上 下
11 / 15

フェリスタ公爵夫人マルガレーテ(マルガレーテ視点)

しおりを挟む
 マルガレーテは、現在国王ですら一目置くフェリスタ公爵家の当主代理である。

 フェリスタ公爵家は、通常爵位の中で最も高位の10ある公爵家の筆頭であり、代々医薬師、薬師、ハーブを使った民間療法で癒す『緑の術師』とも呼ばれる。
 昔、戦乱の時代に戦が続き、自分の進むべき道を見つけられず悩む王のために疲れを癒すハーブティーとポプリを届け、励ました少女フリーデリンデ・フェリスターの直系末裔の一族である。
 ちなみに、マルガレーテの実家は10公爵家の第二番目、エッシェンドルフ家。
 こちらは、音楽を奏でることに長けた一族でフェリスタ家と縁が深かった。



 マルガレーテの夫アルフォンゾはフェリスタ家の一人息子で、幼い頃から騎士になりたいと夢を語っていた。
 当時の公爵夫妻は、素直で真面目な息子の叶えたい夢だからと、30才になるまでと言う約束で許した。
 その間に結婚したマルガレーテは、温厚で優しい夫との間に子供を身籠った。
 しかし、待望の第一子であるクレメンティーナが生まれる前に、夫は命を落とした。
 ……病死でもなく、騎士団の任務中だった。

 当時の騎士団長はエドヴィン……葬儀に弟であるヴィクターに支えられ現れた彼を責めることはできなかった。
 葬儀に現れたエドヴィンは、包帯で血の滲む頭部や身体を巻き、片腕は三角巾で吊るされた状態だったのだ。
 しかも、外交の一族の人間らしく、マルガレーテの義父母の前で『土下座』をして、

「どうか……どうか! お許しください!」

と泣き崩れた。

 エドヴィンが悪いわけではないと、二人とマルガレーテは理解していた。

 誰が悪いのか……エドヴィンや国王一家の元に、たびたび暗殺者を送り込むバカである。
 代々の忠臣たちが何度諫めても全く聞き入れず、権利を主張するものの義務を放置した独裁者親子。
 自らの地位に固執し、何の罪もない甥、従兄である彼を恨み、憎しみは国を乱そうとした親子。
 一度は幽閉したものの、その塔から逃亡し、任務中だったエドヴィンを襲った。
 その時側にいたマルガレーテの夫は、騎士として戦い、息絶えたのだ。

 エドヴィンは過去の辛い経験は全く見せずおおらかで、剛毅な人だ。
 夫との出会いもエドヴィンの紹介だった。


 恨みなどない。
 ただ、辛いだけ……お腹の中の子供が父のいない子となること、その子を産むときの孤独……。
 きっと喜んでくれただろう……そして、一緒に笑ったり泣いたり怒ったりしながら、二人で子供を育てるはずの時間は奪い取られた。

 エドヴィンもヴィクターにも子供がいる。
 二人の家族と交流もできたはず……。

 悔しいのは、許せないのはその愚者たちは自らの過ちを認めなかったこと。
 未だに夫を殺したのは、自分たちに刃向かったからだと、死んで当然だと言っているのだと言う。
 許せない……絶対に許さない。



 マルガレーテは、涙を堪え、エドヴィンに笑いかける。

「エドヴィン様。どうか……泣かないでください。あの人が尊敬していた貴方のこんなふうに嘆く姿は……きっと見たくないでしょう」
「だが……!」
「では……生まれてくる子の親代わりに……なってください。夫も喜びます」

 常々、生まれてくる子の後見をお願いしたいのだと口にしていた。
 夫の遺志だ。

「……わかった。大役だが務めさせてもらうよ。ありがとう……」
「では、私が後見人として……」

 夫と友人でもあったヴィクターが、瞳を潤ませる。

「セティーナも……カズール伯爵も、本当は来たいとおっしゃっていたけれど……」
「つい先日、お子様が生まれたばかりでしょう……先に弔問の使者とお手紙をいただきました」
「……うん。男の子だよ。リュシオンとつけた。君たちの子供と同年になるね」
「そうですか……リュシオン君ですね。どちらに似ていらっしゃるのですか?」
「平凡な私じゃなく、セティーナに似たみたい。目は安定していないけど青色になりそうだから。髪も明るい金だよ。兄様の息子のルードはほっそりしてて、おとなしいのに、もちもちぷりぷりの手足で大声で泣いてる」
「ふふふっ……ヴィクター様もセティーナ様も繊細な方ですのに、リュシオン君はおじいさまに似られたのかしら」

 思い出し笑いをする。
 その時、堪えていた涙がこぼれた。

「……今日は泣かせてくださいませ。明日からは、もう泣きませんから」
「泣いていいんだよ?」
「いいえ。私はフェリスタに嫁いだ人間。この家を夫から預かった身です。この生まれてくる子に、次の当主としての教育を施し、導くのが使命です。まだ力不足であり、役者不足であると思いますが、どうか……マルムスティーン侯爵閣下、カズール伯爵閣下にも、ご安心くださいとお伝えくださいませ。よろしくお願いいたします」

 涙をハンカチで押さえながら、頭を下げる。



 その日から今まで、マルガレーテはフェリスタ家を支えてきた。
 夫の両親はもうすでになく、親戚と言っても遠い血でしかない。
 娘のクレメンティーナも突然行方不明になり、公爵家の力をフルに使って探し続けたが見つからず、どうすればいいのかと思い悩んでいた。
 すると、リュシオンから子供たちのマナーレッスンをと頼まれた。



 シエラは何度か会っていた。
 あの子は見た感じ安定しているが、悪気なく面白いくらいに不器用だ。
 本人は真面目にやっているが、なぜかナイフやフォークがすっぽ抜ける。
 落とすのではなく、カトラリーと手が磁石の対立する極同士になったかのように、勢いよく飛んで行く。
 壁や天井に刺さったりすることもあり、ヒヤヒヤする。
 本人は毎回反省して、時には泣いているのだが、最初はいたずらかと思っていたそれは、本人の努力に関わらず全く落ち着かず、これは本人を責めてもどうしようもない、それよりも見せること、記憶させることで、本人がいざという時にできるようになればと思った。



 リオンはまだ慣れないのとおとなしい臆病な性格のせいか緊張し、失敗するのを恐れる。
 そのためおどおどして、ちょっとした失敗にパニックになる。

 何度かゆっくりと優しく説明して、

「失敗してもいいから一緒にしましょう。みんな一緒です。学ばないと、理解しないといけません。覚えることで身につくものなのですよ」

と促すと、少しずつ出来るようになった。
 とても良いと褒めると嬉しそうに笑う。



 そして、レーヴェは普通……違う、極端に不器用な叔父、兄に比べ、まだ幼いせいもあるのかリュシオンや家族が荒れた土壌をならし、癒したことで、知識の種をたくさんまき、そして日差しを呼び、水を与えることで一気に芽吹いている。
 これからレーヴェは、成長する。
 その成長を、祖母である私が見届けたいと思った。
 手元で育て、夫や娘のぶんも慈しみたい。
 そして、フェリスタ家の正統な後継者として……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

色彩の大陸1~禁断の魔術

谷島修一
ファンタジー
“色彩の大陸”にある軍事大国・ブラミア帝国の傭兵部隊に所属し、隊長を務めるユルゲン・クリーガーは、二年前、帝国によって滅ぼされたブラウグルン共和国軍の精鋭・“深蒼の騎士”であった。クリーガーは共和国の復興を信じ、帝国や帝国軍の内情を探るため傭兵部隊に参加していた。 一方、ブラミア帝国では、 “預言者”と呼ばれる謎の人物が帝国の実権を握っていて悪い噂が絶えなかった。ある日、クリーガーは帝国の皇帝スタニスラフ四世からの勅命を受け、弟子であるオットー・クラクスとソフィア・タウゼントシュタインと共に故郷ズーデハーフェンシュタットから、帝国の首都アリーグラードへと数日を掛けて向かうことになった。その首都では、たびたび謎の翼竜の襲撃を受け、毎回甚大な被害を被っていた。 旅の道中、盗賊の襲撃や旧共和国軍の残党との出会いなどがあったが、無事、首都に到着する。そして、首都ではクリーガーは翼竜の襲撃に居合わせ、弟子たちと共にこれを撃退する。 皇帝から命じられた指令は、首都を襲撃する翼竜を操っていた謎の人物が居ると推測される洋上の島へ出向き、その人物を倒すことであった。クリーガーは一旦ズーデハーフェンシュタットへ戻り、そこの港から選抜された傭兵部隊の仲間と共に島へ出向く。洋上や島での様々な怪物との戦いの果て、多数の犠牲者を出しながらも命懸けで任務を完遂するクリーガー。最後に島で倒した意外な人物にクリーガーは衝撃を受ける。 ズーデハーフェンシュタットに帰還後は、任務を完遂することで首都を守ったとして、クリーガーは“帝国の英雄”として歓迎を受ける。しかし、再び皇帝から首都に呼び出されたクリーガーを待ち構えていたのは、予想もしなかった事態であった。 ----- 文字数 154,460

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

無属性魔法を極めた俺は異世界最強!?

ないと
ファンタジー
異世界に行きたい ずっとそんな事を願っていたある日、俺は集団転移に遭ってしまった。 転移すると周り中草木が生い茂っている森林の中で次々とモンスターが襲ってくる。 それに対抗すべく転移した人全員に与えられているらしいチート能力を使おうとしたのだが・・・・・ 「魔法適正が『無』!?」

お金がないっ!

有馬 迅
ファンタジー
 現代日本で餓死した青年が、転生した異世界で手に入れた能力である「万能花葉」を使って、ドン底だった人生のやり直しを目指す。  飲み食いに困らなければそれでいいって思ってたけど、こういうチート能力なら金にも困らなさそうだから尚いいね! 神様有り難う! ※話しの都合上、主人公の居ない場面では三人称表現となります。

聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる

夕立悠理
恋愛
 ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。  しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。  しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。 ※小説家になろう様にも投稿しています ※感想をいただけると、とても嬉しいです ※著作権は放棄してません

出来損ないと呼ばれた伯爵令嬢は出来損ないを望む

家具屋ふふみに
ファンタジー
 この世界には魔法が存在する。  そして生まれ持つ適性がある属性しか使えない。  その属性は主に6つ。  火・水・風・土・雷・そして……無。    クーリアは伯爵令嬢として生まれた。  貴族は生まれながらに魔力、そして属性の適性が多いとされている。  そんな中で、クーリアは無属性の適性しかなかった。    無属性しか扱えない者は『白』と呼ばれる。  その呼び名は貴族にとって屈辱でしかない。      だからクーリアは出来損ないと呼ばれた。    そして彼女はその通りの出来損ない……ではなかった。    これは彼女の本気を引き出したい彼女の周りの人達と、絶対に本気を出したくない彼女との攻防を描いた、そんな物語。  そしてクーリアは、自身に隠された秘密を知る……そんなお話。 設定揺らぎまくりで安定しないかもしれませんが、そういうものだと納得してくださいm(_ _)m ※←このマークがある話は大体一人称。

処理中です...