あるバーのマスターの話

刹那玻璃

文字の大きさ
上 下
51 / 66
第2章

『若者のすべて』

しおりを挟む
 彰一しょういちの怪我は数カ所酷いところもあったが、ガラスを取り除き縫って、後日検査をしたところ健康体であることが分かった。
 ちなみに、頭部だけではなく全身の人間ドックもついでに受け、実年齢よりも若いと言われたらしく、真顔で、

「妻と息子を養いますので、後50年は生きたいと思います」
「後50年……マスター。遼一りょういちの孫まで面倒見るのか?」

大輔はからかうが、ニヤッと笑う。

「あ、はるかには伝えたんですが、養子と養女を迎えることにしました。それに、面倒だなぁとは思ったのですが、1つマンションを貰ってしまいまして……」
「マンションの一室ですか?」

 雄洋たけひろが、お茶を渡しながら問いかけると、

「いえ、今、店の近くに建てているでしょう? 16階建のマンション。あれ、全部です。固定資産税とか困るなぁと思うのですが、叔父の会社の社員が住むので、その家賃収入である程度賄えるそうです。えと、16階は私の家になるそうですが、10階から上は分譲なんですよ。誰か買いませんかね。一応、森田くんには伝えるつもりです。ここに戻ってもホテル住まいはきついでしょう。それに、森田くんも私の息子ですから」
「高いんじゃないんですか?」
「ここの地価相場を考えて下さい。それに言ったでしょう? 10階までは叔父の会社に貸しているので、お安く分譲しますよ。雄洋さんも、雄堯たけあきがいたらいかに宣子のりこさんでも大変じゃないですか? 広い部屋ありますよ」
「そ、そうなんですか?」
「それに、大輔さん? 一応言っておきますけど、ともえは私の娘ですので、簡単にあげませんから」

突然の言葉に硬直する。

「えっ……マスター?」
「だから、森田くんと巴です。養子に迎えようと思っています。森田くん……理央りおうくんには一応先日手紙を送ったんですよ。巴の方は……」

 にっこりと笑う。

靫原ゆぎはらと縁を切ろうと思いまして。陽平に巴を引き取ると。で、叔父が今までの様々なことの代わりにとマンションをくれたので。あぁ、高坂さんの娘さんも2年したら大学受験ですからね。セキュリティの不安なアパートより、家で預かるつもりです」
「えっと、一番小さい分譲はどれ位の大きさですか?」

 ダラダラと汗をかきながら大輔は尋ねる。

「10階からは3LDKからですね。一つの階に二つか三つの家がありますし、15が理央くん夫婦と巴の家になりますね。14の一つが雄洋さんの家に。もう一つは誰に貸しましょうか……」

 ふふふ……。

楽しげに微笑む。

「巴の家に転がり込みますか?」
「それはしません! ちゃんと買いますよ! ……分割払いでお願いします! それに、巴にプロポーズもしてないのに、転がり込めません! ちゃんとしてからです!」

 大輔の一言に二人は笑う。

「な、何で笑うんですか!」
「……大輔、後ろ」

 雄洋は示す。
 振り返ると、ペットボトルを幾つも抱えた巴が真っ赤になっていた。

「あ、あの、あの……」
「良かったね、巴。大輔さんのことは、よく知っているし、応援しているよ」
「そうそう。大輔は……」
「マスターも、雄洋も何言ってるんだよ! マスターは安静にしてるんじゃないのか? と、巴もほら、ペットボトル……」

 大輔は取りに行き、巴の手を引いてくる。
 その様子に、

「あぁ、この間、遼がこのCDをかけたいと言っていたんですよ」
「どのCDですか?」
「フジファブリックのです」
「あぁ、私は『若者のすべて』好きですね……あ、ありがとう。巴さん、大輔」

雄洋は、大輔に渡されたコーヒーのキャップを外す。

「『若者のすべて』?」
「この曲だよ」

 スマホを操作し、曲が流れる。

「この曲と共に、テネシークーラーを作って飲んで頂きたかったですね。早く元気にならなくては……」

 彰一は、スポーツドリンクを巴に開けて貰いながら呟いたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

世界樹の森でちび神獣たちのお世話係はじめました

カナデ
ファンタジー
 仕事へ向かう通勤列車の事故であっさりと死んだ俺、斎藤樹。享年三十二歳。  まあ、死んでしまったものは仕方がない。  そう思いつつ、真っ暗い空間を魂のままフラフラ漂っていると、世界の管理官を名乗る神族が現れた。  そこで説明されたことによると、なんだか俺は、元々異世界の魂だったらしい。  どうやら地球の人口が多くなりすぎて、不足する魂を他の異世界から吸い取っていたらしい。  そう言われても魂のことなぞ、一市民の俺が知る訳ないが、どうやら俺は転生の待機列からも転がり落ちたそうで、元々の魂の世界の輪廻へ戻され、そこで転生することになるらしい。  そんな説明を受け、さあ、じゃあ元の世界の輪廻へ移行する、となった時、また俺は管理官の手から転がり落ちてしまった。  そうして落ちたのは、異世界の中心、神獣やら幻獣やらドラゴンやら、最強種が集まる深い森の中で。  何故か神獣フェニックスに子供を投げ渡された。  え?育てろって?どうやって?っていうか、親の貴方がいるのに、何故俺が?  魂の状態で落ちたはずなのに、姿は前世の時のまま。そして教えられたステータスはとんでもないもので。    気づくと神獣・幻獣たちが子育てのチャンス!とばかりに寄って来て……。  これから俺は、どうなるんだろうか? * 最初は毎日更新しますが、その後の更新は不定期になる予定です * * R15は保険ですが、戦闘というか流血表現がありますのでご注意下さい               (主人公による戦闘はありません。ほのぼの日常です) * 見切り発車で連載開始しましたので、生暖かい目に見守ってくれるとうれしいです。 どうぞよろしくお願いします<(_ _)> 7/18 HOT10位→5位 !! ありがとうございます! 7/19 HOT4位→2位 !! お気に入り 2000 ありがとうございます!  7/20 HOT2位 !! 7/21 お気に入り 3000 ありがとうございます!

聖女戦士ピュアレディー

ピュア
大衆娯楽
近未来の日本! 汚染物質が突然変異でモンスター化し、人類に襲いかかる事件が多発していた。 そんな敵に立ち向かう為に開発されたピュアスーツ(スリングショット水着とほぼ同じ)を身にまとい、聖水(オシッコ)で戦う美女達がいた! その名を聖女戦士 ピュアレディー‼︎

ヘタレ女の料理帖番外編

津崎鈴子
大衆娯楽
完結しました【ヘタレ女の料理帖】の番外編です。 ユキ以外の視点からの何気ない日常です。この小説は、小説家になろうでも掲載しています。

パパー!紳士服売り場にいた家族の男性は夫だった…子供を抱きかかえて幸せそう…なら、こちらも幸せになりましょう

白崎アイド
大衆娯楽
夫のシャツを買いに紳士服売り場で買い物をしていた私。 ネクタイも揃えてあげようと売り場へと向かえば、仲良く買い物をする男女の姿があった。 微笑ましく思うその姿を見ていると、振り向いた男性は夫だった…

永遠に一緒に…

神在琉葵(かみありるき)
大衆娯楽
いつまでも一緒よ…

兵法者ハンベエの物語

市橋千九郎
大衆娯楽
 剣と弓が武器の時代。  ハンベエ二十歳。兵法免許皆伝の申し渡しを受け、実践修業に送り出される。  戦いの技術以外知らぬ若者が乱世の中で何を得、どう生きて行くのかを描いた架空戦記。 尚、表紙絵はBee画伯。

処理中です...