あるバーのマスターの話

刹那玻璃

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第2章

『Everything』ー前編

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 マスター……こと彰一しょういちは病院に担ぎ込まれ、傷害事件として姉妹が捕まり、雄堯たけあきが目撃者として警察についていった。

 父に呼ばれ現場に、そして病院についていったのは雄洋たけひろ
 彰一の頭部や手にはガラスが刺さり、額には何かを投げつけられぶつけられた出血がある。
 最初は意識をなくしていた彰一だが、すぐに意識を取り戻し、救急車に乗り込むのを渋ったが、

はるかさん呼びますよ? 遼一りょういち連れて来ますよ?」

の一言に、寝台に横たわった。

 彰一は一言二言救急救命士と話をする。
 名前に住所、血液型、年齢などを伝え、怪我の具合は大丈夫だが、頭痛とめまいがすることなど、整然と説明する様子に救急救命士は安堵する。

 そして、彰一は雄洋を見た。

「雄洋さん。これは君の両親しか知らないことで、遼にも話していないんです」
「遼さんにもですか?」
「大切なので……話したくなかったんです。巻き込みたくなかった……んです」

 躊躇いがちに語り始める。

 加害者は自分の母親違いの姉たちであること。
 金を浪費し、家を、会社を潰しかけ、父方の叔父や役員たちと共に害悪でしかない義母や姉たちを追い出し、一時期会社を立て直すべく奔走し、軌道に乗せたところで会社を去ったのだが、姉たちが再び会社の金を使い込み、現在の取締役社長である叔父が相談して来たのだという。

「叔父は、もう一度会社を立て直してほしいと言いました。私はうんざりでした。何故、あんなに会社が立ちいかない程の金を浪費した彼女らを追い出して、経営に口を出すなと弁護士を通じて、裁判まで起こしたのに……またお金を渡し続けたのか。腹立たしかった。そうすると叔父は私が遼と結婚したこと、遼一が生まれたことを人づてに……今回は、雄堯じゃないですよ? ……聞き、遼一を後継者にと言い出したのです。自分の息子か孫の養子にと……」
「……」

 雄洋は唇を噛む。
 何で、すでに距離を置いた、そして小さいものの店を持ち、自分の生き方を貫いてきた彰一を、再び巻き込んで行くのだろうと……。

「私は……どうすれば良いのでしょうね。私は絶対……遼と遼一を手放せない。靫原ゆぎはらなんて……いらない。私は、やっと手に入れた、温かい家庭を守りたい……3人でいたいのに……それだけで良いのに……」

 大きく溜息をつき、目を閉じた。

「お、おじさん!」

 顔色を変える。

「出血などで意識を失ったようです」
「大丈夫でしょうか?」
「実は頭部を中心に、ガラスの細かい破片が刺さっています。それを取り除き、頭部のMRIなどの検査をした方がいいでしょう。貴方は……」
「警察や消防署に連絡した古西雄堯こにしたかあきの息子の雄洋と申します。おじさん……彰一さんは父の親友です。小さい頃から可愛がって頂きました。彰一さんは奥さんと最近生まれた一人息子がいるのですが、子育てに大変な奥さんを呼べなかったんです」
「まぁ、そうですね」

 救急救命士も、大丈夫だと本人は言っていたがある程度の機械に繋がれた彰一を見て頷く。
 赤ん坊を抱いた奥さんは夫のこの姿にきっと取り乱すだろう。

 すると、雄洋のスマホが鳴る。
 画面を見ると、婚約者の宣子のりこである。

 最近、宜子は一人暮らしをしていたマンションを引き払い、雄洋の実家で同居している。
 母の優子や結婚して家を出た妹の絢子あやこともすぐに仲良くなり、お母さん、のりちゃん、あやちゃんと呼び合い、この間は有給を使って、女3人で温泉旅行に行ってしまった。
 絢子の夫と子供は家に滞在し、家事が壊滅的な義弟と父の代わりに料理に洗濯に掃除と苦心したのは先日である。
 救急救命士に軽く頭を下げ、電話を取ると、

『雄洋さん!』
「宜子。今、救急車。おじさん……マスターに付き添ってるんだ。父さんは警察に説明に行ったよ」
『マスターは大丈夫? 遼ちゃんが……』
「大丈夫というか、頭部に怪我をしているから……」
「検査入院もあり得ますね」

 救急救命士の言葉を説明すると、

『遼ちゃんと遼一くんは、今家にいるから。遼が飛び出さないように引き留めておくわ』
「うん、お願い。僕がついてるから、心配しないでって伝えて」
『えぇ。今は無理だけど明日にでも……』
「そうだね。落ち着いてからにしてね」

と電話を切った。



 病院に到着すると、友人の大輔が待っていた。

「マスター! 雄洋!」
「大輔」

 治療の為に運ばれて行くマスターを見送ると、

「何があったんだ?」
「マスターの店に父が飲みに行ったら、やってきたマスターの親族に暴力を振るわれたらしい。父は警察に行ってる」
「マスターの親族……乱暴だな」

険しい顔になる。

「宜子さんに、遼さんが飛び出して行きかねないから代わりにって来たんだよ。一応明日、保険証とか持ってくるって言ってた」
「大輔は用事はなかったのか?」
「ん? 彼女といたよ。一緒に来た」

 示された先には、てててっとペットボトルを抱え走ってくるが、つんのめりコケる女の子が……。

「うわっ。ともえ! 名前のわりに、どうしてドジっ子なんだよ!」

 慌てて駆け寄り立ち上がらせる。

「すみません。先輩。早く持ってこようと思って」
「ゆっくり歩け!」
「だって、ロボットみたいって笑われるし……」
「右手と右足を一緒に出すな!」
「えっと、じゃぁ、どう歩こう……」

 うーん……真剣に悩む巴という女性。

「ほら、こっち。俺の友人の古西さん。雄洋。紹介する。会社の後輩、靫原巴ゆぎはらともえ
「靫原……さんって……革に夜叉の叉の字を書く……?」
「はい。よくご存知ですね」

 目を見開く。
 雄洋は、恐る恐る問いかける。

「君のおじいさんって、靫原喜三郎ゆぎはらきさぶろうさん?」
「は、はい……何でご存知なんでしょう? 一応、靫原財閥の仮の総帥です。おじいさまやお父さまは本来の総帥がちゃんといて、自分たちは一時的にこの地位にいる。それに驕ってはいけないと。兄は靫原の会社に就職しましたが、私は別の会社に」
「どうしたんだ? 雄洋」

 頭を抱える雄洋に大輔が問いかける。

「……ちょっと、靫原さん、ごめんね? 大輔借りるから」

と、引っ張っていく。

「雄洋、何かあったのか?」
「……大輔……君って、ものすごく凶運か強運の持ち主だね」
「何が?」
「……彼女のおじいさんの甥って、マスターだよ」
「はぁぁ? マスターって粟飯原あいばら……」

 結婚式の招待状で、名字を覚えていた大輔に告げる。

「粟飯原はマスターのお母さんの旧姓。母方の伯父さんの養子に入ったから。旧姓は靫原彰一ゆぎはらしょういちさん。財閥の元総帥」
「えぇぇ!」
「しかも、今回の事件、マスターの異母姉たちが財閥の金を何度も横領してたのを、凍結させた巴さんのおじいさんに文句を言えないからって押しかけて暴力振るったんだ。巴さんは悪くないけど、ものすごくタイミングが悪すぎる」

 すると、病院の自動扉が開き姿を見せたのは、

「あら? おじいさまにお父さま。お兄様も」

一様に青ざめているが、巴の声に振り返る。

「巴! 何故ここに?」
「あ、会社の先輩の知人の方が怪我をされたとかで……あ、先輩。祖父と父と兄です」
「それに君は……」

 杖をついていた老齢の男は、雄洋を見て驚く。

「お久しぶりです。靫原さん。古西雄洋です。巴さんの先輩の谷本の友人です」
「古西……あぁ、彰一の友人の古西雄堯くんの……」
「えぇ、彰一おじさんには可愛がって頂いています」
「彰一は? 彰一はどうしたのか知っているかね?」
「それより、おじさんのお姉さんにお金を渡したのは誰ですか? 靫原さん」

 雄洋は冷たい目で3人を見る。
 すると、雄洋と同年代の巴の兄が視線をそらす。

「貴方ですか……義隆さん。又、弱味を握られるような失態でも?」
「義隆、どういう事だ?」

 父親である彰一の従兄弟、陽平が問いかける。

「陽平さん。彰一おじさんに、義隆さんにはもっと地道に仕事をさせる方がいいと言われていたそうですね。でも、噂ではすでに役員待遇、係長……この大輔よりも若いのに、仕事を教えず高待遇って普通じゃあり得ないと思いませんか?」
「そ、それは、大きな仕事を幾つかまとめて……」

 雄洋は鼻で笑う。

「大きな仕事ですか……うちの会社との取引でしたら、私と婚約者が手を回しただけで、義隆さんは何もしてませんよ。それより、こちらに有利な条件を飲んで下さってありがたいと、うちの社長直々に私たちは昇給しましたからね」
「な、何だと! 義隆!」

 副社長である陽平は息子を見るが、青ざめ首を振るだけである。

「それに、靫原の会社に入らず別の会社に入社し、頑張っている巴さんの方が何倍も努力していますよ。で、お金を渡したのは、義隆さんですか?」
「……」
「答えないようでしたら、お帰り下さい。おじさんはすでに靫原から離れています。それに、おじさんの息子、生まれたばかりの赤ん坊を取り上げようとするなら……訴えますよ?」
「その件は後でこちらも調査する。それよりも彰一は?」

 喜三郎は必死の形相で見る。

「おじさんに聞きましたが、父にカクテルを渡そうとしたらひったくられ、投げつけられたそうです。額に当たってバランスを崩して、後ろの瓶やグラスを並べていた棚に倒れて砕けたガラスで切り傷を負ったのだとか。額には裂傷。頭を打っているので検査中です。帰って下さい。おじさんは会いたくないと思います。特に、義隆さんには」

 雄洋の言葉に、3人は特に喜三郎は肩を落とし帰っていく。
 陽平は息子の腕を掴み、

「話を聞かせてもらうからな!」

と引きずっていったのだった。
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