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第2章
『瑠璃色の地球』
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夫の彰一は入院している。
遼は乳飲み子である遼一を見ている為、病院に行くのを控えている。
本当は行きたかったが、まだ幼い遼一と離れるのも後ろ髪を引かれるし、一人では大変だと雄洋が実家に連れて行ってくれ、優子や雄堯が、
「病院は駄目よ。先輩は大丈夫よ。それよりも、病院に行って遼一くんが病気になったら困るでしょう?」
「そうだぞ。あいつはそんなにヤワじゃない」
「雄堯さんはよく知っているんですね」
「と言うか、あいつ、遼さんの前じゃ優しい顔をしてるけどな、無表情で、笑いもしないし喋るのも授業の時くらいだ。同じ高校で俺は成績下の方だったけどあいつはほぼ満点で、それが当然って顔だった」
「先輩はあの端正な顔でしょう? それに成績も良いし、モテたけれど、全然反応しないの」
優子の言葉に、遼は恐る恐る、
「ゆ、優子さんは、彰一さんのこと……」
「それはないわぁ……」
笑う。
「同じ生徒会の先輩後輩なのよ。独裁者じゃないけど、何かあったら一人でテキパキ判断するから、私達は後で出来上がった書類で知るのよ。でも文句の言いようがないから、言わなかったんだけど、体育委員のこの人が……」
「一人で決めんな! って言ってたな」
「先輩は『何で? 間違っているか? 言いたいことがあるなら前以て言っておけ』と、こんな感じで、この人と先輩が喧嘩してるのよね。この人はうるさいし……」
優子の話し方に、遼はプッと笑う。
夫は自分の前では優しく微笑むが、雄堯が来た時には、言い合いと言うかポンポンと言葉のやりとりをする。
それは夫の新しい面を見たと嬉しくなる。
同じように、元酒屋の高坂が遊びに来た時は、言い合いと言うよりも、お互いの近況だったり、高坂の田舎暮らしの話をグラスの準備をしながら楽しげに聞き入っている。
雄洋や大輔、宣子たちといる時は優しい眼差し……。
「でも、あの先輩が、未だにあんな表情をするなんて信じられないのよね」
「あんな表情?」
「あら、気がついていないの?」
ウフフと笑う。
「遼さんと遼一くんの写真を見ては、信じられないほどニコニコとしているわよ。この間、雄洋に頼まれた荷物を届けに行った時に……こっそり覗いたのよね」
優子に問いかけようとした時、扉が開いた。
「ただいま」
「ただいま帰りました」
入ってくるのは雄洋と婚約者でここに同居している宜子、そして、大輔と小柄な可愛い女性が頭を下げながら入ってくる。
「こんばんは」
「初めまして、お邪魔致します」
「あらあら、大輔くん、彼女?」
「あ、えと、同じ会社の後輩で、付き合ってる巴です」
「あ、あの、靫原巴と申します」
深々と礼儀正しく頭を下げる。
「あらあら?」
優子は微笑む。
「確か、靫原陽平君の娘さんが巴ちゃんよね?」
「えっ! 父のこと……」
「おほほ! 私、同級生だったの。同じ生徒会だったから、仕事押し付けておいたわ。あの人、如何に仕事をサボるか、如何にバレないように手抜きするかに力入れて、英語に国語に世界史欠点で、何回か生徒会にいるの不適格って言われていたもの。彰一先輩が裏で手を回してと言うよりも、スパルタで試験勉強見てくれてたから……あのままだと落第だったわよ」
恐ろしい話を笑って話す優子に、雄洋が、
「母さん。巴ちゃん、実家を出てて、今一人暮らしなんだ。それに……」
「あぁ、知ってるわ。先輩に聞いてるもの。先輩の叔父さんと陽平君夫婦が、散々長男甘やかして、巴ちゃんをほぼ育児放棄してたから、養女に迎えたって……あ、遼ちゃん、聞いてなかったかしら?」
赤ん坊を抱いた遼は、夫の養女を見つめていたが、ポツリと
「あ、目の優しい色が彰一さんに似てる、雰囲気も、わぁ……可愛い。でも、優子さん、宜子さん! どうしましょう!」
「どうしたの?」
「と、巴さんに、結婚式に来て頂いていませんでした。それに、遼一が生まれたことも! 家族として失格です! ごめんなさい! ちゃんと巴さんに伝えてなくて……それにこんなドジじゃ、お母さんなんて……」
「えっと……」
巴はオロオロする。
拒否られると思っていたのに、逆に迎え入れてくれる優しさに……。
祖父も両親も、兄の教育と称する溺愛に熱心で、巴を放置していた。
巴は小さい頃から時々会っていた彰一や、彰一が信頼するメイドたちに育てられた。
兄が何とかコネで、そこそこの私立中学校にゴリ押しで入学したものの、巴は叔父と相談し、巴の教育に最適な全寮制の中高一貫校に進学した。
その間に叔父は靫原からいなくなり、しかし誕生日やクリスマスにはプレゼントが届いていた。
それだけでも嬉しいのに、家族として迎え入れてくれる……遼の心の広さに涙が溢れる。
「ご、ごめんなさい! 巴ちゃん。えっと、えっと泣かないで、あぁ、ポケットからハンカチって、遼一のよだれかけだったわ……」
「いいえ、いいえ……えと、お母さん。ありがとうございます。叔父……お父さんが突然養女だなんてびっくりしたでしょう? それなのに、優しくして下さって……」
「だって、彰一さんの娘は私の娘だもの。あ、そうだわ、巴ちゃん……まだ幼いですけど、巴ちゃんの弟の遼一です。りょうちゃん。お姉ちゃんですよ~」
抱っこしていた息子をそっと抱かせる。
その暖かさと柔らかさ、重みに、
「りょうちゃん、お姉ちゃんですよ……いつ呼んでくれるかしら」
「もう少し先ね。それよりも巴ちゃん、大輔くんも早くいらっしゃい。晩御飯できているわよ」
優子の声に皆は移動する。
そこで出された缶ビールに、大輔はため息をつく。
「おばさんには申し訳ないけれど、やっぱり、マスターの店に行ってると、これじゃ物足りないな」
「そうねぇ……」
「でも、我慢だ。退院したら、パーティーを」
「マスターを働かせるな。大輔」
たしなめる。
「でも、遼。また何か歌ってあげるの? 貴方がマスターに一曲歌ってるの、知ってるのよ」
宜子の言葉に、頬を赤くしながら、
「松田聖子さんの『瑠璃色の地球』を。しょ、彰一さんに、悪いことばかりじゃない、夜ばかりじゃない、毎日朝は来るって……だから……」
「まぁまぁ、まだ新婚。惚気だわ~」
「宜子さんが言ったのに!」
と拗ねる遼に巴も微笑む。
「私も一緒に歌います」
「本当? 嬉しいわ!」
義理の親子は顔を見合わせ、微笑んだのだった。
因みに、
「おい、こら~。遼一。何で巴にくっついてんだ?」
大輔が巴に抱きついているのを見て、ため息をつく。
「ほら、おもちゃ」
じっと見るが、プイッとそっぽを向き、巴に顔を埋める。
「こら! 俺でもしてないことするな!」
「それより子供に嫉妬するな」
雄洋は突っ込んだのだった。
遼は乳飲み子である遼一を見ている為、病院に行くのを控えている。
本当は行きたかったが、まだ幼い遼一と離れるのも後ろ髪を引かれるし、一人では大変だと雄洋が実家に連れて行ってくれ、優子や雄堯が、
「病院は駄目よ。先輩は大丈夫よ。それよりも、病院に行って遼一くんが病気になったら困るでしょう?」
「そうだぞ。あいつはそんなにヤワじゃない」
「雄堯さんはよく知っているんですね」
「と言うか、あいつ、遼さんの前じゃ優しい顔をしてるけどな、無表情で、笑いもしないし喋るのも授業の時くらいだ。同じ高校で俺は成績下の方だったけどあいつはほぼ満点で、それが当然って顔だった」
「先輩はあの端正な顔でしょう? それに成績も良いし、モテたけれど、全然反応しないの」
優子の言葉に、遼は恐る恐る、
「ゆ、優子さんは、彰一さんのこと……」
「それはないわぁ……」
笑う。
「同じ生徒会の先輩後輩なのよ。独裁者じゃないけど、何かあったら一人でテキパキ判断するから、私達は後で出来上がった書類で知るのよ。でも文句の言いようがないから、言わなかったんだけど、体育委員のこの人が……」
「一人で決めんな! って言ってたな」
「先輩は『何で? 間違っているか? 言いたいことがあるなら前以て言っておけ』と、こんな感じで、この人と先輩が喧嘩してるのよね。この人はうるさいし……」
優子の話し方に、遼はプッと笑う。
夫は自分の前では優しく微笑むが、雄堯が来た時には、言い合いと言うかポンポンと言葉のやりとりをする。
それは夫の新しい面を見たと嬉しくなる。
同じように、元酒屋の高坂が遊びに来た時は、言い合いと言うよりも、お互いの近況だったり、高坂の田舎暮らしの話をグラスの準備をしながら楽しげに聞き入っている。
雄洋や大輔、宣子たちといる時は優しい眼差し……。
「でも、あの先輩が、未だにあんな表情をするなんて信じられないのよね」
「あんな表情?」
「あら、気がついていないの?」
ウフフと笑う。
「遼さんと遼一くんの写真を見ては、信じられないほどニコニコとしているわよ。この間、雄洋に頼まれた荷物を届けに行った時に……こっそり覗いたのよね」
優子に問いかけようとした時、扉が開いた。
「ただいま」
「ただいま帰りました」
入ってくるのは雄洋と婚約者でここに同居している宜子、そして、大輔と小柄な可愛い女性が頭を下げながら入ってくる。
「こんばんは」
「初めまして、お邪魔致します」
「あらあら、大輔くん、彼女?」
「あ、えと、同じ会社の後輩で、付き合ってる巴です」
「あ、あの、靫原巴と申します」
深々と礼儀正しく頭を下げる。
「あらあら?」
優子は微笑む。
「確か、靫原陽平君の娘さんが巴ちゃんよね?」
「えっ! 父のこと……」
「おほほ! 私、同級生だったの。同じ生徒会だったから、仕事押し付けておいたわ。あの人、如何に仕事をサボるか、如何にバレないように手抜きするかに力入れて、英語に国語に世界史欠点で、何回か生徒会にいるの不適格って言われていたもの。彰一先輩が裏で手を回してと言うよりも、スパルタで試験勉強見てくれてたから……あのままだと落第だったわよ」
恐ろしい話を笑って話す優子に、雄洋が、
「母さん。巴ちゃん、実家を出てて、今一人暮らしなんだ。それに……」
「あぁ、知ってるわ。先輩に聞いてるもの。先輩の叔父さんと陽平君夫婦が、散々長男甘やかして、巴ちゃんをほぼ育児放棄してたから、養女に迎えたって……あ、遼ちゃん、聞いてなかったかしら?」
赤ん坊を抱いた遼は、夫の養女を見つめていたが、ポツリと
「あ、目の優しい色が彰一さんに似てる、雰囲気も、わぁ……可愛い。でも、優子さん、宜子さん! どうしましょう!」
「どうしたの?」
「と、巴さんに、結婚式に来て頂いていませんでした。それに、遼一が生まれたことも! 家族として失格です! ごめんなさい! ちゃんと巴さんに伝えてなくて……それにこんなドジじゃ、お母さんなんて……」
「えっと……」
巴はオロオロする。
拒否られると思っていたのに、逆に迎え入れてくれる優しさに……。
祖父も両親も、兄の教育と称する溺愛に熱心で、巴を放置していた。
巴は小さい頃から時々会っていた彰一や、彰一が信頼するメイドたちに育てられた。
兄が何とかコネで、そこそこの私立中学校にゴリ押しで入学したものの、巴は叔父と相談し、巴の教育に最適な全寮制の中高一貫校に進学した。
その間に叔父は靫原からいなくなり、しかし誕生日やクリスマスにはプレゼントが届いていた。
それだけでも嬉しいのに、家族として迎え入れてくれる……遼の心の広さに涙が溢れる。
「ご、ごめんなさい! 巴ちゃん。えっと、えっと泣かないで、あぁ、ポケットからハンカチって、遼一のよだれかけだったわ……」
「いいえ、いいえ……えと、お母さん。ありがとうございます。叔父……お父さんが突然養女だなんてびっくりしたでしょう? それなのに、優しくして下さって……」
「だって、彰一さんの娘は私の娘だもの。あ、そうだわ、巴ちゃん……まだ幼いですけど、巴ちゃんの弟の遼一です。りょうちゃん。お姉ちゃんですよ~」
抱っこしていた息子をそっと抱かせる。
その暖かさと柔らかさ、重みに、
「りょうちゃん、お姉ちゃんですよ……いつ呼んでくれるかしら」
「もう少し先ね。それよりも巴ちゃん、大輔くんも早くいらっしゃい。晩御飯できているわよ」
優子の声に皆は移動する。
そこで出された缶ビールに、大輔はため息をつく。
「おばさんには申し訳ないけれど、やっぱり、マスターの店に行ってると、これじゃ物足りないな」
「そうねぇ……」
「でも、我慢だ。退院したら、パーティーを」
「マスターを働かせるな。大輔」
たしなめる。
「でも、遼。また何か歌ってあげるの? 貴方がマスターに一曲歌ってるの、知ってるのよ」
宜子の言葉に、頬を赤くしながら、
「松田聖子さんの『瑠璃色の地球』を。しょ、彰一さんに、悪いことばかりじゃない、夜ばかりじゃない、毎日朝は来るって……だから……」
「まぁまぁ、まだ新婚。惚気だわ~」
「宜子さんが言ったのに!」
と拗ねる遼に巴も微笑む。
「私も一緒に歌います」
「本当? 嬉しいわ!」
義理の親子は顔を見合わせ、微笑んだのだった。
因みに、
「おい、こら~。遼一。何で巴にくっついてんだ?」
大輔が巴に抱きついているのを見て、ため息をつく。
「ほら、おもちゃ」
じっと見るが、プイッとそっぽを向き、巴に顔を埋める。
「こら! 俺でもしてないことするな!」
「それより子供に嫉妬するな」
雄洋は突っ込んだのだった。
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