あるバーのマスターの話

刹那玻璃

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第2章

『初恋』

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 しばらく入院し、退院してから一週間、新しい家族を迎えて交流して、たっぷりと休みを満喫した彰一しょういちは、息子と妻に見送られ久しぶりに出勤する。
 掃除は時々はるかがしてくれていたのと、壊れた部分は雄堯たけあきが知り合いの大工に頼んだので、ほぼ元どおりになった。
 それ以上にキシキシと言っていた部分や、錆びていた所も直して貰った。

「本当にありがたい……」

 壊されたり直せなかった椅子は、長年使ったので処分してそっくりではないがアンティーク風の新しい椅子を調達した。
 それは、義理の息子の理央りおうがカナダで、イメージの椅子を幾つか探し、そして、テーブル席は揃いの椅子、カウンターには様々な有名デザイナーの椅子を送ってきた。
 お金を払うと言ったが、『家族だからいいよ。父さん』とメールが返る。
 家族というものは余りいいものと思っていなかったが、遼や理央と言った家族がいるととても微笑ましく嬉しいという思いが溢れる。

 しばらく掃除をしていないので自分なりに掃除をし、不足分のお酒などを揃えて貰う為に、美鶴みつるに電話をかける。

『もしもし、高坂酒店です』
「こんにちは。お久しぶりです。粟飯原あいばらです。お酒の注文は構いませんか?」
『あぁ! マスター。退院されたのですね! おめでとうございます。ご注文は?』

 そう伝えると、

『はい! ありがとうございます! マスターの元に又、届けられる日が来て嬉しいです。伺いますね』

と切れた。

 グラスは一通り入れ替えたが、お気に入りのグラスが無事でありがたかった。
 元のままのようで新しい店は、昔の自分の気持ちを思い起こさせてくれ、改めてこの店のオーナーで良かったと思った。

 お店を開ける少し前、美鶴がお酒を届けに来て、それを並べるとCDをかけた。
 村下孝蔵のアルバムである。

 少し緊張しているらしい……会社のトップをしていた時はなかった。
 しかし、外の扉にかけている札をcloseからopenに変えようと扉を開けると、雄洋たけひろ宣子のりこ、大輔とともえ、そして、帰国していた理央りおう祐実ゆみが姿を見せる。

「いらっしゃいませ! 皆さま」
「マスターの復帰を待っていたのよ! 葛葉くずのはも行きたい~! でもつわりがひどいの~って」
「おや! それは嬉しいですね。お祝いを贈らないと。でも、皆さん、ありがとうございます。胡蝶蘭だけじゃなく、様々な花を」
「いやぁ、皆悩んだんだけど、巴が何で日本には綺麗な花が一杯なのに胡蝶蘭だけですか? って言って」

 大輔の一言に、

「本当に華やかですね。祐実、解る?」
「えぇ」

結婚式は日本でするという二人は話し合い、戸籍は粟飯原あいばら姓を名乗るという。
 理央の森田姓は、実は赤ん坊の時に置き去りにされていて、その乳児院から引き取られた両親の苗字だった。
 その両親には良くして貰ったが、もう二人は高齢だったのですでに亡くなっている。

「で、でも、マスター……えっと、お父さんって呼んでいいんですか? 僕達、今カナダですし、仕事柄転勤が多いです、それでもいいんですか?」
「何がですか?」
「粟飯原の養子になって、マスター達の家族になるのは……」

 マスターは微笑む。

「私と理央さん……理央の付き合いは何年です? 君のことはよく知っているよ。優しくて他人思い、そして、努力家。老後を見てとか、長男と言うのは良いんだよ。私が願うのは君と祐実さんの幸せ。それを言うなら、無理に養子になってと言う、私たちはどうでしょう」
「……マスターみたいな人になりたい……父になって欲しいです。お父さんありがとう……」
「それに、マスター……式場を押さえてくれたとか、こちらの新居というのは……」
「あぁ、結婚式場はYUGIHARA internationalホテルの式場だよ? バカを締め……いや、空いていた場所と時間を押さえたから、安心して」

 その言葉に息を飲む。

「ゆ、YUGIHARA internationalホテルって、超高級ホテルじゃないですか! あの有名な野球選手とか、アイドルとかの式……」
「ふふふっ……あ、安心しなさい。巴もお兄さんである理央と同じ程度の式を考えているからね」
「あ、そう言えば、妹を紹介してくれるって……君が巴ちゃん?」
「初めまして、理央お兄さん。そして祐実お姉さん。私は粟飯原巴です。年は23です」
「よろしくね。僕は理央27です。彼女は26です。……って、君って確か、うちの会社の新入社員で、高校卒業して留学して、ヨーロッパの大学を飛び級したっていう子じゃなかったっけ?」

 理央の問いに、

「えと……奨学金を得て、一応英語とフランス語、イタリア、ドイツ語、スペイン語はある程度話せます」
「めちゃくちゃ優秀! この会社にいるのが普通、あり得んわ!」

大輔も初めて聞いたらしく突っ込む。

「と言うか……伯父……お父さんが、勉強することは損はない。気になることをそのままにしておいては後で後悔するよ。と様々なことを教えて頂ける環境を整えて下さって……」

 微笑む。

「お父さんの教えのおかげです。そのお陰で、私に優しいお母さんやお兄さん、弟ができました。それにお姉さん、どうぞよろしくお願いします」
「……まぁ……可愛い。大輔君には勿体ないわ」

 呟く宣子。

「酷いですよ! 宣子さん」

 その言い合いを聞きながら、マスターは、グラスに丁寧に作った飲み物をテーブルに二つ、そしてテーブル席に持っていく。

「あら、マスター? 今日のお酒は?」

 宣子は問いかける。

「ガリバルディ……こちらではカンパリオレンジとも言います。オレンジキュラソーを加えてイタリア風にしています」
「まぁ、素敵です!」

 巴は声を上げる。

「お父さんがどんな仕事をしているのか、イメージだけだったのですが、似合っています」
「それは嬉しいね」

 巴はじっくり眺め、そしてゆっくり飲み始める。

「あ、甘いのと少し苦味があります……でも美味しいです」

 曲が変わり、優しい声が響く。

「ガリバルディのカクテル言葉は、この曲と同じ『初恋』。甘くて苦い思い出……それを忘れないでと、お父さんは思うよ」

 音楽を聴きながら雄洋達は、マスターも親馬鹿だったんだと改めて思ったのだった。
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