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第1章
『シクラメンのかほり』
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今日は、優しい声が聞きたいと選んだ。
小椋佳さんのアルバムである。
実は、秋から春に咲きクリスマスに多く出回る花が、今年になって高坂から店を譲られた何度か顔を見たことのある好青年、松本美鶴から渡されたのである。
綺麗な名前なのだが、本人は嫌らしい。
が、祖母が千鶴といい、その一文字を譲られた為言い出せなかったりする。
「本当に、申し訳ございません! 華やかで綺麗で……ご挨拶にとお持ちしたのですが、祖母に失礼だと怒られてしまいました……」
二度目に注文の品をちゃんと持ってきてくれた青年に、
「あぁ、シクラメンの『死』『苦』の語呂合わせと、濃い花の色が血に見えるから、縁起が悪い組み合わせだと言うものですね?」
「はい、申し訳ございません」
「余り気になさらないで下さい。それは病院の患者さんに鉢植えを持って行くと、そこに留まる……入院が長引くと言われて避けられているのです。おばあ様も気を使って下さったのですね。私としては、華やかでとても嬉しかったのですよ」
「ですが……」
溜め息をつく。
「本当に高坂の親父さんはすごい人で、尊敬してたんです。最初はバイトで……就職したんですけど、仕事が本当に……今はテレビで大々的に言われているブラック企業で……参ってて、そうしたらこんな僕に『お前が抜けて人手が足りねぇんだ。給料はそんなに出せないが、嫌々仕事なんかすんな。人生は楽しんで何ぼだ! 戻ってこい』って……僕は……頑張らないと……でも、出来るか……」
譲られて早々落ち込んでいるらしい。
「……松本さん。今日の配達は?」
「あ、ここで終わりです。済みません! お店を開けないと……」
「じゃぁ、松本さん、お酒は?」
「あ、日本酒と焼酎とビール位で……親父さんのお店で知ったもので」
頭をかく。
「じゃぁ、今日は持ってきて頂いたシクラメンのお礼に、私が贈りましょう。座って下さい」
「エェェ! それは、お客様で!それに……」
「良いのですよ」
マスターは席に案内すると、幾つか材料と道具を準備する。
「すごいですね……僕、親父さんに聞いてましたけど……お酒や道具を……」
「もう、ずっと愛用していますからね。古いですが」
「でも、それが良いと思います」
「そうですね」
曲が変わって、
「あれ? この曲は……母が聞いてたような……」
「お母さんがご存知なのは、きっと布施明さんでしょう。今歌っているのは作詞作曲をされた小椋佳さんです」
「へぇ……そうなんですか……」
「……どうぞ」
鮮やかな色をしたカクテルが差し出される。
「……綺麗ですね……でも、残しておくことのできない芸術作品みたいだ……」
うっとりと見いる。
「じゃぁ……頂きます」
手を伸ばし、そっと口をつける。
「松本さん。そのカクテルの名前は『シクラメン』と言います。この花と同じ名前です。曲は『シクラメンのかほり』。シクラメンは日本ではカガリビバナと言うのですよ。貴方のような花ですね。秋から春にかけて、花の少ない時期に順々に咲いていくのです。でも、華やかですが優しい色だと思いませんか? 貴方は高坂さんが認めた人です。大晦日に私は高坂さんと飲んだのですが、特に嬉しそうに貴方のことを息子同然で、大丈夫だと自慢していましたよ」
「親父さんが!」
「えぇ。一番信頼していると」
「……!」
松本は目を丸くする。
「カガリビバナ……ここは余り雪は降りませんが、もし心に深く雪が降った時に、この深紅のかがり火が見えたら、あぁ、明かりが見えるとホッとするでしょう。貴方は貴方です。高坂さんは自分の真似はするな、貴方らしく頑張れときっと言いますよ」
「……ありがとうございます。僕は、僕らしく………頑張ります。マスター。これからもよろしくお願いします!」
「よろしくお願いします。松本さん」
優しい曲が流れる中、自分の持ってきた花とカクテルを見ながら、松本はもう一度頑張ろうと心に言い聞かせていたのだった。
小椋佳さんのアルバムである。
実は、秋から春に咲きクリスマスに多く出回る花が、今年になって高坂から店を譲られた何度か顔を見たことのある好青年、松本美鶴から渡されたのである。
綺麗な名前なのだが、本人は嫌らしい。
が、祖母が千鶴といい、その一文字を譲られた為言い出せなかったりする。
「本当に、申し訳ございません! 華やかで綺麗で……ご挨拶にとお持ちしたのですが、祖母に失礼だと怒られてしまいました……」
二度目に注文の品をちゃんと持ってきてくれた青年に、
「あぁ、シクラメンの『死』『苦』の語呂合わせと、濃い花の色が血に見えるから、縁起が悪い組み合わせだと言うものですね?」
「はい、申し訳ございません」
「余り気になさらないで下さい。それは病院の患者さんに鉢植えを持って行くと、そこに留まる……入院が長引くと言われて避けられているのです。おばあ様も気を使って下さったのですね。私としては、華やかでとても嬉しかったのですよ」
「ですが……」
溜め息をつく。
「本当に高坂の親父さんはすごい人で、尊敬してたんです。最初はバイトで……就職したんですけど、仕事が本当に……今はテレビで大々的に言われているブラック企業で……参ってて、そうしたらこんな僕に『お前が抜けて人手が足りねぇんだ。給料はそんなに出せないが、嫌々仕事なんかすんな。人生は楽しんで何ぼだ! 戻ってこい』って……僕は……頑張らないと……でも、出来るか……」
譲られて早々落ち込んでいるらしい。
「……松本さん。今日の配達は?」
「あ、ここで終わりです。済みません! お店を開けないと……」
「じゃぁ、松本さん、お酒は?」
「あ、日本酒と焼酎とビール位で……親父さんのお店で知ったもので」
頭をかく。
「じゃぁ、今日は持ってきて頂いたシクラメンのお礼に、私が贈りましょう。座って下さい」
「エェェ! それは、お客様で!それに……」
「良いのですよ」
マスターは席に案内すると、幾つか材料と道具を準備する。
「すごいですね……僕、親父さんに聞いてましたけど……お酒や道具を……」
「もう、ずっと愛用していますからね。古いですが」
「でも、それが良いと思います」
「そうですね」
曲が変わって、
「あれ? この曲は……母が聞いてたような……」
「お母さんがご存知なのは、きっと布施明さんでしょう。今歌っているのは作詞作曲をされた小椋佳さんです」
「へぇ……そうなんですか……」
「……どうぞ」
鮮やかな色をしたカクテルが差し出される。
「……綺麗ですね……でも、残しておくことのできない芸術作品みたいだ……」
うっとりと見いる。
「じゃぁ……頂きます」
手を伸ばし、そっと口をつける。
「松本さん。そのカクテルの名前は『シクラメン』と言います。この花と同じ名前です。曲は『シクラメンのかほり』。シクラメンは日本ではカガリビバナと言うのですよ。貴方のような花ですね。秋から春にかけて、花の少ない時期に順々に咲いていくのです。でも、華やかですが優しい色だと思いませんか? 貴方は高坂さんが認めた人です。大晦日に私は高坂さんと飲んだのですが、特に嬉しそうに貴方のことを息子同然で、大丈夫だと自慢していましたよ」
「親父さんが!」
「えぇ。一番信頼していると」
「……!」
松本は目を丸くする。
「カガリビバナ……ここは余り雪は降りませんが、もし心に深く雪が降った時に、この深紅のかがり火が見えたら、あぁ、明かりが見えるとホッとするでしょう。貴方は貴方です。高坂さんは自分の真似はするな、貴方らしく頑張れときっと言いますよ」
「……ありがとうございます。僕は、僕らしく………頑張ります。マスター。これからもよろしくお願いします!」
「よろしくお願いします。松本さん」
優しい曲が流れる中、自分の持ってきた花とカクテルを見ながら、松本はもう一度頑張ろうと心に言い聞かせていたのだった。
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