晶瑩姉上も、明日までもちますか?」
「失礼だわっ! 亮」
「そうよ! 姉である私達を何だと思っているの!」
きゃんきゃんとかしましい姉達を見て、均は小憎らしい程可愛らしくコロコロと笑う。
「兄様は、姉様達のことを大食漢で乱暴者で、男勝りだって思ってるのよ。ねぇ? 兄様」
「何ですってぇ!」
「均の方こそ何よ! ヒラヒラした格好して、なよなよしてるじゃないの!」
紅瑩と晶瑩は食って掛かるが、均は可愛らしい仕草をして、
「良いじゃない。姉様達が乱暴で全くおしとやかに育てられなかったんでしょう? だから義母上が、可愛く生まれた私をそんな風にならないようにって、育てて下さったのよ。亡き父様も良いって言ってたんだから」
ふふんっと鼻で笑う女装の弟に、二人は、少し離れて埃を落としている孔明を振り返る。
「ね? 兄様」
「うーん……」
孔明は、苦笑する。
両親だけでなく、義母までもが孔明達兄弟の教育を間違ったと、良く嘆いていたのは事実である。
長兄は細く見た目は柔和な青年だが、体が弱い訳でもなく、諸葛家の嫡子として乱れた国を憂い、父の跡を継ぐ為に長安に遊学していた。
その為、遊学前には、乱世のこの世で最低限の身を守る術として匕首や矛、戟などの武器の扱いを習って旅立った筈なのだが、戻ってくると、どこをどう曲解したのか、長兄は殺傷能力の低い、細い身幅の小さな小刀を竹簡の間に挟み、持ち歩くのみになっていた。
「兄上。旅立つ際の武器は? 盗まれたとか、もしかして戦って折れてしまいましたか?」
心配した孔明が問いかけると、嬉しそうに、
「大丈夫だよ、武器は売ったんだ。亮。実はね? ここに戻る前に、長安でも名の知られた毒薬を調合する裏の世界の人と、知り合いになったんだよ。でね?その人に貰った毒薬を刃に塗ってるから、大丈夫なんだよ!」
自慢げな兄の一言に、孔明は青ざめる。
「あ、あの……兄上……長安でも名前が知られている時点で、裏世界も何もないのでは? それに怪しくないですか? 兄上今、指で無造作に触ってますよね? それに先、唇の横に着いたのを舐めませんでしたか? な、何ともないんですか? 手が痺れるとか、血を吐きそうとか……気分が悪いとか?」
指摘すると、しばらく考えこみ、ぽんっと両手を叩く。
「亮。私には多分耐性が付いたんだよ。うんっ。でなければ、留学資金の大半をはたいてまで、私がお金を出す訳ないじゃないか。ね?」
父親似の穏和で気立てのよい顔が、ニコニコとする。
「あ、兄上、耐性じゃなくて……だ……」
騙されたんですよと言いかけた孔明を尻目に、子瑜はほっとして、
「あぁ、良かった。耐性がついて。ねぇ? 亮。亮も耐性つける?」
無邪気な兄の一言に、力なく首を振るしかなかった。
そんな兄は世間知らずと言うだけでなく、まれに見る強運の持ち主であることも解った。
長安から逃げ出した時も傷一つ負わず、盗賊に襲われることもなく、大量の竹簡を馬車に乗せ無事に帰還したことからも分かる。
あの天然さは恐ろしいが、兄の強運は心強いと義母達を預けて比較的安全な江東に逃した。
仕官したという便りはないが、元気でいるだろう……あの兄達は。
それよりも……。
孔明はきゃんきゃん言い争う姉達を見つめ、溜め息をつく。
「大騒ぎできる体力があるのなら、充分明日の片付けには3人共頑張って貰えますね。あぁ、良かった。さっき中に潜り込んだら、私にはどうしても入れないところがあったんです。紅瑩姉上お願いしますね。晶瑩姉上も良いですね?」
「えぇぇーっ!」
「酷いわ! 亮!」
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きゃはは、と笑う均を孔明は見下ろし、
「破壊のきっかけは姉上達だけど、破壊し尽くしたのは均、お前だから。お前はあの籠の中の鶏達の小屋の修理」
「えぇぇーっ!」
均は声をあげる。
その顔を見て、にっこりと、
「それとも私の代わりに、この畑を全て耕してみるかい?」
「そ、それはもっと、いやーっ!」
「だろう? じゃあ、3人はお休みなさい。私が火は見ておきますから」
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