あるバーのマスターの話

刹那玻璃

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第2章

『若者のすべて』

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 彰一しょういちの怪我は数カ所酷いところもあったが、ガラスを取り除き縫って、後日検査をしたところ健康体であることが分かった。
 ちなみに、頭部だけではなく全身の人間ドックもついでに受け、実年齢よりも若いと言われたらしく、真顔で、

「妻と息子を養いますので、後50年は生きたいと思います」
「後50年……マスター。遼一りょういちの孫まで面倒見るのか?」

大輔はからかうが、ニヤッと笑う。

「あ、はるかには伝えたんですが、養子と養女を迎えることにしました。それに、面倒だなぁとは思ったのですが、1つマンションを貰ってしまいまして……」
「マンションの一室ですか?」

 雄洋たけひろが、お茶を渡しながら問いかけると、

「いえ、今、店の近くに建てているでしょう? 16階建のマンション。あれ、全部です。固定資産税とか困るなぁと思うのですが、叔父の会社の社員が住むので、その家賃収入である程度賄えるそうです。えと、16階は私の家になるそうですが、10階から上は分譲なんですよ。誰か買いませんかね。一応、森田くんには伝えるつもりです。ここに戻ってもホテル住まいはきついでしょう。それに、森田くんも私の息子ですから」
「高いんじゃないんですか?」
「ここの地価相場を考えて下さい。それに言ったでしょう? 10階までは叔父の会社に貸しているので、お安く分譲しますよ。雄洋さんも、雄堯たけあきがいたらいかに宣子のりこさんでも大変じゃないですか? 広い部屋ありますよ」
「そ、そうなんですか?」
「それに、大輔さん? 一応言っておきますけど、ともえは私の娘ですので、簡単にあげませんから」

突然の言葉に硬直する。

「えっ……マスター?」
「だから、森田くんと巴です。養子に迎えようと思っています。森田くん……理央りおうくんには一応先日手紙を送ったんですよ。巴の方は……」

 にっこりと笑う。

靫原ゆぎはらと縁を切ろうと思いまして。陽平に巴を引き取ると。で、叔父が今までの様々なことの代わりにとマンションをくれたので。あぁ、高坂さんの娘さんも2年したら大学受験ですからね。セキュリティの不安なアパートより、家で預かるつもりです」
「えっと、一番小さい分譲はどれ位の大きさですか?」

 ダラダラと汗をかきながら大輔は尋ねる。

「10階からは3LDKからですね。一つの階に二つか三つの家がありますし、15が理央くん夫婦と巴の家になりますね。14の一つが雄洋さんの家に。もう一つは誰に貸しましょうか……」

 ふふふ……。

楽しげに微笑む。

「巴の家に転がり込みますか?」
「それはしません! ちゃんと買いますよ! ……分割払いでお願いします! それに、巴にプロポーズもしてないのに、転がり込めません! ちゃんとしてからです!」

 大輔の一言に二人は笑う。

「な、何で笑うんですか!」
「……大輔、後ろ」

 雄洋は示す。
 振り返ると、ペットボトルを幾つも抱えた巴が真っ赤になっていた。

「あ、あの、あの……」
「良かったね、巴。大輔さんのことは、よく知っているし、応援しているよ」
「そうそう。大輔は……」
「マスターも、雄洋も何言ってるんだよ! マスターは安静にしてるんじゃないのか? と、巴もほら、ペットボトル……」

 大輔は取りに行き、巴の手を引いてくる。
 その様子に、

「あぁ、この間、遼がこのCDをかけたいと言っていたんですよ」
「どのCDですか?」
「フジファブリックのです」
「あぁ、私は『若者のすべて』好きですね……あ、ありがとう。巴さん、大輔」

雄洋は、大輔に渡されたコーヒーのキャップを外す。

「『若者のすべて』?」
「この曲だよ」

 スマホを操作し、曲が流れる。

「この曲と共に、テネシークーラーを作って飲んで頂きたかったですね。早く元気にならなくては……」

 彰一は、スポーツドリンクを巴に開けて貰いながら呟いたのだった。
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