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第一章

悪役たちの罵り合い

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 どうしてここにいるの……?
 ダグマル子爵令嬢であるあたし……グラフィーラが、なぜこんな格好をしているの?

 背中側に手首を回され鎖を巻かれた上に、身体にきつくロープ、足首にまで鎖、膝もロープとミノムシのような状態になっている。



 あたしは学校の庭を借り切って、ティーパーティーを開いていたはず。
 あの気位の高い女を陥れて、そして、あいつの鼻のつく取り巻きを嗤う為にお父様にねだって王族しか扱えない茶器やお菓子、ジャム、茶葉をテーブルに並べてやった。

 青ざめる取り巻きたちが何かを言おうとしたけど、何?
 気位だけの女程度が、あたしに敵うと思うの?

 あたしが用意したものに手をつけようとしない女たちにむしゃくしゃして、お茶の入っていたティーポットをぶちまけてやったわ。
 あたしの好意を無碍むげにするなんて許せない!
 父さんに言ってもしょうがないから、仲のいい侯爵令息に言いつけてやる。
 クッキーを口にして、色々怒鳴りつけてやったのは覚えてるわ。



 なのに、ここはどこよ?
 埃っぽい……ううん、埃はないけど薄暗い倉庫……かしら?
 信じられない!

「なんでこんな格好なのよ! あたしは子爵令嬢なのよ! ここはどこなの! 出しなさいよ!」

叫ぶ。

「あの女の取り巻き令嬢が何かしやがったのね! むかつくわ! あの女の末路をもっとしっかり教えてやればよかった! あんたたちも同じようにしてやるって!」
「うるっせぇ! クソ女!」

 その声に身体を何とか動かし、目の端に見えた男を睨みつけた。

「何ですって! あんたはアルチョム! あんたがこんなことしたの? 許せないわ!」
「違う! お前のせいだろ! お前が! 王族か、ブレイハ公爵家くらいしか手に入れられない茶器を望むから! あれは竜の国しか作ってない磁器なんだよ! お前の親父が国王にでも献上するのかと思って何とか手を回して融通したってのに! あんなとこで使うとかありえねえ!」

 グラフィーラと同じように拘束されたアルチョム男爵は、吐き捨てる。

「お前に近づくんじゃなかったぜ! 俺はブレイハ公爵家に縁を繋ぎたかっただけなのに! お前みたいな女と手を組むんじゃなかった!」
「何ですって! お前みたいなクズがあたしに!」
「お前ほどクズはいねえよ! 俺の方がマシだね! お前なんて、その年になっても婚約者がいねえのも、その性格の悪さに、男と見りゃコロコロ態度を変えるからだろうが?」
「なっ!」
「知ってんだぜ? 王子様とブレイハ公爵家の四兄弟にすり寄ろうとして、全滅だろうが! 俺の知り合いでも有名だぜ? 金をちらつかせたらすぐに股を開く、尻軽だってな」

 はっ!

アルチョム男爵はニヤッと嗤う。

「お前なんか、あの美しい姫さんと違う。汚ねぇ踏み荒らされた雑草だよ。あの姫さんは本物の百合の花。手折ることも許されない高嶺の花なんだよ! それに安易に手を伸ばし、穢そうとした俺やお前を、ブレイハ公爵家どころか国だって許すわけねぇ!」
「はぁ? あんた何言ってんのよ?」
「わかんねぇのか? お前の両親と兄は、すでに医療省であの世行き決定だとよ。お前の双子の弟妹もさっき、泣きながら魔法省に連れて行かれたぜ? 実験に使うんだと。あぁぁ……確かお前の弟妹ってまだ7歳だったな? どんな実験に使われるんだろうな?」
「なっ!」

 目を見開く。
 歳の離れた双子の弟と妹はギャンギャン泣き喚き、両親も兄も口うるさく、うざいと思っていたけれど、何で人体実験?

「はぁ? 人体実験って、普通しないでしょ?」
「知らねえのか? 普通、医療省と魔法省はネズミや鳥、牛やトカゲを使って実験するぞ? それに、新しい薬や魔法、手術方法を確かめる場合は、罪人をその特定の病気に感染させて、人体実験するのさ。それが嫌なら民衆の前で死刑だな。良かったな? 爵位や領地は取り上げられるが、一応実験協力金は生還したら払われるそうだぜ? まぁ、聞いてるが、生還できる確率はほぼないらしい」
「何でよ! 何で人体実験? 私も?」
「はっ! いつまでもおめでたいオツムしてんだ? お前も俺もあの世行きだよ。先代国王の可愛い孫娘であり、ブレイハ公爵家の掌中の珠を壊したんだ。許されるはずねえだろ?」

 我にかえる。
 あの気位だけの女は、ブレイハ公爵家の末娘ってだけのはず。
 王太子のお気に入りっていうだけのはず。

「なぜ、先代国王の孫なのよ」
「はぁ? それも知らねえのか? 先代陛下の娘がブレイハ公爵家に嫁いで、生まれたのが五兄妹。国王陛下のところも王子だけで、たった一人の女の子ってことで『竜の宝玉』とも呼ばれてるんだぞ?」
「えっ……」

 ざっと青ざめる。

 グラフィーラでも知っている。
 先代国王ベンヤミーンは、『戦場の悪魔』とも呼ばれて他国に恐れられていることを……。
 そのベンヤミーンの孫……?
 あの女が?

「し、知らない! そ、そんな……」
「知らなくてもお前のしたことは、先代国王にも、国王にも伝わっているさ。だからこの格好なんだろ?」
「あたしのせいじゃない! あんたの……あんたが誘ったんじゃない!」

 罪をなすりつけようと叫ぶが、アルチョム男爵はもう1度下品な笑いを浮かべる。

「ザマァ……俺はちゃんと目を覚ましていたが、お前は知らなかったよな? お前は学院で女生徒に暴力を振るったって捕まったんだよ。今まで起こした事件を男子生徒と教師をたらし込んでもみ消していたらしいが、学院長がそいつらを放逐ほうちくして、お前を罪人として突き出したのさ。残念だったな……学院長は一時期領地に戻っていたが、お前の不覊奔放ふきほんぽうな振る舞いに戻ってきたのさ!」
「何で……」
「はぁ? お前の通う学院の名前知らねえのか? 馬鹿だな!」
「知ってるわよ! ヤルミラ・ブレイハ学院でしょう……えっ? ブレイハ?」
「お前が通ってるのは、ブレイハ公爵家が出資した私学だよ。学費は安いが、代わりに卒業後は女性でも官吏になれる。その代わり、マナーやダンス、最低限の知識習得が必須。争いやいじめ、嫌がらせ行為は即退学だ。学院内では卒業までは爵位、貴族平民の差別なし。だがなぁ? 貧乏子爵程度の娘程度が、学院長の親族の令嬢に何をした? そして、侯爵家、伯爵家の令嬢たちに何をした?」

 ざぁぁっと青以上に、血の気が引く。

「知らない! あたしは悪くない! あの女が、あの女が! あいつらが悪いんだから!」
「うるさい! あぁぁ! こいつの口を塞いでくれ! 早く死なせてくれ! 俺があの姫に恋心を抱いたのが悪かったんだ! ただ、近づきたかっただけなのに!」

 ギギギ……

ゆっくりと扉が開き、まぶしい光が入ってきた。
 仄暗い部屋に慣れていた二人は口を閉ざし、目を細めた。
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