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レーヴェのご先祖さま

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 シュティーンと共に部屋に入ったレーヴェは、まず正面に飾られている美しく慈愛に満ちた女性の絵を見上げる。
 上品な手編みのレースを重ねた純白のドレス、そして、長く伸ばした金色の髪に青い瞳。
 父、リューに似ている。

 シュティーンはレーヴェを抱き上げ近くに寄ると、説明する。

「私も会ったことはないけれど、この方がレーヴェとリオンのおばあさまで、リュー叔父上とシエラのお母さまのセティーナさまだよ」
「おばあしゃま……」
「そう。おばあさま。綺麗な人だよね」

 そして、隣に移動する。
 こちらはシエラやヴィクトローレが歳を重ねた、タレ目の穏やかな眼差しの男性。
 天然パーマ気味の蜜色の髪はまとまらず、ふわふわとし、瞳は知的な深緑色……。

「おじーしゃま?」
「そうだよ。ヴィクターさま。エディおじいさまの弟なんだよ」
「おじーしゃま、どこ?」
「ヴィクターおじいさまは、お仕事で別の国に行っているんだよ」
「おちごちょ……」

 シュティーンを見て首を傾げる。
 どんなお仕事なのか……?

「えっと……ヴィクターおじいさまは、前はね? エディおじいさまのお仕事のお手伝いをしていたの。エディおじいさまはお忙しい方でね? セティーナおばあさまの直属の部下である騎士団副総帥っていうお仕事と、従兄弟である前の国王陛下のお手伝いをしていたんだって。それ以外に外交官……冥海を渡って他の国に行って、お話し合いをするお仕事もあってね? 忙しいからって、ヴィクターおじいさまがお手伝いしていたんだって。そのお仕事の時に、行方不明……いないいないになったんだって」
「いないいない……会えにゃい?」
「うーん……いつか会えるよ」

 シュティーンは頭を撫でると、その隣を示す。

「あ、そうだ。おじいさまと父さまが、レーヴェに見せたいって言ってたんだ」
「エディじーしゃま?」
「そう。この方がクレメンティーナさま……レーヴェのお母さまだって」

 レーヴェは見上げる。

 額縁の中にいるのは、菫色の大きな瞳と整った顔、長い髪は青みがかった銀。
 色白だが、健康そうに笑っている。

「母しゃま? レーヴェの?」
「そうだよ。クレメンティーナさま。綺麗な方だよね」
「母しゃま……」

 呟く……と、ボロボロ涙が溢れる。

「母しゃま……母しゃま……」

 なんで絵なのか……。
 抱きしめてくれない、声もかけてくれない……。
 向かい合っているのに、視線もあっているはずなのに……絵の中の母は自分を見ていないのだ。
 ただ、笑っているだけ……手を伸ばしても、握ってくれさえしない。

「……うっ、うあぁぁん! 母しゃま……かあしゃま、か……しゃ……」

 泣きじゃくるレーヴェを、シュティーンは抱きしめる。

「うん、泣いていいよ。レーヴェ……泣いていいよ……」
「母しゃま……」



 しばらく泣き続け、落ち着いたレーヴェの頭を撫でたシュティーンは、

「疲れたね……ジュース飲もうか」

部屋の一角にある重厚なソファに移動する。

 いつのまにか、マーマデュークがおり、ジュースとクッキー、フィナンシェを用意していた。

「ありがとう。マディ兄様」
「いいえ、シュティーンはホットジンジャー、レーヴェさまはベリージュースにしました」
「あ、りがと、でしゅ」
「シュティーン。私がレーヴェさまを預かります」

 マーマデュークに抱きとられ、空いているソファに座った彼の上に座ったレーヴェはジュースを飲ませてもらう。

「汗をかいてますね……着替えを持ってきていますから、後で着替えましょう」
「あい……ん?」
「どうしましたか?」
「んっと……だあれ?」

 レーヴェはテーブルに置かれた、小さい額縁に収められた家族の絵画を示す。

「あぁ、こちらは、先先代カズール伯爵ランスリードさまと夫人、そしてご長子だったアルビオンさま……えっと、レーヴェさまのおばあさまであるセティーナさまのご両親とお兄様です」
「ごりょーちん?」
「……セティーナおばあさまのお父さまとお母さま。レーヴェさまの大きいおじいさまとおばあさまです。そして、おじさまですね」
「おっき~いおじいしゃま?」

 レーヴェは大きく腕を動かして、大きい形を作り問いかけると、別のところから、

ぶぶっ!

と噴き出し、

「あははは……! ちっちゃいエルドヴァーンが、可愛い! 可愛い! 可愛すぎる!」
「エリファスおじいさま……」

シュティーンが睨む方向を見ると、黒いフードをかぶった人物が顔を覗かせる。
 髪は白いが、瞳は鮮やかなグリーン。

「初めまして。ちっちゃいエルドヴァーン。もう一人の大きいおじいさまです」
「……? とーしゃまよりちいしゃい……おっきくにゃい?」

 見上げるような長身の父より、背は低い上に華奢なエリファスを見上げ首を傾げる。

「あははは! 可愛い! 本気で可愛い! あの、エルドヴァーンの息子には見えない!」
「ウッサイ! クソジジイ!」

 後ろから姿を見せたリューが、祖父だと言う人物に手を出そうとすると、

「阿呆。単純攻撃だよ! ランス兄上でもしないよ、さすがバカ」
「グハッ!」
「おしおき!」

空中から現れた紙を折り畳んだ『ハリセン』が現れ、スパパパン! と後頭部を叩く。

「イテェじゃねえか! クソジジイ!」
「可愛げがない! 私のおチビちゃんに全く似てない!」
「親父と一緒にすんな!」
「一緒にしたくないね~! おチビちゃんは可愛いもん!」
「おちびしゃん?」

 首を傾げるレーヴェに、

「グハァ……! ちっちゃいエルドヴァーン……幼い頃のセティーナにそっくりだよ……あぁ、この年頃のセティーナは、『にーさま?』『にーさま!』って、おチビちゃんについて歩いて、長期間いないと、会いに来てくれないーって、びーびー泣きじゃくって、ランス兄上が困り果ててたもの。『なぁ? 俺の娘なのに、なんで懐いてくれないんだ?』とかさぁ? その前にさぁ? 生まれてすぐのセティーナ抱いて、『ヴィクター。家に婿にこい! これがお前の嫁だ!』とか言って、渡す?」
「俺が生まれていない話をすんな!」
「最近、こういう話を聞いてくれるのいないからねぇ……フレッドも最近冷たいし……ルドルフは忙しいし」
「ルードはジジイに構ってる暇はない! それなら、可愛いシュティーンと愛妻と過ごすだろ。いい加減にくたばれ!」
「ぶっ殺す! おチビちゃんの子供だからと思っていたら!」

ハリセンを構える人物を睨みつける父に、レーヴェは声をかける。

「パパ? おかえりなしゃい!」
「レーヴェ。ただいま」

 手を伸ばしてくる息子を抱き上げると、高い高いをする。

「シュティーンお兄ちゃんと仲良くしてた?」
「あい!」
「うん、お利口」

 頬にキスをして、ソファに腰を下ろす。

「ここはレーヴェのおじいさまが集めた趣味の部屋」
「しゅみのへや?」
「そう。色々な国に行くからそこでもらったものとか、本とか、歴史的なものを集めてここに置いておいたんだよ。それに代々のおじいさまたちの絵もね」
「パパの絵は?」
「今度描いてもらうよ。その時はレーヴェもリオンもシエラも一緒だよ」

 息子に笑いかけ、頭や背中を撫でる。

「いっしょ……えへっ」

 頬を赤くし、父親を見上げる息子に気がつく。

「レーヴェ? 顔が真っ赤だね、大丈夫?」

 額に触れ、頬を撫で……マーマデュークを見る。

「マディ。熱が上がってる。ヴィクよんで」
「はい」

 早足で去るのを確認し、リューは立ち上がる。

「レーヴェ。お部屋に戻ろうね?」

 ぼーっとし始めた息子を抱きしめ、悪化しないことを願うのだった。
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