53 / 66
第2章
『初恋』
しおりを挟む
しばらく入院し、退院してから一週間、新しい家族を迎えて交流して、たっぷりと休みを満喫した彰一は、息子と妻に見送られ久しぶりに出勤する。
掃除は時々遼がしてくれていたのと、壊れた部分は雄堯が知り合いの大工に頼んだので、ほぼ元どおりになった。
それ以上にキシキシと言っていた部分や、錆びていた所も直して貰った。
「本当にありがたい……」
壊されたり直せなかった椅子は、長年使ったので処分してそっくりではないがアンティーク風の新しい椅子を調達した。
それは、義理の息子の理央がカナダで、イメージの椅子を幾つか探し、そして、テーブル席は揃いの椅子、カウンターには様々な有名デザイナーの椅子を送ってきた。
お金を払うと言ったが、『家族だからいいよ。父さん』とメールが返る。
家族というものは余りいいものと思っていなかったが、遼や理央と言った家族がいるととても微笑ましく嬉しいという思いが溢れる。
しばらく掃除をしていないので自分なりに掃除をし、不足分のお酒などを揃えて貰う為に、美鶴に電話をかける。
『もしもし、高坂酒店です』
「こんにちは。お久しぶりです。粟飯原です。お酒の注文は構いませんか?」
『あぁ! マスター。退院されたのですね! おめでとうございます。ご注文は?』
そう伝えると、
『はい! ありがとうございます! マスターの元に又、届けられる日が来て嬉しいです。伺いますね』
と切れた。
グラスは一通り入れ替えたが、お気に入りのグラスが無事でありがたかった。
元のままのようで新しい店は、昔の自分の気持ちを思い起こさせてくれ、改めてこの店のオーナーで良かったと思った。
お店を開ける少し前、美鶴がお酒を届けに来て、それを並べるとCDをかけた。
村下孝蔵のアルバムである。
少し緊張しているらしい……会社のトップをしていた時はなかった。
しかし、外の扉にかけている札をcloseからopenに変えようと扉を開けると、雄洋と宣子、大輔と巴、そして、帰国していた理央と祐実が姿を見せる。
「いらっしゃいませ! 皆さま」
「マスターの復帰を待っていたのよ! 葛葉も行きたい~! でもつわりがひどいの~って」
「おや! それは嬉しいですね。お祝いを贈らないと。でも、皆さん、ありがとうございます。胡蝶蘭だけじゃなく、様々な花を」
「いやぁ、皆悩んだんだけど、巴が何で日本には綺麗な花が一杯なのに胡蝶蘭だけですか? って言って」
大輔の一言に、
「本当に華やかですね。祐実、解る?」
「えぇ」
結婚式は日本でするという二人は話し合い、戸籍は粟飯原姓を名乗るという。
理央の森田姓は、実は赤ん坊の時に置き去りにされていて、その乳児院から引き取られた両親の苗字だった。
その両親には良くして貰ったが、もう二人は高齢だったのですでに亡くなっている。
「で、でも、マスター……えっと、お父さんって呼んでいいんですか? 僕達、今カナダですし、仕事柄転勤が多いです、それでもいいんですか?」
「何がですか?」
「粟飯原の養子になって、マスター達の家族になるのは……」
マスターは微笑む。
「私と理央さん……理央の付き合いは何年です? 君のことはよく知っているよ。優しくて他人思い、そして、努力家。老後を見てとか、長男と言うのは良いんだよ。私が願うのは君と祐実さんの幸せ。それを言うなら、無理に養子になってと言う、私たちはどうでしょう」
「……マスターみたいな人になりたい……父になって欲しいです。お父さんありがとう……」
「それに、マスター……式場を押さえてくれたとか、こちらの新居というのは……」
「あぁ、結婚式場はYUGIHARA internationalホテルの式場だよ? バカを締め……いや、空いていた場所と時間を押さえたから、安心して」
その言葉に息を飲む。
「ゆ、YUGIHARA internationalホテルって、超高級ホテルじゃないですか! あの有名な野球選手とか、アイドルとかの式……」
「ふふふっ……あ、安心しなさい。巴もお兄さんである理央と同じ程度の式を考えているからね」
「あ、そう言えば、妹を紹介してくれるって……君が巴ちゃん?」
「初めまして、理央お兄さん。そして祐実お姉さん。私は粟飯原巴です。年は23です」
「よろしくね。僕は理央27です。彼女は26です。……って、君って確か、うちの会社の新入社員で、高校卒業して留学して、ヨーロッパの大学を飛び級したっていう子じゃなかったっけ?」
理央の問いに、
「えと……奨学金を得て、一応英語とフランス語、イタリア、ドイツ語、スペイン語はある程度話せます」
「めちゃくちゃ優秀! この会社にいるのが普通、あり得んわ!」
大輔も初めて聞いたらしく突っ込む。
「と言うか……伯父……お父さんが、勉強することは損はない。気になることをそのままにしておいては後で後悔するよ。と様々なことを教えて頂ける環境を整えて下さって……」
微笑む。
「お父さんの教えのおかげです。そのお陰で、私に優しいお母さんやお兄さん、弟ができました。それにお姉さん、どうぞよろしくお願いします」
「……まぁ……可愛い。大輔君には勿体ないわ」
呟く宣子。
「酷いですよ! 宣子さん」
その言い合いを聞きながら、マスターは、グラスに丁寧に作った飲み物をテーブルに二つ、そしてテーブル席に持っていく。
「あら、マスター? 今日のお酒は?」
宣子は問いかける。
「ガリバルディ……こちらではカンパリオレンジとも言います。オレンジキュラソーを加えてイタリア風にしています」
「まぁ、素敵です!」
巴は声を上げる。
「お父さんがどんな仕事をしているのか、イメージだけだったのですが、似合っています」
「それは嬉しいね」
巴はじっくり眺め、そしてゆっくり飲み始める。
「あ、甘いのと少し苦味があります……でも美味しいです」
曲が変わり、優しい声が響く。
「ガリバルディのカクテル言葉は、この曲と同じ『初恋』。甘くて苦い思い出……それを忘れないでと、お父さんは思うよ」
音楽を聴きながら雄洋達は、マスターも親馬鹿だったんだと改めて思ったのだった。
掃除は時々遼がしてくれていたのと、壊れた部分は雄堯が知り合いの大工に頼んだので、ほぼ元どおりになった。
それ以上にキシキシと言っていた部分や、錆びていた所も直して貰った。
「本当にありがたい……」
壊されたり直せなかった椅子は、長年使ったので処分してそっくりではないがアンティーク風の新しい椅子を調達した。
それは、義理の息子の理央がカナダで、イメージの椅子を幾つか探し、そして、テーブル席は揃いの椅子、カウンターには様々な有名デザイナーの椅子を送ってきた。
お金を払うと言ったが、『家族だからいいよ。父さん』とメールが返る。
家族というものは余りいいものと思っていなかったが、遼や理央と言った家族がいるととても微笑ましく嬉しいという思いが溢れる。
しばらく掃除をしていないので自分なりに掃除をし、不足分のお酒などを揃えて貰う為に、美鶴に電話をかける。
『もしもし、高坂酒店です』
「こんにちは。お久しぶりです。粟飯原です。お酒の注文は構いませんか?」
『あぁ! マスター。退院されたのですね! おめでとうございます。ご注文は?』
そう伝えると、
『はい! ありがとうございます! マスターの元に又、届けられる日が来て嬉しいです。伺いますね』
と切れた。
グラスは一通り入れ替えたが、お気に入りのグラスが無事でありがたかった。
元のままのようで新しい店は、昔の自分の気持ちを思い起こさせてくれ、改めてこの店のオーナーで良かったと思った。
お店を開ける少し前、美鶴がお酒を届けに来て、それを並べるとCDをかけた。
村下孝蔵のアルバムである。
少し緊張しているらしい……会社のトップをしていた時はなかった。
しかし、外の扉にかけている札をcloseからopenに変えようと扉を開けると、雄洋と宣子、大輔と巴、そして、帰国していた理央と祐実が姿を見せる。
「いらっしゃいませ! 皆さま」
「マスターの復帰を待っていたのよ! 葛葉も行きたい~! でもつわりがひどいの~って」
「おや! それは嬉しいですね。お祝いを贈らないと。でも、皆さん、ありがとうございます。胡蝶蘭だけじゃなく、様々な花を」
「いやぁ、皆悩んだんだけど、巴が何で日本には綺麗な花が一杯なのに胡蝶蘭だけですか? って言って」
大輔の一言に、
「本当に華やかですね。祐実、解る?」
「えぇ」
結婚式は日本でするという二人は話し合い、戸籍は粟飯原姓を名乗るという。
理央の森田姓は、実は赤ん坊の時に置き去りにされていて、その乳児院から引き取られた両親の苗字だった。
その両親には良くして貰ったが、もう二人は高齢だったのですでに亡くなっている。
「で、でも、マスター……えっと、お父さんって呼んでいいんですか? 僕達、今カナダですし、仕事柄転勤が多いです、それでもいいんですか?」
「何がですか?」
「粟飯原の養子になって、マスター達の家族になるのは……」
マスターは微笑む。
「私と理央さん……理央の付き合いは何年です? 君のことはよく知っているよ。優しくて他人思い、そして、努力家。老後を見てとか、長男と言うのは良いんだよ。私が願うのは君と祐実さんの幸せ。それを言うなら、無理に養子になってと言う、私たちはどうでしょう」
「……マスターみたいな人になりたい……父になって欲しいです。お父さんありがとう……」
「それに、マスター……式場を押さえてくれたとか、こちらの新居というのは……」
「あぁ、結婚式場はYUGIHARA internationalホテルの式場だよ? バカを締め……いや、空いていた場所と時間を押さえたから、安心して」
その言葉に息を飲む。
「ゆ、YUGIHARA internationalホテルって、超高級ホテルじゃないですか! あの有名な野球選手とか、アイドルとかの式……」
「ふふふっ……あ、安心しなさい。巴もお兄さんである理央と同じ程度の式を考えているからね」
「あ、そう言えば、妹を紹介してくれるって……君が巴ちゃん?」
「初めまして、理央お兄さん。そして祐実お姉さん。私は粟飯原巴です。年は23です」
「よろしくね。僕は理央27です。彼女は26です。……って、君って確か、うちの会社の新入社員で、高校卒業して留学して、ヨーロッパの大学を飛び級したっていう子じゃなかったっけ?」
理央の問いに、
「えと……奨学金を得て、一応英語とフランス語、イタリア、ドイツ語、スペイン語はある程度話せます」
「めちゃくちゃ優秀! この会社にいるのが普通、あり得んわ!」
大輔も初めて聞いたらしく突っ込む。
「と言うか……伯父……お父さんが、勉強することは損はない。気になることをそのままにしておいては後で後悔するよ。と様々なことを教えて頂ける環境を整えて下さって……」
微笑む。
「お父さんの教えのおかげです。そのお陰で、私に優しいお母さんやお兄さん、弟ができました。それにお姉さん、どうぞよろしくお願いします」
「……まぁ……可愛い。大輔君には勿体ないわ」
呟く宣子。
「酷いですよ! 宣子さん」
その言い合いを聞きながら、マスターは、グラスに丁寧に作った飲み物をテーブルに二つ、そしてテーブル席に持っていく。
「あら、マスター? 今日のお酒は?」
宣子は問いかける。
「ガリバルディ……こちらではカンパリオレンジとも言います。オレンジキュラソーを加えてイタリア風にしています」
「まぁ、素敵です!」
巴は声を上げる。
「お父さんがどんな仕事をしているのか、イメージだけだったのですが、似合っています」
「それは嬉しいね」
巴はじっくり眺め、そしてゆっくり飲み始める。
「あ、甘いのと少し苦味があります……でも美味しいです」
曲が変わり、優しい声が響く。
「ガリバルディのカクテル言葉は、この曲と同じ『初恋』。甘くて苦い思い出……それを忘れないでと、お父さんは思うよ」
音楽を聴きながら雄洋達は、マスターも親馬鹿だったんだと改めて思ったのだった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
悪意か、善意か、破滅か
野村にれ
恋愛
婚約者が別の令嬢に恋をして、婚約を破棄されたエルム・フォンターナ伯爵令嬢。
婚約者とその想い人が自殺を図ったことで、美談とされて、
悪意に晒されたエルムと、家族も一緒に爵位を返上してアジェル王国を去った。
その後、アジェル王国では、徐々に異変が起こり始める。
聖女戦士ピュアレディー
ピュア
大衆娯楽
近未来の日本!
汚染物質が突然変異でモンスター化し、人類に襲いかかる事件が多発していた。
そんな敵に立ち向かう為に開発されたピュアスーツ(スリングショット水着とほぼ同じ)を身にまとい、聖水(オシッコ)で戦う美女達がいた!
その名を聖女戦士 ピュアレディー‼︎
パパー!紳士服売り場にいた家族の男性は夫だった…子供を抱きかかえて幸せそう…なら、こちらも幸せになりましょう
白崎アイド
大衆娯楽
夫のシャツを買いに紳士服売り場で買い物をしていた私。
ネクタイも揃えてあげようと売り場へと向かえば、仲良く買い物をする男女の姿があった。
微笑ましく思うその姿を見ていると、振り向いた男性は夫だった…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる