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カイがレーヴェになったわけ

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 カイ……レーヴェは、二人の言い合いを聞きながらうとうとしていた。
 お腹が空いたというより、何も入ってないお腹を何度も蹴られたので熱かったし、唇の端は切れほおも腫れていた。
 大きな腕で抱っこされているだけで安心できて、また泣けてきた。

「泣くな……熱があるんだから。医者に診てもらおうな? レーヴェ」

 その温かい声を聞きながら、レーヴェは父だという彼のマントをぎゅっと握りしめたのだった。



 お腹を触られる感覚に、レーヴェは飛び起きた。

 殴られるのだろうか?
 それに……。
 暴力を振るう父親ではなく、目の前にいたのは濃いグリーンの瞳と濃い蜜色の髪の細身の青年?

「あぁ、びっくりさせちゃったね。君のパパは、着替えに行ってるからすぐ戻るよ。僕は君のパパの従兄弟で、ヴィクトローレ。治癒に特化した魔術師。もう少ししたらお腹の治療が終わるから、横になってくれる?」
「パ、パパ……来ましゅか?」
「来るよ? まぁ、暴れ竜化してたから、ルード兄様たちに叩きのめされたとは思うけどね」
「暴れ竜……?」
「あ、知らなかったかな? ここから西の領地を治めるカズール伯爵家の初代当主は白竜だった。だんだん血は薄まっているけれど、ごく稀に強い血を引くものが生まれる。それは武力に特化した君のパパのようなタイプだったり、武力も知力も特化した叔父さんのシエラタイプだね。君も多分そうだよ」

 君の名前は?

問われて、

「レ、レーヴェ……です」
「へぇ……獣の王の名前か……君は可愛らしいのに、いかめしい名前だね」
「か、可愛い? ぶしゃいくじゃないんでしゅか?」
「何言ってるの。まんまるの目は綺麗なアイスブルーで髪はブロンド。顔立ちは君のお母さんやおばあさまに似ているね。まぁ、成人したら君のパパを押しのけて、この国でも二番目に美形だって言われるだろうね。一番目はうちの陛下だから」
「誰が2番めだ……」

扉が開いて現れたのが、なぜか上半身裸で、長い金髪はぼたぼたと水が滴り落ち、手には何故かぬいぐるみ。

「あぁぁ! リュー兄上! そんな格好で歩かないでくださいよ」
「目の毒か?」
「子供のしつけにとっての害です。こんなあんたの弟がシエラで、息子がレーヴェとリオンとは……特に子供達が可哀想ですよ」
「なんだと!」
「このボケェ!」

 背後から音もなく入ってきた灰青の髪の青年が、剣の柄でリューを殴りつける。

「あだぁぁ!」
「何そんな格好して、うろうろしてるんだ。この悪知恵だけは働いて、喧嘩っ早い、顔だけ男が! 髪乾かして、ここまでの道の掃除して来いな? リュー。いっかぁ? メイドに仕事を押し付けるなよ」
「ルードぉぉ!」
「お前がちゃんと魔術を習っていたら、すぐだったのに、頑張れ」

 リュー……レーヴェの父の腕からぬいぐるみを奪い、追い払った灰青の青年は、にっこり微笑む。

「レーヴェ。初めまして。俺はレーヴェの叔父さん。ルードと言う。はい。これはナムグのぬいぐるみだ。もう少ししたら乳離れする赤ん坊がいるから、見にいこうな?」
「もらっても……いいでしゅか? 取ったり……」
「しないとも。ヴィク……レーヴェの体調は?」
「あまり食べてないみたいですね。えっといくつだっけ?」

 ヴィクトローレに尋ねられ、大きなぬいぐるみをぎゅっと抱きながら、空いた手で指を出す。

「4しゃいでしゅ」
「4歳! にしては小さくないか?」
「まぁ、リオンやエリオットは、年齢にしては大きいので……」
「リオンしゃま……エリオットしゃま……?」

 いじめられるのか?

ビクビクと二人を見上げる。

「あぁ、大丈夫だよ。リオンはお前の一つ上の兄さんで、優しいぞ? エリオットはリオンの幼なじみで、これからよく遊ぶだろう」
「それに時々、ルード兄さんの息子のシュティーンも遊んでくれると思うよ」

 バタバタバタバタ……

ものすごい足音が響き、

「リュシオン・エルドヴァーン。何故逃げるのかな?」
「お、伯父上! 嫌だなぁ。逃げてませんよ~。俺は可愛い子供達のところにと思って……うわぁ!」
「子供の元に行くのが、何故、廊下破壊につながるのだ! この愚か者が!」

キョトンとするレーヴェに聞こえないように、二人はため息をつくと、

「レーヴェ? 今日は伯父さんがついててあげるからな? こっちの叔父さんは修復作業だ」
「はぁぁ……リュー兄上もうちの子もアレクも、やめてほしいよね……血圧が上がって父さまが倒れたらどうするんだろう……」

立ち上がったヴィクトローレに、レーヴェはすがるように問いかけた。

「ヴィクおじしゃま。ありがとうごじゃいました。えっと、パパとおじいしゃま、いたいいたい……しないでしゅか?」

 4歳の子供が丁寧にお礼を言い、そしてあまり理解できないだろうが父たちを気遣う……。

「どういたしまして。そして君のパパは大丈夫だよ。後でおかゆかおもゆを届けてもらうから、おやすみ」

 レーヴェの頭を撫でて、大丈夫そうに部屋を出て行ったヴィクトローレだが、廊下の天井に穴が空き、夕焼けが見えるのを見て、ため息をついたのだった。
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