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国王陛下へのご挨拶

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 二日ほど高熱に苦しんだレーヴェだが、その後、食事を取れるようになり、主治医でもあるヴィクトローレに健康と太鼓判を押してもらい、ベッドから出られるようになった。

 息子が元気になるまで仕事をセーブしていたリュシオンだが、即身柄を捕獲され、職場に連行されていき、今日まで約10日間戻ってこなかった。
 確保ではなく……しかも危険生物ドラゴン捕獲用の檻に猿轡さるぐつわ、手足を縛るロープにそれでも足りないと言わんばかりに手足を完全拘束できる魔法具で完全に動けなくしての移動である。
 ちなみに一応、絶対連れてくるようにと言われたヴィクトローレは、ごくごく普通の犯罪者の手足を拘束する魔法具だけ用意していたものの、

「それだけで大丈夫なの? リュー兄さま、前みたいに破壊しちゃうんじゃない?」

と、心底心配そうにコテンっと首を傾げたすぐ上の兄の言葉に、とろけるように笑う。

「それもそうですね……ありがとうございます。兄さま。何を使うのが最適でしょうかね……」
「ナムグ用のは多分壊すだろうから、ドラゴン用の檻だろ? それに、過去の術師の拘束用のロープとか最適だ」
「あぁ……新しいものもあります。実験中のものもあるので、それを使います。兄上、ありがとうございました」

 ちなみに、ヴィクトローレは周囲にも知られたブラコンで、長兄のルードは『兄上』、次兄のシルゥを『兄様』と呼ぶ。
 末っ子が余りにも兄たちにまとわりつくさまに、父親は心配したものの、ちゃんと婚約者と結婚したときにはほっとしたらしい。
 ちなみに婚約者とは、国王の第一皇女アンネテアである。

 現在王位に就いている陛下は身体が弱く、病床につく彼の補佐に当時マルムスティーン侯爵だったエドヴィンの長男のルードと、その弟の子でカズール伯爵のリューが選ばれた。
 陛下はその前……先代国王になるアルフリードの第7子の末っ子で、第一王子。
 姉皇女は第一皇女は母妃の実家であるファルト家……名乗る爵位は男爵だが公爵と同等……に臣籍降下か、国内の貴族の元に嫁いでいた。
 父のアルフリードには訳あって兄弟がいないことになっていて、一番近い親族がアルフリードの祖父の長女の息子たちになるエドヴィンとその弟ヴィクター、その息子たちになるルードたちが王位継承権を持っていた。
 エドヴィンの前にヴィクターが王位継承権を放棄していたものの、身体が弱い末っ子と国のことが心配だったアルフリードは従兄弟の子供を養子にと頼んだ。
 二人には当初長男が一人ずつ(ルードとリュー)だったため拒絶したものの、ルードには次男のシルベスターと末っ子のヴィクトローレが生まれたため、長男のルードが王位に近いマガタ家に養子に貰われ、王位継承権を得、ヴィクトローレが生まれて5年後に生まれたアンネテアと婚約を結ぶことになった。



 話は戻すが、一応王家の婿のヴィクトローレだが、ほぼ実家に入り浸りである。
 そして、色々としていたのだが、今回はリューを捕獲するために駆り出された。
 面倒な捕獲作業……何度も失敗するのだと聞いていた彼は、兄たちに相談し、小型ドラゴンが怪我をしているのを保護するときに使う檻と、術師の魔術暴走時に抑え込むための拘束器具を片っ端からかき集めた。
 そして、寝起きの悪いリューが子供達から離れ、眠気覚ましにシャワーを浴びに行く途中、あくびをしている隙を見計らい捕らえた。
 通常の小型ドラゴンの身柄拘束の際の5倍の圧を加えているというのに暴れ回る従兄に青ざめながら、猿轡をしてポイッと檻に入れると、急いで職場に送り出し、はぁぁっとため息をつく。

「あぁ、リュー兄上。頑張って仕事してくださいね~!」

 ドカン、バタンと音がするのを、少々怯えつつ、ま、いいか……と忘れることにした。



 いつの間にか父がいなくなったので、レーヴェは心配だったが、大伯父にあたるエドヴィンやカズール家に仕えるロイド家当主のグランドール、その弟のセインティアがいてくれたし、ナムグのセティーナも一緒だったので、あまり泣いたりぐずったりもせず過ごしていたのだが……今日は、

「レーヴェ、リオン。じゃぁ、王宮に行こうか」

と散歩にでも行こうかという気軽さで、ルードが言ってくださった。
 その横でうんうんと頷いているのは、フィアを背負ったシエラである。

「王宮?」
「そう。アヴィ……国王陛下にご挨拶に行こうかと思って」
「国王陛下?」
「へーか?」

 リオンとレーヴェは顔を見合わせる。

「へーかってだーれ?」
「あ~……」

 コテンっと同じ方向に首を横にした可愛い甥っ子たちの姿にほっこりしつつ、ルードは遠い目をする。
 まだ小さいレーヴェは理解できないだろうな~と思ったのもあるが、リューはどうして教えてないんだと文句を言いたかったのもある。

「えーとね? レーヴェ。兄様やルード兄様がお支えしている、この国の一番偉いひと。お名前はアヴェラート・グジェリエーンさま。アヴィ兄様って言うの」
「あびしゃま? ん、んーん? あ、あ、あ……ちあう……」
「えっと、確か、リオンも言えないよね? アヴィ兄様って言える?」
「あびさま?」

 べそをかくレーヴェの頭を撫でながら、リオンはルードに答える。

「えっと、レーヴェ、泣かなくても、アヴィ兄様のお名前はとっても発音が難しいの。だから、王族の男児……王位継承権を持つ偉い人を示す《アンドリュー》さまとか、陛下ってよぶんだよ。だから、陛下って呼ぼうね? それか、昔はアヴェさまって呼んでもいいって言われたことがあるから、お呼びしてもいいか聞いてみよう。レーヴェは自分のお名前言えるでしょ?」

 頷く甥に、

「じゃぁ、大丈夫ならそう呼ぶといいし、後で練習しようね?」

とシエラが慰める。
 シエラはかなり大人びたツンツンの子供だが、兄の子供たちやいつも一緒にいるフィアにはデレデレで甘い。
 その横で、ルードが笑いかける。

「そう。お前たちはリューの息子だから、陛下が会ってみたいって。怖くないぞ? 『お兄さま、はじめまして、こんにちは』でいいからな?」
「あ、アヴィ兄様はバカには似てないからね? とっても美人だよ」
「おいおい、バカって誰だ? それに美人はないだろう」
「バカは馬鹿アレクだよ。アイツ、本気でバカだよね~? 自分で自分のことを馬鹿アレクって呼んでるなんて……」

 はぁぁ……

やれやれと言いたげに首を振るシエラ。

 ちなみに馬鹿アレクとは、現国王アヴェラートの第5子で王太子のアレクサンダー・レオンハルトのこと。
 ルードの長男シュティーンの4歳下の従兄弟に当たる人物。
 レーヴェより7歳上になる少年は……とてつもなく性格も悪ければ、根性もひねくれていた。
 11歳の少年だと言うのに、家出を繰り返し、夜の街を徘徊し、喧嘩に明け暮れ、連れ戻されては姉のアンネテア王女に説教をされ、それでも屋敷を抜け出すことをやめなかった。
 しかも3歳上の甥のアンディール……アンネテアの息子も面白がり、一緒になって街に繰り出し始め、護衛や影たちが日々走り回っている。
 アヴェラートは生来病弱で、ここ数年大きな行事に出席する以外は表に出ることもなく、王宮にこもっているため、側近であるルードたちくらいしか会うこともない。

「で、だ。レーヴェは長い間歩くのは辛いだろうから、俺が抱っこするが、リオン……大変だろうが、シエラのお守りを頼んだ! あ、グランも頼むぞ。途中でフィアを抱っこしてやってくれ」
「ルード兄様! 僕のお守りって何? 僕はお守りいりません!」
「何を言う! 一歩歩いたら、どっちに行っていいのか、わからなくなる方向音痴のくせに! この屋敷の中ですら、今まで何回迷子になった?」
「えっと……6回!」
「嘘をつくな。10日で6回だろ。グランと紐で結んでやろうか……」

 言いながら、リオンにシエラと手を繋がせたあと、レーヴェを抱き上げると歩き出した。



 乗獣で移動した後、王宮に入ったルードは慣れた通路をゆっくりと歩く。
 グランドールは軽々とリオンを抱き、フィアごとシエラを肩車してついていく。
 ちなみに、シエラは周囲が危惧するほどひどい方向音痴なので、一瞬でも目を離すと行方不明になることがしばしばあり、手を繋ぐより、肩車の方が安心だったりする。

「ねぇねぇ、グラン兄様。あっちは何? 行って?」
「あちらの道を進むと裁判所ですよ。訴えられたのですか?」
「アレクと兄様以外は、被告になりそうもないね。じゃぁ、あっちは?」
「あちらをまっすぐいくと財務省です。税金は納めてますよ」
「むむーじゃぁ、あそこ!」

 シエラが指で示す方向を説明するグラン。

「留置場に行きたいんですか? 昔、リュシオン様が放り込まれたそうですが……兄弟で入るおつもりですか?」
「いやです! って、あれ? アレクじゃない?」

 留置場のある方向から引きずられてくるのは、銀色の髪と少しだけ青みを帯びた瞳の悪ガキ……。
 引きずっているのは……

「あ、兄様! 留置場に入ってたの?」
「俺じゃない! この馬鹿たちだ!」

リューは後ろをチラッと見ると、ヴィクトローレが一人の少年の首根っこを捕まえている。

「……またか」

 ルードは渋い顔をしつつ、ボロボロの少年たちを見る。

「怪我をしたのか? ヴィク、治療してやらないのか?」
「二人はこのまま、アヴィ兄さんのところに連れて行きます。あ、シュティーンは兄様が見てますので」
「えっ? どう言うことだ!」
「……この二人を庇って瓶で殴られて、大怪我です」

 ヴィクトローレの言葉に、青ざめる。
 ルードは一人息子を文字通り溺愛しており、おっとりした息子を日々心配していたのだが……。

「シュティーン!」
「えと、一応、後宮に運ばれています。息はありました!」
「無かったら困るわぁぁ! あぁぁ……俺の息子! ……レーヴェ、悪いが走るぞ!」
「おい、コラァ! 俺の息子を返しやがれ!」

 リューの声を無視し、全速力で走り抜ける。
 レーヴェはあまり理解していなかったものの、ルードの肩を覗くようにして後ろを見、父たちにひらひら手を振って見せた。

「バイバ~イ、パパ」
「レーヴェ! すぐに迎えに行くからね!」

 必死な父の声が遠ざかるものの、風景を楽しみ、

「ルードおじしゃま、はや~い。しゅごーい!」
「……悪いな。気分悪くないか? 速度落とそうか?」
「だいじょぶ~」

と会話をしていたのだった。
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